記憶がないなら私は……

しがと

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思い出してくれた

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 そしてその件が落ち着いた頃。私のスマホに芳樹くんから連絡が届いた。『悠人が会いたがっている』と。あの事件の日、悠人に連絡先を渡されていた。『スマホを新しくしたから』と言って。でも、その後は悠人と話すタイミングがなかったし、悠人が私のことを思い出したのだと分かったので、連絡しなかった。だって、別れ話でしょ。そう思った私は数週間、悠人に連絡を入れていなかった。そしたら、ついに芳樹くんから呼び出されてしまった。どうしよう。そう思っていたら、『頼む。このままじゃ悠人が壊れる』との追加の連絡が来たので、仕方なく悠人と会うことにしたのだった。

 そして悠人と会う当日。指定されたお店に行ったら、悠人しかいなかった。芳樹くんもいると思っていたのに、2人きりなんて。心の準備ができていない。しかも、そのお店の個室で、周りの声は全く聞こえない。完全に2人の状態になってしまった私は、どうしようかと考えを巡らせていた。そしたら、悠人が口を開いた。

「3年前。事故に遭った時。意識を失う前にあんたのことを思った。今ここで俺が死んだらあんたが悲しむだろうな、って。だから死んじゃいけないなって。結局死なずに済んだけど、俺はあんたのことを忘れてしまった。そして恋人の前で他の女性を抱きしめると言う、やってはいけないことをやってしまった。傷つけて、悪かった」
「いや、あの」
「悪い、最後まで聞いてくれ」
「分かった」
「それから七海や芳樹がよく見舞いに来てくれた。そして違和感を覚えた。俺の知ってる彼女らではない、と。よくよく聞くと、俺は8年前で記憶が途切れていた。だから、彼女たちは俺の記憶の姿とずいぶん変わって大人っぽくなっていた。それからしばらくして記憶が戻った。無事に仕事にも復帰した。だが、何かが心に引っかかっていた。それが何かはずっと分からなかった。そして半年前。2人の結婚式に参列した時、あんたを見かけた。嬉しそうに泣いているあんたを見て、高校生の頃のことを思い出した。そういえば、俺に告白してきた女がいた、と。そして俺が交際を提案したら、すごく嬉しそうに笑って同時に泣いていた女がいた、と。それであんたを、野中友恵を思い出した」

(そう、だったの)

「しかし、結婚式が終わった後あんたを見失ってしまった。七海の関係者席にいたから彼女に聞いたけど、『あの子に関しては何も言えない』と言われてしまい、あんたの家に行ったけど、『何も言わないって娘と約束したから』とあんたのお母さんに言われた。だからあんたが住んでた部屋に行ったけどもう違う人が住んでいたし、あんたが勤めてる会社に行ったけどタイミングが合わなかったのか、いつも会えなかった」

(そうだったの。七海ちゃんもお母さんも何も言わないでくれたんだ)

「そしてこの前。帰りにあんたを見かけた。でも、男と一緒だったからためらったんだ。恋人だったら俺が邪魔者だから。だから、悪いけど後をつけさせてもらった。まあ、そしたら恋人でもなんでもなくて、ただの悪いやつだった。あんたを助けられて良かったと思ったら思わず抱きしめてしまった」

(そっか)

「それで、連絡先を渡したにも関わらず全く連絡が来ないから、芳樹に頼んであんたに連絡をしてもらった。俺が壊れそうだ、って言えばあんたは来ると思って嘘をついたのは、悪かった」

 そう話した悠人は、スマホを2台取り出した。

「これは新しくしたスマホ。そしてこっちが昔のスマホ。何度も開けようとしたけどパスワードが分からなかったから開かなくて、新しいのを買ったんだが」

 そう言ってその昔のスマホを私に渡してきた。

「え?」
「分かるか? パスワード」
「いや、分からないよ」
「じゃあヒントだ。俺の大事な4桁の数字」

 大事な4桁。七海ちゃんの誕生日かな。そう思って打ち込んだけれど開かなかった。

「他には?」

 ほか。七海ちゃんに関係する4桁の数字。なんだろう。思いつかない。色々考えていたら悠人が「タイムオーバー」と言って数字を4つ打った。

「ほら、開いた」

 その4つの数字は。

「私の誕生日?」
「そう。俺にとって大事な日。あんたが生まれた大事な日」

 でも、でも。

「なんで? 付き合ってる時、1度も好きだよ、とか言ってくれなかったじゃん。私が好きだよ、って言ってもいつも、うん、って。本当は、ほんとは、七海ちゃんが忘れられなかったんじゃないの? あの時だって、七海ちゃんのこと抱きしめてたじゃん! 私のことは忘れてたくせに!」

 そう言葉を投げつけて私は泣いてしまった。目の前にいた悠人は私の隣に移動してきて、背中をさすりながら優しい声でこう話し始めた。

「俺は、あんたが好きだよ。確かに七海のこと好きだったし、彼女が大学に入って会えなくなって落ち込んだりしたけど、あんたに告白された時はもうあんたのことでいっぱいだったよ。あんたが大好きでたまらなかった。あんたに1度も好きだよ、って言わなかったのは、十分伝わっていると思っていたから。でも、ごめん。ちゃんと言葉にして伝えないといけなかったな。それから、あの日七海を抱きしめたのは、記憶が8年前の状態だったから。8年前は七海が好きだったから。でも今はもう好きじゃない。それから、あんたのことを忘れていたのは、あんたのことをすごく愛していたから。大事だと強く思っている人ほど、忘れてしまいやすいみたいだよ」

 悠人からの愛の告白。それが嬉しくて、今までの私にも届いているようで。さらに泣いてしまったのだった。
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