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第10話 私が淋しくないようにすると決めたのだ
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ほとんど眠れないまま朝を迎える。
「うーっ、やっぱり既読にもなってない……」
携帯の有史さんと私のトークルームには、いくつも私からのメッセージが並んでいるだけだった。
「どうなってるんだろう……」
電話ももちろん繋がらない。
不安で不安で堪らなかった。
もしかしたら直接、会社に行っているかもしれない。
期待して出社した。
会社に着くと、スタッフたちが心配そうに社長室を覗いていた。
そこには有史さんはおらず、末石専務がお義母さんの相手をしていた。
すぐに彼が私に気づいて腰を浮かしたが、それより早くお義母さんがソファーから立ち上がり、社長室から出てくる。
「有史さんがやっと、この会社を辞めて後を継ぎ、私の勧める方と結婚するって言ってくださったの」
「え……」
棒立ちになる私を無視して、彼女のが手を引っ張る。
そのまま、ふらふらと社長室へと連れていかれ、末石専務の隣に座らされた。
「さあ、離婚届にサインしてちょうだい」
嬉しくて堪らないのか、満面の笑みで彼女が私の前に離婚届を広げる。
……こんなの、嘘。
だって有史さんは、これからは私とふたりで幸せになるって誓ってくれた。
無意識に、左手薬指をなぞる。
茫然自失で目を落とした離婚届は、真っ白だった。
檜垣さんとの結婚を決めたときは、すぐに出せるように全部埋めてあったのに。
……もしかして、有史さんの意思じゃ、ない?
今、連絡が取れないのも、なにか理由があるのかも。
一縷の望みが見えた気がして、少しだけ心が軽くなった。
「ちゃんとお礼も用意してありますからね」
離婚届の隣に、お義母さんはペンと一緒にメモ帳のようなものを置いた。
「好きな金額を書いていただいてかまいません」
彼女はにっこりと笑ったが、それは貧乏人の私はお金で言うことを聞かせられるといっているようで、さらに反発心が生まれただけだった。
「お断りします」
離婚届とメモ帳――小切手帳を、彼女のほうへと押し戻す。
想定外の反応だったらしく、お義母さんは笑顔のまま固まっている。
「な、なにをおっしゃっているの!」
しかし一拍あと、ようやく状況を理解したのか、金切り声を上げた。
「こちらが下手に出たら、いい気になって!」
あれでお義母さんとしては下手に出ていたのか。
完全に上から目線で、火に油を注ぐだけでしたが?
「有史さんの口から別れてくれと言われたのなら、考えます。
でも、そうじゃないのなら絶対に別れません。
お引き取りを」
強い意志で、彼女を睨みつける。
これ以上ないほど、私は冷静だった。
「そういうことなんで、お引き取り願いますか?」
さらに末石専務が、お義母さんを無理矢理立たせる。
「あなたたち、こんなことをして許されると思ってるの!」
「ええ。
私も有史から直接聞くまでは、あなたの言葉を信じません。
出ていってください」
「こんな会社、私の一存でどうとでもなるんですからね!」
「そうですか」
淡々と言葉を返しながら喚き立てる彼女の肩を押し、専務は社長室を出ていった。
だんだんとお義母さんの声が聞こえなくなり、そのうち聞こえなくなる。
少しして、末石専務がひとりで戻ってきた。
「追い出してきた。
とりあえず、どういうことが説明してもらおうか」
さっきまでお義母さんが座っていた場所に、重そうに彼が座る。
お義母さんは有史さんがこの会社を辞めて後を継ぐとか言っていたし、彼にとっても他人事ではないのだ。
「だいたい、有史と別れて檜垣と結婚するんじゃなかったのか」
「それは……」
互いに自分の気持ちに素直になり、檜垣さんに謝ってよりを戻したのだと説明する。
「そうか、アイツはようやく、深里を吹っ切ったのか」
末石専務は嬉しそうに顔を綻ばせた。
深里さんに拘り続ける有史さんを心配していたし、そうなるだろう。
「でもそれがなんで、古海と別れて後を継ぐとかになっているんだ?」
「私にもわかりません」
お見合い相手を断り、お母さんにわかってもらうから大丈夫だと有史さんは出ていった。
それがこんな事態になるなんて誰が思う?
「わかった。
俺はツテを頼って情報を集める。
古海も早まったことをしないように」
「はい」
念押しされた頷いた。
しかし、早まったことって末石専務は私がなにをすると思っているんだろう?
……速攻で義実家に乗り込もうとは考えていたけれど。
今はおとなしく仕事をしておけとさらに念押しされたのもあって、仕事をする。
しかし、職場は落ち着きがなかった。
有史さんが社長退任、会社存続の危機となればそうなるよね。
「うーっ、やっぱり既読にもなってない……」
携帯の有史さんと私のトークルームには、いくつも私からのメッセージが並んでいるだけだった。
「どうなってるんだろう……」
電話ももちろん繋がらない。
不安で不安で堪らなかった。
もしかしたら直接、会社に行っているかもしれない。
期待して出社した。
会社に着くと、スタッフたちが心配そうに社長室を覗いていた。
そこには有史さんはおらず、末石専務がお義母さんの相手をしていた。
すぐに彼が私に気づいて腰を浮かしたが、それより早くお義母さんがソファーから立ち上がり、社長室から出てくる。
「有史さんがやっと、この会社を辞めて後を継ぎ、私の勧める方と結婚するって言ってくださったの」
「え……」
棒立ちになる私を無視して、彼女のが手を引っ張る。
そのまま、ふらふらと社長室へと連れていかれ、末石専務の隣に座らされた。
「さあ、離婚届にサインしてちょうだい」
嬉しくて堪らないのか、満面の笑みで彼女が私の前に離婚届を広げる。
……こんなの、嘘。
だって有史さんは、これからは私とふたりで幸せになるって誓ってくれた。
無意識に、左手薬指をなぞる。
茫然自失で目を落とした離婚届は、真っ白だった。
檜垣さんとの結婚を決めたときは、すぐに出せるように全部埋めてあったのに。
……もしかして、有史さんの意思じゃ、ない?
今、連絡が取れないのも、なにか理由があるのかも。
一縷の望みが見えた気がして、少しだけ心が軽くなった。
「ちゃんとお礼も用意してありますからね」
離婚届の隣に、お義母さんはペンと一緒にメモ帳のようなものを置いた。
「好きな金額を書いていただいてかまいません」
彼女はにっこりと笑ったが、それは貧乏人の私はお金で言うことを聞かせられるといっているようで、さらに反発心が生まれただけだった。
「お断りします」
離婚届とメモ帳――小切手帳を、彼女のほうへと押し戻す。
想定外の反応だったらしく、お義母さんは笑顔のまま固まっている。
「な、なにをおっしゃっているの!」
しかし一拍あと、ようやく状況を理解したのか、金切り声を上げた。
「こちらが下手に出たら、いい気になって!」
あれでお義母さんとしては下手に出ていたのか。
完全に上から目線で、火に油を注ぐだけでしたが?
「有史さんの口から別れてくれと言われたのなら、考えます。
でも、そうじゃないのなら絶対に別れません。
お引き取りを」
強い意志で、彼女を睨みつける。
これ以上ないほど、私は冷静だった。
「そういうことなんで、お引き取り願いますか?」
さらに末石専務が、お義母さんを無理矢理立たせる。
「あなたたち、こんなことをして許されると思ってるの!」
「ええ。
私も有史から直接聞くまでは、あなたの言葉を信じません。
出ていってください」
「こんな会社、私の一存でどうとでもなるんですからね!」
「そうですか」
淡々と言葉を返しながら喚き立てる彼女の肩を押し、専務は社長室を出ていった。
だんだんとお義母さんの声が聞こえなくなり、そのうち聞こえなくなる。
少しして、末石専務がひとりで戻ってきた。
「追い出してきた。
とりあえず、どういうことが説明してもらおうか」
さっきまでお義母さんが座っていた場所に、重そうに彼が座る。
お義母さんは有史さんがこの会社を辞めて後を継ぐとか言っていたし、彼にとっても他人事ではないのだ。
「だいたい、有史と別れて檜垣と結婚するんじゃなかったのか」
「それは……」
互いに自分の気持ちに素直になり、檜垣さんに謝ってよりを戻したのだと説明する。
「そうか、アイツはようやく、深里を吹っ切ったのか」
末石専務は嬉しそうに顔を綻ばせた。
深里さんに拘り続ける有史さんを心配していたし、そうなるだろう。
「でもそれがなんで、古海と別れて後を継ぐとかになっているんだ?」
「私にもわかりません」
お見合い相手を断り、お母さんにわかってもらうから大丈夫だと有史さんは出ていった。
それがこんな事態になるなんて誰が思う?
「わかった。
俺はツテを頼って情報を集める。
古海も早まったことをしないように」
「はい」
念押しされた頷いた。
しかし、早まったことって末石専務は私がなにをすると思っているんだろう?
……速攻で義実家に乗り込もうとは考えていたけれど。
今はおとなしく仕事をしておけとさらに念押しされたのもあって、仕事をする。
しかし、職場は落ち着きがなかった。
有史さんが社長退任、会社存続の危機となればそうなるよね。
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