清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 心に決めた人

10-3

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父に彪夏さんの買ってくれたおみやげを持たせ、タクシーに乗せる。

「彪夏くん、今日はありがとう。
清ちゃんをよろしくね」

「はい。
絶対に幸せにします」

来たときとは違い、笑顔で父と別れた。

「……それで。
私は今から、どこに連れていかれるんですか?」

隣に立つ彪夏さんを見上げる。
父と一緒に帰るつもりだったが、彪夏さんが用があるというので残ったのだ。

「ん?
このままこのホテルにお泊まり。
健太が、俺たちがいるせいか清ねぇ眠れてないみたいって言うしさ。
仕事中もため息多いし。
今日はここでゆっくりしろ」

「ありがとうございます」

器用に私に向かって片目をつぶり、彼はホテルの中へと私を促した。
素直にお礼を言い、それに従う。
部屋に入ったら、ベッドに転がされた。

「顔色もよくないぞ。
いいから寝ろ」

枕元に座った彼の顔を無言で見上げる。
誰も、私の調子が悪いだなんて気づかなかった。
なのに、彪夏さんにはわかるなんて。

彼の大きな手が、私の瞼を閉じさせる。
そのまま、ゆっくりと頭を撫でてくれる手が気持ちいい。

「……彪夏さん。
今日はありがとうございました」

今まで父を注意しなかった人間がいなかったわけじゃない。
大家さんなどは父の顔を見るたび、もっと家族のことを考えてやれと小言を言ってくれた。
しかし、父は人からなにか言われるのが大っ嫌いな人なので、聞く耳持たずどころか返って反発していたように思う。
でも、彪夏さんは父を立てつつ意見を言ってくれたので、父も素直になれたんじゃないかな。

「いや?
俺は別に」

彪夏さんは優しい。
私だけじゃなく、家族も気遣ってくれる。
そんな彪夏さんを、私は愛している。
でも、彼は私を決して好きになってくれない。
結婚はしてくれるのに。
それが私の胸を締め付け、不眠へと誘っていた。

「……彪夏、さん」

寝返りを打って、彼の手を掴む。

「ん?」

「……抱いて」

この心が埋まらないのならば。
せめて、身体だけでも慰めてほしい。

「清子?」

「抱いて、ください」

その手を抱き締めて固く丸くなり、顔は見ずに同じ言葉を繰り返す。

「莫迦。
無理するな」

あやすように彪夏さんの手が、私の頭をぽんぽんした。

「……無理、してません。
どうせ結婚したら、そういうことしないといけないんですし」

「俺は結婚しても、清子を抱かないよ」

するりと私の中から、彼の手が逃れていく。
それがひたすら、つらい。

「ならどうして、私と結婚するんですか?
同情ですか?」

顔を上げて目のあった彼は、酷く苦しそうな顔をしていた。

「……そう、だな。
同情だ」

眼鏡の奥で泣きだしそうに目を歪め、彪夏さんが笑う。
わかっていた事実を自分から確認してしまい、どこまでも深い穴に落ちていっているようだった。



「……はぁーっ」

仕事中にため息をついてしまい、苦笑いしかできない。

「とうとう仕事、外されちゃった……」

仕事にプライベートを持ち込んではいけないはわかっている。
それでも彪夏さんの顔を見ていたら、彼との関係を考えてしまう。
それでなくても集中力が必要な仕事なのに散漫になり、ついに失敗までしてしまう始末。
とうとう嶋谷室長から、やる気がないなら任せられないと御子神社長付を外された。

「情けないなー」

そんな状況だからなおさら仕事に身を入れなければいけないのはわかっているが、彪夏さんの顔を見るだけで不安定になって落ち着かない。
……いっそ会社を辞めて、結婚も破棄して。
それで、家族からも離れてどこか遠くでひとり……。
そんな考えまで思い浮かんできていた。
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