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透ルート 1章
ふたりの花嫁 5
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すぐ傍にヒトの気配がある気がして目が覚める。まだはっきりしない視界にぼんやり誰かの輪廓が映った。
「かわいい寝顔やなあ」
心地よい美声が鼓膜をくすぐる。
「透さん……?」
どうして隣で寝転んでいるのだろうと思いながら目を擦る。
「おはようございます……」
そう言ったけれど、まだ眠くて瞼が自然に落ちてくる。うとうとしていると不意に抱きすくめられ、唇を重ねられた。
驚いて覚醒したけれど、透さんはキスを止めてくれない。
息が苦しくなってきて、解放してもらおうと胸の辺りを押そうとした。掌に触れたのが素肌だったことにまたびっくりして、両腕をベッドの上に戻してしまう。
本当に何も着ないで寝たのか心配になった。かぜをひいてしまう。
戸惑っている間にお互いの指が絡まり合い、透さんの舌が口の中に侵入してきて好き勝手に弄ばれる。もがけばもがくほど、深く繋がってしまう。
「っん……!」
何とか唇を離してもらおうと頭を横に振ろうとした。でも上手く力が入らない。意思が通じたのか柔らかい筋肉でできた赤い粘膜がちろりと私の唇を舐めて、ようやく長い口づけは終わった。
呼吸が乱れて、身体に力が入らない。
「とっ……透さん!」
鏡を見なくても私の顔が真っ赤になっているとわかる。
「タヌキ寝入りでちゅーのおねだりしたんやろ?」
悪びれた様子など全く無く、吐息が触れる距離で透さんの秀麗な面がいたずらっ子のように微笑む。
「違います!」
「怒った顔もかわいいなあ」
余裕綽々で大きな手が頬に触れた。透さんは誰にでもこうして甘い言葉をささやくのだろうか。言動が慣れている気がする。
「フリだって……」
顔を背けつつ透さんの鎖骨の辺りに手を当てて力を込める。油断したらまた強引なキスをされると警戒した。
嫌なわけじゃない。だけどこのもやもやしたものが何かわからないまま流されたくなかった。
「これも立派なフリやん。それにみさきちゃん、俺とキスするの嫌やないやろ?」
図星を突かれて固まってしまった。
鋭い双眸は無言を肯定と受け取ったみたいで、満足したように艶っぽい微笑を浮かべる。
このままでは、ますます彼のペースに巻き込まれる気がした。ここはムリにでも話題を変えなくては。
「……どうやって入ってきたんですか?」
部屋は鍵をかけておいたはずだ。
「もちろん、鍵開けて入ってきたで」
私を解放して起き上がると、サイドボードに置いてあったアンティークデザインの鍵を手に取って見せてくれる。
いつの間に持ち出していたのか、全然気がつかなかった。
透さんは上半身は裸だったけど、下はちゃんと細めの黒いチノパンをはいていた。ちょっと安心する。
「あの、みんなは……?」
「まだ寝てるんとちゃう?」
言いながら透さんはベッドの端に置いてあったシャツを着る。それだけなのに、何だかおしゃれに見えるのでスタイルが良いってすごい。
時計を見るとまだ午前5時を過ぎたところだった。
「透さん、早起きですね」
「こうでもせんと王子様たちが騒ぐから、婚約者ごっこができへんやろ? ホンマに付き合ってるかどうか、ちょっとした触り方とかでわかるんやで。特にみさきちゃんみたいに慣れてへん子は」
最後の一言が、胸の辺りでぼんやりしていた黒いものを、一気にペンキのように塗り広げた。うつむいて唇を固く結ぶ。
「透さんみたいに経験豊富じゃないですから」
ぼそりと呟いてしまった。
言ってから激しく後悔した。私は何を言っているのだろう。透さんだってそんなことを言われて良い気分にはならない。
私をここに連れ出したようなことは、他の女性にしたことがないと言ってくれていたのに。
「みさきちゃん……」
透さんの男性っぽい手がこちらに伸びてくる。それにビクリと反応してしまったのと同時にドアがノックされた。
「は、はい……!」
怖くて彼の顔を見られないまま、惑いながら長い腕をかわして扉を開くと誠史郎さんがいた。
珍しく眼鏡をかけていないし、髪も衣服も乱れている。気がついてすぐに駆けつけてくれたみたいだ。起き抜けの姿を初めて見た気がする。
「おはようございます」
「おはようございます。真壁さんはお越しですか?」
私を見て誠史郎さんは少しほっとしたような表情になった。本当はちょっと手遅れだと思うと、後ろめたい気持ちになる。
「あ……はい」
中へ入りやすいようにドアを開く。誠史郎さんは軽く会釈をしてからベッドの置いてある奥へ長い足で歩を進める。私も後ろをついて行った。
「センセは早起きやなあ」
「仕事柄、仕方ありませんので」
悠然と寝台に腰かけて挑発的に微笑む透さんに対して、誠史郎さんは穏やかに破顔してみせる。
「婚約者として振る舞っていただくのは構いませんが、私たちの目の届く範囲でお願いします」
「普段からこうしとかんかったら、いざって時にできへんやろ?」
ふたりとも笑顔なのに不穏な空気だ。
「あ、あの!せっかくですから、朝の散歩に行きませんか?」
間に割って入って、ふたりの顔を交互に見る。
「……そうですね」
「……せやな」
透さんと誠史郎さんが同時に返事をしてくれた。それでまたふたりの視線がぶつかって、剣呑な雰囲気に変わりそうになる。
「私、着替えてきます」
昨日透さんが買ってくれた服を持って、ひとり洗面所へ移動した。
早朝の少しひんやりした空気が頬に優しい。建物の裏、オーベルジュの敷地内には立派なイングリッシュガーデンがあった。
今はバラがきれいに咲いている。赤い品種が多いのはやっぱり不思議の国のアリスを意識しているのだろうか。
見事なアーチの下を、上を見ながら歩いていた。
気配を感じて正面を向く。植え込みの影に人がいることに気がついて立ち止まった。
「みさきちゃん、迷子にな……」
私の隣で透さんも動きを止める。幾重にも重なった緑色の向こう側に真宮さんがいた。
「かわいい寝顔やなあ」
心地よい美声が鼓膜をくすぐる。
「透さん……?」
どうして隣で寝転んでいるのだろうと思いながら目を擦る。
「おはようございます……」
そう言ったけれど、まだ眠くて瞼が自然に落ちてくる。うとうとしていると不意に抱きすくめられ、唇を重ねられた。
驚いて覚醒したけれど、透さんはキスを止めてくれない。
息が苦しくなってきて、解放してもらおうと胸の辺りを押そうとした。掌に触れたのが素肌だったことにまたびっくりして、両腕をベッドの上に戻してしまう。
本当に何も着ないで寝たのか心配になった。かぜをひいてしまう。
戸惑っている間にお互いの指が絡まり合い、透さんの舌が口の中に侵入してきて好き勝手に弄ばれる。もがけばもがくほど、深く繋がってしまう。
「っん……!」
何とか唇を離してもらおうと頭を横に振ろうとした。でも上手く力が入らない。意思が通じたのか柔らかい筋肉でできた赤い粘膜がちろりと私の唇を舐めて、ようやく長い口づけは終わった。
呼吸が乱れて、身体に力が入らない。
「とっ……透さん!」
鏡を見なくても私の顔が真っ赤になっているとわかる。
「タヌキ寝入りでちゅーのおねだりしたんやろ?」
悪びれた様子など全く無く、吐息が触れる距離で透さんの秀麗な面がいたずらっ子のように微笑む。
「違います!」
「怒った顔もかわいいなあ」
余裕綽々で大きな手が頬に触れた。透さんは誰にでもこうして甘い言葉をささやくのだろうか。言動が慣れている気がする。
「フリだって……」
顔を背けつつ透さんの鎖骨の辺りに手を当てて力を込める。油断したらまた強引なキスをされると警戒した。
嫌なわけじゃない。だけどこのもやもやしたものが何かわからないまま流されたくなかった。
「これも立派なフリやん。それにみさきちゃん、俺とキスするの嫌やないやろ?」
図星を突かれて固まってしまった。
鋭い双眸は無言を肯定と受け取ったみたいで、満足したように艶っぽい微笑を浮かべる。
このままでは、ますます彼のペースに巻き込まれる気がした。ここはムリにでも話題を変えなくては。
「……どうやって入ってきたんですか?」
部屋は鍵をかけておいたはずだ。
「もちろん、鍵開けて入ってきたで」
私を解放して起き上がると、サイドボードに置いてあったアンティークデザインの鍵を手に取って見せてくれる。
いつの間に持ち出していたのか、全然気がつかなかった。
透さんは上半身は裸だったけど、下はちゃんと細めの黒いチノパンをはいていた。ちょっと安心する。
「あの、みんなは……?」
「まだ寝てるんとちゃう?」
言いながら透さんはベッドの端に置いてあったシャツを着る。それだけなのに、何だかおしゃれに見えるのでスタイルが良いってすごい。
時計を見るとまだ午前5時を過ぎたところだった。
「透さん、早起きですね」
「こうでもせんと王子様たちが騒ぐから、婚約者ごっこができへんやろ? ホンマに付き合ってるかどうか、ちょっとした触り方とかでわかるんやで。特にみさきちゃんみたいに慣れてへん子は」
最後の一言が、胸の辺りでぼんやりしていた黒いものを、一気にペンキのように塗り広げた。うつむいて唇を固く結ぶ。
「透さんみたいに経験豊富じゃないですから」
ぼそりと呟いてしまった。
言ってから激しく後悔した。私は何を言っているのだろう。透さんだってそんなことを言われて良い気分にはならない。
私をここに連れ出したようなことは、他の女性にしたことがないと言ってくれていたのに。
「みさきちゃん……」
透さんの男性っぽい手がこちらに伸びてくる。それにビクリと反応してしまったのと同時にドアがノックされた。
「は、はい……!」
怖くて彼の顔を見られないまま、惑いながら長い腕をかわして扉を開くと誠史郎さんがいた。
珍しく眼鏡をかけていないし、髪も衣服も乱れている。気がついてすぐに駆けつけてくれたみたいだ。起き抜けの姿を初めて見た気がする。
「おはようございます」
「おはようございます。真壁さんはお越しですか?」
私を見て誠史郎さんは少しほっとしたような表情になった。本当はちょっと手遅れだと思うと、後ろめたい気持ちになる。
「あ……はい」
中へ入りやすいようにドアを開く。誠史郎さんは軽く会釈をしてからベッドの置いてある奥へ長い足で歩を進める。私も後ろをついて行った。
「センセは早起きやなあ」
「仕事柄、仕方ありませんので」
悠然と寝台に腰かけて挑発的に微笑む透さんに対して、誠史郎さんは穏やかに破顔してみせる。
「婚約者として振る舞っていただくのは構いませんが、私たちの目の届く範囲でお願いします」
「普段からこうしとかんかったら、いざって時にできへんやろ?」
ふたりとも笑顔なのに不穏な空気だ。
「あ、あの!せっかくですから、朝の散歩に行きませんか?」
間に割って入って、ふたりの顔を交互に見る。
「……そうですね」
「……せやな」
透さんと誠史郎さんが同時に返事をしてくれた。それでまたふたりの視線がぶつかって、剣呑な雰囲気に変わりそうになる。
「私、着替えてきます」
昨日透さんが買ってくれた服を持って、ひとり洗面所へ移動した。
早朝の少しひんやりした空気が頬に優しい。建物の裏、オーベルジュの敷地内には立派なイングリッシュガーデンがあった。
今はバラがきれいに咲いている。赤い品種が多いのはやっぱり不思議の国のアリスを意識しているのだろうか。
見事なアーチの下を、上を見ながら歩いていた。
気配を感じて正面を向く。植え込みの影に人がいることに気がついて立ち止まった。
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