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第二章 結婚ってなんですか?
2-2
仕事が終わり、ロッカールームで携帯を確認したら言っていたとおり猪狩さんからメッセージが入っていた。
食事に行こう、近くのコーヒーショップで待っているから連絡ちょうだいとのことだが、私が断るとか考えないんだろうか。
……まあ、断らないんだけれど。
今、終わったのですぐに向かうと連絡すると急がないでいいと返信があった。
それでも手早く準備を済ませる。
せめて昨日、連絡をくれていたら少しはデートらしい装いができたのにとつい、心の中で愚痴っていた。
それでも少しでもいいから可愛く見られたくて、簡単に髪型を変えてメイクを直す。
「あらー、そんなにめかし込んで男とデートかしら?」
ロッカールームを出たところでねちっこい声が聞こえてきたが、無視だ、無視。
「今日来た、あの男?
安高課長と別れたばかりだというのにやるわね。
あ、もしかしてあの男と二股してたとか?」
私に無視されて気分を害したのか、怒らせて注意を自分に向けさせようとしている彼女にうんざりした。
「言っておきますがあの人は兄の親友で、年は離れていますが幼馴染みのようなものです。
彼にとって私は妹でしかありませんし、私も兄としか思っていません。
勝手にいろいろ邪推するのはいいですが、それがいつか自分に返ってこないといいですね。
では、お先に失礼します」
ぺこりと頭を下げ、あっけにとられている彼女を残して足早にその場を去る。
すぐになまいきだのなんだの悪態をついている声が聞こえてきたが、かまうものか。
「なんでこんなに面倒なんだろ」
下ろしていた髪をくるりと指に巻き目の前に持ってくる。
自分の容姿のせいで変に勘ぐられるのが嫌だ。
けれどそれが、私の日常だった。
待ち合わせのコーヒーショップで猪狩さんはすぐに見つかった。
頼んだカフェラテを手にそこへ向かおうとして、足が止まる。
白シャツに黒のチノパンとラフな格好で、革製のカバーの掛かった本を読んでいるだけなのに、彼は酷く絵になった。
「ひなちゃん」
すぐに私に気づき、彼が眼鏡の向こうで目を細めて柔らかく笑う。
それに頬が熱くなる思いがした。
「すみません、お待たせしました」
「いや。
俺が勝手に待ってたんだし」
読んでいた本を閉じ、彼が傍らに置いてあったボディバッグに入れる。
そんな彼の前に私も腰を下ろした。
「で。
なに食いたい?」
テーブルの上に組んだ両腕をのせ、猪狩さんが前のめりになる。
「えっと。
その前にひとつ、確認したいんですが」
「うん?」
なにか確認されなければいけないことがあっただろうかといった感じに彼は少し不思議そうだが、あれは確認しておかなければならない。
「その。
このあいだ言ってた、……結婚、って……冗談、ですよね?」
そうであってくれと願いを込めて、彼の目を見つめる。
――しかし。
「本気だけど?」
眼鏡の向こうで猪狩さんが二、三度瞬きをする。
それを見てため息が出そうになった。
「あの。
子供の言ったことを真に受ける必要はないと思いますが……」
「そーだなー。
そういう詳しい話はメシ食いながらしよう。
ひなちゃんはなにが食いたい?
ないなら俺が決めるけど」
頬杖をつき、彼はなにが嬉しいのかにこにこ笑って私を見ている。
「あー、えと。
猪狩さんが決めてください」
曖昧な笑顔を彼に向ける。
急に誘われたのでなにも考えていない。
「オーケー。
ひなちゃんは魚系が苦手だったから……」
小さい頃、私が魚があまり得意でなかったのを彼が覚えていて驚いた。
「ひなちゃんはお酒、大丈夫?」
「少しくらいだったら」
「わかった。
近くにちょっとお洒落なバルがあるんだ。
そこでいいかな?」
「はい」
別に異存はなかったので承知した。
コーヒーショップを出て猪狩さんと一緒に歩く。
「今日は突然行って、ごめんね」
「ほんとですよ。
せめて予約してきてくれればよかったのに」
彼は車道側に立ち、さりげなく私をエスコートしてくれた。
「ひなちゃんを驚かせたくってさ。
ごめんごめん」
ぶつかりそうになった人から彼が、肩を抱いて庇ってくれる。
「ん?」
思わず見上げたら、不思議そうな顔をされた。
歩く速さはゆっくりめというよりも私のペースにあわせてくれる。
そういうのが凄く、大人の男の人って感じがした。
いや、少し前まで付き合っていた安高課長だって四つ年上の三十歳で立派な成人男性だったわけだが、自分のペースでどんどん歩いていくから着いていくのが大変だったのだ。
「ここだけど、いい?」
「はい」
着いたのは少し奥まった場所にある、いかにも大人の隠れ家といった感じのお洒落なお店だった。
それにわざわざいいかなどと聞いてくれるとは思わなかった。
店の中もアンティーク調で、以前南フランスへ旅行したときに行ったレストランに雰囲気が似ている。
平日だからかさほど混んでなく、すぐに席へと案内された。
「なに飲む?」
「そうですね……」
向かいあって座った猪狩さんが、私に向かってメニューを広げてくれる。
そういうところも誰かさんと全然違うなと思っていた。
「カシスグレープフルーツ、で」
「わかった。
……すみません」
すぐに軽く手を上げて店員を呼び止め、彼が注文をする。
「ハイボールとカシスグレープフルーツ。
あと、エビマヨ。
とりあえず、以上で」
「かしこまりました」
店員が下がり、私の視線に気づいたのか猪狩さんは苦笑いを浮かべた。
「ここのエビマヨ、絶品なんだ。
あと、ひなちゃん、エビが好きだったなと思って。
エビフライ、いつも大喜びで食べてたよね」
「うっ」
右頬を歪め、彼が意地悪く笑う。
おかげで一瞬、息が詰まった。
食事に行こう、近くのコーヒーショップで待っているから連絡ちょうだいとのことだが、私が断るとか考えないんだろうか。
……まあ、断らないんだけれど。
今、終わったのですぐに向かうと連絡すると急がないでいいと返信があった。
それでも手早く準備を済ませる。
せめて昨日、連絡をくれていたら少しはデートらしい装いができたのにとつい、心の中で愚痴っていた。
それでも少しでもいいから可愛く見られたくて、簡単に髪型を変えてメイクを直す。
「あらー、そんなにめかし込んで男とデートかしら?」
ロッカールームを出たところでねちっこい声が聞こえてきたが、無視だ、無視。
「今日来た、あの男?
安高課長と別れたばかりだというのにやるわね。
あ、もしかしてあの男と二股してたとか?」
私に無視されて気分を害したのか、怒らせて注意を自分に向けさせようとしている彼女にうんざりした。
「言っておきますがあの人は兄の親友で、年は離れていますが幼馴染みのようなものです。
彼にとって私は妹でしかありませんし、私も兄としか思っていません。
勝手にいろいろ邪推するのはいいですが、それがいつか自分に返ってこないといいですね。
では、お先に失礼します」
ぺこりと頭を下げ、あっけにとられている彼女を残して足早にその場を去る。
すぐになまいきだのなんだの悪態をついている声が聞こえてきたが、かまうものか。
「なんでこんなに面倒なんだろ」
下ろしていた髪をくるりと指に巻き目の前に持ってくる。
自分の容姿のせいで変に勘ぐられるのが嫌だ。
けれどそれが、私の日常だった。
待ち合わせのコーヒーショップで猪狩さんはすぐに見つかった。
頼んだカフェラテを手にそこへ向かおうとして、足が止まる。
白シャツに黒のチノパンとラフな格好で、革製のカバーの掛かった本を読んでいるだけなのに、彼は酷く絵になった。
「ひなちゃん」
すぐに私に気づき、彼が眼鏡の向こうで目を細めて柔らかく笑う。
それに頬が熱くなる思いがした。
「すみません、お待たせしました」
「いや。
俺が勝手に待ってたんだし」
読んでいた本を閉じ、彼が傍らに置いてあったボディバッグに入れる。
そんな彼の前に私も腰を下ろした。
「で。
なに食いたい?」
テーブルの上に組んだ両腕をのせ、猪狩さんが前のめりになる。
「えっと。
その前にひとつ、確認したいんですが」
「うん?」
なにか確認されなければいけないことがあっただろうかといった感じに彼は少し不思議そうだが、あれは確認しておかなければならない。
「その。
このあいだ言ってた、……結婚、って……冗談、ですよね?」
そうであってくれと願いを込めて、彼の目を見つめる。
――しかし。
「本気だけど?」
眼鏡の向こうで猪狩さんが二、三度瞬きをする。
それを見てため息が出そうになった。
「あの。
子供の言ったことを真に受ける必要はないと思いますが……」
「そーだなー。
そういう詳しい話はメシ食いながらしよう。
ひなちゃんはなにが食いたい?
ないなら俺が決めるけど」
頬杖をつき、彼はなにが嬉しいのかにこにこ笑って私を見ている。
「あー、えと。
猪狩さんが決めてください」
曖昧な笑顔を彼に向ける。
急に誘われたのでなにも考えていない。
「オーケー。
ひなちゃんは魚系が苦手だったから……」
小さい頃、私が魚があまり得意でなかったのを彼が覚えていて驚いた。
「ひなちゃんはお酒、大丈夫?」
「少しくらいだったら」
「わかった。
近くにちょっとお洒落なバルがあるんだ。
そこでいいかな?」
「はい」
別に異存はなかったので承知した。
コーヒーショップを出て猪狩さんと一緒に歩く。
「今日は突然行って、ごめんね」
「ほんとですよ。
せめて予約してきてくれればよかったのに」
彼は車道側に立ち、さりげなく私をエスコートしてくれた。
「ひなちゃんを驚かせたくってさ。
ごめんごめん」
ぶつかりそうになった人から彼が、肩を抱いて庇ってくれる。
「ん?」
思わず見上げたら、不思議そうな顔をされた。
歩く速さはゆっくりめというよりも私のペースにあわせてくれる。
そういうのが凄く、大人の男の人って感じがした。
いや、少し前まで付き合っていた安高課長だって四つ年上の三十歳で立派な成人男性だったわけだが、自分のペースでどんどん歩いていくから着いていくのが大変だったのだ。
「ここだけど、いい?」
「はい」
着いたのは少し奥まった場所にある、いかにも大人の隠れ家といった感じのお洒落なお店だった。
それにわざわざいいかなどと聞いてくれるとは思わなかった。
店の中もアンティーク調で、以前南フランスへ旅行したときに行ったレストランに雰囲気が似ている。
平日だからかさほど混んでなく、すぐに席へと案内された。
「なに飲む?」
「そうですね……」
向かいあって座った猪狩さんが、私に向かってメニューを広げてくれる。
そういうところも誰かさんと全然違うなと思っていた。
「カシスグレープフルーツ、で」
「わかった。
……すみません」
すぐに軽く手を上げて店員を呼び止め、彼が注文をする。
「ハイボールとカシスグレープフルーツ。
あと、エビマヨ。
とりあえず、以上で」
「かしこまりました」
店員が下がり、私の視線に気づいたのか猪狩さんは苦笑いを浮かべた。
「ここのエビマヨ、絶品なんだ。
あと、ひなちゃん、エビが好きだったなと思って。
エビフライ、いつも大喜びで食べてたよね」
「うっ」
右頬を歪め、彼が意地悪く笑う。
おかげで一瞬、息が詰まった。
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