上 下
2 / 45
1章

初めての夜 1

しおりを挟む
 係長が連れて来てくれたのは、路地奥にあるどこか雰囲気のある焼き鳥屋さんだった。
 おじさんたちが楽しそうにテーブルを囲んでお酒を飲んでいるのを背中に、並んでカウンター席に座る。

「洒落た店を知らなくてすまない……」

 そう言いながら日本酒を飲む係長は絵になった。

 私は普段はほとんどお酒は飲まないけれど、今日は飲みたい気分だった。白桃酒をロックで一気に飲み干して、お代わりに梅酒のロックを頼む。

「ひとりになりたくなかったので助かりました」

 炭火で焼かれたもも肉がとてもおいしい。

 梅酒のグラスも空になって、カシスオレンジを注文した。

「そんなペースで飲んで大丈夫なのか?」
「わかりませぇん」

 呂律が怪しくなっていた。アルコールのせいか身体が熱くて重い。一枚板のテーブルに額を付ける。

「10年、片想いしてたんです。ロリ巨乳は男のロマンだって言うから、信じてたんです。なのに奥さんになった人は、モデルみたいにスラッとした人だったんです」

 じわりと涙が浮かんできた。
 何も知らない係長に向かって何を口走っているのだろう。
 頭の中の冷静な私はそう思ったけれど、止まらなかった。

「……確かに、ロリ巨乳は男のロマンだな」

 係長が甘い良い声で冷静に肯定するから、何だかおかしくなった。

「……っ! セクハラだって訴えないでくれよ」
「そんなことしませんよぉ」

 うろたえる姿を見て、さらにおもしろくなってしまう。

「それなら係長が引き取ってくださいよ。私、彼氏いない歴年の数の処女なんで」

 酔いに任せてケラケラ笑いながら係長の二の腕を軽く叩く。

「良いのか?」

 この人が冗談を口にするなんて想像もしたことがなかった。
 口数の少ない、真面目な上司だとばかり思い込んでいた。

「係長なら良いですよー」

 推しに似てるし、という言葉は辛うじて飲み込んだ。仕事場で私の趣味を知っている人は数人しかいない。
 係長みたいな男前には無縁の世界だと思う。

 勢い良くカシスオレンジを呷る。さらにお酒の追加をしようとしたけれど、係長に止められた。

「酔った勢いで記憶がないなんて、言われたくない」

 真剣な係長に眼差しにどきりとする。まつ毛が長くて、切れ長の双眸。鼻筋は通っているし、引き締まった口元も素敵だ。顔全体のバランスがとても良い。改めて知的な美形だと思った。

 食事もそこそこに店を出る。支払いは全て係長がしてくれた。

 再び結婚式場やホテルの集まる海沿いへ、手を繋いでお互い無言で歩く。
 シティホテルはたくさんある地域だけど、観光客も多いので土曜日の夜に飛び込みで客室は空いていないと思っていた。

 だけど係長は迷いなく中堅どころのホテルに私を連れて行く。
 ロビーでカードキーを受け取っている間も、なぜか身体が動かなかった。
しおりを挟む

処理中です...