怪奇事変

桜木未来(小説家見習い)

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怪奇事変 土地神

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 土地神とちがみ――その土地を収める神として君臨している存在。
 土地を繁栄と安定をもたらす存在、その他所説あるものの、実在は――不明。
 しかし、時折土地神様がもたらした恩恵とも呼ぶべき奇跡などは諸説存在する。
 が、年々神の信仰を忘れて行った場所に住まう土地神は、人間が敬意と恩を忘れ自他ではなく自身の為に生きる事を選び、都合の良い時だけ神頼みをする
 道具の様な扱いを受け、神は怒った。
 その年から、その土地での作物や災害などが見舞われるようになり、これを土地神の祟りとして、土地神ではなく、祟り神としあ崇められる事となる。



 「いやッスよ。自分警察見習いなんで」
 『いやいや、分かるんだけど……どうしてもって』
 今どきの不良……ではなく、昔の不良。
 学ラン、赤のTシャツ、そして特徴的なリーゼントヘアー、それが彼、山神龍之介のスタイルである。
 携帯電話を片手に誰かと話しながら道を歩くその様は……見た目は不良と言うオーラが出ているだけで、実際の所は迷惑のかかるような行動はしていない。
 「京さんに頼んで下さいよ。土地神の件なんて、自分じゃ解決できっこねーッス」
 『そう言うと思って京極きょうごくさんには伝えたんですが、霊術院れいじゅついん側もお願いがありまして――』
 「んじゃアリスさんに頼めば良いじゃねーッスか。自分、霊術れいじゅつほとんど使えないんで、そんな場所行っても何も役に立たないッスよ」
 断るも電話相手はしつこく絡んでくる。
 龍之介はこの電話相手、そして電話相手に依頼した人物の事も良く知っているからこそなるべく険悪な雰囲気で対応したくないのだ。
 っと、ガラの悪い集団が目の前から歩いて来るのを見る。
 学生……と言うよりは、真面に勉学に励んでおらず遊び呆けて親の金を無駄遣いにしているクソ野郎共っと言うのが龍之介の評価だ。
 「おい、テメェなにガン飛ばしてんだよ?」
 案の定絡まれた、予想はしていたが驚きはしない。
 この見た目のせいで他人に何癖付けられるのはもう慣れている、それでもこのスタイルを崩さないのは彼の拘りがあるからだ。
 「すいません、今、急いでるんで」
 「んーで通すと思うかよタコ!先に喧嘩売ってきて良い子ちゃんぶってじゃねーぞコラ!」
 子分的な存在Aが壁に足を勢いよく蹴りつけて龍之介の動きを制止する。
 「壁……汚れるんで、足、どけてもらえませんかね?」
 『さっきから誰と話してるんだい?』
 電話越しの相手は困惑している様子だ。そんな様子を見た子分Bがいきなり携帯をひったくりそれを勢いよく地面に叩きつけた。
 「あ~あ、壊れちゃった!壊しちゃいました~!!」
 「やりすぎるなよ、ほら。もう涙ぐんでるぜ?」
 子分BとCが何か言っているが、この時点で龍之介は我慢の限界に達していた。
 「ツラ貸せよ、時間はかけねーから」
 「……わかりました」
 裏路地、定番ちゃ定番だが……それより踏み入れた瞬間、背筋がゾワッとする感覚がした。
 強い霊が自身の領域、つまり住処を作る時に使う特殊な力場を“霊域れいいき”と呼ぶ。
 そこに踏み込んでしまった為、こちらの野次よりも一層緊張が走る。
 「おいおい、マジでビビッてやがるぜ!」
 「笑える!ほらコッチ向けよホットドッグ!」
 「調子扱いてんじゃねーぞ!」
 後ろから蹴りが背中を直撃して前のめりで崩れるも、真正面から顔面に向けてストレートのパンチ、頭上には鉄拳が振り下ろされボコボコにやられるも
 龍之介は意に返さない。
 何故なら彼等普通の人間と霊力を扱う龍之介では身体の構造が変化しているからだ。
 具体的かつ単調的に言えば、構造は変わっていると言う表現は正しくなく、霊力を纏っている為、常人よりも異常に頑丈で打たれ強くなっている。
 だから龍之介はこの馬鹿みたいな行動に介入してくる第三者の方に神経を集中させる事ができている――そして、それは突如起こった。
 面白がって龍之介を殴って行ったチンピラ達の動きが止まる。
 置いてあったパイプが音もなく突如ばらけた。
 それだけならまだ良い、だが頭上から水滴の様なモノが落ちてきた事に動きを止めたと言った方が正しい。
 赤い雫、ありもしない空中に吊るされた男性、それは先ほど面白がって殴っていたチンピラの仲間の1人だった。
 「な、なんだ?なんでザキが空中――」
 勢いよく投げられた死骸がチンピラに直撃する寸前、龍之介は前に出てキャッチする。
 「おい!ザキ!?」
 ザキと呼ばれた者はもう助かっていないだろう。
 後ろに居た人物だったのもあり、此処まで神経を尖らせていたのに気づけなかった、そのせいで間に合わなかった。
 この悪霊は最初から龍之介を含めて全員を食い殺そうとしている。
 「あの……此処に居ると危険なんで、早く出て下さい」
 「あ!?テメェ……テメェがザキを――」
 「不可能ッス。自分は先ほどまで貴方達にボコられてたのに、その人殺って空中に吊るすなんて超常現象、起こせる訳ないッスよ」
 「じゃなんでザキが――」
 「あぶな――」
 言う前に、目の前の人物を無理やりどかして直撃を免れる。
 工事途中の鉄骨が降ってきたのだ、直撃した龍之介も流石に流血し、その場に崩れ落ちる。
 それを見たチンピラ達は仲間の死骸を置き去りにして早々にこの場から離れて行く。
 当然、それを見逃す悪霊ではない――が、これが此処に居る全員一般人だったらの話だ。
 「おいコラ。1人仏さんにしといて欲張りすぎだろ、そりゃ」
 「ッ!?」
 悪霊は自身の動きが封じられた事に驚いている。
 見ると薄っすらとだが、筋骨隆々の腕が悪霊を捉えていた。
 龍之介が腕を振るうと、同じように掴んでいた腕も同じ所作で動き、悪霊を思い切り引き寄せ、持ち場に戻す。
 頭から流血した状態の龍之介は余裕そうに、不敵に笑いながら言う。
 「得意でやってやるから来いよクズ野郎。俺とお前、どっちがタイマンつえーか、勝負しよーじゃないッスか?」
 悪霊は怒りの咆哮をまき散らし、既に人ではないナニカに変貌を遂げた顎で龍之介に噛みつこうとするも、素手でそれを食い止められる。
 「……ったくも。携帯出たら面倒案件だし、歩いてただけで絡まれて携帯壊されるし、殴られるし――オマケに“霊域”作ってるクズのたまり場に足踏み込むとか、
 どんだけついてねんだよ、今日は」
 口の中に含んだ血をペッと唾を吐くように捨て吐き、力の限り悪霊の顎を割った。
 割れた顎、悪霊はたまらず痛みの叫びと血を流血させて患部に手を当てて痛みを和らげている様子だが、それに気を取られ、龍之介が行動した事に気づけなかった。
 「南無阿弥陀仏!」
 思い切りの良い渾身の右ストレートが悪霊に直撃し、顔面が吹き飛ぶ。
 首から勢いよく流血し、やがてその身体を活動を停止した。
 灰の様にボロボロと崩れるのを見送ると、先ほどまで覆っていた周囲の重苦しい空気は消え、“霊域”が消える。
 「まだ"霊域”が完全じゃなかったのか、操りそこねたのかは分からないが、運が良かったッス」
 血だらけになっているチンピラの前で手を合わせて救えなかった事を心の中で謝罪する。
 「……“霊域”か」
 霊が作り出す空間っと言う言葉がシンプルかもしれない。
 心霊スポットなどで不調やその後事故に見舞われたりするケースがあるが、それの大部分がこの“霊域”に含まれている。
 霊域には付与できる力が幾つかある……その内の代表例となるのは呪いだ。
 まだ呪いが完全に付与されていない“霊域”だったからこの程度で済んだ、だがもし完全に完成された“霊域”だったならば、どんな災いが起きていたか想像もつかない。
 途中で逃げ出したチンピラの行動はある種正解だったのかもしれない。
 「全く……“霊域”なんて、物騒なモン使うんじゃないッスよ。霊術が使える悪霊じゃなくて良かった」
 不幸中の幸い……だが何か忘れているような。
 「あ、ヤベ」
 携帯……壊されたままだった事を思い出したのだった。
 あと、仏になった人も……お願いしないと。



 某S集落にて神隠しの被害、これを警察と霊術院両面から捜査を行う。
 
 集落に住まう住人の人数凡そ40名弱、その内今年に入って3名の行方不明、警察は当初、遭難と野生のクマなどによる猛獣被害を懸念していたが、1カ月に及ぶ捜査の結果
 その可能性はなくなる。

 またこの調査に出払った捜査員全員が調調おり、身に覚えのない痣が広がっている事を確認。
 
 中には数日後にを遂げた者も出た事から警察側は霊術院側の問題として調査を行う旨を報告。

 直近で1週間前に“神隠し”に遭った被害者の親族が捜索願いの届けでを提出、事態は一刻を争う。

 よって事件は――霊的現象として捜査を再開する旨とする。

 またこの事件の捜査を現段階で霊術院側で最も腕の立つ霊媒師に一任する事を決断、よって霊術院側は山神龍之介を指名する事に決定と、決断を覆す事はない。

 「これ……強引じゃないッスか?」
 ホテル一室を借りて読まされた内容に龍之介は嫌悪している様子だ。
 まだ頭部に当たった鉄骨の負傷により本来は病院っと言う手はずだったが、此処ならば霊術による医療を受けられるとの事でホテルに急遽変更。
 「ええ、私も止めたには止めたのですが京極さんがどうしてもって言う物ですので」
 「波佐間はざまさん、京さんの件になるとチキンになるクセ直した方が良いッスよ、上からモノ言って申し訳ないッスけど」
 「私は情報と治療が専門なので、それ以外の事となると京極さんにはあまり口出しできないんですよね……まぁ情報に治療術を持っても逆らえないんですけど」
 冷汗をかきながら頭部に手を当てている波佐間と呼ばれた男は、ある程度経つと龍之介の頭から手を放す。
 「治療完了です。痛みはまだ残っているでしょうが、外傷などは綺麗に治癒できておりますので問題ないかと」
 「どうもッス」
 頭を触るもズキズキした痛みは残るが、先ほどまでパックリと割れてた皮膚は何事も無かったかの様に繋がっていた。
 霊術――霊力を使った力の一種でほとんどは霊媒師が唱えるお経などが例として挙げられるが、それ以外にもこうした治癒としての力を持つ側面もある。
 唯一、龍之介が未だ完成できていないスキルである。
 「それにしても、都内で“霊域”を持つ霊と出くわす確率なんてほとんどないんですが――本当に山神さんはお強いですね」
 「……“簡易霊域かんいれいいき”っスよ、アレは」
 “簡易霊域”……完成されていない“霊域”の事で、もし立ち会った霊が力場に術を仕込んでたら完成されていただろう、だからただの負傷程度で済んだ。
 本当に完成された“霊域”ならば、今頃呪いか何かを貰って寝込んでいた可能性も高いし、絡んできたチンピラ達の身も安全ではない。
 「不幸中の幸いって所ッスよ。なのに今度は“神隠し”の集落に行け――なんて、なんかヤバイ事やってんじゃないんッスか?」
 「それについては事前に警察と連動して調査しましたが、そのような行為もなかったみたいです、ただ――」
 「ただ……なんスか?」
 「奇妙な残映ざんえいは残っていたとだけ……」
 そうしてその日は曖昧な内容だけ聞かされて眠りに入った。
 明日からは遠方の山形県に出張っと言う事で、長旅になる事が確定してしまった。
 「頼むから、化け物とかその土地に住む特異霊とくいれいだけは勘弁してくれッスよ」
 祈りながら眠りに落ちる、深い眠りに。

 そして当日――
 東京から新幹線を使って約2時間の旅もそこそこ、着いた山形県。
 澄んだ空気が上手いと同時に例の集落までの道のりの中で妙な感覚を感じた。
 「(水中に居る様な重苦しい感覚……“霊域”に似てる、なんだ、この妙な感じは?)」
 誰かに見られている訳でもなし、ただ妙な気配が纏わりついて剥がせない、そんな感覚。
 それを味わいながら例の集落に到着すると、その集落の村長的な代表者が挨拶に出向いてくれた。
 「この度は、遠路はるばる起こしいただきやして、ありがとうございます」
 「良いっスよ、早速の所悪いですけど、例の話とここ最近の状況、合わせて聞かせてくれないッスか?」
 村長が言うには、最近だとまた若い女性が1人“神隠し”にあったそうだ。
 その家の家族も昨日までは確かに家の中に居て、夜も外出しないように堅く門を閉じていたとのこと。
 霊視――霊力を目に集中させる事で、より鮮明に霊の残した、或いは龍之介たちの様な霊媒師が残した残映を見る事ができる技術を使うも、収穫はなかった。
 だが――
 「……なんか、妙ッスね」
 「娘さんの部屋になにか?」
 女性の部屋、唯一気になるのは塩が置かれている事、魔除けのつもりで置いたのであろうが、ほとんど効果はないだろう。
 基本的にお守りも、塩も全てにおいて霊術が絡んでくる。
 力のない者に分け与える、力のある者の守り……市販の物では役に立たない。
 窓際に山形に着いた時のような奇妙な感覚を感じた。
 淡く漂う青い色……霊力だ、それも不気味な気持ち悪さを纏った。
 「失礼しやす」
 女性のベットの上に上がるのは少々気が引けたが、事態が事態だ仕方ない。
 窓を触り鍵がされている事も確認、結論としては“神隠し”……と言わざる終えない。
 ただ何が原因でそうなったのかは判明できない、これが最大の謎だ。
 「集落を見て回っても良いッスか?」
 「ええ、構いませんが――」
 「うちの子!うちの子は!?」
 突如発狂したかのように血走った目で肩を掴まれる。
 彼女の目は絶望で塗りたくられていた、それだけ焦っているのだろう。
 「すんません、現段階じゃまだ確証も何も掴めてない状態ッス。一度集落を周ってみれば何か手がかりが掴めるかもしれないので」
 「そ、そんな事で本当に娘は帰ってくるんですか!?」
 心配する気持ちは分かる、疑いの目を向けたくなるのも分かる、感情に流されて普段と違った素振りを見せてしまうのも分かる。
 だが、嘘は付けない。
 「帰ってくる保証は――ないっス。ただ今はその足取りも0ならせめて100に近づける努力だけはするつもりッス、わるいっスけど待ってて下さい」
 気の利いたセリフなんて出てこない、その代わり死ぬ気で探す、それがせめてここに来た自身の役割として。



 集落では怪しい所は何もなかった。
 澄んだ空気が美味いっと言った所だろ、セミが鳴く音は響く中、窓が閉鎖されている事に気づく。
 「村長さん、窓、なんで板で閉じてるんですか?」
 「あぁ、昔の風習の様なものですよ。さっきの羽田さんの家もああして板で閉じていれば……」
 「その風習、お聞きしてもいいッスか?」
 「ええ、歩きながらでも――」
 簡単に言うと、昔の風習でこの集落では日夜窓は閉じる事がルールとなっていた。
 昔、窓から異界の手と呼ばれる物の怪が人攫いをすると言う事から窓を外側、或いは内側から板で封鎖する事によって物の怪の侵入を拒んでいたとか。
 「悪手と呼ばれる物の怪は、そうやって若い男女を掻っ攫う事から“神隠し”って呼ばれてました」
 「……“神隠し”っスか」
 確かに、あの窓からは奇妙な霊力を感じていた。
 もし昔にある風習と関連があるのならばあり得ない話ではない、窓から人を攫う物の怪、悪霊の仕業だ。
 「すんません、この板を取り付けている家、全部調べたいんで集落の皆さんには立ち入りの許可を村長さんから許可を貰っても良いっスか?」
 「ええ、構いませよ」
 「それじゃ早速」
 こうして龍之介は民家の1件1件を調べて行く。
 1日では流石に難しいので、村長の家で居候をさせてもらいながら時間をかけて調べるもやはり結果は良くなかった。
 「結論から言います、その風習に使われてた木材は恐らくご神木を使われた板で霊道を塞いで居たんでしょうね、だから物の怪の侵入を防げていた――でも現代だと
 ご神木は貴重な財産、おいそれと使わせてもらう事もできないから、普通の木で習わしを守っているつもりっスけど」
 龍之介は板に手を添えて手に霊力を集中させると、突如木から無数の手が飛び出し、龍之介を引き込もうとしていた。
 「見えますか?これが物の怪の正体で、簡単に言わせてもらうと効果ないっスよ、この木の板じゃ」
 村長たちを集めた村の皆は怪訝そうにその光景を見ていた。
 無理もない、見えない人間からしてみれば何をしているんだ?って恰好だ、だがその後の出来事は村人達を驚愕させていた。
 木の中に吸い込まれる手を見れば驚くのは当然、これで幾ら霊的な存在を信じないと言われても信じざる終えないのだろう。
 「本当なら引っ張りだしてボコりたい所っスけど、多分なんか根本的な部分が必ずあるはずなんで、それを解決しない事には恐らくこの手をこうして払っても――」
 霊力を手に集中させると物の怪の手は火傷を負った様に暴れ出し、その場で蒸発して消え去った。
 だが次の瞬間、また無数の手が伸びて本格的に龍之介を捉えようとしたが、護身で持っていた札が役割を担い、物の怪の手は龍之介の手前で踊っているだけだ。
 「根本的な何かの原因があるはずっス、それを解決しない事には解決の糸口さえ掴めずに確実に1人ずつ――
 その言葉を聞いた村人達は恐怖で青ざめていた。
 「ど、どうすれば?」
 「まずは昔の文献を調べてそれから各家に札を書いた呪符を渡して置きますんで……ああ、呪符って言っても呪いまじなの方なんで、悪い気から遠ざける効果
 がある程度っス。これを窓に貼ってればしばらくは大丈夫っスよ」
 霊術で込めた札を見せて安心させる。
 「あとは、長丁場になりそうなんで、何処か宿を――」
 「家で良ければ、全然お使いなさって下さい」
 村長の言葉に龍之介は頷く。
 「決まりっスね、しばらくお世話になります」
 それからは倉庫にあったもの、各家に保管されていたご先祖が残した物を読み漁る時間ができた。
 龍之介が渡した呪符は効果があるみたいで、それ以降の“神隠し”は起こらなかった。
 村長が出してくれた食べ物はどれも美味い物ばかりで、徹夜で文献を漁っている中で、お夜食まで用意してくれたのだ。
 「米うま。田舎の飯って、下手したら都会の飯より美味く感じるの俺だけか?」
 片手におむすびともう片手に古書を読み漁る。
 内容を簡単にまとめると、平安時代からある村で昔はやはりと言うべきか貧しい村だったそうだ。
 所々掠れてしまっている部分に"にえ”と言う漢字と"土地神とちがみ”と言う言葉から、土地に捧げる事で村の繁栄を願っていたのだろう。
 「祟り……んー」
 味噌汁をすすりながら考える。
 仮に贄になった者達の怨念なら、今日外を見回った所で直ぐに気づけたはず。
 怨念によるモノが足場から出ていた様な事はなかったため、また別の問題だろうと考える。
 「……社?」
 古びた写真に撮られた社の写真、ただそれだけだが関連性がこの古書からでは伝わってこない。
 「社なんてこの村にはなかった……いや、俺が気づいてねーだけか?」
 何はともあれ謎ばかりだ、戸を開けて風を身体で受けながら霊感を上げて行く。
 「……」
 また水中の中にいるような感覚が圧し掛かってくる。
 土に触れて感触を確かめる様に霊感を手で伝も、やはり足場からではない。
 「この定期的に流れてくる重苦しい霊力の流れ――霊感を高めても、乱される」
 出口のない迷宮に足を踏み入れた感覚になるも、明日村長に社の話を聞いてみようと思い今日は寝る事にした。

 翌朝――

 「社なら山の上にありますよ」
 「山…スか?」
 味噌汁に卵焼き、焼き魚を味わうTHE和定食を味わいながら昨日の古書に記された社について聞いていた。
 「平安時代からずっと山にある社です、昔、貧しい村を救った小さな神様が住まわれていたとかで」
 「……なるほど」
 「昭和までは祀っていたけれども、年々村は若者が田舎離れで年寄しかいないもんだからね……碌にご挨拶もできやしない」
 「東京は色々ありますからね、でも自分はどっちかって言えば田舎の方が好きッスよ」
 「ハハハ!気に入ってくれたのならいつでも歓迎しますよ」
 「それで、その社なんですけど」
 「はい、その後は碌にご挨拶もできないまま、皆の中からは社の事は徐々に薄れていってしまいまして、今では山神様が言われるまでは私も、お恥ずかしながら」
 大体の原因は分かってきた。
 土地神――もしこの可能性が高くなるようなら、ハッキリ言ってしまえば今の龍之介では歯が立たない。
 自然災害と戦う様なものだ、それを相手にできるとしたら――
 「とりあえず、その社の場所まで教えてくれるだけで良いんで」
 「わかりました」
 朝食を済ませ、案内された場所に向かうとそこは獣道へとなっているように見えたが、僅かに人が通る場所が残っていた。
 「すみませんが、私は、この先老体に響くので」
 「ええ、村長さんに何かあったらこの村の人たちも困りますんで、家に戻って下さい」
 お辞儀をしてその場をあとにする村長の背中を見守り、龍之介は獣道となった道を進んで行く。
 進先でやはりあの重苦しい感覚が龍之介を襲う。
 霊壁で身を守りながら進むとそこには古びた社があったが、状態が最悪も最悪であった。
 「……罰当たりッスな」
 社の扉は破壊され、至る所にゴミと目につくラクガキがしてあり、祀るとは程遠い環境下にあった。
 「でもコレで原因はハッキリしたッスね」
 踵を返すと、丁度そこには3名の如何にも不良と言う感じの男女が居た。
 「あれ~?此処、俺等の場所なんですけど?」
 「勝手に入られたら困るんだよな~」
 「つうかコイツアレじゃん!何か悪霊退散!っとか言う」
 侮蔑の笑い声が響くも、後ろにある社と関係ある者と言う事だろう。
 「お兄さんさ、リーゼントに学ランで名探偵ごっこはハズいよ?」
 「そうそう、大人しくとっとと実家のママの所に帰って、おっぱいでも吸ってろよ」
 「リーゼントと学ランでお袋のおっぱい吸うとかウケる!」
 「……」
 社、祀る、侮蔑、破壊、ラクガキ、祟り――“神隠し”はこう言う事が重なって出来たと龍之介は納得する。
 「おいなんか言え――よ!」
 膝蹴りが腹部に命中するも、微動だに動かない龍之介に対して腹を立てた2人の不良が遠慮なしに拳や蹴りを振るう。
 そんな姿を面白がって録画を撮って笑う女性……本当に田舎でもあるんだな、こう言うのって感じだ。
 だがしばらくすると――
 「え?なにコレ」
 「テメェ!ゴラァ!すかした目で見てんじゃねーぞ!!」
 「どうした~?間抜けな姿で面白いの撮れたか?」
 「いや、ちゃうよ……コレ」
 「ああ?……んだよ、この靄。俺達の顔無くなってんじゃん」
 靄と言うより此処に居る幽霊が映り込んで、悪戯してるだけだけどっと龍之介は心の中で言葉を留めて置く。
 だがこれはチャンスだ。
 「あ~あ。罰当たりな事するから、神様がお怒りになっているんじゃないッスか?」
 「なに適当こいて――」
 「平安時代から祀ってきてたモノを此処までしちまってるんだ、頭部だけで良かったじゃないっスか」
 「ふざけんな!神だと?幽霊に決まって――」
 「へー……幽霊、信じるッスね?」
 1歩前へ進み更に続ける。
 「こうして無言で殴られてやったんだ、きっとあの社も同じ気持ちだったんじゃないかって思うッスよね、今の俺と。
 コイツ等は――生かしておくべきじゃないって」
 「え?きゃぁぁぁーーー!!?」
 龍之介が言い終わると女子生徒は携帯を投げ出してその場から足早に離れて行った。
 「おいなん――」
 携帯を見た男子生徒が固まり、相方がそれを見ると、分かるように顔面を蒼顔に変えていた。
 「い、いくぞ」
 「お、覚えてろよ!テメェが村で何かしても誰も認めねーからな!!」
 女子生徒同様足早にその場をあとにする。
 龍之介は携帯を拾い、その録画された場所を再生すると、画面は真っ赤になり、龍之介の顔は真っ赤な赤に染まり、他の男子生徒は顔が黒く変色していた。
 「この程度でビビるとか……でも悪戯にしてはやりすぎっスね」
 振り返ると、浴衣を着た半透明の男性がそこに立っていた。
 「奴等ハーー社を――穢した」
 「そうッスね。でもこんぐらいで勘弁してほしッス」
 「何故ダ!!」
 霊気帯びた波動が放たれるが龍之介は平静を保った表情のまま続ける。
 「社に神様は居た――なら一番怒ってるのは神様じゃないかなって」
 「ソ……れは」
 確かにと納得する幽霊、だが一番気になっている事があったのでそれを聞く事にした。
 「村で起きてる“神隠し”はアンタ……じゃないッスよね?」
 「違う。アレは土地神様の怒り――ソウカ、お前――土地神様に仇名ス者カ!!」
 突如急変した霊が龍之介に襲いかかるも、その攻撃は龍之介に当たる事はない。
 霊壁は身を守る為の最大の防御、これを打ち破る程の霊撃が込められてない限り、悪霊でも今の龍之介にはダメージを与える事は不可能だ。
 「な、ナニ者だ!!」
 「山神龍之介。霊術院卒業後、仮免で刑事見習いをしる者ッスーーちなみに特例科なんで覚えてくれると幸いっス、霊術院では1級霊媒師の資格を持ってるッス」
 そう言いながら目の前に居る幽霊に歩を進め、展開した霊壁で押すように前に進む。
 たまらず男性の幽霊はその威力に抗おうとするも、抵抗虚しく徐々に押し返され、大木に押し付けられる。
 「もう一度聞くっス……“神隠し”は本当にアンタじゃないッスね?」
 「ち……がう!」
 「なら誰が“神隠し”を?まさか本当に土地神様が?」
 「そう……言ッテル!土地神様はもうお怒リダ!絶対お前達を許さない!」
 「いきになり遠方から来た人間まで巻き込んで許さないとか、随分と周りが見えなくなっちまったッスね」
 これで決定だろうと龍之介は納得する。
 社を長年祀らなかった罪、穢した罪――それがこの“神隠し”の真相だ。
 「祟りダ!祟ル!!」
 霊気が一気に膨れ上がり真っ赤な赤に変色した所で、この霊が今、悪霊に変わろうとしている事を悟った龍之介は右拳を握り目の前に居る霊に謝罪する。
 「すんません」
 瞬間、目の前に居た幽霊の頭部が吹き飛び血飛沫を吹きながら頭が転がる。
 霊撃を込めた右ストレートのパンチが顔面を捉えた攻撃。
 「胸糞悪いッスね」
 悪霊は即払うべし、そう霊術院で学んだ。
 それよりも一番不快なのは霊体になった存在に霊的攻撃を加えた際に、彼らは生者と同様に出血したり、身体の一部が破損したりする所だ。
 鋭利な刃物で斬られれば手は捥げるし、霊術で火を起こせば焼けただれる。
 当然、今の様に時速何キロと言うスピードを乗せた腕力、更にそこへ霊力を込めた霊撃が当たればダンプで跳ねられた様な威力を発揮する事もできる。
 コレが霊媒師、山神龍之介のお祓いだ。
 「土地神か……」
 土地神が悪さをしているなら相手は神、そんな存在に今の攻撃を繰り出しても傷1つ付ける事は叶わないだろう。
 だが誰かが止めなければ“神隠し”による犠牲者は後を絶たない。
 「京さん、俺じゃ無理っスよ。アンタたちの領域には到達できない……」
 独り言を言いながら元来た道を引き返そうとした際に、チラリと光る物が目に移り込んだ。
 それは本殿に置かれている神鏡と呼ばれる鏡であった。
 「なるほど、コイツで……」
 だとすれば鏡を使って鏡越しから攫う事も、見た視点を使って霊力を送り込み、そこから異空間を作り出す事も可能だ。
 羽田さんの娘さんが“神隠し”にあった種はコレだったのかもしれない。
 そうと分かれば、早く村長と合流して早急に用意してもらいたい物があるっと思い、その場を後にする。
 村長と合流した際に、チンピラ共に殴られて出血してる部位を指摘されたが、転んだって事にしておいた。
 そして事態の流れを全て伝えた上で、今夜にでも原因を取り払うと言う事で話は進むのであった。



 夜間――

 時間にして0時を過ぎた辺りだろうが、周りの部屋の電気は点いたままだった。
 集落にいる人々が今夜、その“神隠し”の正体を見れると言う好奇心と終わると言う安堵感を満たしたいが為に、村長の家に集まっている輩もいる。
 一方、龍之介を胡坐をかいたまま目の前の鏡を見つめていた。
 「山神様、戸を閉めてしまっても宜しいので?」
 「はい。念の為、自分だけならまだしも皆さんに危害が及ぶようだと、後々対処も変わってきますんで」
 鏡越しの村長に声を返し、再び見つめると、一瞬だが鏡が歪んだ様に見えた。
 そろそろか――っと考えていると、後方で不調を訴える声が出たようだ。
 無論その原因も分かっており、この鏡が原因――と言うより、鏡を介して霊気を送っているモノの仕業であるのだが。
 抵抗力のない普通の人間なら吐き気や眩暈に見舞われてもおかしくないだろうが、この鏡越しから来る霊気は異様な霊力の持ち主だ。
 流石に錯乱されては困るのである程度は霊壁で障害を作ってはいるものの、隙間を流れ出て霊気に関してはどうにもならない。
 そしてついにその時がやってきた。
 「ッ!!」
 来ると分かっていたとは言え、掴まれた感触は冷たいナニカで気持ち悪さが増す。
 無数の半透明の手が龍之介の身体の至る箇所を強く掴みそのまま鏡の中へと引きずり込んでいった。
 「い、今の……みたか?」
 「鏡の中に吸い込まれて――」
 「村長!コレが"神隠し”ですか!?こんなの鏡がある家なら何処だってあり得る」
 「……自分に何があっても動じず、そのまま過ごして下さいっと山神様は申された。どんな事があってもだ」
 「だがしかし――」
 「狼狽えるな馬鹿者共!今一番危険の中に身を置いていらっしゃるのは山神様じゃ!」
 この一喝で村の人間たちは黙り込む。
 そして村長ももう一度鏡の中を見ようとするも、まるで複数の絵具が織り交ざった様な不気味な色へと変化していた。
 あそこから時折、ありえない事だが風が吹き込む度に背筋が凍り付くような悪寒に見舞われる。
 「大丈夫じゃ、あの方の芯はお強い。まるで――不動の明王を彷彿させる」
 


 「やっぱ此処ッスよねー―被害者の自宅に漂ってた空気と似てる」
 目の前にあるのは昼間に来た破損された社。
 中は暗闇になっているものの、邪気の様な禍々しい黒いオーラがドライアイスで作り上げられた演出の様に漂ってきている。
 これは霊気を極限までに悪意に染めて作られた瘴気に近い。
 霊壁に身を守っている龍之介には聞きはしないが、普通の人間なら精神崩壊してもおかしくはない。
 帰る前に霊を1人祓ったのと、神鏡に触れていた事で龍之介をターゲットにしたのだろうと言う事は、あの時点で分かっていた。
 だからこそ次に“神隠し”に遭うのは自分だと……だが可能性としてはあの3人のうち誰かが“神隠し”に遭う可能性もあった。
 そうさせない為の、故意的な犠牲――許される事ではないが、あの霊は現に悪霊化していた為、都合が良かった。
 おかげでこうして龍之介は自分自身が“神隠し”の対象になれたのだから。
 「1週間前に連れ去った娘さんの返却、お願いします」
 「――憎イ、醜イ、酷イ、汚イ、醜イ」
 怨嗟の怨言――よく悪霊が使う方法で聴覚を通じで脳の神経を攻撃し、感覚を麻痺させる方法だ。
 他の部位よりも僅かに、耳に霊力を集中させた霊壁のガードでその怨言は無力化されているが、それを知った相手は一気にドス黒いオーラを社の中から吹き出し、
 やがてそれは雲を形成したかと思えば1つの形へと変化する。
 「……マジか」
 巨人、国引きの神話に出るダイダラボッチを彷彿させる悪意の塊がそこにはあった。
 龍之介など蟻の様に踏みつぶせる程の大きさ、これはそのまま――憎悪の象徴だ。
 「平安時代に祀られ、昭和から全く祀られなくなった怒りが平成のご時世に顕現してしまうとか、パンドラの箱だな、これは」
 一撃目が来ると感じた龍之介は両腕の肘を曲げボクサーが守りに徹する姿勢を保ち、腕に霊壁を集中させるも急に視界が反転する。
 巨人の攻撃が来たと直感したのは殴られた後、つまり龍之介が防御の姿勢を見せる前段階から既に、攻撃は始まっていたのだ。
 異様な力で吹き飛ばされた龍之介は、やがて大木に激突して口から血を吐き出す程のダメージを負う。
 「い、いや、いや……まず…ッた」
 フラフラになりながらもどうにか立ち上がるも目の前にあったモノは無数の怨念で形作られた顔の集合体、それが拳の形を成して二撃目の攻撃へと繋がる。
 大木事へし折る程の威力で彼方まで吹き飛ばされた龍之介は意識を失う。
 見積もりが甘かった、歴史が積み上げてきた怨念は自分の想像を超えた力で合ったと痛感せざる負えない、それ程の力量。
 既に頭からの流血、腕骨のヒビ、肋骨が数本骨折したのを痛みとして感じる事で意識が戻る。
 「……ふ、どう……」
 だが痛みよりも既に身体の限界が先に来てしまう程のダメージを負った龍之介は再度意識が混濁し始めている。
 その中で懐かしい記憶を見た。
 それは縁側で祖父がポツリと吐いた言葉。
 『龍之介、お前の中に不動を感じる。どうしてお前がそんな力を持っているか儂には分からないが、何時かお前の中にある不動が必ず、役に立つ時が来る』
 最初は何を言っているのか分からなかったし、今でも何言ってんだ?ってなる。
 だが祖父は龍之介の中にある何か、それは魂か何かに感じ取ったがあるのだろう。
 『不動を忘れるな、どんな時でも不動に徹する事で――』
 「みょ、おう……様は、お力、ぞえ、して……くだ……さ、る!」
 拳を正面に突き出すと、迫りくる拳と衝突し、強い衝撃波を生む。
 その衝撃波に吹き飛ばされつつ、何メートルもある悪霊の塊を見つめる。
 「ま、ちがい……ない。ほん、らい…なら、アレが――」
 土地神、土地を守る神の――成れの果て。
 とは言え、今龍之介が相手にしているのは神様と変わらない相手。
 小手先の攻撃など通用する事はなく、軽はずみな霊撃などは通用しない。
 かと言って霊術を使う時間もなければ、致命的な事を言えば龍之介は霊術がほとんど使えない。
 お経を小言で唱えながらならやると言っても、ただの悪霊なら弱らせる事もできるが、この規模の相手では不可能に近いだろう。
 「アレ……しか、ない……か」
 霊術院で学んだ霊媒師として、悪霊と戦う術の方法は幾つかある。
 1つ霊撃、2つ霊壁、3つ霊術……そして――
 それら全てを複合した所謂いわゆる、必殺技となる最高攻撃力を誇る“霊域”が最後の4つ目となる。
 ただし――
 「(限られた者しかそこに到達する事はできない、今の俺じゃそこに到達できるための条件が――揃ってねー)」
 三度目の攻撃を霊撃と霊術の組み合わせて顕現させた巨大な霊力の拳で相殺するも、何度も耐えられる訳じゃない。
 「や、る……しか、ない……か」
 以前先輩の京極に言われた言葉を思い出していた。
 『龍介はさ、霊術へったくそだよね~。霊撃と霊壁は難なくクリアできたのにー』
 『そうッスね、何か難しい古書と数学を解いてる様な感覚で、全然理解できねーっス』
 『あ~そう言う時はさ――』
 「かん……かく、って、どん…だけ、適当……」
 身体中に巡る霊力を一気に放出させる、これが霊撃の初歩、それを押し留める事が霊壁の初歩。
 そして最後の霊術は言わば自身の霊力に付加価値を付ける事、即ちゲームで言う所のバフ的なモノである。
 これらを同時に発現、展開し、留め、そして付与させる。
 龍之介の周りには自身の霊力が広がり、霊壁の応用でそれを留めておく、最後に付与させるもの……それは――
 『龍之介、不動を忘れるな。お前の中にはいつだって不動を感じる』
 拳を片方の掌で受け止めつつ、受け止めた人差し指と中指を立てながら呟く、今できる最高の技を。
 「霊域――不動明王ふどうみょうおう
 足場から立ち込める霊気が青と赤に変化しつつ、徐々に形を織りなしていく。
 「まさか……悪霊様からヒントを貰えるなんて思いもしなかったッス」
 そして顕現されたのは誰もが一度は見た事がある鬼の形相の化身、不動明王だ。
 「煩悩をぶっ潰してやるッスよ」
 拳を握ったまま振り上げ、そして下げる。
 鉄の剣を持った明王が大型の悪霊に対して振るった一撃は大きく、身体が裂けてしまっていた。
 それでも龍之介は攻撃を止める事はない、いや、止めない。
 両腕に霊力を集中させると、明王も同じ様なポーズをとり龍之介に合わせて悪霊の攻撃をしかける。
 さながら怪獣バトルを見ているかの様なその光景、戦いは龍之介に軍配があった。
 最早、土地神は粉々に崩れかけているものの、奇妙な奇声を上げたのち、また黒いオーラが中心に集まり元の姿に形作られていく。
 「っと、しつこいッスね」
 拳を構え、攻撃姿勢を保つ。
 「一式:不動!」
 拳から掌で押し出すような形で放った強烈な霊撃は、悪霊そのモノに直撃し勢いのまま山に押し込む。
 瘴気が満ちたこの空間で悪霊となった土地神は自身を更に上の階級“祟り神”にするのが目的なのは明白であった。
 もし“祟り神”に転じてしまえば、今のこの状態で勝てるかどうかは分からない、そんな事を頭が過った瞬間に既に攻撃は一撃必殺の奥義を龍之介に放たせていた。
 そして――やがて悪霊の抵抗も虚しく、黒い粒子はやがて白い光へと浄化され、空中へと消えて行く。
 「ッ!」
 龍之介は自身の身体が痛むことを承知で空中から放り出された3人の男女を明王の手で優しくキャッチする。
 「……ふぅ~」
 降ろしたのを確認すると、それまで形作っていた明王も、悪霊と同様に崩れて行き、光の粒子となって消えて行った。
 即ち、コレを意味するのは龍之介の霊力切れである。
 「まぁ……はじ、めて、にしては……よく…や、れ……た…か――」
 ゆっくりと意識が消えて行く龍之介、早くこの3人を集落の皆に無事だって報告しなければならないのに身体が言う事を効かない。
 意識さえ朦朧として、やがて闇の中へと消えて行った。
 
 
 
 『明王様は何時でも、お前の中におる』
 『……不動を忘れるなって?』
 『さすればいずれ、お前の悩み、煩悩も叱責してくれよう』
 『嫌だな、それは――俺はあまり怒られたくないんよ』
 『ならば不動を忘れるな、一貫した人生を歩めるようになれ、できはせんがの~』
 『んだよ、クソ爺』
 懐かしい光景、まだ生前祖父が生きていた頃の記憶。
 祖父は家族の中でも唯一だった。
 そしてそれと同時に、他の人間の魂の形まで分かるそうだ、生前なんだったとか簡単に言い当てた。
 こうした行いをすればいい方向に向かうとか、それで実際に良くなった者も居る事から、占い爺なんて呼ばれてたっけ。
 でも死の間際にこうも言ってた記憶がある。
 『龍之介、もう――明王様はお前を見ておられる、後はお前がどうしたいかだけだ』
 『もう喋んなくて良いよ爺ちゃん』
 『明王様は――いつも……お前と……共……に――』
 『爺ちゃん?』
 思えばコレはあの時、祖父が最後に見た光景――龍之介の中に不動明王の魂が宿っている、そのことをずっと伝えたかったのだろう。
 だが同時に自身で気づいてほしかったっと言う願いもあったのかもしれない。
 仏教を教えを説く、それに準じた最後らしい祖父の遺言。
 「……」
 「目が覚めましたかな?」
 「此処は……村長さん、俺は――」
 「ビックリしましたよ、あの社から凄まじい爆音が聞こえてきたものですから皆で向かったら“神隠し”に遭った3人と、血まみれの山神様が居たもんで肝を冷やしましたぞ」
 「……3人は?」
 「初めは意識が混濁しておりましたが、今は元気ですよ、問題は山神様ですぞ」
 「……自分っスか?」
 「もう1週間、目を覚まさなかったもので、医師に言っても昏睡状態で何時目を覚ますか分からないと言われたものでしたから」
 1週間も寝ていたのか、まぁアレだけの力を使ったのだから当然かと納得するも。
 「1週間、連絡しなかったのはまずいっスね」
 草薙健吾を始めとする特例科と霊術院側も調査に来ていてもおかしくはないし、何より――絶対に面倒事に巻き込まれるのが目に見えている。
 「ご飯食べられますか」
 「いただきます」
 だが今は、疲れを十分に取って安静にしている方がよさそうだ。
 受けた呪いもまだ残っている為、身体の一部が思う様に動かないから。
 「……はぁ、霊域使えるなら確定だよな」
 「何か仰りましたか?」
 「あ、いえ、すんません、腹減ったって」
 「ハハハ!直ぐご用意しますのでお待ちください」
 こうして山形県の集落で起きる"神隠し”の一件は幕を降ろしたのである。
 活躍した山神龍之介はその後先輩達による尋問と霊術院側での力量の再審査を元に――霊媒師:山神龍之介は今日をもって

 特級霊媒師とする。
 
 

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