俺がいないとアイツが泣くから

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
1 / 2

1.

しおりを挟む
「ああっ、やぁっ!」

俺の下で彼女が喘ぐ。
少し力を入れるだけでポッキリと折れてしまいそうなほど細い身体に、ガツガツと己を打ち付ける。

「狂え、狂ってしまえばいい……!」

「はぁっ、ああっ、あっ、ああああっ!」

ひときわ大きく声を上げた彼女の身体から力が抜けていく。
汗で貼り付く髪を剥がした下には、目を閉じ、浅い呼吸を繰り返す彼女の顔が見えた。

「おやすみ」

瞼に口付けを落とし、眼鏡をかける。
煙草を手に取って火をつけ、ふーっと深く煙を吐き出した。

「……ん……」

身じろぎした彼女の手が、俺の腕を掴む。
くしゃくしゃと髪を掻き回してやったらはぁーっと息を吐き、今度は穏やかな寝息を立てだした。

毎晩繰り返す、彼女との情事。
彼女が気を失うまで抱き潰す。
そうじゃないと彼女は全てを忘れ、眠れないから。

「こんなこと、いつまでも続けられないのはわかってるんだけどな」

人様に言えない稼業の、しかも幹部の女なんて、いつ何時、命を狙われるかわからない。

――それに。

こいつは俺の、女ではない。

「わかってる、はずなんだけどな」

脱いだシャツをぬいぐるみに着せ、彼女に抱かせる。
身代わり、というやつだ。
ただのぬいぐるみだとダメだが、一日着たシャツを着せればにおいがするからその役割を果たしてくれる。
ゆっくりと上下するその胸に、布団を掛けてやった。

「ちょっと出てくるから、いい子にしてろよ」

「ん……」

涙が溜まりはじめた目尻に口付けし、音を立てないように部屋を出る。
きっとまた、あの日の夢をみているのだろう。

「めー覚ます前に戻ってこねーとな……」

そうじゃないとまた、泣き叫んでしまうだろうから。



彼女を拾ったのは、素人の売春屋からだった。
本職のシマで命知らずな、嘲笑いながら踏み込んだそこ、は地獄だった。

あの日のことは思い出したくない。
俺が思い出すだけでさらに、彼女を穢してしまう気がするから。
ただ俺はそこから彼女を助け出し、知り合いに頼んで一般の病院に放り込んだ。
きっと警察がなんとかするだろうと、勝手に決めつけて。

「あの女。
泣いて暴れるばかりで、サツもお手上げらしいですよ」

様子を見にいかせた部下から聞いた話に愕然とした。
暴れて自分に傷をつけるから、薬漬けで拘束されているのだという。
あんなことがあれば、死にたくなるのはわかる。
この俺だって、同じような目に遭えば死のうとするだろう。
でも俺は。

――あいつを、死なせたくない。

「俺と、くるか?」

忍び込んだ深夜の病院、月明かりの下でゆっくりと彼女の瞼が開く。

「俺と、こい」

抱き上げたけれど、彼女はじっとしていた。
そのまま俺は病院から彼女を攫った。

住んでいるマンションに連れて帰る。

「顔、綺麗になってよかったな」

あの日、あんなに腫れ上がっていた顔は綺麗に……いや。
右眉尻に傷が残っていた。
鼻も僅かに、歪んでいる。

「女の顔に傷を作りやがって……!」

傷に触れたらびくりと身体が震えた。
そっと頬に触れ、かまわずに唇を重ねる。
拒まれはしなかったが、応えてもくれなかった。

「いや、か」

レンズの向こうに見える彼女の顔には表情がない。
女の慰め方が、これしかわからない俺が情けなかった。
これ以上の無理強いはしたくない、離れようとしたものの。

「……!」

不意打ちで彼女の方から唇が重なる。
ぬるりと彼女の舌がすぐに入ってきた。
ぎこちない動きに堪らなくなって、自分から貪る。

「……」

唇が離れ視線の先、ゆらりと彼女の瞳が揺らいだ。
押し倒し、その身体を征服する。

「はぁっ、ああっ、あっ……!」

言葉はなく獣のように交わった。
あいつらにつけられた傷痕も、自分でつけたであろう傷痕も全てに口付けを落とし、愛す。

「あっ、あっ、ああーっ!」

悲鳴と共に彼女の身体から力が抜ける。
意識を失っていた。

「どうするかな、これから」

煙草に火をつけ、くしゃくしゃと彼女の髪を掻く。
すぐにすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて安心した。

自分の持つこの感情が、なんなのかはわからない。
同情を愛情と勘違いしているだけといわれればそうなのだろう。
こんなことは間違っている、わかっているが彼女の傍にいてやりたい。

その日からもう三ヶ月、彼女と生活をしている。
俺がいなくなると泣き叫ぶ彼女は人から見れば面倒なんだろうが、俺にいわせれば酷く愛おしい。
それだけ俺を、必要としてくれているのだから。
こんな俺を、そんなにも必要としてくれるのは彼女だけだから。

けれど組長である親父がいい顔をしていないも知っている。
身内も全て敵、敵、敵。

「アイツをあんなふうにしたヤツをぶち殺してぇ。
いや、俺がぶち殺したんだけどな」

足下に転がる男を蹴飛ばし、近くにあった一斗缶に腰掛ける。
煙草に火をつけたら、最後の男をぶっ飛ばした彼と目があった。

「なあ。
こんなこと、いつまで続けるわけ?」

返り血を浴びた顔で、にへらと彼が笑う。

「いつまで?
そりゃ……アイツの敵を全員、倒すまでだろ」

倒れていた男の口を灰皿代わりに煙草を消し、立ち上がる。

「さっさと帰るぞ。
アイツが目を覚ましてしまう」

「へーへー」

もう、外は白みはじめていた。
早く帰らねば彼女が泣いてしまう。

「コンビニ寄ってアイツの好きな……」

――パン。

乾いた音が響くと同時に、胸もとに衝撃を感じた。
おそるおそる見下ろすと、みるみるうちにシャツが鮮血で染まっていく。

「なん、で。
……かはっ」

口から真っ赤な血を吐き、ゆっくりと身体が倒れていく。
視線の先には拳銃を握った、友人だと思っていた彼の姿が見えた。

「お、お前だって周りは全部敵だってわかってただろーが。
わ、悪いのはお前だ」

まだ彼は喚いているが、どうでもいい。
流れていく血と共に力が失われていく。
早く帰らないと、アイツが起きてしまう。
俺がいないとアイツは泣くんだ。
俺がいないと、アイツは……。

もう瞼が持ち上がらない。
僅かに見える視界の中で、そこにいない彼女の笑顔が見えた。

「……やっと」

「すぐに彼女も、あとを追わせてやる」

「……わら、った」

笑う彼女へ必死に手を伸ばす。
そのときダン、と破裂音がすぐ傍で響いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

甘い失恋

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私は今日、2年間務めた派遣先の会社の契約を終えた。 重い荷物を抱えエレベーターを待っていたら、上司の梅原課長が持ってくれた。 ふたりっきりのエレベター、彼の後ろ姿を見ながらふと思う。 ああ、私は――。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。 まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。 今日は同期飲み会だった。 後輩のミスで行けたのは本当に最後。 飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。 彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。 きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。 けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。 でも、あれから変わった私なら……。 ****** 2021/05/29 公開 ****** 表紙 いもこは妹pixivID:11163077

least common multiple

優未
恋愛
高校卒業から10年を記念した同窓会に参加した詩織。一緒に参加予定だった友人の欠席により1人で過ごしていると、高校時代の人気者である久田に声をかけられて―――。マイペースな頑固者と本命には及び腰の人気者のお話。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

処理中です...