家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5章 彼氏(仮)と過ごすクリスマス

5-2 年末進行とクリスマス

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「こんにちはー」

「はーい」

ガラガラと玄関が開き、松岡くんが入ってくる。
その姿を見て鼻血を吹きそうになった。

「ご、ごちそうさまです……」

「は?」

松岡くんはわけわからんって顔をしているけれど……そのすらりと高い背に、ナポレオン調の長コートを着てこられてよ!?
さらにはオールバックに銀縁スクエア眼鏡だよ!?
道行く女性を瞬殺してきたんじゃなかろうか……?

あ、でも、来るときはママチャリだから、反対に笑えるか。

「なにを興奮なさっているのですか」

にやり、右の口端だけを上げて松岡くんが私を壁に追い詰めていく。

「だ、だって……」

やめて!
黒革の手袋をはめた手で、私のあごを持ち上げないで!
さらに興奮しちゃうから!

「……そんなに俺は格好いいか」

耳もとで囁かれるバリトンボイスに、脳が沸騰する。
本当に鼻血を吹きそうで、思わず手で鼻を押さえていた。

「……興奮するのは俺だけな。
じゃないと……」

言葉を切って松岡くんは顔を離した。
そのままあごから首に指を這わされ、ゾクゾクとした感覚が背筋を駆けていく。

「この身体にたっぷりと、お仕置きして差し上げますよ」

襟もとに指を引っかけて服を伸ばし、限界がきてプッと離れる。
余裕たっぷりに松岡くんが右頬だけを歪めて笑い、……私はその場へへなへなと座り込んでいた。


今日のケーキは林檎を混ぜ込んだ濃厚チョコレートケーキだった。

「もうすぐクリスマスだね」

カレンダーは十二月に突入した。
昨日歩いた街はどこもかしこもクリスマスムード……というか気の早い店はもう鏡餅なんて売っていて、年末進行が恐ろしくなってくる。

「そうですね」

確認してみたら二十四日が金曜日で、松岡くんが来る日になっていた。
いや、別になにか期待しているわけじゃないとも。

「なにか料理のリクエストなどございますか」

「んー、ない」

よく考えるとクリスマスイブに誰かと過ごすなんて久しぶりだ。

去年は締め切り間に合わなーい! って泣きながらひとり淋しくキーを叩いていた。

その前の年も。

その前もすでにデビューしていて、やっぱり締め切りがー!って、キーを叩いていた。

……ん?
ちょっと待て。

このままだとやはり、クリスマスは年末進行に追われて泣きながらキーを叩いている?

「……ヤバい」

「なにがですか」

「ううん、なんでもない!」

松岡くんは不思議そうだけれど、慌てて笑ってごまかす。
いまから頑張ればきっと、クリスマスまでには仕事は全部、終わっている……はず。
死ぬ気で頑張ろう。


アフタヌーンティが終わり部屋に戻って、猛然とキーを叩き出す。

絶対に、ロマンチックなクリスマスを松岡くんと過ごしたい。
それにこれを逃したら一生、ひきこもりの私には充実したクリスマスなんてないかもしれない。
そのためにはなんとしてでも書き上げる!

「一度、休憩されてはいかがですか」

コトッとカップが置かれてはじめて、松岡くんが部屋に入ってきているのに気づいた。

「あ、うん。
そだね」

口では返事をしながらも、視線はデジタルメモの画面だし、手も止まらない。

「無理、すんなよ」

そのままキーを叩き続ける。
手もとが見えづらくなって、日が暮れてきたのだと気づいた。

「何時……?」

手を止めて電気をつける。
机の上に置かれていたカップに手を伸ばした瞬間、ふすまが開いた。

「お茶をどうぞ」

「……ありがとう」

てきぱきとすっかり冷めてしまった紅茶を下げて、新しいお茶を淹れてくれる。

「お仕事、忙しいのですか」

「あー、うん」

忙しいといえば忙しい。
が、これはクリスマスを勝ち取るため。

「あまり無理はなさらないでくださいね。
もうすぐ食事の支度が終わりますのでまた、お声がけします」

「よろしくー」

松岡くんが飲み終わったカップを持って下がり、またキーを叩きはじめる。

ふと、ずいぶんたった気がして手を止めた。

「あれ……?」

気づけば家の中はしんと静まりかえっている。
時間を確認するとお茶を淹れてもらってから二時間が経過していた。

「ごめん、松岡くん。
もうすぐ帰る時間だよ……」

慌てて台所に向かうが松岡くんの姿はない。
茶の間を覗いたら壁に寄りかかって彼が眠っていた。

疲れているんだと思う。

いままでは午前中に一件、午後から私の家だったが、最近は無理を言われてその間にもう一件入っているのだと言っていたから。

「寝てると可愛いな」

寝顔にはいつもの傲慢さはなく、まだどこかあどけなさが残っている。

「いつもの松岡くんも好きだけど、こっちの松岡くんも好きだな」

膝の上にセバスチャンをのせて眠っている松岡くんを微笑ましく思いながら、心臓が一回、とくんと甘く鼓動した。
いやいや、この好きは世間一般的な好きって奴で、恋愛感情の好きじゃないから。

「ん……」

ゆっくりと松岡くんの目が開いていく。
目の前に私がいるのがわからないのか、二、三度大きく瞬きした。

「す、すみません……!」

認識した途端、慌てて立ち上がろうとしてまた座り込んだ。
どうも、足が痺れていたみたいだ。

「すみません、つい、眠ってしまって……」

謝る彼の、眼鏡の弦のかかる耳は赤くなっている。
そういうところは年相応に見えて、やっぱり可愛い。

「いいよ、別に。
声をかけてくれたんだろうけど、私も集中してて気づかなかったんだもん」

「すぐに温めますので!」

今度こそ松岡くんが立ち上がり、私も一緒に立ち上がった。

「いいよ。
もう、時間だよね?
お疲れ様」

疲れている彼に残業なんてさせられない。
それに、自分が悪くてこんな時間になったんだし。

「いえ、すぐに温めて準備しますので」

「だからいいって」

押し問答になりそうな雰囲気になり、松岡くんがはぁーっとため息をついた。

「……俺が紅夏のためにやりたいの。
黙ってやらせろ」

「……はい」

耳もとで囁かれたら、もう反対はできない……。
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