君の筋肉に恋してる

黛 ちまた

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012.腹直筋上部は安定のシックスパック

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 獣王を歓迎するパーティー。
 さすがに三回目ともなると参加者も少なく……ないわね。
 着飾った令嬢がわんさかじゃないの。なにかしらあの髪飾り……極楽鳥みたいになっちゃってるけど、アリなのかしら。それともあれがこっちの美なの……?
 一体何回歓迎するつもりなのかと思ったけど、これはフィルモア王国貴族の思惑の方が大きそうね。
 貴族派に変な動きをされたくない私としては、令嬢達に頑張っていただきたいわ。
 それにしても、こんなに令嬢達が本気になるんだから、さぞかしイケメンなんでしょうね。

「獣王、ちょーーイケメンでしたよ!」

 隣のアユミちゃんが鼻息荒く言った。
 あらら、聖女ちゃんまで夢中になってるのかしら?

「あら、そう」

「もー、リサさんも見たら絶対興奮しますって! ハリウッドスター並みですよ?!」

 ほーーん。
 とにかく実物を見ない事には何にも言えないわねぇ。

「それにパーティーはイケメンが多くて目の保養です! あーもー、スマホの充電切れてなかったら撮りまくりたかった!!」

 アユミちゃん的には、イベントに参加してる感覚ね、これは。

「ハイハイ」

「もー! リサさん興味なさげにしてますけど、獣王に口説かれたらどうするんですか?」

「一目惚れでもしない限りは迷惑な話ね」

 あっちがこっちに惚れるなんてあり得ないと思うけど、

「超絶イケメンでマッチョですよ!? 絶対リサさんの好みですって!」

「どうかしらね~」

 アユミちゃんてば絡んでくるわね。飲んだら絡むタイプかもしれないわ。

 それにしてもとっとと獣王来ないかしら。さっさと挨拶して帰りたいのよね。
 あ、でも獣王の警備でレオ様も来るんだった。と言う事は! あの騎士服姿のレオ様の勇姿が見れるって事じゃないの! 獣王はこの際どうでも良いからレオ様来て欲しい!

「リサさん、今、騎士団長の事考えてるでしょ」

 アユミちゃんにツッコまれる。

「よく分かったわね?」

「顔が緩んでるからすぐ分かりますよ」

 残念美人、と言われたから、アユミちゃんの両頬をひっぱってやったわ。

「いひゃい、いひゃい、ぎふぎふ」

 腕をバンバン叩かれたので離すと、涙目で頰を撫でてる。それにしてもさすがJKね。張りがあったわ。

「ちょーし乗りました……スンマセン」

「分かればよろしい」

 奥が突然ざわつき始めた。
 視線を向けると、周囲の男子より大きい、オレンジがかった金髪の人物が見えた。服装、体格、頭から出てる耳?からして、獣王っぽい。
 目が合ったって言うか、見たらあっちがこっちを見てた。獣王は人の波を掻き分けるようにして、真っ直ぐにこっちに向かって来る。

「獣王、こっち来ますよ?!」

 何でかしら? アユミちゃんと一緒にいるから私が妹と対決した奴だって分かったとか?

 獣王は私の前にやってくるなり、跪いた。
 会場が一斉にざわつく。

「私の番」

 ……は?






 ソファには、頭を抱えている王太子が座っている。かく言う私も頭痛がしてる……。

 跪いた獣王は、うっとりした顔で私を見上げて言った。

──私の番

 異世界から来た私が番って、ありなの?

 駆けつけた王太子が、彼女リサは既にレオニードの婚約者だ、と断りを入れてくれたんだけど、獣王は焦る様子もなく余裕の顔で言った。

──それはこの世界の人間ならばだろう。彼女は異世界から来た。こちらのルールの適用外だ。違うか?

 王太子が言い返せないでいるの、初めて見たわー。とか、どうでも良い感想をしちゃったけど、結構ヤバイと思うのよ。
 私達の中では、私が獣王に惚れたり、貴族派が私を獣王に押し付けようとする事は想定していたけど、獣王そのものが私に惚れるとは思っていなかったのよね。

「バシュラがわざわざ来ると言い出した時に気付いていれば良かった」

 呻くように殿下が言う。
 悔しそうに下唇を噛み締めている。

「確信犯だと言う事ですか?」

 そうだ、と王太子は頷くと、顳顬に手を当てた。

「でも、何故私が番だと?」

「……姫に渡したハンカチ、あれだろう」

「あれだけで?!」

「バシュラも半信半疑だったろうし、リサには既に婚約者がいるからな、正面切ってリサは自分の番だと言ったら会えないだろう」

 だから妹の無礼を詫びる、って言う建前で来たの?

「獣王は番には関心がなかったのでは?」

「実際目の前にしたら本能が勝ったのだろう」

 深くため息を吐く王太子。私もため息が出る。

「明後日、バシュラと会談する事になった。当事者であるそなたもレオニードにも出席してもらう」

「どう出て来るでしょうか?」

「そうだな……こちらにメリットしかない提案をしてくるだろう。いくらリサが異世界人だから取り決めの適用範囲外だったとしても、一国の要人の婚約者を奪うんだ。それに見合うものを用意している筈だ」

 それに、と王太子は続ける。

「リサが本当にバシュラの番なのだとすれば、例えバシュラが王位から退き、身辺を整理したとしても手放さないだろう。その上リリス姫を再びレオニードにあてがう機会も生まれる。我が国との結び付きも強くなる。
我が国が享受するメリットは、鉱山の採掘物を優先的に取引出来る権利だろう。
よしんば番が嘘だったとしても、そなたをぞんざいに扱う事はしないだろう、バシュラならな。
残念な事に嘘を吐いてまでそなたを娶る理由もない」

 確かにフィルモア国にとってはメリットでしょうね。
 でも、私はバシュラ王に惹かれないのよね。
 番は獣人しか分からないって言うから、仕方がないんだろうけど。

 断ってレオ様と強引に結婚した場合、レオ様や王太子はやりにくくなるのかしら。
 貴族派は私を獣王に嫁がせようと動く? 令嬢達は私を敵対視するの? それともレオ様との関係を応援する?
 読めないわね。
 ……なにより、レオ様はどう考えてらっしゃるのかしら。真面目な方だし、もしかしたら身を引いてしまわれるかも知れない。



*****



 話し合いの場に向かうと、王太子、獣王、レオ様が既にいた。
 獣王は私を見るなり笑顔になり、触れようとしてきた。それをアイリスが止める。

「ご無礼を承知で申し上げます。リサ様は我がフィルモア王国の姫であり、現時点では騎士団長のアロウラス様の婚約者でいらっしゃいます」

 物怖じする事なく言い切るアイリス。男前だわ!
 獣王はほんの少しだけ不満そうな表情を浮かべたものの、もっともだ、と頷いた。

「皆、席についてくれ」

 王太子が座り、その横に私。殿下の正面に獣王。一つ空けてレオ様が座った。

「では、始めよう」

 あらかじめ用意されていたと思われる、紅茶の入ったカップが四人の前に置かれる。

「ひと言、よろしいですか?」

 笑顔を獣王に向ける。

 容易万端で望めたのはここでは、獣王だけ。
 だからいくら話し合いをしたって無駄なのよ。そんなの、こっちがうんと言うしかない事を言われるだけだもの。

「勿論だ」

 甘い笑みを浮かべて頷く獣王に、笑顔を返す。

「私の為に、戦って下さいませんか?」

 王太子、獣王、レオ様がぽかんとする。

「私はこの世界の人間ではありませんから、この国にもたらされるメリットなんて、関係ありません。政治の道具にされるのはごめんです」

 私の言わんとする事が分かったらしく、獣王は苦笑した。

「私は強い方が好きです。ですから、戦って下さい。戦い方は……そうですね、お兄様が考えて下さいませ」

 顔を向けると、王太子は複雑そうな顔をしている。

「……リサ、本気か?」

「冗談でこんな事言いません」

 獣王とレオ様に笑顔を向ける。

「勝利した方の妻になります」

 頷いた獣王はレオ様を見る。

「受けて立とう。レオニード、逃げるなよ」

 不敵な笑みを浮かべる獣王を、レオ様は睨んだ。
 戦った場合、いくらレオ様が人にしては筋肉ムキムキだったとしても、獣人の、それも実力で王になった相手に敵う訳がない。
 それなのに戦えだなんて、酷い事を言ってるのは分かってるのよ。

 何かを言おうとして言葉を噤んだレオ様。ごめんなさい、貴方の妻以外になるつもりはないと言えなくて。
 でももし、そう言ってしまったら、国というものが邪魔して私達は引き離されてしまう。
 それは嫌だから。
 ワガママに思われて結構。好きに思えば良いわ。私を取り合う男を見るのが好きと思われても良い。
 だから、ちょっとで良いから、頑張って欲しいんです、レオ様。

「望む所です、獣王」

 言い返したレオ様に、獣王は目を細める。






 アイリスはずっと怒ってる。

「あれだけレオ様との婚約に反対していたのに、何故そんなに不機嫌なの?」

 いつも無表情のアイリスが、あからさまに不機嫌を隠さないものだから、おかしくなってきた。

「何故あのような無謀な事を仰せになられたのですか?
王太子殿下が、何とかして下さるかも知れなかったではありませんか」

 彼女の言わんとする事は分かる。

「私が聖女だったなら、確率は上がったでしょうね」

 でもね、と言葉を切る。

「私はただのおまけでこの世界に来た人間よ。そんな人間の為に、王太子殿下にも、レオ様にも不利益を受け入れろとは言えないわ」

「ですが……っ!」

「だからこそ言えるのは、私の事を勝手に決めるな、って事よ」

 それに私は信じてるから、良いのよ、これで。

「アイリス、貴女と同じ花を、レオ様に渡してきて欲しいの。もう、二人では会えないから」



花菖蒲アイリスの花言葉──あなたを信じています。
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