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第5話 なんで邪魔されたって思ったんだろう

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「そろそろお風呂に入っておいでよ」

「そうですね、じゃあお先に」

勧められて、先に入らせてもらう。
髪と身体を洗い、まったりと湯船に浸かりながらふと気づいた。

「有史さんもTLヒーローの素質があるのか……」

大会社の御曹司で、イケメン。
それにおじさんヒーローだって少数ながらいる。
完全に条件は当てはまっているが、彼の溺愛は深里さん限定なのだ。

「あがりました……」

「ん、僕も入ってこようかな」

脱衣所から出てきた私を見て、有史さんは見ていたタブレットをテーブルに伏せた。

「どうぞ」

今度は彼が脱衣所へと消えていき、私は冷蔵庫からスパークリングウォーターの瓶を掴んでソファーに座った。

「……あつ」

火照った身体に冷たいスパークリングウォーターが染みる。
私は携帯を掴み、先ほどの続きから読み始めた。
物語の中では少しヒーローに気を許し始めたヒロインが、初めてのお泊まりで迫られていた。

「あがったよー」

「あっ、はい!」

有史さんの声で、一気に現実に戻る。
それほどまでに集中して読んでいた。

「長風呂しちゃったよ」

先ほどの私と同じようにスパークリングウォーターの瓶を掴み、彼が隣に座る。

「ここのお風呂、広くてつい、長風呂しちゃいますよね」

「だよね。
いっそうちのお風呂も、ここと同じにリフォームしちゃおうかな?」

有史さんは真剣に悩んでいて、笑ってしまった。

「そろそろ寝ようか」

「……そ、そう、です、……ね」

返事をしながらもつい、しどろもどろになる。
寝るとは、あのベッドに一緒というわけで。

「……私はソファーで寝るので……」

「そんなの、風邪を引くに決まってるだろ?
ダーメ」

回避しようとしたのに強引に手を引かれ、寝室に連れていかれた。

それでも素直にベッドには入れず、足下に座る。
しかし。

「夏音」

有史さんから肩を押され、いとも簡単にベッドの上に転がってしまった。

「今日は檜垣と話が弾んで、楽しそうだったね」

私の上からじっと、彼が見つめている。

「僕の奥さんなのに他の男と仲良くするような悪い奥さんには、お仕置きが必要だよね?」

「ふぁっ!?」

私の顔に落ちかかる髪を払われ、変な声が漏れた。
これはまるで、さっき読んでいた小説を同じなのでは?
ゆっくりと近づいてくる彼の顔を、ただ見ていた。
もうすぐ唇が触れるというとき、彼の胸元から深里さんとの結婚指環が落ちてくる。
その瞬間、彼が止まった。

「……おふざけでもこういうことはするもんじゃないね」

自嘲するかのよう笑い、有史さんが離れる。
彼が促すから、おとなしく一緒の布団に入った。

「檜垣はいい奴だからオススメだよ。
じゃあ、おやすみ」

有史さんは眼鏡を外して置き、私に背を向けてしまった。

「……おやすみなさい」

もそもそと身体を動かし、私も彼に背を向ける。
さっきの有史さんはまるで、嫉妬しているように見えた。
嫉妬って誰に?
檜垣さんに?
でも、なんで?
私と彼は偽装結婚で、そこに恋だの愛だのない。
それに、有史さんは深里さんを今でも愛しているはずなのだ。
だから、檜垣さんに嫉妬するなんてあり得ない。

……キス、できなかったな。

そっと、自分の唇に触れる。
あのとき、深里さんに邪魔されたように感じた。
なんで私、そんなふうに思っていたんだろう……?
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