君の筋肉に恋してる

黛 ちまた

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010.大臀筋対決 その二

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 エリから聞かされた話には異世界への行き方?は転移と転生があったのよね。
 異世界転生は、悪役令嬢か、まったく関係ないモブに転生するのが大半だとか言ってたわね。ヒロインになる事もあるらしいわ。
 私は異世界転移をした訳だけど、なんかコレ、悪役令嬢とヒロインの構図じゃない?
 ……と、目の前で上目遣いしながらプルプル震える姫を見て思った。生まれたての子鹿か、とツッコミたいぐらいに震えてるけど、なにかしら、あざとい系かしら? そうじゃないなら病気だから医者に診てもらった方が良いわね。

「お久しぶりです、リリス姫」

 レオ様がお辞儀をするのに倣って、私もカーテシーをする。

「婚約したなんて、嘘ですよねっ?!」

「いえ、本当です。彼女が私の」
「私が婿にと言ったからですか?!」

 レオ様の話を遮って話す姫に、周囲は眉を顰める。まぁねぇ、いくら何でもお行儀良くないものねー。

「私が嫁に行くと言ったなら、婚約は破棄して下さいますか?!」

「姫っ!」

 従者と思われる者が、姫を止めようとする。

 ……これ、ワザとなら大層なタマだと思うわ。そうじゃないならおつむの出来を心配するレベルね。これはちょっとレオ様のお相手として相応しくないと王太子が判断してもおかしくないわね。

「いや、私はリサとの婚約を絶対に破棄しない。姫との婚姻も望んではいません」

「そんなっ! あんなに優しくして下さったのは私の事を好きだったからではないのですか?!」

 誤解を生みそうな言い回しをする子ねぇ。
 そろそろ止めたいんだけど、挨拶してないから割り込む事も出来ないし。どうしようかしら。
 レオ様の腕が私の腰に回され、抱き寄せられる。キャーという声が上がる。黄色い声ではなく、悲鳴だった。何でよ?

「私の婚約者であり、フィルモア王室に養女として入られたリサ姫です。隣国として今後お付き合いもあるかと思います、お見知り置き下さい」

「リサ・フィルモアにございます。お目にかかれて光栄ですわ、リリス姫」

 にっこり微笑んで見せると、感嘆の声が聞こえてきた。見てくれたかしら? これこそマッチョメンを落とすべく習得したスマイルよ!

「だ……っ」

 それにしても、姫の目に浮かんでる涙、いつ落ちるのかしら? あの状態を維持キープ出来るって、なかなかの演技派に思えるんだけど、天然小悪魔かしら?

「騙されてます……っ!」

 ……騙す……? え? 年齢嘘吐いてないし、顔だってメイクはしてるけど、いじってないわよ? 胸もくびれも腰の位置も天然よ?

「レオニード様はこの方に騙されてるんです! いくらこちらの国でおモテにならないからって! ご自身を大切にして下さい!」

 え?! 私がレオ様を誑かしてるって言ってるのかしら? しかもレオ様の事ディスったわよね? 今。

「あぁ、私が素直にレオニード様の想いに応えなかったから、見た目だけの女性に騙されて……っ!」

 見た目だけ……!

 周囲は眉を顰めるのすら生温いとばかりにヒソヒソと、聞こえよがしに姫の行動を非難している。隣に立つ従者は真っ青な顔をして姫に謝罪しろと言ってるが、姫は何が悪いの?と聞き返してる始末。
 ちらりと王太子を見ると、目を細めて微笑んでいた。何とかしろ、と言う時の顔だ。
 レオ様の目には怒りが浮かんでいた。初めて見るレオ様の怒った顔。
 これは何とかしなきゃいけなさそうね、私が。って言うかコテンパンにのしてやりたいわー。言われたい放題で黙ってられる程、人が出来てないのよ。

「姫がそこまでお心を乱される程にレオ様を想っていらっしゃるとは、思いもよりませんでしたわ。番でもないレオ様に。もし番が見つかったら、それこそドラマティックな恋に落ちるのでしょうね?」

 目をぱちくりさせるウサギ姫。
 私が何を言い出すのか分からなくて、感情そっちのけで頭がフル稼働なんでしょうね。

「レオ様の良さを見抜かれるなんて、ご慧眼に御座いますわ。婚約者の私が口にするのも、本来なら憚られるばかりですが、せっかく分かって下さる方がいらっしゃるのですもの、是非、レオ様の素晴らしさを語り合いたいですわ」

「り、リサ?! な、何を?!」

 慌てるレオ様の大胸筋に手を寄せて上目遣いをする。硬直するレオ様。あぁ、可愛い!

「あら、良いではありませんか。レオ様がいかに素晴らしいか、私がどれほどレオ様をお慕い申し上げているのか、聞いていただきたいですもの」

「そ、それはリサの胸の中だけに留めておいて欲しいっ。あ、いや、想いは私に伝えて欲しいが……」

 うふふ、と笑う。

「では、いただいた言葉は全て私の胸だけに閉じ込めておきます。私と、レオ様の二人だけの秘密ですわね? 私のレオ様への想いは、別の時にお伝えいたしますわ……」

 唇に、触れないけど触れるような仕草をした後、レオ様の唇に触れる。真っ赤になるレオ様を見て満足気に微笑む。視線を姫に戻すと、真っ赤な顔をしていた。
 周囲も赤い顔をしてる者がちらほら。

「失礼を致しました。姫にはまだ、早すぎましたわね?」

「!」

 カッとなったのか、私の前に立った姫に、止めをさす。

「姫、勝手知ったる場所とは言え、ここは貴女の国ではございません。我が国には伴侶を見つける為にいらしたのかも知れませんが、貴女には国の代表としてのお立場もおありです。その自覚はおありですか? 姫の行いはそのまま、貴国への評判に関わりますよ?」

「わたっ、私は……っ!」

 ごめんなさいね、全部は言わせてあげないわよ。

「私からレオ様を奪いたいとお思いになられるのであれば、それに相応しい振る舞いをなさるべきでしたわ。子供のような駄々をこねるのではなく。一国の将を王女の婿に迎えたいと思っていらしたのであれば、なおさら」

 姫はくしゃりと顔を歪ませたかと思うと、涙がポロポロこぼれ落ち始めた。
 ハンカチを取り出して拭いてあげてから、手に握らせる。あとは自分で拭いてね、という意味で。

「姫の運命のお相手が早く見つかる事を心より祈っておりますわ」






 満足気に微笑んでいる腹黒、もとい王太子。

「リサは外交の才能があるんじゃないか?」

「お褒めに預かり光栄です」

 あるとは思えないけど。事務官相手ならやれそうな気はするのよね、うん。
 今回はあの姫だから相手になっただけで。それを褒めてくれていると言う事だ。

 それにしても、あのままレオ様に持ち帰りしてもらいたい! なんなら持ち帰る! と思っていた私を、王太子が呼び出した。わざとよね、コレ、絶対。

「今回の姫の振る舞いは流石に看過出来ないからね。養女とは言え、曲がりなりにも我が国の王女に対して相応しい態度じゃない」

 ……あ、なるほど。
 何で公爵家の養女じゃなく、王女にしたかと思えば、そう言う事なのね。

「私の役目は終わりと言う事ですか?」

 私の言葉に王太子は苦笑いを浮かべる。

「まさか。リサにはこのままこちらに残っていただかないとね。レオニードが荒れるだろうし、私の仕事も滞る。
リサが帰りたいと言わない限りは、帰ってもらいたいなどと言ったりはしない」

 レオ様のパートナーになると決めたんだもの。帰れと言われても、はい、そうですかと大人しく帰る気はないのよね。

「そうそう、姫は明日にも帰るそうだ」

「……何しに来たのですか?」

 思わず眉間に皺を寄せてしまった。いけないわ、皺になっちゃうわね。

「姫も結婚適齢期だ。レオニードを婿に迎える気で来たんだろうが、おあいにくだったな。レオニードは心身共にリサのものだ」

 王太子ったら嬉しい事を言ってくれるわね。
 それにしても、本当に婿取りに来たのか。

「番というのはなかなか見つからないものなんですか?」

「何処かにはいる筈だとは言われているが、番だと認識出来るのは残念ながら獣人だけだ。こちらからすれば眉唾ものだな」

 鼻で笑ってるあたり、王太子自身は信じてなさそう。

「迷惑なのは、獣人の番が獣人以外の事がある、と言う事だ。番に執着する奴などは世界各国を周るそうだが、身分などが違う事もありうる。そうなれば番だ何だと言っても奪う事は不可能だ。姫も各国を周ってはみたものの、見つからなかったのだろうな」

 なるほど。それで以前から気に入っていたレオ様を、って事なのね。

「婿じゃなくても構わないとまでおっしゃってましたが」

「リサも会ってみて分かったろうが、姫は幼い。私の側近の妻には相応しくない」

 付けてもらった家庭教師から教えてもらった内容によれば、このフィルモア王国の周辺には色んな国がある訳で。
 同じ人族の国もあるし、魔族の国もある。
 腹の探り合いなんかは日常茶飯時なのだと。だから姫のような女性が側近の妻におさまった場合、弱点となって付け入られるだろう、と。
 しかもレオ様は番ではない訳だから、もし他国で番が見つかった場合、簡単に理性が吹っ飛ぶのだと教えられた。

「随分と厄介ですわね、その番というものは」

 スムーズに見つかれば良いが、そうでなければ厄介ごとの種にしかならない、そんな風に思えて仕方ない。

「番から生まれた子は能力が高いのだそうだ。王と姫の父方の祖父母がそうであったと聞いている。両親は番ではなかった為、兄である王と姫は母が異なる」

 兄もウサギかと思ったけど違うのね。

「姫の父は前王だ。血縁関係にある者が続けて王位を継いでいる為に姫は誤解しているようだが、本来はそうではない。獣人の王位は実力により勝ち取るものだ」

 なかなか獣人の世界も厳しそう。

「前王は番に出会えなかった為、十人の妃を娶り、強い子を生ませようとした。そうやって生まれたのが現王だ」

 自分の両親が番で、それにより優れた能力を持ち王位に就いたのなら、同じように番を求めたとしても不思議はないわね。
 本能が求めるだけでなく、メリットがあるんだもの。
 でもそれが叶わなかったから、より優れた能力を持つ子供が欲しかったと。

「現王は番に執着はしていないと聞くが、実際目にしたらその限りではないだろうな。それまで理性的であった者も、別人のようになるらしい」

 自然に出会えれば良いんだろうけど、なかなかに色んな問題を孕んでるのね、番って奴は。
 獣人側しか番って分からないって言うのが、また駄目よね。お互いが惹かれ合うならまだしも。虚偽可能だものね。

「番だと嘘を吐く事も可能なのではありませんか?」

「そうだ。だからこそ各国は警戒するし、番と言う仕組みそのものを受け入れない」

 そうなるわよねぇ。

「まぁ、なんにせよ、今日はご苦労だった」

「いえ、私自身の問題でもありますから」

 王太子は笑みを浮かべて、「レオニードは果報者だ。これまでの苦労が報われた事を、我事のように嬉しく思うよ」と言った。

 腹黒殿下にも、従兄の幸せを祝う心があるのね。

 礼をして部屋を出ようとした私を、王太子が呼び止める。

「そうそう、良い雰囲気を呼び出して台無しにしたのは私ではない」

 何の事かと思って次の言葉を待っていた所、王太子は苦笑まじりに言った。

「私としてはあのままリサと共にいる事を勧めたのだがな、レオニードが、走って来ると言って聞かなくてな」

 走る?!

「興奮して眠れそうにないと言っていた」

 思春期の少年か!! むしろそれを私にぶつけて下されば良いのに!!

「おやすみ」

「おやすみなさいませ、お義兄様」

 部屋に向かう廊下を歩きながら、思わずため息を吐くと、アイリスが言った。

「獣人と違って理性がおありのようで良かったですわ」

「レオ様は人だって言ってるでしょ」

「存じ上げております。聞き及んではおりましたが、リリス姫のお振舞いは大変見苦しいものにございました。あのような方が我が国の重鎮と縁続きにならず、安堵致しました」

 それはそうね。
 あれが嫁では、レオ様もご苦労なさると思うもの。
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