58 / 64
最終章 心に決めた人
10-3
しおりを挟む
父に彪夏さんの買ってくれたおみやげを持たせ、タクシーに乗せる。
「彪夏くん、今日はありがとう。
清ちゃんをよろしくね」
「はい。
絶対に幸せにします」
来たときとは違い、笑顔で父と別れた。
「……それで。
私は今から、どこに連れていかれるんですか?」
隣に立つ彪夏さんを見上げる。
父と一緒に帰るつもりだったが、彪夏さんが用があるというので残ったのだ。
「ん?
このままこのホテルにお泊まり。
健太が、俺たちがいるせいか清ねぇ眠れてないみたいって言うしさ。
仕事中もため息多いし。
今日はここでゆっくりしろ」
「ありがとうございます」
器用に私に向かって片目をつぶり、彼はホテルの中へと私を促した。
素直にお礼を言い、それに従う。
部屋に入ったら、ベッドに転がされた。
「顔色もよくないぞ。
いいから寝ろ」
枕元に座った彼の顔を無言で見上げる。
誰も、私の調子が悪いだなんて気づかなかった。
なのに、彪夏さんにはわかるなんて。
彼の大きな手が、私の瞼を閉じさせる。
そのまま、ゆっくりと頭を撫でてくれる手が気持ちいい。
「……彪夏さん。
今日はありがとうございました」
今まで父を注意しなかった人間がいなかったわけじゃない。
大家さんなどは父の顔を見るたび、もっと家族のことを考えてやれと小言を言ってくれた。
しかし、父は人からなにか言われるのが大っ嫌いな人なので、聞く耳持たずどころか返って反発していたように思う。
でも、彪夏さんは父を立てつつ意見を言ってくれたので、父も素直になれたんじゃないかな。
「いや?
俺は別に」
彪夏さんは優しい。
私だけじゃなく、家族も気遣ってくれる。
そんな彪夏さんを、私は愛している。
でも、彼は私を決して好きになってくれない。
結婚はしてくれるのに。
それが私の胸を締め付け、不眠へと誘っていた。
「……彪夏、さん」
寝返りを打って、彼の手を掴む。
「ん?」
「……抱いて」
この心が埋まらないのならば。
せめて、身体だけでも慰めてほしい。
「清子?」
「抱いて、ください」
その手を抱き締めて固く丸くなり、顔は見ずに同じ言葉を繰り返す。
「莫迦。
無理するな」
あやすように彪夏さんの手が、私の頭をぽんぽんした。
「……無理、してません。
どうせ結婚したら、そういうことしないといけないんですし」
「俺は結婚しても、清子を抱かないよ」
するりと私の中から、彼の手が逃れていく。
それがひたすら、つらい。
「ならどうして、私と結婚するんですか?
同情ですか?」
顔を上げて目のあった彼は、酷く苦しそうな顔をしていた。
「……そう、だな。
同情だ」
眼鏡の奥で泣きだしそうに目を歪め、彪夏さんが笑う。
わかっていた事実を自分から確認してしまい、どこまでも深い穴に落ちていっているようだった。
「……はぁーっ」
仕事中にため息をついてしまい、苦笑いしかできない。
「とうとう仕事、外されちゃった……」
仕事にプライベートを持ち込んではいけないはわかっている。
それでも彪夏さんの顔を見ていたら、彼との関係を考えてしまう。
それでなくても集中力が必要な仕事なのに散漫になり、ついに失敗までしてしまう始末。
とうとう嶋谷室長から、やる気がないなら任せられないと御子神社長付を外された。
「情けないなー」
そんな状況だからなおさら仕事に身を入れなければいけないのはわかっているが、彪夏さんの顔を見るだけで不安定になって落ち着かない。
……いっそ会社を辞めて、結婚も破棄して。
それで、家族からも離れてどこか遠くでひとり……。
そんな考えまで思い浮かんできていた。
「彪夏くん、今日はありがとう。
清ちゃんをよろしくね」
「はい。
絶対に幸せにします」
来たときとは違い、笑顔で父と別れた。
「……それで。
私は今から、どこに連れていかれるんですか?」
隣に立つ彪夏さんを見上げる。
父と一緒に帰るつもりだったが、彪夏さんが用があるというので残ったのだ。
「ん?
このままこのホテルにお泊まり。
健太が、俺たちがいるせいか清ねぇ眠れてないみたいって言うしさ。
仕事中もため息多いし。
今日はここでゆっくりしろ」
「ありがとうございます」
器用に私に向かって片目をつぶり、彼はホテルの中へと私を促した。
素直にお礼を言い、それに従う。
部屋に入ったら、ベッドに転がされた。
「顔色もよくないぞ。
いいから寝ろ」
枕元に座った彼の顔を無言で見上げる。
誰も、私の調子が悪いだなんて気づかなかった。
なのに、彪夏さんにはわかるなんて。
彼の大きな手が、私の瞼を閉じさせる。
そのまま、ゆっくりと頭を撫でてくれる手が気持ちいい。
「……彪夏さん。
今日はありがとうございました」
今まで父を注意しなかった人間がいなかったわけじゃない。
大家さんなどは父の顔を見るたび、もっと家族のことを考えてやれと小言を言ってくれた。
しかし、父は人からなにか言われるのが大っ嫌いな人なので、聞く耳持たずどころか返って反発していたように思う。
でも、彪夏さんは父を立てつつ意見を言ってくれたので、父も素直になれたんじゃないかな。
「いや?
俺は別に」
彪夏さんは優しい。
私だけじゃなく、家族も気遣ってくれる。
そんな彪夏さんを、私は愛している。
でも、彼は私を決して好きになってくれない。
結婚はしてくれるのに。
それが私の胸を締め付け、不眠へと誘っていた。
「……彪夏、さん」
寝返りを打って、彼の手を掴む。
「ん?」
「……抱いて」
この心が埋まらないのならば。
せめて、身体だけでも慰めてほしい。
「清子?」
「抱いて、ください」
その手を抱き締めて固く丸くなり、顔は見ずに同じ言葉を繰り返す。
「莫迦。
無理するな」
あやすように彪夏さんの手が、私の頭をぽんぽんした。
「……無理、してません。
どうせ結婚したら、そういうことしないといけないんですし」
「俺は結婚しても、清子を抱かないよ」
するりと私の中から、彼の手が逃れていく。
それがひたすら、つらい。
「ならどうして、私と結婚するんですか?
同情ですか?」
顔を上げて目のあった彼は、酷く苦しそうな顔をしていた。
「……そう、だな。
同情だ」
眼鏡の奥で泣きだしそうに目を歪め、彪夏さんが笑う。
わかっていた事実を自分から確認してしまい、どこまでも深い穴に落ちていっているようだった。
「……はぁーっ」
仕事中にため息をついてしまい、苦笑いしかできない。
「とうとう仕事、外されちゃった……」
仕事にプライベートを持ち込んではいけないはわかっている。
それでも彪夏さんの顔を見ていたら、彼との関係を考えてしまう。
それでなくても集中力が必要な仕事なのに散漫になり、ついに失敗までしてしまう始末。
とうとう嶋谷室長から、やる気がないなら任せられないと御子神社長付を外された。
「情けないなー」
そんな状況だからなおさら仕事に身を入れなければいけないのはわかっているが、彪夏さんの顔を見るだけで不安定になって落ち着かない。
……いっそ会社を辞めて、結婚も破棄して。
それで、家族からも離れてどこか遠くでひとり……。
そんな考えまで思い浮かんできていた。
11
あなたにおすすめの小説
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
10 sweet wedding
國樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
続・最後の男
深冬 芽以
恋愛
彩と智也が付き合い始めて一年。
二人は忙しいながらも時間をやりくりしながら、遠距離恋愛を続けていた。
結婚を意識しつつも、札幌に変えるまでは現状維持と考える智也。
自分の存在が、智也の将来の枷になっているのではと不安になる彩。
順調に見える二人の関係に、少しずつ亀裂が入り始める。
智也は彩の『最後の男』になれるのか。
彩は智也の『最後の女』になれるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる