転生を希望します!

黛 ちまた

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第一章 学園編

それは秘密です。<ジェラルド視点>

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 婚約者が決まった。
 ミチル嬢はルシアンの妻になってしまったから、他の誰かを選ばなくてはいけないことは分かっていた。
 公爵家の跡取りなのだから、結婚しないということはあり得ない。

 ミチル嬢は不思議な令嬢だった。
 入学当時の彼女は恐ろしく太っていて、最悪だと思っていた。伯爵家は娘の管理すらまともにやらないのかと。

 これまでなら、大概の令嬢は、オレかジークのどちらかに好意を持つことが多かった。
 だが、ミチル嬢はオレにもジークにも好意を抱かなかった。
 愚かにもあの時のオレは、あり得ないと思ったのだ。
 オレにもジークにも靡かないなんて、絶対あり得ない。きっと好意を持ってないフリをしているのだと思った。
 結局それはオレの自惚れだったのだが。

 日々走り続けるその姿を、オレは好意的に見ていた。
 騎士団の家に生まれたオレは、身体を動かすことが好きだ。オレもよく走るし。
 笑われても走ることを止めず、自分を変えようする姿は、着飾るその辺の令嬢より、キレイだと思った。
 走り続けて筋肉がついたのだろう、丸々としていた身体は、緩やかに、でも着実に変化していった。

「ジェラルド、そんなに見ていると誤解を生むよ?」

 オレの護衛対象であり、未来の主君であり、友人でもある王太子    ジークは、ミチル嬢を目で追っていたオレにクギを刺した。

「何か言われたとして、それに負ける令嬢でもないと思うけどね、彼女は。それに彼女は伯爵令嬢だ。血筋的にも問題はない」

 ジークは一瞬呆れたような顔をした。

「珍しく入れ込んでいるね」

「入れ込んではいないさ。様子見だ」

 ジークこそ、とオレは思っていた。

 これまでのジークは、オレが特定の誰かを見ていてもこんな風に注意することはなかった。

「様子見、いい表現だね」

 にっこり微笑むジーク。
 この柔らかな物腰と見た目で"春の王子"と呼ばれるが、実は結構腹黒だということをオレは知ってる。
 まぁ、それぐらいの表と裏を使いこなせなければ王になんぞなれないだろう。
 愚かで優しいだけの為政者など、害にしかならない。



 ミチル嬢が猫を拾ったという話を侍女から聞いた時には、使えるかも、と思った。
 オレは遠巻きに見ていることに飽きていた。

 彼女は大分痩せた。
 痩せて、本来の容姿が片鱗を見せていた。
 アレンサンドリア家の美形揃いは、整った容姿の多い貴族社会でも有名だった。
 その中でミチル嬢だけが醜い筈はなかった。養子でもないのだから。
 彼女が醜かったのは、ひとえにその体型の所為だ。
 笑われても走り続ける姿に、誰も何も言わなくなっていた。むしろ、好意を抱き始めてる人間が増えていた。笑う事を隠さなかった人間は、その好意を口にしにくいようだったが、そんなのは自業自得だ。
 チラチラと彼女を目で追う男は日増しに増えていた。
 これは、牽制しておかねばならない。

 いつもなら鬱陶しいだけの取り巻きだが、何かを広める時には大変役に立つ。
 オレは侍女に用意させたネコ用おもちゃを手に、ミチル嬢が最近入り浸っているという図書室に足を踏み入れた。

 さっと室内を見回すと、テーブルで本を読むミチル嬢と、棚の前で本を読んでいるルシアンが見えた。
 アルト侯爵家次男のルシアン。
 文武両道で非の打ち所がないジークも、さすがにルシアンには頭脳では敵わない。
 本の虫のイメージがあったが、その通りだったようだ。
 ミチル嬢には目もくれず、本に夢中なようだ。まぁ、あのルシアンが女性に興味を持つのは当分先のような気がするが。

 令嬢に話しかけることにこれまで緊張したことはない。
 ただ、今回はちょっと緊張した。
 ミチル嬢は誰にでも公平な態度で、誰にも媚びないからだ。
 酷い態度はされないだろうが、これまで自分に向けられていたような、令嬢からの甘い態度はないだろうとは思っていた。
 冷たい態度は、さすがにないとは思うが。

 ネコのおもちゃを渡すと、これまで見たことない笑顔を、ミチル嬢は見せた。
 貴族の完璧な微笑みではない、自然な笑顔。
 心臓が軋むのが分かった。
 それからすぐに、しまった、と思った。
 ジークにも、ミチル嬢の笑顔を見られてしまった。
 ミチル嬢にジークが何か話しかける前にと、オレは慌てて図書室を後にした。
 その後も、ジークが何も言わなかったことが、オレを不安にさせた。



 ミチル嬢との距離はダンスや乗馬を通して近付いていき、知れば知る程、魅力的な令嬢だと思った。
 相変わらずオレもジークも、ミチル嬢に異性として見てもらえない。
 何かが足りないのだろう。
 そうは言っても、オレもジークも、お互いがライバルだと思っていたと思う。
 他に敵はいないと。
 だから、父からミチル嬢とルシアンの婚約を聞いた時には、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 ダークホース過ぎる!
 オレも、ジークも、他の令息のことは牽制していたけど、ルシアンはノーマークだ。
 いや、だって、あの本の虫が!
 ……違う、ルシアンは、そうじゃない。
 ルシアンはもうずっと前から、ミチル嬢をそういう目で見てたんだろう。
 あの図書室の蔵書を超えるだけのものを、アルト侯爵家なら持っている筈だ。そして、読み終えている筈だ。
 読むにしても席で読めばいいのだ。
 それが、図書室にいたのは、ミチル嬢がいたからだ。

 思い込んでた。
 本の虫だから、本が沢山ある場所にいるのが好きなんだろうと。
 まさかあの分厚い眼鏡が、恋愛に興味があるなんて、思わないだろう?!
 しかも本人は皇都にいる!
 とは言え、ルシアンなど恐るるに足りんと、オレもジークも思っていた。
 大事なのは、いかにミチル嬢に自分を好きになってもらうかだと。

 ミチル嬢は優しく面倒見がいい。一緒にいるようになると、仲間と認めてくれたのか、態度が少し変わった。
 これが、くすぐったい程に気持ちがいい。
 オレやジーク、モニカ嬢の好きなもの、嫌いなもの、話した内容も全部覚えてくれていて、いつも心地よい時間を提供してくれる。
 このまま距離を近付けて、ミチル嬢の言う理想に近付いていけば、ルシアンとの婚約も問題ないと思っていた。
 ミチル嬢は権力を振りかざすのはよくないと言ったが、こんなのは当たり前にあることだし、婚約解消も同じようによくあることだ。
 貴族社会とは利害が全てだ。






 ルシアンが帰って来る、とジークから教えられたオレは、焦りを感じた。
 何故なら、ルシアンは皇都で目覚ましい好成績をあげていたからだ。
 乗馬、ダンス、剣術大会。
 高等部の授業も皇都でスキップで終わらせているという。
 まさか、三年分を中等部在学中に全て終わらせるなんて思ってもみなかった。
 中等部からしか学べない魔道学の講義も同様に終わらせることが出来たら、ルシアンはオレより先に貴族社会に出ることになる。

 つまりそれは、ミチル嬢との結婚も早まる。
 学園にいる間でも結婚は可能だし、既婚の生徒もいるが、暗黙の了解的に、卒業を待つのが普通だ。



 入学式当日、見慣れぬ黒髪の人物を目にしたオレとジークは、直ぐにその人物がルシアン・アルトだと分かった。
 そして、愕然とした。
 別人過ぎるだろう! いくら何でも!
 オレと大差ない程の身長。鍛えられていることが分かる身体。剣術大会で優勝したとは聞いてたが……。
 あの分厚い眼鏡を取るとこんな顔だったとは……。ジークと並んで遜色ない顔なんて、初めて見た。

 モニカ嬢から、ミチル嬢はキース先生のような方が理想というのは聞いていた。
 ルシアンはキース先生の甥だ。似ていても不思議はない。
 そこは良い。
 あの、年齢不相応な、色気は何なんだ……。
 それは技術でなんとかなるものなら是非、教えてもらいたい。

 入学式を終え、教室に向かう途中、ルシアンに呼び止められた。

「殿下、ジェラルド様。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 不自然な程の笑顔に、オレもジークも固まる。

「あ、ああ」

「私の婚約者のミチル嬢について、お礼を」

 ぎくっとした。
 何処まで知ってるんだろう、ルシアンは。

「私が不在の間、彼女をお守りいただいていたこと、叔父のキースより伺っております。この場を借りて御礼申し上げます。……これからはお二人のお手を煩わせることのないよう、精進致します」

 ぞっとする程の笑顔。
 これからは、の前の意味深な無言。
 では、と、言うだけ言ってルシアンは去って行った。
 オレも、ジークも、何も言えなかった。
 ミチル嬢に手を出すなと、あんなにはっきり言ってくるとは思わなかった。
 こんなに好戦的だなんて聞いてない。
 というかルシアンに関する予備知識は、ことごとく意味がなかった。

 勝てる気がしない。
 そう思った。

「ミチル嬢は、怖い人物に捕まってしまったようだね」

 ジークは苦笑混じりに言った。
 きっと、ジークもオレと同じように思ったのだろう。
 ルシアンに敵わないと。



 ルシアンは空白の二年間を埋めるように、ミチル嬢に迫っていた。
 ようやく会えた婚約者同士という甘いものに、女性陣には見えるようだが。
 その様子は、完全に肉食動物による、小動物の追い込みにしか見えない。
 オレやジークがいくら言っても、態度に出しても全く無反応だったミチル嬢は、ルシアンからの猛攻にタジタジで、顔を赤くして戸惑っている。
 完全にルシアンの掌中に落ちている気がする。
 溺愛という言葉が高等部生活二日目にして流れていた。早過ぎるだろう?!

 ルシアンによるミチル嬢への一方的な愛情表現は、ルシアンを狙おうとした令嬢たちの気持ちを削ぐには十分だったようだ。
 モニカ嬢はルシアンとミチル嬢の間を応援しているようで、裏で噂を操作していた。さすがフレアージュ侯爵令嬢……。

 キャロルとかいう平民の娘は、必死にルシアンに媚を売っているが、全く相手にされていない。
 いっそ清々しい程に相手にされていない。
 あれほどの容姿なのだから、皇都でも寄ってくる令嬢も多かっただろうに、ミチル嬢以外には冷たい対応をする。
 モニカ嬢が、塩対応ですわね、と言っていた。なんだそれ、と思ったら、ミチル様から教えていただきました、と嬉しそうに話していた。
 モニカ嬢はミチル嬢と一緒にいるようになってから、棘ついていた雰囲気がなくなり、凄く話しやすい、とても感じの良い令嬢になった。
 ジークは以前よりモニカ嬢のことを話題に上げるのだが、気付いているだろうか?






 ミチル嬢が転生者という存在だと分かってから、生活が一変した。
 卒業してから少しずつ入っていくのだろうと思っていた国政に、有無を言わさず取り込まれた。

 ギルドは発足時期こそ未定だが、すぐにでも立ち上げられるようにと、王命で調査を含めて準備が着々と進められている。
 この調査の中で、オレは知らなかった自分の国の暗部を垣間見た。
 公爵家の人間として何不自由なく生き、将来も約束され、不要なものは見ないで生きてきた。
 貴族とはこういうものだという思いもあった。
 何とかなるだろう、ではなく、何とかしなくてはいけない立場に自分はいるのだと、感じた。

 相変わらずルシアンとミチル嬢は規格外だったが、ジークもその優秀さを発揮して問題をこなしていた。
 そんなジークをモニカ嬢はさらっと助けていた。
 残念なのは、モニカ嬢がジークに好意を抱いてないことだ。
 見ていて気付いたのだが、モニカ嬢はとにかくミチル嬢のことが大好きで、ミチル嬢の為ならとあれこれやっている。ジークを助けているのも、その一環のようだ。
 どう見ても、ジークがモニカ嬢のことを意識し始めているというのに気付いてない。



 皇女シンシアがルシアンを狙ってカーライル王国に来るらしい。
 いくら不安定な皇室を立て直す為だとか言っても、その為だけに来るか?
 つまり、建前だ。
 皇女の母である女帝は、一目惚れした伯爵と結婚する為に強引な手を使い、家格の合わない家に嫁ぐという暴挙に出たような人間だ。
 その娘が同じような行動を取ってもなんら不思議じゃない。

 聞く所によると、皇女はルシアンを気に入り、ルシアンには婚約者がいるにもかかわらず度を超えた行動をし続けたようだ。
 ルシアンは徹底的に拒否していたようだ。それも凄い。
 他の令嬢もルシアンに迫ったが、それは皇女により排除されていたらしいし、ルシアンも相手にしなかったようだ。
 キャロルといい、皇女といい、ルシアンも困った人物に好かれるようだ。



 キャロルによる傷害事件が起きた時、ルシアンがキャロルのことを殺すのではないかと思った。
 あの目は、そういう目だった。

「ミチル嬢に危害を加えたキャロルを、ルシアンは己の手で罰を与えるのかと思っていた」

 あの事件の後、オレやジーク、ルシアンの距離は近付いていた。
 モニカ嬢とミチル嬢の距離も近付いたようだった。

「そうですね、ミチルが知らない場所で」

 表情を変えず、ルシアンが言った。
 背中がひやりとした。

「ミチルの心に傷を負わせたくありませんから」

 だから知らない場所で、始末すると言外に言ってのけるルシアン。
 ルシアンはきっと皇女だろうとなんだろうと、ミチル嬢の害になるものは排除するだろう。
 今回の、キャロルの生家であるダズン商会と、それに連なる商会のことも、アルト家はずっと泳がせていたのだろう。
 時が来たら全ての罪を暴く為に。






 ルシアンとミチル嬢が結婚した。
 二人の変化は分からない。何も変わってないようにも見えるし、変わったようにも見える。
 ただ何か、ルシアンの色気が増したような……。
 大人の階段登っちゃったような……。

「ルシアン、質問がある」

 書類を見ていたルシアンは、顔を上げる。
 ここは研究室だ。
 自分とルシアンしか今はいない。
 ルシアンは高等部の授業は魔道学以外終わっている為、研究室で伯爵としての仕事をしていることが多い。
 それにしてもこの書類の量……ジーク並みだ……。

 オレは小さい声で聞いた。
 男女の関係にミチル嬢とはなったのかと。
 だからルシアンはこんなに色気が増したのではないかと思って。
 オレも健全な男だ。興味はある。
 だけど、こんなこと誰にも聞けない。
 公爵家長男として迂闊な発言は出来ないし、どこぞの令嬢と遊ぶなんてことは許されないのだ。

 ルシアンはオレのことを無表情に数秒程見た後、ふっと笑って書類に視線を戻した。

「ちょっ!    勇気を振り絞って聞いたんだから教えてくれよ!」

「教えません」

「いいだろう!    減るもんじゃないし!」

「減ります」

 減らないだろう?!
 減らないよな?! 多分!?

「じゃあ、ミチル嬢以外とは、経験はあるか?」

 ルシアンは今度は苦笑して言った。

「そこまで困っていません」

 何だよこの余裕!?

「オレだって別に困ってはいない。ただ、興味があるだけだ」

「興味?」

「自覚ないかも知れないが、ルシアンには色気がある」

 あぁ、とルシアンは頷いた。
 自覚あるのかよ……。そっちのほうが驚きだ。

「経験すると、その、男の色気が増すのかと思ったんだ」

「ジェラルドには不要でしょう」

 ルシアンは立ち上がるとお茶を入れ始めた。
 お茶、入れられるのか!
 ミチルを見て覚えました、と言ってオレにも出してくれた。
 ちょいちょい惚気が入るけどまぁいい。
 お茶を出された席に座る。
 む、美味い。

「話戻すけど、何でオレには色気がいらないんだよ」

「必要とする理由は?」

 ルシアンは書類にまた目を通し始める。

「オレも公爵家長男だ。結婚相手を見つけなければならない」

「経験した男性に色気が備わるなら、大概の人は持ってることになりますよ、その理屈だと。それに、婚約者はもう決まったと伺ってますが?」

「自分で決めたい」

「まだ、お会いしてもいないのに?」

「何処まで知ってるんだよ!」

 ルシアンはお茶を飲む。その姿すら様になる。
 同性のオレが見てもそう思う。

「あまり、気にせず」

「気にするに決まってるだろう、まったく」

「とりあえず、婚約者候補の方とお会いすることをお勧めします。
きっと、色気だのなんだのは、どうでも良くなると思いますよ?」

 何でそんなに言い切るんだ、と思っていたが、ルシアンの言葉通り、彼女と会ったオレは、色気とかどうでも良くなっていた。
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