46 / 145
6章
君のとなり 6
しおりを挟む
「貴重な情報、ありがと」
裕翔くんは地面に寝転んだままの紫綺くんを起こそうと、もう一度手を差し伸べる。
だけど仰向けに倒れた色の白い青年は、目の前にある手を一瞥して、ふん、と小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
「ほんっとヘタクソな結界だな」
なぜか私へとばっちりがきた。でも彼はいつも間近で遥さんの張る結界を見ているのだから仕方がない。自分でも月とスッポンだと思う。
「……ごめんなさい」
「何で謝る」
紫綺くんにドスの利いた声ですごまれ、鋭く睨まれると驚いてしまって、私は小さく飛び上がった。
「ごっ、ごめんなさい」
「まーまー、そう虐めたりな」
私がおろおろしまっていると、透さんが紫綺くんを宥めるように僅かに苦笑しながら間に入ってくれる。
「お前、遥の弟だろ」
大の字で寝転んだままで顔だけこちらへ向ける。
「せや。知ってたんか」
「弟がいるとは遥が言ってたから、顔を見たらわかった。作りは似てるのに、全然似てないな」
「兄弟なんてそんなモンやろ」
「……もう、忘れた」
その声と夜空を見上げる双眸には寂寥が含まれていた。紫綺くんにも兄弟がいたのかもしれない。
「透のお兄さんに、許可は取ってるのか?」
起き上がろとしない紫綺くんの傍らに、眞澄くんは彼の顔を覗き込むように屈んだ。
「どういう意味だ?」
紫綺くんは不機嫌そうに片方の眉だけを跳ね上げる。
「言葉の通りだよ。裕翔に会いにくるのも、翡翠の居場所を教えるのも了解を取ってるのか?」
「俺が何をどうしようと俺の自由だ」
そう言って額にかかる長い前髪を掻き上げた紫綺くんは、どこか投げやりで寂しそうに見えた。確かに遥さんは紫綺くんが何をしても叱責しない気がする。だけど。
「……ふたりで決めたいの?」
私は透さんの後ろから、少し顔を出して聞いてみる。紫綺くんに再び辛辣な視線を向けられてしまった。
「イライラさせる女だな!」
強い語気に驚いたけれど、今度は逃げも隠れもしなかった。むしろ少し前に出て何か言い返そうと思った。
「……図星?」
言ってからしまったと思ったけれど、口をついた言葉はもう取り消すことができない。眞澄くんがぎょっとした表情で私と紫綺くんを見比べる。
「そんなわけ……っ」
ずっと起き上がろうとしなかった紫綺くんが慌てたような表情で、首から上だけを持ち上げた。そのまま身体を起こすのかと思いきや、無表情になって再び地面に後頭部を戻してしまう。
「寂しいなんて思ってない!だいたい、俺たちは対当だ!俺はお前たちよりずっと長生きしてるんだからな!」
「そのわりには……」
ぎろりと紫綺くんに睨まれた透さんは肩を竦めて見せる。
「あいつがそれをわかってないから、わからせてやろうと思ってた!お前たち兄弟はどんな育て方をされたんだ!?傲慢だな!」
今度は透さんに矛先が向いてしまう。言い方は難があるけれど、紫綺くんが遥さんと一緒にいたいのはわかった。
「なるほどー。ハルカがシキはオレに勝てないとか言ったんだ」
まだ銀色の瞳の裕翔くんがのんびり言うと、紫綺くんがまた不機嫌そうに眉根を寄せる。
「みさきがいたから、オレの方が強かったね」
胸を張ってにかっと笑った裕翔くんに、紫綺くんは鼻先でふんと笑い返す。そして器用に目を眇めて私を見た。
「この女が俺の敗因だと?」
「そーだよ。みさきがいるから、オレは強くなる」
「空っぽの分際で……」
「別に良いよ。これからいろいろ詰めていくから」
そう言った裕翔くんはとても大人びていた。紫綺くんも言葉に詰まってしまっている。
「……勝負あったな」
透さんが呟くと、眞澄くんも安心したように微笑んで立ち上がる。
「またいつでも遊びに来てよ。シキと戦うの楽しいから。次はみさきの力を借りなくても勝てるようになっとくけど」
「遊びになんて来ない。お前に勝つだけだ」
紫綺くんは立ち上がって汚れを払い、衣服の乱れを正す。長い髪の、凛とした涼しげな青年がそこにいた。
「ついでにもうひとつ教えてやる。理沙子は吸血鬼だ」
家に着くと、淳くんは夕飯を作り終えていて、誠史郎さんも戻っていたわ。リビングのソファーやダイニングチェアにそれぞれ座って一息つく。
眞澄くんと透さんが要旨を伝えてくれた。裕翔くんは疲れたみたいで床に倒れこんでいる。
「……そうか。亘理さんのところに……」
淳くんの長い睫毛が白い頬に陰を落とす。心配になった私に、淳くんはすぐにいつもの穏やかな微笑みを見せてくれた。
「大丈夫だよ。亘理さんのところなら、翡翠が今すぐ僕たちに危害を加えられないだろうから、むしろ安心したぐらいだ」
淳くんが安心させようとしてくれているのがわかったから、私は頷く。淳くんも優しく両目を細めて、こくりと首を縦に振ってくれた。
亘理さんの会社のことはインターネットでは表向きのことしか調べられなかった。真堂の情報網を使ってこれから詳しいことを探ることになる。
「社員に吸血種とは……。亘理さんはかなりの手練れのようですね」
「遥とおんなじで、シキみたいな自尊心の塊に好かれてるんかもしれへんで」
透さんの言葉で、少し辛そうに見えた紫綺くんの表情を思い出した。そして遥さんが悩み多き青年だと言っていたことと重なる。裕翔くんに対して空っぽだと絡むことも何かある気がする。
『白』の血の持ち主の遥さんの傍にずっといるのに眷属になっていないところを見ると、彼は血の香りに強固な理性が働くのだと思う。
今度は紫綺くんと、きちんとお話ができると良いなと思った。
裕翔くんは地面に寝転んだままの紫綺くんを起こそうと、もう一度手を差し伸べる。
だけど仰向けに倒れた色の白い青年は、目の前にある手を一瞥して、ふん、と小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
「ほんっとヘタクソな結界だな」
なぜか私へとばっちりがきた。でも彼はいつも間近で遥さんの張る結界を見ているのだから仕方がない。自分でも月とスッポンだと思う。
「……ごめんなさい」
「何で謝る」
紫綺くんにドスの利いた声ですごまれ、鋭く睨まれると驚いてしまって、私は小さく飛び上がった。
「ごっ、ごめんなさい」
「まーまー、そう虐めたりな」
私がおろおろしまっていると、透さんが紫綺くんを宥めるように僅かに苦笑しながら間に入ってくれる。
「お前、遥の弟だろ」
大の字で寝転んだままで顔だけこちらへ向ける。
「せや。知ってたんか」
「弟がいるとは遥が言ってたから、顔を見たらわかった。作りは似てるのに、全然似てないな」
「兄弟なんてそんなモンやろ」
「……もう、忘れた」
その声と夜空を見上げる双眸には寂寥が含まれていた。紫綺くんにも兄弟がいたのかもしれない。
「透のお兄さんに、許可は取ってるのか?」
起き上がろとしない紫綺くんの傍らに、眞澄くんは彼の顔を覗き込むように屈んだ。
「どういう意味だ?」
紫綺くんは不機嫌そうに片方の眉だけを跳ね上げる。
「言葉の通りだよ。裕翔に会いにくるのも、翡翠の居場所を教えるのも了解を取ってるのか?」
「俺が何をどうしようと俺の自由だ」
そう言って額にかかる長い前髪を掻き上げた紫綺くんは、どこか投げやりで寂しそうに見えた。確かに遥さんは紫綺くんが何をしても叱責しない気がする。だけど。
「……ふたりで決めたいの?」
私は透さんの後ろから、少し顔を出して聞いてみる。紫綺くんに再び辛辣な視線を向けられてしまった。
「イライラさせる女だな!」
強い語気に驚いたけれど、今度は逃げも隠れもしなかった。むしろ少し前に出て何か言い返そうと思った。
「……図星?」
言ってからしまったと思ったけれど、口をついた言葉はもう取り消すことができない。眞澄くんがぎょっとした表情で私と紫綺くんを見比べる。
「そんなわけ……っ」
ずっと起き上がろうとしなかった紫綺くんが慌てたような表情で、首から上だけを持ち上げた。そのまま身体を起こすのかと思いきや、無表情になって再び地面に後頭部を戻してしまう。
「寂しいなんて思ってない!だいたい、俺たちは対当だ!俺はお前たちよりずっと長生きしてるんだからな!」
「そのわりには……」
ぎろりと紫綺くんに睨まれた透さんは肩を竦めて見せる。
「あいつがそれをわかってないから、わからせてやろうと思ってた!お前たち兄弟はどんな育て方をされたんだ!?傲慢だな!」
今度は透さんに矛先が向いてしまう。言い方は難があるけれど、紫綺くんが遥さんと一緒にいたいのはわかった。
「なるほどー。ハルカがシキはオレに勝てないとか言ったんだ」
まだ銀色の瞳の裕翔くんがのんびり言うと、紫綺くんがまた不機嫌そうに眉根を寄せる。
「みさきがいたから、オレの方が強かったね」
胸を張ってにかっと笑った裕翔くんに、紫綺くんは鼻先でふんと笑い返す。そして器用に目を眇めて私を見た。
「この女が俺の敗因だと?」
「そーだよ。みさきがいるから、オレは強くなる」
「空っぽの分際で……」
「別に良いよ。これからいろいろ詰めていくから」
そう言った裕翔くんはとても大人びていた。紫綺くんも言葉に詰まってしまっている。
「……勝負あったな」
透さんが呟くと、眞澄くんも安心したように微笑んで立ち上がる。
「またいつでも遊びに来てよ。シキと戦うの楽しいから。次はみさきの力を借りなくても勝てるようになっとくけど」
「遊びになんて来ない。お前に勝つだけだ」
紫綺くんは立ち上がって汚れを払い、衣服の乱れを正す。長い髪の、凛とした涼しげな青年がそこにいた。
「ついでにもうひとつ教えてやる。理沙子は吸血鬼だ」
家に着くと、淳くんは夕飯を作り終えていて、誠史郎さんも戻っていたわ。リビングのソファーやダイニングチェアにそれぞれ座って一息つく。
眞澄くんと透さんが要旨を伝えてくれた。裕翔くんは疲れたみたいで床に倒れこんでいる。
「……そうか。亘理さんのところに……」
淳くんの長い睫毛が白い頬に陰を落とす。心配になった私に、淳くんはすぐにいつもの穏やかな微笑みを見せてくれた。
「大丈夫だよ。亘理さんのところなら、翡翠が今すぐ僕たちに危害を加えられないだろうから、むしろ安心したぐらいだ」
淳くんが安心させようとしてくれているのがわかったから、私は頷く。淳くんも優しく両目を細めて、こくりと首を縦に振ってくれた。
亘理さんの会社のことはインターネットでは表向きのことしか調べられなかった。真堂の情報網を使ってこれから詳しいことを探ることになる。
「社員に吸血種とは……。亘理さんはかなりの手練れのようですね」
「遥とおんなじで、シキみたいな自尊心の塊に好かれてるんかもしれへんで」
透さんの言葉で、少し辛そうに見えた紫綺くんの表情を思い出した。そして遥さんが悩み多き青年だと言っていたことと重なる。裕翔くんに対して空っぽだと絡むことも何かある気がする。
『白』の血の持ち主の遥さんの傍にずっといるのに眷属になっていないところを見ると、彼は血の香りに強固な理性が働くのだと思う。
今度は紫綺くんと、きちんとお話ができると良いなと思った。
0
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜
具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。
主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。
みたいなはなし
※表紙はAIです
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる