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第4話 女は子供を産む道具じゃない

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「ダメですよ!」

せっかく父親が認めてくれそうな空気になっていたのに、母親がヒステリックに叫んで台無しにした。

「やはり、嫁に迎えるにはそれなりの血筋の方でなきゃ。
それに、子供をたくさん産んでくださる方じゃないと困ります!
深里さんのようにひとりも産まないなんて、論外です!」

「母さん!」

バン!と思いっきり母親が見合い写真を叩いた途端、有史さんから厳しい声が飛んだ。

「深里をそうやっていつまでも責めるのはやめてください」

有史さんの声は、激しい怒気を孕んでいる。
母親相手でも、これは絶対に許せないのだろう。

「そうやって母さんが深里をいつも責めていたから、深里は死の間際まで僕に子供を残せなくてごめんと詫びて……」

だんだんと有史さんの声が詰まっていき、とうとう俯いてしまった。
もう死にゆくのに、気がかりがそれだなんて悲しすぎる。
それだけこの母親は、深里さんを責めていたのだ。

「……許せない」

重い私の言葉で、全員の視線が集まった。

「女は子供を産む道具じゃありません!
産まなかったからなんだっていうんですか?
子供がいなくったって幸せな夫婦だっています!」

凄い剣幕の私を、有史さんも、ご両親もあっけに取られてみている。

「で、でも、跡取りは必要よ!」

一拍おいて我に返った母親が、捲したててきた。

「今時、血筋が大事とか世襲制とかナンセンスですよ。
優秀な人材が後を継げばいい。
だいたい、そんなもので後継者を決めたりするから、社員が迷惑するんですよ」

そうだ、そうだ。
だから、前の会社はわけのわからない決まりがまかり通り、あんな最低男が部長としてふんぞり返っていたのだ。

「……ぷっ」

言い切ってすがすがしい気分になっていたら、誰かが噴き出す音がした。
――次の瞬間。

「あはははっ、あははっ」

「あははっ、夏音はもう、サイコーだね」

「……は?」

凄い勢いで父親と有史さんが笑いだし、それをわけもわからず見ていた。

「そうだ、お嬢さんの言うとおりだ。
今時、血筋とか世襲制とかで後継者を決めるのはナンセンスだ」

しばらくしてようやく治まったのか、バツが悪そうに小さく咳払いしたあと、父親は座り直した。

「でも、そういう建前も必要なのもわかりますね?」

「……はい」

諭すような視線を送られ、納得する。
だからこそ上手く回る部分もあるのは、理解はしていた。

「しかし、有史は素敵な子を見つけてきたね。
夏音さんならこの家でもやっていけそうだ」

父親が真っ直ぐ私を見て、にっこりと笑う。
この家に来て、初めて名前で呼ばれた。
これは嫁として認めてもらえったってことなのかな……?

「私は認めませんよ!」

せっかく和やかムードになっていたのに、またもやヒステリックに声を上げ、母親が立ち上がる。

「なにあなたも、こんな女をお認めになってるんですか!」

母親に責められ、父親は困っているというよりも悲しんでいるようだった。

「有史さんには天倉家にふさわしい女性をお迎えして、由緒正しき子供を産んでもらわなければ。
こんな女、絶対に認めません!」

ビシッ!と母親の指先が、私に突きつけられる。

「母さん」

「なにっ!?」

声をかけられ、母親は有史さんを憎々しげに睨みつけた。

「僕には夏音以外の女性を妻に迎える気はありません。
諦めてください」

私を指している手を掴んで下ろし、有史さんが真っ直ぐに母親を見据える。
俯いて両手を固く握りしめたかと思ったら、彼女はブルブルと震え出した。

「……どうしてこの家の男どもは」

ぽつりと落としたかと思ったら、勢いよく母親の顔が上がる。

「私の気持ちをわかってくださらないのー!?」

思いっきり雄叫びを上げた途端、彼女はよろめいた。

「おっと」

すぐに父親が立ち上がり、彼女を支える。

「血圧が高いのに、興奮するからだ。
少し、休みなさい」

父親が呼んだお手伝いさんに支えられ、母親はよろよろと部屋を出ていった。

「みっともないところをお見せして、すまない」

「いえ……」

曖昧に笑い、すっかり冷めたお茶を飲む。

「でも、妻の気持ちを理解してほしいとは言わないが、事情は知ってほしい」

「はい」

父親から視線を送られ、姿勢を正した。

「妻はこの家に嫁いできて、なにかと母から分家の娘と嘲られてね。
しかもやっと授かった有史ひとりしか産めなかったから、肩身の狭い思いをしていた」

静かに父親が、新しく淹れてもらったお茶を口に運ぶ。
あれはきっと母親が、義母から言われてきた台詞なのだ。
そう気づくと、急に彼女が不憫になってきた。

「それでつい、血筋や子供に拘ってしまうのだろう。
だからといって許されるわけではないが、わかってやってほしい」

カップーをソーサーに戻し、父親は私に向かって頭を下げた。

「いえ、頭を上げてください……!」

「許してくれるのか?」

顔を上げた彼は縋るようで、この方も奥様をそれだけ愛しているのだと知った。

「正直、それでも許せないです。
でも、お母さんも被害者だって知ったので、ただ責めるのはできないです」

違う環境だったら、母親もあんな考えにはならなかったかもしれない。
彼女だってこの家の被害者なのだ。

「そう言ってくれただけでいい」

ようやく笑った父親は、少し嬉しそうだった。

父親は、母親が有史さんにこれ以上見合い話を持っていかないように止めると、約束してくれた。
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