家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第12章 知ってしまった深い愛と絶望

12-5 首筋に噛みつくって普通なのか!?

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 ごはんを食べて時計を見る。

「もうすぐ一時、か」

 時間が近づいてくるにつれてそわそわと落ち着かなくなっていく。
 荷物は林さんが取りに来てくれると言ったが、ひとりだとは限らない。

「もし、松岡くんが一緒だったらどうしよう……」

「どうかしたの?」

 片付けをしていた立川さんが、タオルで手を拭きながら尋ねてくる。

「その。
松岡くんがいる家政婦紹介所の人が来ることになっていて」

「なんで?」

「荷物、置いたままだから……」

 ちらっと、茶の間の隅に置いた荷物へ目を向けた。

「ああ」

 それで納得したのか、立川さんは頷いた。

「僕に言ってくれれば届けておいたのに」

「いや、そんなご迷惑をおかけするわけにはいかないので……」

「どうして?」

 不思議そうに立川さんの首が横に倒れる。

「僕は紅夏のためだったらなんだってしてあげたいからね。
これくらい、どうってことないよ」

「はぁ……」

 いいんだろうか。
 いやよくない。

「そういうわけには……」

「こんにちはー、ひだまり家政婦紹介所の林でーす」

 不毛な言い争いに発展する前に、ナイスタイミングで止められた。

「はーい」

 荷物を持とうとしたら立川さんに取られた。
 そのまま私についてくる。
 玄関の戸の向こうはひとりしか人影がなくて安心して開けた。

「このたびは松岡が大変ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした!」

 私は電話でなにも言っていないのに、林さんは中に入るなり 凄い勢いであたまを下げた。

「ほんとに迷惑してるんですよ」

 はぁっ、これ見よがしに立川さんはため息をついた。

「そちらの松岡さんが紅夏になにをしたのかわかっていますか」

「松岡からは葛西様の気分を害することをしてしまった、としか……」

 林さんを見る、立川さんの視線が冷たい。

「家政夫の領域を越えて恋人関係を強要し。
あまつさえ、ストーカーのようなことまで」

 いや、頼んだのは私なんですが……。
 ガンガン押してきたのは松岡くんだけど。

「す、すみません!」

「だいたいそちらはなにを考えているのですか。
ひとり暮らしの若い女性の家に男性の家政夫などと」

「はい、仰る通りです!」

 林さんは完全に恐縮しきっていて、反対にこちらが申し訳なくなってくる。

「そもそも御社は社員にどのような教育をなさっているのですか」

「大変、申し訳ございません!」

 膝にあたまがつきそうな勢いでお辞儀をして林さんは謝っていて……そろそろ、許してあげてもいいんじゃないでしょうか。

「口で謝るだけなら、いくらでもできますよね」

 はぁっ、再びあきれたように立川さんはため息をついた。

「本当に本当に、私どもの松岡が、大変申し訳ございませんでした!」

「えっ、ちょっ、やめてください!」

 林さんが三和土で土下座しそうになり、慌てて止めた。

「その、悪いのは松岡くんで林さんじゃないので。
林さんが謝る必要はないですし、困ります」

「申し訳ございません!
その、松岡を謝罪にお伺いさせたいのですが……」

「それ……」

「けっこうです」

 私が言うよりも早く、立川さんが冷たく言い放つ。

「そ、それでは……」

 林さんの目にはうっすらと涙が浮いている。
 私だって彼女の立場ならきっと、そうなっていただろう。

「今後二度と、このようなことがないようにしていただきたい。
松岡さんには厳罰と、紅夏には二度と近づかないように誓わせてください。
……いいですね」

「は、はいっ!」

 立川さんからじろりと睨まれ、林さんはとうとう棒立ちでがたがたと震えだした。

「そ、それで。
こ、こちらが解約の書類になります。
さ、サインをいただけますでしょうか」

 差し出された封筒はぶるぶると震えている。
 心の中で苦笑いして受け取り、サインをして戻した。

「あ、ありがとうございます。
そ、それで松岡の荷物というのは……」

「これです」

 立川さんが荷物を押しつける。
 林さんはちゃんと受け取ってくれた。

「ほ、本当に大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。
松岡には重々、言っておきます。
またいままでのご利用、ありがとうございました」

 最後の最後まで林さんはぺこぺことあたまを下げて帰っていった。

「あそこまで彼女を責めなくても……」

 今日の出来事が彼女のトラウマになっていないか祈ってしまう。

「紅夏は優しいんだね」

 いつの間にか背中が壁についていた。
 するり、立川さんの手が私の頬を撫でる。

「紅夏には彼女を責める資格があるのに、庇ってあげるなんて」

「えっと……。
でも、悪いのは松岡くんで、彼女じゃないので」

 どうでもいいですが、私の耳裏のにおいなんて嗅がないで!
 臭くないか心配になってきちゃうから!

「でも部下の責任は上司の責任だよ。
だから、彼女が責められても仕方ない」

 いいから、耳もとで話さないで!
 くすぐったいです!

「なのに庇ってあげるなんて、やっぱり紅夏は僕が思った通り、優しいな……」

 どうでもいいですが、なんで首筋を撫でているんですか!?  もう、嫌な予感しかしないんですが。

「ねぇ。
僕もここに、印つけていい?
彼にはつけさせてたよね」

「……!」

 反射的にあらわにされていた首筋を押さえる。
 おそるおそる見上げると、レンズの向こうと目があった。
 私の目を見たまま、立川さんは口もとだけで僅かに笑った。

「知らないと思ってた?
隠してたつもりだろうけど紅夏に会うとき、首からちらちら噛み痕が見えてたよ」

 つま先から沸騰した血液がF15になって急上昇する。
 なにか言おうと口を開くものの、音は全く出ない。

「ねぇ。
僕もここに紅夏は僕のものって印、つけたいな」

 口角をきれいに上げて立川さんが笑う。
 首筋を押さえていた手は彼に絡め取られ、壁に押さえつけられた。
 ゆっくりと彼の顔が近づいてきて、視線が彷徨う。

「……いっ」

 出そうになった声は、唇を噛みしめて飲み込んだ。
 ただ、ただ噛まれた首が、痛い。

「これで紅夏は僕のもの」

 愉しそうに立川さんが噛み痕を指でなぞる。
 恋愛経験が松岡くんしかない私にはよくわからないが、みんなこんなに噛みつかれているもんなのだろうか。

 仕事部屋に戻って鏡を見たら、くっきりと噛み痕が残っていた。

「これ、消えるのにかなり時間がかかるのに……」

 でもそれだけ、立川さんは私が好きってことでいいんだろうか。
 その気持ちに私はどう、応えたらいいんだろう。
 いきなり推しに告白されたって、現実味がまるでなくて……困る。

「まだ恋愛初心者マークもとれてない私に、わかるかー!」

 あ、なんか叫んだらちょっとすっきりした。
 執筆、再開しよ。
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