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第2章 猫は至上の生き物です
2-5 慇懃執事の真の姿
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ぜーったい、松岡さんだよね?
月曜日、塀の向こうを誰かが通る。
この間は見間違えだと言い切られたが気になって、だいたいいつも人影が通る時間に窓の外を睨んでいた。
「なに、やってるんだろう……?」
空き家に入り込んでやることなんて、……なんだろう?
やっぱり、……犯罪行為とか?
変な人だったら……っていまでも十分変な人だけど、とにかく危害を加えられるような変な人だったら困るわけで。
……確かめるしかないよね。
んで、ヤバそうだったら逃げよう。
私は携帯を握りしめて、玄関でガーデンサンダルをつっかけた。
隣家の表はやはり固く閉ざされていて入れそうにない。
側溝の蓋の上を音を立てないように気をつけて歩く。
――にゃぁ。
裏の木戸に手をかけたところで、中から猫の鳴き声が聞こえた。
一瞬、だけどいつぞや、桃谷さんに聞いたことを思いだした。
――猫の死体が送られてきたり、とか。
いやいや、まさか。
いくらなんでも短絡的すぎると思う。
けれど心臓はどくん、どくんと妙に自己主張をしていた。
なるべく音が出ないように、慎重に裏木戸を開ける。
中に進むにつれて猫の声がにゃーにゃーと大きくなっていく。
「ああもう、可愛いですねー」
そこで見た光景に、私は我が目を疑った。
「……なに、やってるんですか?」
「え?」
相好を崩し、猫にすりすり頬ずりしていた松岡さんの動きが止まる。
「なにやってんのかって聞いているんです!」
固まった松岡さんの手から猫が落ちる。
茶虎の猫は危なげなく地面に着地して、身繕いをはじめた。
「なんですか、ひとんちに入り込んで猫と遊んでいるのを知られたくなくてこの間、見間違えだとか私を責めたんですか!」
怒りで身体がぶるぶると震える。
あのとき、私はあんなに怖い思いをしたっていうのに、こんな理由だったなんて。
「ああ、そうですよ!
猫と遊んでいるのを知られたくなくて、ごまかしたんですよ!
それのどこが悪いんですか!?」
逆ギレされて身体がびくんと揺れる。
ん?
これは私が悪いのか?
いや、悪くないはずだ。
「猫は至上の生き物です。
人間こそが猫の下僕なのですから!」
酷くご満悦な松岡さんが怖い。
ある意味若干、身の危険を感じる。
「あなたも抱いてみればわかりますよ、ほら!」
「う、うん……」
傍にいた黒猫を押しつけられ、気圧されて受け取る。
……うわーい、ふわふわー。
もふもふー。
なんて癒やされている場合じゃない!
「別に勤務時間外にあなたが猫と遊んでいようと、どうでもいいんです。
ただ、知られたくないからって、わけもなく私を責めたのを怒っているんです」
「それは……申し訳、ありませんでした」
ハチワレの子猫を抱いたまま、松岡さんが項垂れる。
そういうのはいつもは慇懃無礼な癖に、年下なんだって感じさせた。
「でもいつも、野良猫に餌をやるなと怒る人がいる……ので。
俺はちゃんと、ルールを守ってやっているのに」
〝私〟じゃなく〝俺〟って言う松岡さんは、きっとこれが素なんだろう。
「そうね。
空き家の庭に勝手に入り込んで餌をやるのは、完全にルール違反ね」
「……ハイ。
すみません……」
猫を抱いてがっくりと肩を落とし、俯いてしまった姿は、どうしてかちょっと可愛く見える。
おかげで少しだけ、身近になった。
といっても警戒を一段階、解いてもいいかなってくらいだけど。
「とにかく、ここでもう、猫に餌をやっちゃダメ。
見つけたのが私だったからよかったけど最悪、不法侵入で訴えられても文句言えないんだからね」
「……でも」
「でももへったくれもない!」
びくんと、松岡さんの背中が大きく揺れる。
うるうると腕に抱く子猫と同じ顔で見つめられるとこっちが悪いことをしている気になってくるが、私は間違っていないはずだ。
「……あの」
「なに?」
まだ言い訳があるんだろうか。
不機嫌に睨みつけたら、また松岡さんの背中がびくんと大きく揺れた。
「……その。
……猫を飼って……もらえないでしょうか」
「はぁっ?」
いま自分が、人にものを頼める立場かどうか、わかっているのだろうか。
「そ、その。
前からここに、猫の親子が住み着いているのは知っていたんです。
でも急に子猫が盛んに鳴くから見にいったら母猫がいなくて。
どこかで交通事故にでも遭ったんじゃないかと探したけど、見つからなくて……」
「それで?」
少しだけ、猫の境遇が可哀想になってきた。
あと、松岡さんの気持ちもちょっとだけわかる。
「うち、ペット禁止だから連れて帰ることもできなくて。
それでここでこっそり、世話をしていたんです。
だから……」
「猫を飼ってほしいってこと?」
「……はい」
首が落ちるようにがくんと松岡さんが頷く。
「わかった。
でもうちじゃ飼えないから、もらい手探そう?
見つかるまではうちで世話していいし」
「ありがとうございます!」
ぱーっと満面の笑みの松岡くんに、……どうしてか心臓が一回、大きくどきんと鼓動した。
ん?
また不整脈かな?
ずっとこの件が気になっていたしな。
心配はなくなったし、今日は早く、寝よ。
三匹の猫を抱いた松岡さん……いや、もう松岡くんでいいや。
松岡くんと隣家を出る。
しばらくは賑やかな生活になりそうだ。
月曜日、塀の向こうを誰かが通る。
この間は見間違えだと言い切られたが気になって、だいたいいつも人影が通る時間に窓の外を睨んでいた。
「なに、やってるんだろう……?」
空き家に入り込んでやることなんて、……なんだろう?
やっぱり、……犯罪行為とか?
変な人だったら……っていまでも十分変な人だけど、とにかく危害を加えられるような変な人だったら困るわけで。
……確かめるしかないよね。
んで、ヤバそうだったら逃げよう。
私は携帯を握りしめて、玄関でガーデンサンダルをつっかけた。
隣家の表はやはり固く閉ざされていて入れそうにない。
側溝の蓋の上を音を立てないように気をつけて歩く。
――にゃぁ。
裏の木戸に手をかけたところで、中から猫の鳴き声が聞こえた。
一瞬、だけどいつぞや、桃谷さんに聞いたことを思いだした。
――猫の死体が送られてきたり、とか。
いやいや、まさか。
いくらなんでも短絡的すぎると思う。
けれど心臓はどくん、どくんと妙に自己主張をしていた。
なるべく音が出ないように、慎重に裏木戸を開ける。
中に進むにつれて猫の声がにゃーにゃーと大きくなっていく。
「ああもう、可愛いですねー」
そこで見た光景に、私は我が目を疑った。
「……なに、やってるんですか?」
「え?」
相好を崩し、猫にすりすり頬ずりしていた松岡さんの動きが止まる。
「なにやってんのかって聞いているんです!」
固まった松岡さんの手から猫が落ちる。
茶虎の猫は危なげなく地面に着地して、身繕いをはじめた。
「なんですか、ひとんちに入り込んで猫と遊んでいるのを知られたくなくてこの間、見間違えだとか私を責めたんですか!」
怒りで身体がぶるぶると震える。
あのとき、私はあんなに怖い思いをしたっていうのに、こんな理由だったなんて。
「ああ、そうですよ!
猫と遊んでいるのを知られたくなくて、ごまかしたんですよ!
それのどこが悪いんですか!?」
逆ギレされて身体がびくんと揺れる。
ん?
これは私が悪いのか?
いや、悪くないはずだ。
「猫は至上の生き物です。
人間こそが猫の下僕なのですから!」
酷くご満悦な松岡さんが怖い。
ある意味若干、身の危険を感じる。
「あなたも抱いてみればわかりますよ、ほら!」
「う、うん……」
傍にいた黒猫を押しつけられ、気圧されて受け取る。
……うわーい、ふわふわー。
もふもふー。
なんて癒やされている場合じゃない!
「別に勤務時間外にあなたが猫と遊んでいようと、どうでもいいんです。
ただ、知られたくないからって、わけもなく私を責めたのを怒っているんです」
「それは……申し訳、ありませんでした」
ハチワレの子猫を抱いたまま、松岡さんが項垂れる。
そういうのはいつもは慇懃無礼な癖に、年下なんだって感じさせた。
「でもいつも、野良猫に餌をやるなと怒る人がいる……ので。
俺はちゃんと、ルールを守ってやっているのに」
〝私〟じゃなく〝俺〟って言う松岡さんは、きっとこれが素なんだろう。
「そうね。
空き家の庭に勝手に入り込んで餌をやるのは、完全にルール違反ね」
「……ハイ。
すみません……」
猫を抱いてがっくりと肩を落とし、俯いてしまった姿は、どうしてかちょっと可愛く見える。
おかげで少しだけ、身近になった。
といっても警戒を一段階、解いてもいいかなってくらいだけど。
「とにかく、ここでもう、猫に餌をやっちゃダメ。
見つけたのが私だったからよかったけど最悪、不法侵入で訴えられても文句言えないんだからね」
「……でも」
「でももへったくれもない!」
びくんと、松岡さんの背中が大きく揺れる。
うるうると腕に抱く子猫と同じ顔で見つめられるとこっちが悪いことをしている気になってくるが、私は間違っていないはずだ。
「……あの」
「なに?」
まだ言い訳があるんだろうか。
不機嫌に睨みつけたら、また松岡さんの背中がびくんと大きく揺れた。
「……その。
……猫を飼って……もらえないでしょうか」
「はぁっ?」
いま自分が、人にものを頼める立場かどうか、わかっているのだろうか。
「そ、その。
前からここに、猫の親子が住み着いているのは知っていたんです。
でも急に子猫が盛んに鳴くから見にいったら母猫がいなくて。
どこかで交通事故にでも遭ったんじゃないかと探したけど、見つからなくて……」
「それで?」
少しだけ、猫の境遇が可哀想になってきた。
あと、松岡さんの気持ちもちょっとだけわかる。
「うち、ペット禁止だから連れて帰ることもできなくて。
それでここでこっそり、世話をしていたんです。
だから……」
「猫を飼ってほしいってこと?」
「……はい」
首が落ちるようにがくんと松岡さんが頷く。
「わかった。
でもうちじゃ飼えないから、もらい手探そう?
見つかるまではうちで世話していいし」
「ありがとうございます!」
ぱーっと満面の笑みの松岡くんに、……どうしてか心臓が一回、大きくどきんと鼓動した。
ん?
また不整脈かな?
ずっとこの件が気になっていたしな。
心配はなくなったし、今日は早く、寝よ。
三匹の猫を抱いた松岡さん……いや、もう松岡くんでいいや。
松岡くんと隣家を出る。
しばらくは賑やかな生活になりそうだ。
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