13 / 21
011.大腿四頭筋は裏切らない
しおりを挟む
リリス姫が帰国して、平穏が戻って来た。
……と言う程、日常に影響はなかったけど。来て直ぐに帰っちゃったから。思ったより修羅場は繰り広げられなかったし。
聖女のアユミちゃんが会いたいと言うので、業務終了後にお茶会をしてる。
「獣人の姫とやりあったって聞きましたよー?」
用意されたお菓子を口に放り込みながら喋るアユミちゃん。お行儀悪いわよ、と嗜めると、舌を出してはぁい、と返事をする。
「やってやったわ」
「あのガチムチマッチョを巡って、っていうのが笑える。王太子ならまだしも」
「何言ってるのよ、レオ様は魅力的よ?」
全然笑えないわよ、こっちからしたら。
真剣勝負よ。
「こっちの世界では、ガチムチマッチョは人気ないんですねー」
本当、理解不能だわ。
あの筋肉の良さを理解出来ないなんて、人生を損してると思うのよ。
「そうなの、不思議よね。どうもこっちの世界にはいる獣人に近い見た目らしいの」
不思議は不思議だけど、レオ様の良さは私だけが分かっていれば良いのよ。
不遇な境遇でありながら、捻くれる事なく真っ直ぐに育ったレオ様って、凄いと思うのよね!
「えっ! じゃあリサさん、獣人の国に行った方が幸せになれるんじゃないですか?」
「レオ様に出会ってなかったらそうしたかったけど、沢山のマッチョメンに囲まれたい訳じゃないのよ。それなら日本にもいた訳だし」
そっかぁ、と分かったような、分かってないような顔でアユミちゃんは紅茶を飲む。
「だんちょーは幸せ者ですよねー。リサさんみたいな美女が、本来の世界に帰らずにここに残るって言ってくれてるんだから。これって絶対スキって事でしょ」
望めば帰れるらしいけどね。
「それより、そっちはどうなの?」
アイリスから順調だとは聞いているけど、本人がどう感じてるかは別物だものね。
「だいぶ良い感じなんですけど、最後が上手くいかないんですよー」
最後、と表現すると言う事は、完成間近なのね。あれだけ手こずっていたのに、頑張ってたのねぇ。
「凄いじゃない、もうそこまで出来てるなんて」
「イヤイヤ、それがそんなコトなくって。もー、なんで上手くいかないのかなぁ~」
もー、と言いながらテーブルに突っ伏すアユミちゃん。
アイリスの眉間に皺が寄る。
淑女ばかりを目にしてるアイリスからしたら、アユミちゃんのこの格好は駄目よねぇ。
私はアイリスにだけ分かるように視線を送り、首を横に振る。
日本だったら普通の格好だ。目くじらたてるようなものじゃない。
「ここまで頑張ったのに、このままじゃ王太子に役立たず扱いされて強制帰還ですよー! 別に報酬なんかいらないけど、必要とされてやって来たのに何も出来ないまま帰るとか、なんか悔しい!」
「そんな扱いする訳ないでしょ」
「でも、結果が出なかったら帰れって言いましたよ!」
「それはアユミちゃんがやる気がなかったから言ったんだと思うのよね。実際あの時、腐ってたでしょ」
「仰るとおりデス……」
「今はこうして頑張ってるんだから、大丈夫よ。頑張るのよ」
「はーい!」
へへ、とアユミちゃんは笑った。可愛いわぁ、JK。
お茶会の場所に向かうと、レオ様は既にいらしていた。
私に気付いて立ち上がる。座ったままで良いのに、なんて律儀な性格!
「レオ様」
レオ様の顔を見れたのが嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。そんな私を見て、レオ様の顔が赤らむ。
いくら見ても飽きないわー。あの三角筋に僧帽筋。上腕二頭筋と大胸筋。素晴らしいわ。
「あまりじっと見られると、恥ずかしい」
「照れてらっしゃるレオ様も好きです」
レオ様は顔を両手で覆うと「走りたい……」と呟いた。
私への想いが昂ってくれたのかと思ったら走りたい?!
レオ様、いくらなんでも健全過ぎるわ。思春期みたいになってるわよ……? そこはぐいぐいきちゃって良いのよ? これはアレかしら、まずは私がお手本を……。
そう思った瞬間、アイリスに腕を掴まれた。
何故バレるの?!
失礼した、と謝罪したレオ様に促されて椅子に座る。
「先日のパーティーでは、リリス姫の所為で大変不愉快な思いをさせて申し訳ない。まともに止められず、情けないと思われただろう」
「いいえ、レオ様は止めようとして下さいましたわ。私がそれを遮ったのです」
腹黒い奴からミッションがテレパシーで届いていたし。
おまえが何とかしろ、って言うミッションが。
「その……リサの言葉、嬉しかった……」
消え入りそうな小さな声で、赤い顔をして言うレオ様にきゅんきゅんする。
こんな筋肉マッチョなのに、理性的で誠実で優しくて! あぁ、ステキ!! 可愛い!
「いくらでもお伝えしますわ。私の素直な気持ちを」
お望みなら今すぐにでも!
熱が耳まで達したのか、レオ様の首から上は真っ赤になっている。
「早く、リサと婚姻を結びたい。
リサは素晴らしい女性だ。誰かに奪われないかと不安でならない」
きゅーーーーーーん!!
私だって今すぐにでも結婚したい! 貴族の結婚まどろっこしい!
やっぱりここは既成事実を……!
ぞくりとして振り向くと、少し離れた場所にいた筈のアイリスが、真後ろに立っていた。いつの間に?!
「そうだ、リサに伝えておかねばならない事がある」
「何でしょう?」
「先日のリリス姫の非礼を詫びたいとして、獣王が来訪する」
「そうなのですね」
私は王にとって異性だし、婚約者もいるから会う事もないんだろうと思うけど。そもそも番でもないだろうけど。
獣王なんだから、筋肉バッキバキだろうと思うのよね。遠巻きに見てみたい。
それにしても、わざわざ妹姫の無礼を詫びに来るだなんて、律儀なのね。ちょっと印象変わったわ。
国家間の事だからなのかしら? しでかしたのが王女だし。
「そうなれば警備などで慌ただしくなる。リサとこうして時間を取る事も難しくなると思う」
えっ。
やっぱり獣王、来なくていいわよ?
ただでさえ婚姻までおあずけを食らってるって言うのを、お茶会で紛らわしてるって言うのに、これ以上会えなくなるとか、嫌だわ。
でも、レオ様は騎士団長。今回の獣王に限らず、他国の王族が来れば忙しくなって会えなくなるのよね。
それもこれも、結婚するまでの我慢ね。
「寂しいですが、大事なお仕事ですから、我慢しますわ」
「ありがとう、リサ。私も寂しいが、リサと婚姻を結ぶまでの我慢だと思って耐える」
レオ様、私と会えないのが寂しいって言ってくれた!
あぁ、嬉しい! ぎゅってしたい!
嬉しくてたまらなかった私は、勢いよくレオ様の頰にキスをした。
背後であっ!と叫ぶアイリスの声がしたけど、やったもん勝ちよ!
*****
獣王は約束通りにフィルモアにやって来た。
歓迎パーティーが行われたんだけど、私は参加せずに部屋でアロウラス家の家紋を刺繍していた。
これがねー、かなり難しくって。アイリス先生に厳しく教えられながら何度も何度も練習してるんだけど、なかなか上手くいかないのよねぇ。
グリフォンを刺繍してるつもりなんだけど、どう見てもニワトリ。
文字とかツル草はいけるんだけど、動物難しいわ!
他の動物は縫えなくても良いから、グリフォンだけはものにしてみせるわ。
今日も部屋に帰ったら練習しなくちゃね。
刺繍の事を考えながら執務室に入ると、私の顔を見て王太子がため息を吐いた。
なんなのかしら。いくら腹黒王太子とは言え、大分失礼よ?
「リサ、話があるからそこに座ってくれ」
言われるままにソファに腰掛ける。
なにかしら。
毎朝の紅茶は、今日は私ではなく、侍女が淹れるようだ。
「明後日の夜会に、そなたも出てもらう」
明後日の夜会は、獣王を歓迎する夜会。
婚約者がいる私が、出るの? 出るのは構わないけど。
王を歓迎するパーティーは既に複数回催されている。
この前はアユミちゃんも出席したと聞いている。
「我がフィルモア王国は、結界を聖女に張ってもらう訳だが、獣王の国 アンバールでは違う。
結界などは張らず、入り込んだ魔物は、獣人達自らが駆逐する」
王を実力で決める国だけあるわね。
「今回の王の来訪の表向きな目的は、先日の姫による騒動に対するご機嫌伺いだ。聖女に会いたいと言うので対面させた所、齟齬があってな」
齟齬?
はぁ、と王太子はため息を吐いて紅茶を口にした。
「王はレオニードの相手が聖女だと勘違いしていた。だから会いたがった訳だが、レオニードの相手は聖女ではない」
なるほど。
それで私に会いたいと。
「謝罪など不要だと言ったのだがな、王もレオニードをよく知っている。この国の令嬢にレオニードが不人気な事も。せっかくだから会いたいと言って聞かん」
会った所で何て事もないだろうけど、王太子は何を心配してるんだろう?
「バシュラ──獣王の名は、バシュラと言う。バシュラは獣人だが、番というものをよく思っていない。奴の妃は全て国内の有力者の娘達だ」
本能主義の獣人にしては珍しい存在って事ね。
紅茶を飲む。侍女も練習の結果、美味しい紅茶を淹れられるようになったのよね。
「奴は、レオニードのように逞しい肉体をしているが、美丈夫だ」
「そうですか」
「レオニードの肉体に惚れ込んだそなたが、美丈夫で逞しいバシュラに会ったら、惚れてしまうのではないかと思うとな」
イケメンマッチョメンなのね。それは確かに美味しい存在だわ。
「何とも申し上げられません」
絶対惚れないとも言えないし、イケメンマッチョメンだから絶対惚れる訳でもないし。
「分かっている。パーティーに着るドレスは、レオニードから届く」
もし、私が獣王を気に入った場合ってどうなるのかしら。一応肩書きとしては王女だから、政略結婚として成立し得るのかも知れないわ。
でも、フィルモア王国としてメリットはあるのかしら?
「我が国にとって、メリットはあるのですか?」
「なくはない」
微妙な答えね。王太子からすれば、私をレオ様の妻にした方がメリットがあるって事よね。
「あれだけレオニードを、獣人のようだと敬遠していた令嬢達が、バシュラに夢中だ」
要は顔なのね。
確かに顔も大事だとは思うし、否定はしないけど。
「バシュラは王の位を退いたとしても、遊んで暮らせる程の財を持つ」
「王の交代後、前王はどうなるのですか?」
「騎士団の長となる事が通例だ」
実力はあるんだものね。それはそうか。
落ちぶれる訳でもないのね。
「とは言え、今のように複数の妃を持つ事は不可能になる。大概は離縁する」
じゃあ、いずれ来る交代の時、もし私が嫁入りしてたとしても、捨てられるわね。
「バシュラが特別なだけで、大概は王位を退いた後は、分かりやすく力も財も失う。だからこそバシュラは、リリスをレオニードの嫁にしたがった」
例え自分が王位を退いても、フィルモア王国の騎士団長の妻、というのは安定した立場だものね。
あちらにはメリットのある婚姻。こちらにはメリットのない婚姻。
「そなたがバシュラと結婚した場合のこちらのメリットは、他国よりも優先して鉱山資源を融通してもらえる可能性がある」
鉱山。鉄とかって事? それは確かに大きい。
この口振りからして、鉱山は獣王個人のものなのね。国ではなく。だから財があると。
「この国の都合は、リサにとっては何の関係もない事だ。リサがバシュラを気に入ったなら止められないし、それは国益に繋がる。王太子としてはそちらの方が望ましい。だが、レオニードの従弟としては、このままレオニードと婚姻して欲しい」
獣王がシスコンだったとするなら、私とレオ様を引き離して、私を妃の一人にし、フィルモア王国への詫びとして鉱山資源を他国よりも優先して融通する。
リリス姫をレオ様の元にねじ込む事も可能になりそうよね。王位を辞した後は、妃は大概手放される。そうなれば私も返される。
でもレオ様は既に姫だったり、別の人のもの。そうじゃなかったとしても、自分を捨てて他の男に走った女を許す筈ないわ。
さすがに国益に貢献したとして、日本に帰りたいと言ったら帰れるだろうけど。今よりは歳を取ってるだろうし、って言うか、そのへんどうなってるのかしら。
王太子は分からないわよね、きっと。二度、同じ人が召喚されない限り、あっちで時間が経過したのかどうかとか分からないんだから。
獣王に会いたくない。
会っても惚れなきゃ良いわけだし、それは自信あるのよね。これまでだってイケメンなマッチョメンには会ってた訳だけど、別に惚れなかったし。
問題は、国益に目がくらんだ貴族どもが私を獣王に差し出そうとする可能性。
「殿下は貴族派をどれだけ抑え込めているのですか?」
王太子は苦笑する。
「気付いたか」
「はい」
「大概の事は抑え込めているが、王室とアロウラス家の蜜月に水をさしたい者は多くいる」
なるほど。
この結婚は、私とレオ様にだけメリットがあるのね。
アロウラス家としては、レオニード様は嫡男でもないし、私を獣王に献上したい貴族派の令嬢を適当に見繕って差し出して嫁にすれば良いんだもの。
……と言う程、日常に影響はなかったけど。来て直ぐに帰っちゃったから。思ったより修羅場は繰り広げられなかったし。
聖女のアユミちゃんが会いたいと言うので、業務終了後にお茶会をしてる。
「獣人の姫とやりあったって聞きましたよー?」
用意されたお菓子を口に放り込みながら喋るアユミちゃん。お行儀悪いわよ、と嗜めると、舌を出してはぁい、と返事をする。
「やってやったわ」
「あのガチムチマッチョを巡って、っていうのが笑える。王太子ならまだしも」
「何言ってるのよ、レオ様は魅力的よ?」
全然笑えないわよ、こっちからしたら。
真剣勝負よ。
「こっちの世界では、ガチムチマッチョは人気ないんですねー」
本当、理解不能だわ。
あの筋肉の良さを理解出来ないなんて、人生を損してると思うのよ。
「そうなの、不思議よね。どうもこっちの世界にはいる獣人に近い見た目らしいの」
不思議は不思議だけど、レオ様の良さは私だけが分かっていれば良いのよ。
不遇な境遇でありながら、捻くれる事なく真っ直ぐに育ったレオ様って、凄いと思うのよね!
「えっ! じゃあリサさん、獣人の国に行った方が幸せになれるんじゃないですか?」
「レオ様に出会ってなかったらそうしたかったけど、沢山のマッチョメンに囲まれたい訳じゃないのよ。それなら日本にもいた訳だし」
そっかぁ、と分かったような、分かってないような顔でアユミちゃんは紅茶を飲む。
「だんちょーは幸せ者ですよねー。リサさんみたいな美女が、本来の世界に帰らずにここに残るって言ってくれてるんだから。これって絶対スキって事でしょ」
望めば帰れるらしいけどね。
「それより、そっちはどうなの?」
アイリスから順調だとは聞いているけど、本人がどう感じてるかは別物だものね。
「だいぶ良い感じなんですけど、最後が上手くいかないんですよー」
最後、と表現すると言う事は、完成間近なのね。あれだけ手こずっていたのに、頑張ってたのねぇ。
「凄いじゃない、もうそこまで出来てるなんて」
「イヤイヤ、それがそんなコトなくって。もー、なんで上手くいかないのかなぁ~」
もー、と言いながらテーブルに突っ伏すアユミちゃん。
アイリスの眉間に皺が寄る。
淑女ばかりを目にしてるアイリスからしたら、アユミちゃんのこの格好は駄目よねぇ。
私はアイリスにだけ分かるように視線を送り、首を横に振る。
日本だったら普通の格好だ。目くじらたてるようなものじゃない。
「ここまで頑張ったのに、このままじゃ王太子に役立たず扱いされて強制帰還ですよー! 別に報酬なんかいらないけど、必要とされてやって来たのに何も出来ないまま帰るとか、なんか悔しい!」
「そんな扱いする訳ないでしょ」
「でも、結果が出なかったら帰れって言いましたよ!」
「それはアユミちゃんがやる気がなかったから言ったんだと思うのよね。実際あの時、腐ってたでしょ」
「仰るとおりデス……」
「今はこうして頑張ってるんだから、大丈夫よ。頑張るのよ」
「はーい!」
へへ、とアユミちゃんは笑った。可愛いわぁ、JK。
お茶会の場所に向かうと、レオ様は既にいらしていた。
私に気付いて立ち上がる。座ったままで良いのに、なんて律儀な性格!
「レオ様」
レオ様の顔を見れたのが嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。そんな私を見て、レオ様の顔が赤らむ。
いくら見ても飽きないわー。あの三角筋に僧帽筋。上腕二頭筋と大胸筋。素晴らしいわ。
「あまりじっと見られると、恥ずかしい」
「照れてらっしゃるレオ様も好きです」
レオ様は顔を両手で覆うと「走りたい……」と呟いた。
私への想いが昂ってくれたのかと思ったら走りたい?!
レオ様、いくらなんでも健全過ぎるわ。思春期みたいになってるわよ……? そこはぐいぐいきちゃって良いのよ? これはアレかしら、まずは私がお手本を……。
そう思った瞬間、アイリスに腕を掴まれた。
何故バレるの?!
失礼した、と謝罪したレオ様に促されて椅子に座る。
「先日のパーティーでは、リリス姫の所為で大変不愉快な思いをさせて申し訳ない。まともに止められず、情けないと思われただろう」
「いいえ、レオ様は止めようとして下さいましたわ。私がそれを遮ったのです」
腹黒い奴からミッションがテレパシーで届いていたし。
おまえが何とかしろ、って言うミッションが。
「その……リサの言葉、嬉しかった……」
消え入りそうな小さな声で、赤い顔をして言うレオ様にきゅんきゅんする。
こんな筋肉マッチョなのに、理性的で誠実で優しくて! あぁ、ステキ!! 可愛い!
「いくらでもお伝えしますわ。私の素直な気持ちを」
お望みなら今すぐにでも!
熱が耳まで達したのか、レオ様の首から上は真っ赤になっている。
「早く、リサと婚姻を結びたい。
リサは素晴らしい女性だ。誰かに奪われないかと不安でならない」
きゅーーーーーーん!!
私だって今すぐにでも結婚したい! 貴族の結婚まどろっこしい!
やっぱりここは既成事実を……!
ぞくりとして振り向くと、少し離れた場所にいた筈のアイリスが、真後ろに立っていた。いつの間に?!
「そうだ、リサに伝えておかねばならない事がある」
「何でしょう?」
「先日のリリス姫の非礼を詫びたいとして、獣王が来訪する」
「そうなのですね」
私は王にとって異性だし、婚約者もいるから会う事もないんだろうと思うけど。そもそも番でもないだろうけど。
獣王なんだから、筋肉バッキバキだろうと思うのよね。遠巻きに見てみたい。
それにしても、わざわざ妹姫の無礼を詫びに来るだなんて、律儀なのね。ちょっと印象変わったわ。
国家間の事だからなのかしら? しでかしたのが王女だし。
「そうなれば警備などで慌ただしくなる。リサとこうして時間を取る事も難しくなると思う」
えっ。
やっぱり獣王、来なくていいわよ?
ただでさえ婚姻までおあずけを食らってるって言うのを、お茶会で紛らわしてるって言うのに、これ以上会えなくなるとか、嫌だわ。
でも、レオ様は騎士団長。今回の獣王に限らず、他国の王族が来れば忙しくなって会えなくなるのよね。
それもこれも、結婚するまでの我慢ね。
「寂しいですが、大事なお仕事ですから、我慢しますわ」
「ありがとう、リサ。私も寂しいが、リサと婚姻を結ぶまでの我慢だと思って耐える」
レオ様、私と会えないのが寂しいって言ってくれた!
あぁ、嬉しい! ぎゅってしたい!
嬉しくてたまらなかった私は、勢いよくレオ様の頰にキスをした。
背後であっ!と叫ぶアイリスの声がしたけど、やったもん勝ちよ!
*****
獣王は約束通りにフィルモアにやって来た。
歓迎パーティーが行われたんだけど、私は参加せずに部屋でアロウラス家の家紋を刺繍していた。
これがねー、かなり難しくって。アイリス先生に厳しく教えられながら何度も何度も練習してるんだけど、なかなか上手くいかないのよねぇ。
グリフォンを刺繍してるつもりなんだけど、どう見てもニワトリ。
文字とかツル草はいけるんだけど、動物難しいわ!
他の動物は縫えなくても良いから、グリフォンだけはものにしてみせるわ。
今日も部屋に帰ったら練習しなくちゃね。
刺繍の事を考えながら執務室に入ると、私の顔を見て王太子がため息を吐いた。
なんなのかしら。いくら腹黒王太子とは言え、大分失礼よ?
「リサ、話があるからそこに座ってくれ」
言われるままにソファに腰掛ける。
なにかしら。
毎朝の紅茶は、今日は私ではなく、侍女が淹れるようだ。
「明後日の夜会に、そなたも出てもらう」
明後日の夜会は、獣王を歓迎する夜会。
婚約者がいる私が、出るの? 出るのは構わないけど。
王を歓迎するパーティーは既に複数回催されている。
この前はアユミちゃんも出席したと聞いている。
「我がフィルモア王国は、結界を聖女に張ってもらう訳だが、獣王の国 アンバールでは違う。
結界などは張らず、入り込んだ魔物は、獣人達自らが駆逐する」
王を実力で決める国だけあるわね。
「今回の王の来訪の表向きな目的は、先日の姫による騒動に対するご機嫌伺いだ。聖女に会いたいと言うので対面させた所、齟齬があってな」
齟齬?
はぁ、と王太子はため息を吐いて紅茶を口にした。
「王はレオニードの相手が聖女だと勘違いしていた。だから会いたがった訳だが、レオニードの相手は聖女ではない」
なるほど。
それで私に会いたいと。
「謝罪など不要だと言ったのだがな、王もレオニードをよく知っている。この国の令嬢にレオニードが不人気な事も。せっかくだから会いたいと言って聞かん」
会った所で何て事もないだろうけど、王太子は何を心配してるんだろう?
「バシュラ──獣王の名は、バシュラと言う。バシュラは獣人だが、番というものをよく思っていない。奴の妃は全て国内の有力者の娘達だ」
本能主義の獣人にしては珍しい存在って事ね。
紅茶を飲む。侍女も練習の結果、美味しい紅茶を淹れられるようになったのよね。
「奴は、レオニードのように逞しい肉体をしているが、美丈夫だ」
「そうですか」
「レオニードの肉体に惚れ込んだそなたが、美丈夫で逞しいバシュラに会ったら、惚れてしまうのではないかと思うとな」
イケメンマッチョメンなのね。それは確かに美味しい存在だわ。
「何とも申し上げられません」
絶対惚れないとも言えないし、イケメンマッチョメンだから絶対惚れる訳でもないし。
「分かっている。パーティーに着るドレスは、レオニードから届く」
もし、私が獣王を気に入った場合ってどうなるのかしら。一応肩書きとしては王女だから、政略結婚として成立し得るのかも知れないわ。
でも、フィルモア王国としてメリットはあるのかしら?
「我が国にとって、メリットはあるのですか?」
「なくはない」
微妙な答えね。王太子からすれば、私をレオ様の妻にした方がメリットがあるって事よね。
「あれだけレオニードを、獣人のようだと敬遠していた令嬢達が、バシュラに夢中だ」
要は顔なのね。
確かに顔も大事だとは思うし、否定はしないけど。
「バシュラは王の位を退いたとしても、遊んで暮らせる程の財を持つ」
「王の交代後、前王はどうなるのですか?」
「騎士団の長となる事が通例だ」
実力はあるんだものね。それはそうか。
落ちぶれる訳でもないのね。
「とは言え、今のように複数の妃を持つ事は不可能になる。大概は離縁する」
じゃあ、いずれ来る交代の時、もし私が嫁入りしてたとしても、捨てられるわね。
「バシュラが特別なだけで、大概は王位を退いた後は、分かりやすく力も財も失う。だからこそバシュラは、リリスをレオニードの嫁にしたがった」
例え自分が王位を退いても、フィルモア王国の騎士団長の妻、というのは安定した立場だものね。
あちらにはメリットのある婚姻。こちらにはメリットのない婚姻。
「そなたがバシュラと結婚した場合のこちらのメリットは、他国よりも優先して鉱山資源を融通してもらえる可能性がある」
鉱山。鉄とかって事? それは確かに大きい。
この口振りからして、鉱山は獣王個人のものなのね。国ではなく。だから財があると。
「この国の都合は、リサにとっては何の関係もない事だ。リサがバシュラを気に入ったなら止められないし、それは国益に繋がる。王太子としてはそちらの方が望ましい。だが、レオニードの従弟としては、このままレオニードと婚姻して欲しい」
獣王がシスコンだったとするなら、私とレオ様を引き離して、私を妃の一人にし、フィルモア王国への詫びとして鉱山資源を他国よりも優先して融通する。
リリス姫をレオ様の元にねじ込む事も可能になりそうよね。王位を辞した後は、妃は大概手放される。そうなれば私も返される。
でもレオ様は既に姫だったり、別の人のもの。そうじゃなかったとしても、自分を捨てて他の男に走った女を許す筈ないわ。
さすがに国益に貢献したとして、日本に帰りたいと言ったら帰れるだろうけど。今よりは歳を取ってるだろうし、って言うか、そのへんどうなってるのかしら。
王太子は分からないわよね、きっと。二度、同じ人が召喚されない限り、あっちで時間が経過したのかどうかとか分からないんだから。
獣王に会いたくない。
会っても惚れなきゃ良いわけだし、それは自信あるのよね。これまでだってイケメンなマッチョメンには会ってた訳だけど、別に惚れなかったし。
問題は、国益に目がくらんだ貴族どもが私を獣王に差し出そうとする可能性。
「殿下は貴族派をどれだけ抑え込めているのですか?」
王太子は苦笑する。
「気付いたか」
「はい」
「大概の事は抑え込めているが、王室とアロウラス家の蜜月に水をさしたい者は多くいる」
なるほど。
この結婚は、私とレオ様にだけメリットがあるのね。
アロウラス家としては、レオニード様は嫡男でもないし、私を獣王に献上したい貴族派の令嬢を適当に見繕って差し出して嫁にすれば良いんだもの。
0
あなたにおすすめの小説
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる