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4章
恋の棘 3
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誠史郎さんのマンションまで眞澄くんは自転車を飛ばして来たみたいだ。エントランスの自動ドア近くに放り出されていた。
ふたり乗りは危ないから、時間はかかるけれど夕陽の中を歩いて帰ることにする。
しばらく互いに無言だった。少なくとも私は何を話せば良いのかわからなかった。
けれど自転車を押しながら歩く眞澄くんの硬い表情の横顔に、私が耐えられなくなってしまった。
「も、もうすぐゴールデンウィークだね!遊園地とか行きたいね!」
眞澄くんからの返答はない。だけどここで心が折れてはならないとひとりで喋り続ける。そうしないといけない気がしたから。
「温泉でのんびりとかも良いかも。あ、でも、テストも近いし……」
「俺は温泉が良いな」
眞澄くんがようやく優しく微笑んで返答してくれたことが嬉しくなって、思わずぴょんと跳ねてしまう。
「じゃあ早く探して予約しなきゃ。みんなにも意見を聞いて……」
こう言うことの手配をしてくれるのは、大抵、誠史郎さん。そう思ってしまうとシナプスが繋がってしまって、さっきの誠史郎さんの優艶な瞳と、生々しい感触が甦ってしまう。そうすると続く言葉が出て来なくなった。
今は眞澄くんといるのだからこれではいけない。気を取り直そうと深呼吸する。
「みさき」
眞澄くんに名前を呼ばれて、私ははっと顔を上げた。
「ここ、寄って行こう」
ちょうど、大きめ公園の前を通りかかっていた。
夕食の時間が近くなって、日が暮れているから、遊んでいる子どもはいなかった。
公園を取り囲むように植えられた桜はもう散ってしまって、新緑が芽吹き初めていた。
駐輪場に自転車を停めた眞澄くんは私の手を握った。
こちらを見ずにベンチへ進んでいく。手を繋いだまま、並んで木製のベンチに腰かけた。
「温泉に行くならみんなじゃなくてさ。ふたりで行かないか?」
少し照れた表情でこちらを見ない眞澄くんだけどはっきりとそう言った。
「えっ!?」
驚いて大きな声が出てしまう。そのことに私自身が驚いて、口元を空いている手で覆う。
「そんなに驚くなよ」
オレンジに染まる眞澄くんは苦笑しながら私に振り向いたけれど、すぐに真剣な眼差しになった。
「俺はみさきとふたりきりが良い」
眞澄くんの大きな手が私の手を強く握った。漆黒の瞳から目が離せなくなる。
彼は何か言いかけて躊躇った。
「眞澄……くん?」
眞澄くんの緊張感が私にまで伝わってくる。
「あー! くそっ」
悪態をつきながら彼は突然繋いだままだった手を引き寄せて、座ったまま力強く私を抱き締めた。
「こっち、見るなよ」
眞澄くんの胸に顔を埋める体制になってしまった。彼は私の後頭部を優しく撫でる。
「……みさきが好きだ」
息を飲んで目を見開いてしまう。鼓膜に届く眞澄くんの心臓の音が、これは夢ではないと自覚させてくる。
「え……えっと……。その……」
顔が真っ赤になっていると自分でもわかるほど熱い。
「……困らせるつもりはなかったけど、みさきに知ってもらいたかった。俺はみさきを特別に思ってるって」
するりと眞澄くんの手が伸びてきて、そっと私のあごを捕らえた。顔を上に向けられると、澄んだ黒曜石のような瞳が私を覗きこんでくる。
「だから、みさきにも考えてもらいたい。俺はみさきの恋人になれるか」
彼の言葉に、私の身体は考えるより早くうなずいた。
「……ありがとう」
穏やかに微笑んだ眞澄くんの唇が、私の前髪に触れる。
今日は余りにも目まぐるしくいろんなことが起こるから、私の処理能力では追いつかなくて放心状態になってしまった。
「ゆっくりで良いから。だけど、俺ももう我慢しない」
そっと額を合わせた眞澄くんは穏やかな光を双眸に湛えていた。
普段と変わらない他愛ない会話をしながら家に到着する。誠史郎さんの車が駐車場に停まっていた。
うちに戻って来てくれてほっとしたけれど、困惑もしている。どんな顔をして中に入れば良いのかわからない。
決めかねたまま、無策でただいまと言って眞澄くんと私が家に入る。誠史郎さんもまだ来たばかりだったようで、玄関を上がったところに背中があった。
「お帰りなさい」
「た、ただいまです……」
私はとっさに対応でききなくて、明らかに不審な言動になってしまった。誠史郎さんはさすがで、特段変わらない様子だけど、眞澄くんは少し気まずそうに唇を結ぶ。
「……そんな顔をされると私も困ってしまいます」
苦笑した誠史郎さんがつぶやいた言葉は、どちらに向けられたものなのか私は判断がつかなかった。
どうしようと考えている間に、眞澄くんが口を開いた。
「……さっきは、ごめん」
眞澄くんの言葉に私も驚いたけれど、誠史郎さんも一瞬狼狽したように感じた。
「だけど、みさきを渡す気はないから」
「それはお互い様です」
真正面から対峙する眞澄くんと薄く微笑む誠史郎さんの間で私は右往左往する。
そんな時に、ふと思い出して気になったことがあった。
「そういえば、誠史郎さん。お祖父ちゃんの術が発動って何ですか?」
「それはみさきさんおひとりで考えてください」
誠史郎さんは相好を崩すと、またさっきのように私の唇に人差し指を触れさせる。
「おかえりー!みんなどこ行ってたの?」
軽やかな足取りで、裕翔くんがリビングから出迎えに来てくれた。
「私のマンションです」
「オレ、行ったことなーい」
「特におもしろい場所でもありませんよ」
誠史郎さんの纏う空気がいつもより円やかに感じたのは、私の気のせいでは無いと思う。
何だか今日はとても疲れた。
今日中にやるべきことを何とか全て終えて、私はドサッとうつ伏せでベッドに倒れ込む。
みやびちゃんに話したかったけれど、今日に限ってここで寝ていない。
目を閉じると、ふたりの顔を思い出す。
誠史郎さんも眞澄くんも、とても真剣な眼差しだった。
今まで考えたことも無かった。みんなのことは大好きだけど、それが恋に変わるなんて。
ごろりと仰向けになるように身体を動かす。
「……私が『特別に』好きなひと」
それは私にとってはとても難しい考え事だった。
みんな大切。みんな大好き。
もうそんな風にはいられない。
逃げないで、答えを出さなければいけない。
ふたり乗りは危ないから、時間はかかるけれど夕陽の中を歩いて帰ることにする。
しばらく互いに無言だった。少なくとも私は何を話せば良いのかわからなかった。
けれど自転車を押しながら歩く眞澄くんの硬い表情の横顔に、私が耐えられなくなってしまった。
「も、もうすぐゴールデンウィークだね!遊園地とか行きたいね!」
眞澄くんからの返答はない。だけどここで心が折れてはならないとひとりで喋り続ける。そうしないといけない気がしたから。
「温泉でのんびりとかも良いかも。あ、でも、テストも近いし……」
「俺は温泉が良いな」
眞澄くんがようやく優しく微笑んで返答してくれたことが嬉しくなって、思わずぴょんと跳ねてしまう。
「じゃあ早く探して予約しなきゃ。みんなにも意見を聞いて……」
こう言うことの手配をしてくれるのは、大抵、誠史郎さん。そう思ってしまうとシナプスが繋がってしまって、さっきの誠史郎さんの優艶な瞳と、生々しい感触が甦ってしまう。そうすると続く言葉が出て来なくなった。
今は眞澄くんといるのだからこれではいけない。気を取り直そうと深呼吸する。
「みさき」
眞澄くんに名前を呼ばれて、私ははっと顔を上げた。
「ここ、寄って行こう」
ちょうど、大きめ公園の前を通りかかっていた。
夕食の時間が近くなって、日が暮れているから、遊んでいる子どもはいなかった。
公園を取り囲むように植えられた桜はもう散ってしまって、新緑が芽吹き初めていた。
駐輪場に自転車を停めた眞澄くんは私の手を握った。
こちらを見ずにベンチへ進んでいく。手を繋いだまま、並んで木製のベンチに腰かけた。
「温泉に行くならみんなじゃなくてさ。ふたりで行かないか?」
少し照れた表情でこちらを見ない眞澄くんだけどはっきりとそう言った。
「えっ!?」
驚いて大きな声が出てしまう。そのことに私自身が驚いて、口元を空いている手で覆う。
「そんなに驚くなよ」
オレンジに染まる眞澄くんは苦笑しながら私に振り向いたけれど、すぐに真剣な眼差しになった。
「俺はみさきとふたりきりが良い」
眞澄くんの大きな手が私の手を強く握った。漆黒の瞳から目が離せなくなる。
彼は何か言いかけて躊躇った。
「眞澄……くん?」
眞澄くんの緊張感が私にまで伝わってくる。
「あー! くそっ」
悪態をつきながら彼は突然繋いだままだった手を引き寄せて、座ったまま力強く私を抱き締めた。
「こっち、見るなよ」
眞澄くんの胸に顔を埋める体制になってしまった。彼は私の後頭部を優しく撫でる。
「……みさきが好きだ」
息を飲んで目を見開いてしまう。鼓膜に届く眞澄くんの心臓の音が、これは夢ではないと自覚させてくる。
「え……えっと……。その……」
顔が真っ赤になっていると自分でもわかるほど熱い。
「……困らせるつもりはなかったけど、みさきに知ってもらいたかった。俺はみさきを特別に思ってるって」
するりと眞澄くんの手が伸びてきて、そっと私のあごを捕らえた。顔を上に向けられると、澄んだ黒曜石のような瞳が私を覗きこんでくる。
「だから、みさきにも考えてもらいたい。俺はみさきの恋人になれるか」
彼の言葉に、私の身体は考えるより早くうなずいた。
「……ありがとう」
穏やかに微笑んだ眞澄くんの唇が、私の前髪に触れる。
今日は余りにも目まぐるしくいろんなことが起こるから、私の処理能力では追いつかなくて放心状態になってしまった。
「ゆっくりで良いから。だけど、俺ももう我慢しない」
そっと額を合わせた眞澄くんは穏やかな光を双眸に湛えていた。
普段と変わらない他愛ない会話をしながら家に到着する。誠史郎さんの車が駐車場に停まっていた。
うちに戻って来てくれてほっとしたけれど、困惑もしている。どんな顔をして中に入れば良いのかわからない。
決めかねたまま、無策でただいまと言って眞澄くんと私が家に入る。誠史郎さんもまだ来たばかりだったようで、玄関を上がったところに背中があった。
「お帰りなさい」
「た、ただいまです……」
私はとっさに対応でききなくて、明らかに不審な言動になってしまった。誠史郎さんはさすがで、特段変わらない様子だけど、眞澄くんは少し気まずそうに唇を結ぶ。
「……そんな顔をされると私も困ってしまいます」
苦笑した誠史郎さんがつぶやいた言葉は、どちらに向けられたものなのか私は判断がつかなかった。
どうしようと考えている間に、眞澄くんが口を開いた。
「……さっきは、ごめん」
眞澄くんの言葉に私も驚いたけれど、誠史郎さんも一瞬狼狽したように感じた。
「だけど、みさきを渡す気はないから」
「それはお互い様です」
真正面から対峙する眞澄くんと薄く微笑む誠史郎さんの間で私は右往左往する。
そんな時に、ふと思い出して気になったことがあった。
「そういえば、誠史郎さん。お祖父ちゃんの術が発動って何ですか?」
「それはみさきさんおひとりで考えてください」
誠史郎さんは相好を崩すと、またさっきのように私の唇に人差し指を触れさせる。
「おかえりー!みんなどこ行ってたの?」
軽やかな足取りで、裕翔くんがリビングから出迎えに来てくれた。
「私のマンションです」
「オレ、行ったことなーい」
「特におもしろい場所でもありませんよ」
誠史郎さんの纏う空気がいつもより円やかに感じたのは、私の気のせいでは無いと思う。
何だか今日はとても疲れた。
今日中にやるべきことを何とか全て終えて、私はドサッとうつ伏せでベッドに倒れ込む。
みやびちゃんに話したかったけれど、今日に限ってここで寝ていない。
目を閉じると、ふたりの顔を思い出す。
誠史郎さんも眞澄くんも、とても真剣な眼差しだった。
今まで考えたことも無かった。みんなのことは大好きだけど、それが恋に変わるなんて。
ごろりと仰向けになるように身体を動かす。
「……私が『特別に』好きなひと」
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