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第10章 猫を捕まえるのって流行ってるんですか
10-7 それって流行っているんですか?
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「こんにちはー」
「はい」
松岡くんが淹れてくれたアイスティを飲みながらまったりしていたら、誰か来た。
私がこたつから抜け出るよりも早く、松岡くんが玄関に出てくれる。
「蒼海出版の立川です」
「はい。
少々お待ちください」
すぐに松岡くんが玄関から戻ってきた。
「立川様がお見えですが」
「うん、聞こえてた。
松岡くんがいるときだから、問題ないよね?」
立川さんに聞こえないように、少しだけ抑えめの声で話す。
松岡くんはうんと黙って頷いた。
「上がってもらって」
「はい」
松岡くんが片付けたあとだから散らかってはいないが、それでも読んでいた資料や食べたミカンの皮を片付ける。
「すみません、急に押しかけて。
近くまで来たものですから」
「いえ」
ほんと急だよ……なんて突っ込みは心の中に留めておく。
「一応、電話はしたんですが、大藤先生出られないから。
まさか倒れたりしてないか心配になりましたよ」
「えっと……」
そういえば執筆中に鳴る通知音がうるさくて、サイレントモードのしたままな気がする。
それはさっき、突っ込んでしまって大変申し訳ない。
「いやー、僕の心配は無駄でしたね。
彼氏さんが来てくれているのなら」
「いや、ははは……」
たぶん今日、松岡くんが来る日じゃなかったら、倒れていたかもしれない。
なので立川さんの心配は全くの無駄とは言えないから微妙なところだ。
「あ、これ。
美味しいって評判のアップルパイです。
よろしかったら」
「すみません、毎回、気を遣っていただいて」
差し出された紙袋を受け取り、お茶の準備をしていた松岡くんに渡した。
「……その指、どうしたんですか」
私の手の絆創膏を目に留め、眼鏡の下の眉が心配そうに寄る。
「その。
……例の、嫌がらせの手紙で」
「なんで嫌がらせの手紙で怪我などと?」
まあ、普通はそう思いますよね。
「カミソリの刃が仕込んであって。
知らずに開けて切れました」
「……はぁーっ」
立川さんの口から落ちるため息は、深く重い。
「聞いたことがあります。
昔は作家に対する嫌がらせで、ファンレターにカミソリの刃を入れて送ってくるような人間がいたのだと。
まだそんな人間がいるんですね」
昔の作家が気の毒になってくる。
こんな、怖いファンレターをもらっていたなんて。
いまならせいぜい、ネットに匿名で誹謗中傷と書かれる程度だ。
「作家の指に傷をつけるなんて、犯人には天誅が下ればいいんですよ」
「そう、ですね」
天誅なんて少し古風な言い回しを立川さんがし、苦笑いしかできなかった。
「でもその指じゃ、執筆できませんね」
私の指に、立川さんは顔を曇らせた。
「そう、なんですよねー」
少しくらいなら大丈夫そうだが、やり過ぎてとうとう松岡くんからストップがかかった。
やっと無理したときのことに気づくと、怖くなったし。
「締め切り、間に合いそうにないですか」
「あ、でも、左手は使えますし、いまは音声入力だってありますし。
絶対に間に合わせます」
そうだ、あれは早く書き上げてしまわなければならないのだ。
でも傷は悪化させられないし、松岡くんにも止められたし、悩ましい。
「無理はなさらないでくださいね」
「はい」
立川さんの立場的には必ず応募してほしいところなんだろうけど、気遣ってくれるあたり、非常に申し訳ない。
犯人は私にもだけど、立川さんにも詫びるべきだ。
お茶を飲みながら少しだけ、世間話をした。
「また、猫に引っかかれたんですか」
「ええ、まあ」
自分の右手の傷を確認して、立川さんは痛そうに顔をしかめた。
「無理に仲良くしようとしない方がいいって、前に言いましたよね?」
――見たんだ、立川が猫を捕まえているところ。
もし、もしも。
松岡くんの言う通りだったとしたら?
この傷は無理矢理、猫を捕まえようとしてできた傷かもしれない。
どくん、どくん、と妙に心臓が自己主張をし出す。
暑くもないのに手のひらがじっとりと汗ばんできた。
「いやあ、僕、こらえ性がないもので。
手を出した途端にバシッ、ですよ」
立川さんは笑っているけれど、それは――本当、なのだろうか。
「でも写真は撮れたんですよ。
見ますか?」
「あ、はい」
笑顔で差し出された携帯を受け取る。
そこに写っていたのは猫、猫、猫。
どれも可愛く撮れていて、これが猫を虐待する人が撮った写真だとは思えない。
「可愛いですね」
ほっと心の中で息をつき、笑って彼に携帯を返す。
「でしょ?
もう、触れないからこれで我慢するしかないんですよね」
こんなに猫好きな立川さんが、猫を虐待するなんて考えられない。
きっと、松岡くんの勘違い、だ。
「……大藤先生」
立川さんが声をひそめて少しだけ顔を近づける。
「なんですか」
なので私も、内緒話をするかのように声をひそめた。
「僕、見たんですよ。
彼が猫を捕まえているところ」
「はいっ?」
「しっ!」
思わず、変な声が出る。
立川さんは慌てて、私の唇に人差し指を当てた。
「僕、猫のたまり場巡りが趣味なんですけど。
見たんですよ、彼が猫を捕まえているところ」
いや、全く同じことを松岡くんからも聞いたんだけど。
それって流行っているんですか?
台所にいる松岡くんに聞こえないように、立川さんはこそこそと話した。
「雑に猫を袋に詰め込んで、止める間もなく自転車で走り去ってしまいました。
間違いなく、彼です」
いやいや、そこも車が自転車に変わっただけで全く同じなんですが?
「だから前回、彼に気をつけるように警告したんです。
一連の嫌がらせ犯、猫の死体を送ってきたりしますからね。
大藤先生のところだって猫の血塗れの本が」
だから。
なんでみんな、猫を袋詰めにして連れ去っただけで、その人間が嫌がらせ犯だと確定する?
確かに……疑わしくはあるけど。
「いらないお世話かもしれませんが、できれば距離、取った方がいいですよ」
「はぁ……」
立川さんは大仰に頷いて顔を離した。
私にしてみればいくら立川さんでも、信じろって方が無理だけど。
「はい」
松岡くんが淹れてくれたアイスティを飲みながらまったりしていたら、誰か来た。
私がこたつから抜け出るよりも早く、松岡くんが玄関に出てくれる。
「蒼海出版の立川です」
「はい。
少々お待ちください」
すぐに松岡くんが玄関から戻ってきた。
「立川様がお見えですが」
「うん、聞こえてた。
松岡くんがいるときだから、問題ないよね?」
立川さんに聞こえないように、少しだけ抑えめの声で話す。
松岡くんはうんと黙って頷いた。
「上がってもらって」
「はい」
松岡くんが片付けたあとだから散らかってはいないが、それでも読んでいた資料や食べたミカンの皮を片付ける。
「すみません、急に押しかけて。
近くまで来たものですから」
「いえ」
ほんと急だよ……なんて突っ込みは心の中に留めておく。
「一応、電話はしたんですが、大藤先生出られないから。
まさか倒れたりしてないか心配になりましたよ」
「えっと……」
そういえば執筆中に鳴る通知音がうるさくて、サイレントモードのしたままな気がする。
それはさっき、突っ込んでしまって大変申し訳ない。
「いやー、僕の心配は無駄でしたね。
彼氏さんが来てくれているのなら」
「いや、ははは……」
たぶん今日、松岡くんが来る日じゃなかったら、倒れていたかもしれない。
なので立川さんの心配は全くの無駄とは言えないから微妙なところだ。
「あ、これ。
美味しいって評判のアップルパイです。
よろしかったら」
「すみません、毎回、気を遣っていただいて」
差し出された紙袋を受け取り、お茶の準備をしていた松岡くんに渡した。
「……その指、どうしたんですか」
私の手の絆創膏を目に留め、眼鏡の下の眉が心配そうに寄る。
「その。
……例の、嫌がらせの手紙で」
「なんで嫌がらせの手紙で怪我などと?」
まあ、普通はそう思いますよね。
「カミソリの刃が仕込んであって。
知らずに開けて切れました」
「……はぁーっ」
立川さんの口から落ちるため息は、深く重い。
「聞いたことがあります。
昔は作家に対する嫌がらせで、ファンレターにカミソリの刃を入れて送ってくるような人間がいたのだと。
まだそんな人間がいるんですね」
昔の作家が気の毒になってくる。
こんな、怖いファンレターをもらっていたなんて。
いまならせいぜい、ネットに匿名で誹謗中傷と書かれる程度だ。
「作家の指に傷をつけるなんて、犯人には天誅が下ればいいんですよ」
「そう、ですね」
天誅なんて少し古風な言い回しを立川さんがし、苦笑いしかできなかった。
「でもその指じゃ、執筆できませんね」
私の指に、立川さんは顔を曇らせた。
「そう、なんですよねー」
少しくらいなら大丈夫そうだが、やり過ぎてとうとう松岡くんからストップがかかった。
やっと無理したときのことに気づくと、怖くなったし。
「締め切り、間に合いそうにないですか」
「あ、でも、左手は使えますし、いまは音声入力だってありますし。
絶対に間に合わせます」
そうだ、あれは早く書き上げてしまわなければならないのだ。
でも傷は悪化させられないし、松岡くんにも止められたし、悩ましい。
「無理はなさらないでくださいね」
「はい」
立川さんの立場的には必ず応募してほしいところなんだろうけど、気遣ってくれるあたり、非常に申し訳ない。
犯人は私にもだけど、立川さんにも詫びるべきだ。
お茶を飲みながら少しだけ、世間話をした。
「また、猫に引っかかれたんですか」
「ええ、まあ」
自分の右手の傷を確認して、立川さんは痛そうに顔をしかめた。
「無理に仲良くしようとしない方がいいって、前に言いましたよね?」
――見たんだ、立川が猫を捕まえているところ。
もし、もしも。
松岡くんの言う通りだったとしたら?
この傷は無理矢理、猫を捕まえようとしてできた傷かもしれない。
どくん、どくん、と妙に心臓が自己主張をし出す。
暑くもないのに手のひらがじっとりと汗ばんできた。
「いやあ、僕、こらえ性がないもので。
手を出した途端にバシッ、ですよ」
立川さんは笑っているけれど、それは――本当、なのだろうか。
「でも写真は撮れたんですよ。
見ますか?」
「あ、はい」
笑顔で差し出された携帯を受け取る。
そこに写っていたのは猫、猫、猫。
どれも可愛く撮れていて、これが猫を虐待する人が撮った写真だとは思えない。
「可愛いですね」
ほっと心の中で息をつき、笑って彼に携帯を返す。
「でしょ?
もう、触れないからこれで我慢するしかないんですよね」
こんなに猫好きな立川さんが、猫を虐待するなんて考えられない。
きっと、松岡くんの勘違い、だ。
「……大藤先生」
立川さんが声をひそめて少しだけ顔を近づける。
「なんですか」
なので私も、内緒話をするかのように声をひそめた。
「僕、見たんですよ。
彼が猫を捕まえているところ」
「はいっ?」
「しっ!」
思わず、変な声が出る。
立川さんは慌てて、私の唇に人差し指を当てた。
「僕、猫のたまり場巡りが趣味なんですけど。
見たんですよ、彼が猫を捕まえているところ」
いや、全く同じことを松岡くんからも聞いたんだけど。
それって流行っているんですか?
台所にいる松岡くんに聞こえないように、立川さんはこそこそと話した。
「雑に猫を袋に詰め込んで、止める間もなく自転車で走り去ってしまいました。
間違いなく、彼です」
いやいや、そこも車が自転車に変わっただけで全く同じなんですが?
「だから前回、彼に気をつけるように警告したんです。
一連の嫌がらせ犯、猫の死体を送ってきたりしますからね。
大藤先生のところだって猫の血塗れの本が」
だから。
なんでみんな、猫を袋詰めにして連れ去っただけで、その人間が嫌がらせ犯だと確定する?
確かに……疑わしくはあるけど。
「いらないお世話かもしれませんが、できれば距離、取った方がいいですよ」
「はぁ……」
立川さんは大仰に頷いて顔を離した。
私にしてみればいくら立川さんでも、信じろって方が無理だけど。
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