Rain fairy〜雨の妖精〜

久恵立風魔

文字の大きさ
10 / 19

心を映す空

しおりを挟む
 翌日の四時限目。聡は数学の授業も上の空で考え込んでいた。暫く考えて、そしてポケットからスマホを取り出すと教壇に立つ坂田の目を盗んでフリックして後ろに立つツユに目で合図した。ツユがスマホを覗き込むとこう書かれていた。

 『昨日までの出来事をみんなに話そうと思う。ツユの事、フレアの事、火事の事、そして、俺が今体験している事すべて。ツユはどう思う?』

 聡としてはツユの存在や妖精の事を皆に話しても良いものなのか判断しかねていた。その判断をツユに委ねたわけだ。

 「いいよ。でも多分みんな信じないと思う。」

 ツユは微笑み、優しく答えた。聡もみんな信じないと思った。でもツユの事をみんなに知ってもらい、みんなでツユの事を支えられないかと考えた。聡は『ありがとう。』とフリックして微笑み返した。空は曇っていたがその隙間から少しだけ青空が覗いた。

 昼休み。四人はいつものように聡達の教室に集まっていた。

 「ここはテストに出るだなぁ。ちゃんとノート取るんだなぁ。」

 健太が数学の坂田のモノマネをして坂田の解りづらい授業を皮肉っていた。

 「そうだなぁ。ホント解りづらいんだなぁ。」

 優也も坂田のモノマネをするのだが、酷く似ていない。そうやって坂田教諭の事を弄って笑い合っている所に聡が静かに話し出した。

 「あのさ、みんなに聞いて欲しい話があるんだけど。」

 いつもは見せない聡の神妙な表情に、何事かと、先程までのふざけ合いはピタリと止まった。

 「どうしたの?」

 綾夏が優しく訊ねると聡は一つ頷き、

 「以前、通学路の川で雨の中、女の子に出会った話をしただろ?」

 聡はツユとの出会いからの話を始めた。彼女が妖精であること、実体が無く聡にしか見えないこと、彼女の涙と雨の関係、晴翔のこと、フレアのこと、そしてフレアによってアジトが焼かれたこと。今までの事全てを聡は話した。

 「作り話にしてはリアルだな。そりゃ、本当なのか?」暫くの沈黙の後の優也の問いに聡は静かに頷いた。「マジかよ。」優也は驚きを隠せないでいた。「晴翔君の事故は私も覚えてる。この街でのことで年齢も近い子の事だったからね。そんな真実があっただなんて。」綾夏は聡の話を信じている様だった。「じゃあ、そのツユって子は今何処にいるんだ?」健太は疑いの視線で聡を見た。

 「今、俺の隣にいる。」

 「えぇぇぇ!?」

 みんな驚き、聡から一歩離れた。「や、やっぱり、お、俺には見えねぇぞ?」健太は驚き、恐れている様子だった。ツユは聡の隣に立ち苦笑いしていた。

 「そんな非科学的な事、信じられるわけがない。」

 健太はまだ信じられない様であった。これだから賢い奴は自分の知識や価値観しか信じなくて面倒臭いと、聡は思った。聡も大概に酷い偏見であるが。

 曇り空の放課後。鳥達の囀りだけが響く中、アジトの空き地前には四人の姿があった。聡以外の三人は言葉なく呆然と立ち尽くしていた。視線の先には焼け落ちたアジトがあった。先に口を開いたのは健太だった。

 「嘘だろ。じゃあ、聡の話した事は本当なのか?」

 健太はアジトから視線を外す事なく、ボソリと呟いた。聡は小さな声で「ああ。」と言うとチラリとツユを見て微笑んだ。

 「マジか?このアジト焼けたのもそのフレアとかいう妖精がやった事だと?」

 そしてアジトを見つめる健太は今まで見聞きした事実を一つ一つ頭の中で整理してるのか、驚き、瞬きが止まらず、目は焦点があってない様だった。そして我に返った健太は、

 「信じられないけど、これは真実だと信じずにはいられない。で、ツユ、さんはなんて言っているんだ?」

 人差し指で眼鏡の真ん中をスッと持ち上げると、聡を見た。聡は誰もいない隣に目をやると、暫くして、

 「信じてくれてありがとう。驚かせてごめんね、って言ってるよ。」

 聡が笑顔で答えると、「あは、あははは。」健太は苦笑いした。

 「ねぇねぇ、そのツユって妖精さん、どんな姿してるの?カワイイ?」

 綾夏はツユがどんな子か気になって仕方ない様であった。聡は面倒臭そうに、「ああ。カワイイよ。綾夏より全然な。」その言葉に健太が素早く反応し、「バカ!地雷踏んだな。」聡が「何が?」と鈍感ぶりを発揮してると、「女は比べられるのが嫌な生き物だって教えただろ?学習能力ねぇのか?」健太が呆れていると、「ふふふ。そんなのじゃもう怒んないよ。私は大人になったのよ?」綾夏は余裕の笑みを浮かべ、「ツユちゃん、こんな面倒臭がりのバカだけが友達だなんて可哀想だから私が友達になるよ。」そう言うと、「バカは余計だよ!」聡は少し怒ってそう言い、「これじゃ俺が一番バカみたいじゃねぇか!」健太が恥ずかしがっていると、皆、大笑いした。ツユも青天の様に晴れやかな笑顔が戻ってきた。空も雲が散り青空が顔を出してきた。

 「ツユが泣くと雨が降るけど、笑うと晴れる。ほれ、空を見てみ。今、ツユは笑顔だよ。例え健太達にツユの姿が見えなくても、天気でツユの表情や感情は分かるって事さ。」

 聡は空を見上げてそう言うと、皆も晴れ渡る空を見上げ、そして笑った。

 「子猫達も無事で良かったよ。」

 子猫達の姿は何処かへ消えていたが、火事から救ってくれた聡に優也は心から感謝した。「母猫に連れられて何処かへお引っ越ししたのかもね。」そう言い綾夏は少し残念そうにしていた。

 「でもよく炎の中に飛び込んで救えたな。多分、俺には出来なかったかもな。聡を尊敬するよ。」

 健太は聡の肩を叩くとしみじみそう言った。

 「いや、俺も怖かったよ。でも自然と身体が動いてた。ああいう時って理屈で動くんじゃなくて、反射的なんだろな。」

 聡は自慢げな様子もなく、淡々と話した。

 「聡、カッコイイ。惚れちゃう。」優也が声色を変えて聡に擦り寄ると「優也、キモイ。」綾夏が顔を歪めるとみんな笑った。

 「みんな、ありがとう。」聡はそういうとツユを見てニコリと笑った。ツユもニコリと笑い返した。

 「ねぇ、聡。なんで私達にツユちゃんや妖精の存在の事話そうと思ったの?」

 綾夏はふとそんな疑問を投げてきた。健太や優也もその答えを聞きたい様であった。

 「うん。ツユは晴翔を失ってずっと一人だった。それから俺がいてそして今、みんながいる。みんなといるツユは楽しそうだった。だからツユの事みんなに話して、知ってもらってみんなでツユを支えられないかなと思ってさ。」

 聡は静かに、しかし熱く語った。

 「でも・・・。」健太は不安な顔に変わり、その不安を話し出した。

 「でも、ツユさんには悲しい思いをしてほしくないけど俺達と楽しい日々を過ごせば、またフレアが現れそうだし、晴翔君の時のアイレーンも現れるとも限らない。そうなればツユさんや、聡に危険が及ばないかな。」

 「だからツユを俺達で守るんだよ。晴翔もツユを守れた。だから俺達も力を合わせればフレアやアイレーンからツユを守れるんじゃないか。お前達を危険に晒すかもしれない。俺も死ぬかもしれない。でも怖いからって俺達がツユを見放したら本当にツユは一人ぼっちになっちまう。それじゃあ可哀想だろ?それに俺はフレアもアイレーンも怖くない。かかってこい、だぜ。」

 聡の話を聞いていたツユは悲しげに「聡、それはやめて。聡達を危険に晒したくない。」と懇願した。聡は口角を上げ「大丈夫。俺達は死なない。現に昨日フレアとの時も死ななかっただろ?」と言うと、綾夏が「ツユさん、何て言ってるの?」見えないし聞こえないツユの事が気になり、訊ねた。

 「ああ。俺達を危険に晒したくないって。」

 聡は笑顔でそう答えると、綾夏も「そうよ。大丈夫。私達が力を合わせればツユちゃんを守れるわ。私達も死なない。」優也も「おうよ!ツユは俺が守ってみせる!」健太は不安な顔を隠せなかったが、皆の決意を聞き、「そうだな。俺も微力ながらお手伝いするよ。」そう言うとニッコリ笑った。口を右手で塞ぐツユの頬を涙が伝った。悲しくて泣いてるわけでは無かった。嬉しくて泣いているのだ。聡はそっと目を細めた。空はたちまち暗くなり、雨が降り出した。綾夏達は空を見上げ、雨に手を差し伸べた。掌にツユの涙を受け止めるかのように。「雨は嫌いだけどこんな雨なら大歓迎。どんどん泣いて。ツユちゃん。」綾夏は雨に濡れながら微笑んだ。「うんうん。嬉し泣きなら誰も傷付かない。それにこの雨は何だか温かいな。これならフレアも文句言わないだろうしな。」健太も何度も頷きながらツユを慰めた。「ツユを泣かすヤツは俺が許さねぇが、今回は泣かしたのは聡やオレ達だし、嬉し泣きだし、まぁ、いいや。」こういう時腕っぷしの強い優也は頼もしく思えるものであった。

 「みんな、ありがとう。」

 ツユは咽び泣いた。雨は五人に降り注ぎ、皆を濡らした。それは雨の涙で感謝しているかの様であった。温かな雨が五人を包んでいた。

 自宅に帰った聡は自分の部屋の窓から外を眺めていた。薄暗く、雨の雫が窓をうっすらと濡らしていた。静かで暗い部屋の中ではただ鼻を啜る音が時折するだけだった。聡は隣に目をやり、フッと小さく笑った。

 「みんな、いい奴だろ?俺も含めて。」

 聡は白い歯を覗かせニッと笑うと、ツユはプッと吹き出してまた鼻を啜ると泣き出した。聡と、綾夏達の優しさが痛いくらい心に沁みている様であった。そしてツユは晴翔にしても聡にしても大切な人を守りたいという想いがこれほど尊く、美しい感情である事を知った。その夜、雨はシトシトと一晩中降り続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

処理中です...