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第1章 呼び出しは突然に
1. 意味不明の呼び出し
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……その日。
机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
【笹岡へ
19時、駅前
片桐】
お昼休みが終わって戻ってきたら二つ折りにして貼られていた付箋を広げると、こう書いてあったってわけだ。
片桐っていうのは三課の片桐課長でいいんだと思う。
ちなみに私は二課で直接の接点はほぼない。
……これはいったい、どういう意味なんだろ?
首を、捻る。
なにかお説教、とかだったら別に社内でいいわけで。
しかもなんでメモなんだろう?
用があるなら直接、声をかければいいと思うし。
意味がわからない。
チラリと斜め前方に座っている片桐課長に目を向ける。
彼は真剣な顔でパソコンに向きあっていた。
緩くパーマをかけて後ろに流した黒髪に、黒縁スクエアの眼鏡がよく似合っている。
私の視線に気づいたのか、不意に片桐課長が顔を上げた。
慌てて視線を逸らしたら、――一瞬、私に見えている左の口端が持ち上がったように見えたけれど、気のせい、かな。
悩んだものの答えは見つからないまま、終業時間になった。
運がいいのか悪いのか、今日は残業がない。
更衣室で着替えて時間まで少しあったから、持ってきていた本をぱらぱらと捲る。
でも、全然集中できない。
迷いに迷って重い腰を上げたのはぎりぎりの時間になってからだった。
「あ……」
エレベーターのドアが開き、乗っていた人に回れ右したくなった。
しかしそんな時間はもう、どこにもない。
操作盤の前に立ちながら、鞄を抱くようにして身体を小さく丸める。
どくん、どくんと大きく鼓動する、自分の心臓の音しか聞こえない。
まるで立ち眩みでも起こしているかのように目の前がぐらぐらする。
少しでも気持ちを落ち着けようと目を閉じ、ゆっくりと吐きだした息は小さく震えていた。
一階にエレベーターが着き、扉が開く。
固まっている私を無視して男――間野くんは先に降りていった。
すれ違う際、俯いた視界で彼の左手薬指の指環がキラリと光る。
呆然とその後ろ姿を見送り、閉まりはじめたドアに我に返った。
慌てて開くボタンを押してエレベーターを降りる。
駅への道を急ぎながら、いまだに私はあの男がこんなにも怖いのだと気づいた。
あちらはすでに私など終わった相手なのだろうが、半年たったいまでもまだ、私の心を支配し続ける。
メモにあった駅前に行くと、すでに片桐課長は待っていた。
なんだか知らないが私を見つけ、目を細めて嬉しそうに笑う。
「すみません、お待たせしました」
「いや。
まだ時間前だし。
じゃあ、行こうか」
「は?
どこに?」
一歩踏み出した彼は、怪訝そうな顔で私を振り返った。
「は?
メシに決まってんだろ?」
なに当たり前のこと聞いてんの、そんな顔で私のことを見ていますが。
いやいや。
やっぱり意味がわからないですよ?
「……食事、ですか?」
嫌な記憶がよみがえる。
あのときもこうやって食事に誘われて。
それが私の最悪な経験のはじまりだった。
「……いいから黙ってついてこい」
ぷぃっと視線を逸らし、躊躇っている私なんかおいてけぼりでさっさと片桐課長は歩きだす。
……一緒に食事なんて行きたくないんですが。
まず、片桐課長と並んで歩きたくない。
あっちはクールビズでノータイ、ボタンダウンシャツにスラックスでもモデルのようだが、こっちはこういう事態を想定していないので、白ブラウスにベージュのフレアスカートと無難な通勤着でさらに地味だし。
そして私には男とふたりになりたくない理由がある。
――なのに。
五歩ほど歩いて、着いてこない私を片桐課長は振り返った。
「さっさとしないか」
「え、あの」
「さっさとしろ」
イラついていく片桐課長が怖くて、慌てて後を追いかける。
だから私は彼が苦手なのだ。
仕事はできるか知らないけれど、いっつも威張っていて俺様で。
拒否したっていいんだろうけど、嫌と言えない自分の性格が憎い。
私のいる営業部は一課から三課まで分かれていて、仲良く同じ部屋を共有している。
別にしきりとかあるわけじゃなく、島が分かれているだけ。
部内レクリエーションでソフトボール大会とかもあるし、部全体の飲み会だってある。
だから、片桐課長とは全く面識がないわけじゃない。
けれど私はいままで一度も、片桐課長と口をきいたことがなかった。
それに片桐課長といえば、社内でも注目の人物だ。
一八〇オーバーの長身でイケメン、ってだけでも人目を引くのに、人一倍仕事ができて二十九歳で課長兼部長代理、営業成績はトップ。
そのうえ、役員の次に給料をもらっているとなれば、女性は黙っていない。
高嶺の花って言われている経営戦略部の女王様、江上さんと付き合っているとか、社内一の美女といわれる経理の姫、関根さんと結婚間近とか。
ほんとか嘘かわからない噂が囁かれまくっている、人。
その一方で私はといえば、身長は少々……かなり低いし、別称がつくほど顔がいいとか仕事ができるとかでもない。
会社の制服を着れば没個性!だし。
そんな私を――どうして別世界の住人である、片桐課長が食事に誘うんですか。
机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
【笹岡へ
19時、駅前
片桐】
お昼休みが終わって戻ってきたら二つ折りにして貼られていた付箋を広げると、こう書いてあったってわけだ。
片桐っていうのは三課の片桐課長でいいんだと思う。
ちなみに私は二課で直接の接点はほぼない。
……これはいったい、どういう意味なんだろ?
首を、捻る。
なにかお説教、とかだったら別に社内でいいわけで。
しかもなんでメモなんだろう?
用があるなら直接、声をかければいいと思うし。
意味がわからない。
チラリと斜め前方に座っている片桐課長に目を向ける。
彼は真剣な顔でパソコンに向きあっていた。
緩くパーマをかけて後ろに流した黒髪に、黒縁スクエアの眼鏡がよく似合っている。
私の視線に気づいたのか、不意に片桐課長が顔を上げた。
慌てて視線を逸らしたら、――一瞬、私に見えている左の口端が持ち上がったように見えたけれど、気のせい、かな。
悩んだものの答えは見つからないまま、終業時間になった。
運がいいのか悪いのか、今日は残業がない。
更衣室で着替えて時間まで少しあったから、持ってきていた本をぱらぱらと捲る。
でも、全然集中できない。
迷いに迷って重い腰を上げたのはぎりぎりの時間になってからだった。
「あ……」
エレベーターのドアが開き、乗っていた人に回れ右したくなった。
しかしそんな時間はもう、どこにもない。
操作盤の前に立ちながら、鞄を抱くようにして身体を小さく丸める。
どくん、どくんと大きく鼓動する、自分の心臓の音しか聞こえない。
まるで立ち眩みでも起こしているかのように目の前がぐらぐらする。
少しでも気持ちを落ち着けようと目を閉じ、ゆっくりと吐きだした息は小さく震えていた。
一階にエレベーターが着き、扉が開く。
固まっている私を無視して男――間野くんは先に降りていった。
すれ違う際、俯いた視界で彼の左手薬指の指環がキラリと光る。
呆然とその後ろ姿を見送り、閉まりはじめたドアに我に返った。
慌てて開くボタンを押してエレベーターを降りる。
駅への道を急ぎながら、いまだに私はあの男がこんなにも怖いのだと気づいた。
あちらはすでに私など終わった相手なのだろうが、半年たったいまでもまだ、私の心を支配し続ける。
メモにあった駅前に行くと、すでに片桐課長は待っていた。
なんだか知らないが私を見つけ、目を細めて嬉しそうに笑う。
「すみません、お待たせしました」
「いや。
まだ時間前だし。
じゃあ、行こうか」
「は?
どこに?」
一歩踏み出した彼は、怪訝そうな顔で私を振り返った。
「は?
メシに決まってんだろ?」
なに当たり前のこと聞いてんの、そんな顔で私のことを見ていますが。
いやいや。
やっぱり意味がわからないですよ?
「……食事、ですか?」
嫌な記憶がよみがえる。
あのときもこうやって食事に誘われて。
それが私の最悪な経験のはじまりだった。
「……いいから黙ってついてこい」
ぷぃっと視線を逸らし、躊躇っている私なんかおいてけぼりでさっさと片桐課長は歩きだす。
……一緒に食事なんて行きたくないんですが。
まず、片桐課長と並んで歩きたくない。
あっちはクールビズでノータイ、ボタンダウンシャツにスラックスでもモデルのようだが、こっちはこういう事態を想定していないので、白ブラウスにベージュのフレアスカートと無難な通勤着でさらに地味だし。
そして私には男とふたりになりたくない理由がある。
――なのに。
五歩ほど歩いて、着いてこない私を片桐課長は振り返った。
「さっさとしないか」
「え、あの」
「さっさとしろ」
イラついていく片桐課長が怖くて、慌てて後を追いかける。
だから私は彼が苦手なのだ。
仕事はできるか知らないけれど、いっつも威張っていて俺様で。
拒否したっていいんだろうけど、嫌と言えない自分の性格が憎い。
私のいる営業部は一課から三課まで分かれていて、仲良く同じ部屋を共有している。
別にしきりとかあるわけじゃなく、島が分かれているだけ。
部内レクリエーションでソフトボール大会とかもあるし、部全体の飲み会だってある。
だから、片桐課長とは全く面識がないわけじゃない。
けれど私はいままで一度も、片桐課長と口をきいたことがなかった。
それに片桐課長といえば、社内でも注目の人物だ。
一八〇オーバーの長身でイケメン、ってだけでも人目を引くのに、人一倍仕事ができて二十九歳で課長兼部長代理、営業成績はトップ。
そのうえ、役員の次に給料をもらっているとなれば、女性は黙っていない。
高嶺の花って言われている経営戦略部の女王様、江上さんと付き合っているとか、社内一の美女といわれる経理の姫、関根さんと結婚間近とか。
ほんとか嘘かわからない噂が囁かれまくっている、人。
その一方で私はといえば、身長は少々……かなり低いし、別称がつくほど顔がいいとか仕事ができるとかでもない。
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