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時の移ろい
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その後もツユや、フレア、アイレーンは聡の前に現れる事はなかった。時は移ろい、夏が終わり、秋を迎え、冬を越え、春が訪れた。聡達は高校三年生になり、受験や就職活動を迎える年となった。高校三年にもなると聡も真面目に勉学に励むようになっていた。幸運にも聡には勉強の出来る綾夏や、健太がいたので、分からない所は教えてもらえ、聡の成績はぐんぐんうなぎ登りであった。そして聡は得意な英語を綾夏や健太に教えるというお互いが苦手な所を補完し合うという理想的な関係が築けていた。優也はというと、進学は考えておらず、独学でスポーツトレーナー資格をとって筋トレインストラクターになるのだと息巻いていた。聡はツユの事を忘れたわけではなかったが考える事は以前よりはかなり少なくなっていた。しかし、大雨が降ると胸騒ぎが止まらず、フラっと例の河岸に立つ事もあった。そして季節は新緑の季節が終わり、梅雨に入ろうかとしていた。
「聡。今日にもこの街も梅雨入りするかもって。」
綾夏は嬉しそうに聡に知らせた。
「ああ。親父から事前に聞いていたよ。」
聡は普段と変わらず、冷静に落ち着き払っていた。
「ツユちゃん、帰って来るかな?」
教室の窓から曇り空を見上げ、綾夏はワクワクが止まらない様子であった。
「さぁな。どうだろうな。」健太に参考書を広げながら数学を教えてもらい、ノートしている聡は動揺する様子もなかった。そこへ優也も、「おい!今日、梅雨入りだってよ!」と、大声で入って来たものだから、三人から「うるさい!」と突っ込まれた。健太も勉強を教えるどころではなくなり、「今日はここまでにしておこう。」そう言うと参考書を閉じ、そして今にも降り出しそうなドス黒い雲を四人は見上げた。
結局下校時まで雨は降らず、綾夏や優也のパンパンに膨らんだ期待は少し萎えていた。「スマホの天気予報もまだ梅雨入りを宣言してないわ。」優也は残念そうにスマホをスワイプしていた。「とりあえず、例の河岸に行ってみようぜ。ツユちゃんいるかも。」健太がそう提案すると、「はぁー。聡クンの一年振りの再会なるか。楽しみだなぁー。」綾夏が両手を合わせ神頼みをするかの如くトキメキ顔で目をハートにしていると、健太が「綾夏は何でそんなに聡がツユちゃんと再会するのが楽しみなんだ?」綾夏の気持ちを知っているだけに解せなかったのだが、「何故って、ツユちゃんと再会したら、聡、泣くかもしれないでしょ?こんなレアで楽しいイベント、中々ないぜ?」目を細め横目でニヤリと笑う綾夏に健太と優也は激しく同意して、「確かにそりゃぁー楽しみだ。」三人から悪戯な笑みを注がれた聡は「おいおい、茶化すなよ。俺は泣かねぇーよ。」そう言うと聡はそそくさと教室を出て行った。
「私はいるにジュース一本。」「俺もいるに一本。」綾夏と優也はツユがいると踏んでジュースを賭けた。「なんだよ。それじゃあ、俺はいないに賭けるしかねぇーじゃねぇか。」健太は渋々いないにジュースを賭けた。三人が河岸にツユが立ってるかどうかの賭けをしているのを他所に聡は黙々と歩んでいった。一歩歩みを進める度に鼓動が早まるのが分かった。その鼓動を三人に悟られぬ様に冷静を装った。雨はまだ降らない。聡の脳裏を悪い予感が過ぎる。
川岸が見えてきた。遠目にも人影が見えない。聡の心の中を期待と絶望がクルクル回ってダンスしているように感じた。
「どう?ツユちゃんいた?」
綾夏は恐る恐る、でも期待感の中、聡に訊ねた。初めて出会った時ツユが立っていた場所に立った聡は周りを見渡したが、ツユはいない。聡は首を左右に振りニッコリ笑った。「そっか。残念。」綾夏は肩を落とし、優也は何故か涙ぐんでいた。健太はそんな三人を見て「残念だが、ジュースは俺のものだな。」そう嘯いて落ち込んでいる三人に発破をかけようとしたが、効果はイマイチであった。「まぁ、まだ梅雨入りしていないし、焦ることないし。梅雨入りしたらまた来よう。」健太はそういうと、三人の肩を叩いた。
「じゃあ、また明日。」
そう言い聡達はそれぞれ、帰宅した。
自宅に戻り自分の部屋で読書をしていた聡は、ふとポツリポツリと聞こえてきた雨音に耳を澄ました。
「フッ、帰って来たかな。」
優しく微笑み小さく呟くと、聡は階段を降り玄関で傘を持つと、ゆっくりと玄関の扉を開けた。まだ明るいその先には涙で目を赤くして驚いているツユの姿があった。聡は優しく「ツユ、おかえり。」と、言うと、さらに驚いた表情で、「何で分かったの?」と訊ねて来たので、聡はニッコリ笑って、「ツユの雨音の足音が聞こえたから。」そう言い、傘を開いてツユの隣に立った。「うぅぅぅ・・・。」涙を堪えるツユに、「待ってたよ。思いっきり泣いていいよ。」聡の優しい声に今にも号泣しそうなツユは、「だって私が来ると迷惑じゃない?。」そう言い堪え切れず溢れて頬を伝う涙を掌で拭うと、「大丈夫。俺はいつでもツユの味方だよ。」聡は温かく微笑み、「おかえり。」と言うと、「ただいまわあぁぁああぁぁーん。」ツユは決壊した川のように号泣し、泣きじゃくった。それに伴ない雨足は強くなり、土砂降りの雨となった。
ツユを自分の部屋に招き入れた聡は、この一年、自分がどうしていたかを話した。ツユの夢を見た事、それからツユを探してた事、受験の事。一年分の近況を報告した。それをツユは涙ながらに楽しそうに聞いていた。ふと、ツユは不思議そうな表情になり、
「聡、何で私の事は訊ねないで、聡の事話してくれたの?何で聡の前から私が消えたのか気になってたのじゃない?」
ツユの問いに聡は笑顔で、
「だってツユはこの一年、俺がどうしてたか気にならない?だから先にどうしていたのか教えたのさ。俺がツユがこの一年どうしていたのか、凄く気になってて、早く話を聞きたい様に、ツユも俺がどうしてたのか知りたかっただろうから。だから俺の事を先に教えたのさ。」
聡らしい優しさにツユは涙が止まらなかった。
「私はね、」ツユは消えたあの日の事から話し始めた。
「私はあの日、アイレーンに会いにいったの。そこで彼女と話しして、分かり合えず、アイレーンの竜巻で妖精界まで飛ばされたの。」
「じゃあ、城ヶ森の丘公園から巻き上がっていた竜巻はやはりアイレーンだったのか。」
「聡、あの時あの場所にいたの?」
「ああ。高校から見えた。急いで公園に向かったけど俺達が辿り着いた時には誰もいなかった。」
「そうだったんだ・・・。」
それからツユは妖精界で謹慎生活を送ってその間、妖精としての能力の向上に精進していた事を話した。勿論、聡達の事は一度も忘れなかったと。そして一年経ち、梅雨の季節が始まるのを機に謹慎が解かれ人間界に戻って来る事が許されたのであった。
「ツユも大変だったんだね。でもまたこうして出会えた。俺はツユが戻って来てくれて嬉しいよ。でもよく人間界に戻る事を許されたね。」
素朴な疑問だった。しかしその事はツユも何故なのかは分からず妖精界から言われた事は「特殊な任務を帯びているから」という理由だったらしい。
「特殊な任務って何なのだろう。」
どういう理由にせよツユが戻って来た事を素直に喜ぶ聡は紙をクシャクシャにして拡げたような満面の笑みでそう答えると、ツユは目を腫らし涙しながらその青い瞳で聡を見詰めた。その夜、雨は一晩中降り続いた。
翌朝、テレビのニュースは一斉に梅雨入りを報じた。昨年が梅雨らしい梅雨ではなかったため、今年は平年通りの梅雨入りである事を知らせていた。
「去年は台風の後ちょこっと雨降っただけで余り雨降らなかったから良かったけど、今年は普通に雨降りそうだね。」
美優はハムエッグとトーストを交互に頬張りながら、迷惑そうに梅雨入りを憂いていた。
「そのおかげで昨年の夏は水不足で大変だったからね。今年は降ってもらわないと。今年は普通に降るのでしょ?」
瑠璃子は家事で水の大切さを知るだけに雨降りを歓迎している様であった。
「ああ。ただあくまで予測の範囲だから思ったほど降らないかもしれないな。雨の妖精の気分次第だな。」
英二は熱いコーヒーをフッーと吹きそう答えた。雨の妖精という言葉にビクッとした聡とツユは顔を見合わすと、
「親父は雨の妖精を知っているの?」聡はもしやと思い英二に訊ねた。英二はコーヒーを飲み干すと「ああ。知ってるよ。」と素っ気なく答えた。そして続けて「あれは俺が聡くらいの学生の頃、大切な日には必ず雨だという女の子の同級生がいてな。俗に言う雨女というやつさ。妖精のように可愛らしい子だったよ。」そう言うと英二は新聞に目を落とした。(なんだよ。雨女のことかよ。)聡は少しガッカリしたが、
「雨の妖精の気分次第か。そうだな。雨の妖精の嬉しい事も悲しい事も受け入れて、今年の梅雨を見守ろうと思う。」
「何だか、雨の妖精の事を知っている様な口振りだな。聡、雨の妖精と友達なのか?」
英二は笑いながらそういうと、「さぁね。」聡は軽く答え、玄関を出て学校へと向かった。昨夜の雨は弱くなり、微かに雨降る曇り空を見上げた聡は、
「人間て勝手だよな。雨降って欲しいだとか、降って欲しくないだとか。ツユの気持ちも考えずに。気にしないでくれ。ごめんな。」
そう言うと、美優や瑠璃子の発言を謝った。
「美優さんやお母さんは私の存在を知らない訳だし、聡が謝る事でもないわ。私は大丈夫よ。」ツユは目を細め微笑んだ。「そっか。」聡はそう言うと空を見上げ小さく笑った。空はどんより曇り空のままで小雨が降っていた。
「ツユちゃん、帰って来たんだって?」
聡の教室に走り込んできた優也を聡はウザそうにでも少し嬉しそうに「ああ。」と言うと、「ツユちゃん、おかえりー。」優也は目を潤ませて誰もいない空間に話しかけていた。「そっちじゃないよ。俺の右隣。」聡の指摘に、「お、おお。そっちだったか。」あたふたする優也に聡とツユは顔を見合わせ、笑った。
健太と綾夏も戻って来たことを喜び、歓迎してくれた。
「ツユちゃんおかえり。ところで聡クンは感動の再会で泣いたのかなぁー?」
綾夏の悪戯な笑みに「泣いてねぇーよ。」と聡は笑って答えるとツユもつられて笑った。
「ほら、ツユも笑ってるよ。」聡がそういうと皆窓から空を見上げて、晴れるかと思いきや、曇り空のままで小雨も降り止まなかった。
「あれ?ツユちゃん、本当に笑顔なのか?一向に晴れないのだが?」
健太の言うことに皆同じことを感じていた。聡も今朝から感じていた違和感はこの事だと思った。ツユはニコニコしながら、何故なのかを話した。
「この一年妖精界で謹慎していた間にね、心を操る術を覚えたの。以前は心と表情は一致していたのだけど、今は心と表情を別々に表現出来る様になったの。そして、心だけを空に投影してるの。」
聡は健太達にもツユの話を伝えた。「て、ことは今のツユちゃんは心では泣いてるって事?顔で笑って心で泣いて、なんて言うけどそういう事なのかな?」優也の素朴な疑問にツユは微笑みながら静かに頷いた。「そうらしい。」聡はそう言うと、「ツユは何を思って泣いてるの?」その訳を知りたかった。ツユは「晴翔の事。」と一言だけ答えた。
ツユの悲しみの深さを推し測った。やはり晴翔を失った悲しみは深いのだと。それだけ晴翔の事が好きだったのだと。聡の心をやり切れなさが包んだ。そして、聡の胸を締め付けるこの想いが恋なのだということに聡は一年経ってやっと気付いた。それと同時にツユは晴翔を想っていて更に、人と交わる事のない妖精であり、決して報われることのない恋である事にも気付かされた。聡は急にとてつもない虚しさに襲われた。それはツユを好きな気持ちと比例して大きなものであった。
その日はツユの話題で持ちきりであった。ツユが帰って来たことを皆で祝福した。特に優也は熱心にツユの好みのタイプを聡経由で聞き出そうと必死であったが、聡が「答えたくない、だとよ。」と、一方的に拒否してたのを優也は見抜き、「聡、お前俺とツユちゃんとの仲を邪魔するな!」と、それ程大した仲でもないのに恋人気分でいる事に呆れた聡は「はい、はい。」と二つ返事で会話を終了させた。その様子をツユは苦笑いで眺めていた。
帰り道。聡は傘をさし、その隣をいつものようにツユが歩いた。空を見上げなかなか降り止まない雨が聡の心も悲しみが覆う。その狭間で思いっきり泣かしてあげたい気持ちと、笑わせて心からの笑顔にさせたい気持ちとがせめぎ合っていた。
「ツユ。」
「ん?」
ツユの振り向きざま、聡は渾身の変顔をした。「ふふふ。聡、ありがとう。雨降ってるから笑わせようとしてくれたんだね。大丈夫。私は充分に楽しいよ。」そう言うとツユはお日様のように晴れやかな笑顔で応えた。聡はチラリと空を見上げた。空は相変わらずどんより雲に覆われ、傘の先からは雨粒が滴り落ちていた。それ以後自宅まで聡は俯むき、静かに歩みを進めていった。
雨はその後も降り止む事がなかった。聡の心の中にも虚しさの雨が降り続いた。
「聡。今日にもこの街も梅雨入りするかもって。」
綾夏は嬉しそうに聡に知らせた。
「ああ。親父から事前に聞いていたよ。」
聡は普段と変わらず、冷静に落ち着き払っていた。
「ツユちゃん、帰って来るかな?」
教室の窓から曇り空を見上げ、綾夏はワクワクが止まらない様子であった。
「さぁな。どうだろうな。」健太に参考書を広げながら数学を教えてもらい、ノートしている聡は動揺する様子もなかった。そこへ優也も、「おい!今日、梅雨入りだってよ!」と、大声で入って来たものだから、三人から「うるさい!」と突っ込まれた。健太も勉強を教えるどころではなくなり、「今日はここまでにしておこう。」そう言うと参考書を閉じ、そして今にも降り出しそうなドス黒い雲を四人は見上げた。
結局下校時まで雨は降らず、綾夏や優也のパンパンに膨らんだ期待は少し萎えていた。「スマホの天気予報もまだ梅雨入りを宣言してないわ。」優也は残念そうにスマホをスワイプしていた。「とりあえず、例の河岸に行ってみようぜ。ツユちゃんいるかも。」健太がそう提案すると、「はぁー。聡クンの一年振りの再会なるか。楽しみだなぁー。」綾夏が両手を合わせ神頼みをするかの如くトキメキ顔で目をハートにしていると、健太が「綾夏は何でそんなに聡がツユちゃんと再会するのが楽しみなんだ?」綾夏の気持ちを知っているだけに解せなかったのだが、「何故って、ツユちゃんと再会したら、聡、泣くかもしれないでしょ?こんなレアで楽しいイベント、中々ないぜ?」目を細め横目でニヤリと笑う綾夏に健太と優也は激しく同意して、「確かにそりゃぁー楽しみだ。」三人から悪戯な笑みを注がれた聡は「おいおい、茶化すなよ。俺は泣かねぇーよ。」そう言うと聡はそそくさと教室を出て行った。
「私はいるにジュース一本。」「俺もいるに一本。」綾夏と優也はツユがいると踏んでジュースを賭けた。「なんだよ。それじゃあ、俺はいないに賭けるしかねぇーじゃねぇか。」健太は渋々いないにジュースを賭けた。三人が河岸にツユが立ってるかどうかの賭けをしているのを他所に聡は黙々と歩んでいった。一歩歩みを進める度に鼓動が早まるのが分かった。その鼓動を三人に悟られぬ様に冷静を装った。雨はまだ降らない。聡の脳裏を悪い予感が過ぎる。
川岸が見えてきた。遠目にも人影が見えない。聡の心の中を期待と絶望がクルクル回ってダンスしているように感じた。
「どう?ツユちゃんいた?」
綾夏は恐る恐る、でも期待感の中、聡に訊ねた。初めて出会った時ツユが立っていた場所に立った聡は周りを見渡したが、ツユはいない。聡は首を左右に振りニッコリ笑った。「そっか。残念。」綾夏は肩を落とし、優也は何故か涙ぐんでいた。健太はそんな三人を見て「残念だが、ジュースは俺のものだな。」そう嘯いて落ち込んでいる三人に発破をかけようとしたが、効果はイマイチであった。「まぁ、まだ梅雨入りしていないし、焦ることないし。梅雨入りしたらまた来よう。」健太はそういうと、三人の肩を叩いた。
「じゃあ、また明日。」
そう言い聡達はそれぞれ、帰宅した。
自宅に戻り自分の部屋で読書をしていた聡は、ふとポツリポツリと聞こえてきた雨音に耳を澄ました。
「フッ、帰って来たかな。」
優しく微笑み小さく呟くと、聡は階段を降り玄関で傘を持つと、ゆっくりと玄関の扉を開けた。まだ明るいその先には涙で目を赤くして驚いているツユの姿があった。聡は優しく「ツユ、おかえり。」と、言うと、さらに驚いた表情で、「何で分かったの?」と訊ねて来たので、聡はニッコリ笑って、「ツユの雨音の足音が聞こえたから。」そう言い、傘を開いてツユの隣に立った。「うぅぅぅ・・・。」涙を堪えるツユに、「待ってたよ。思いっきり泣いていいよ。」聡の優しい声に今にも号泣しそうなツユは、「だって私が来ると迷惑じゃない?。」そう言い堪え切れず溢れて頬を伝う涙を掌で拭うと、「大丈夫。俺はいつでもツユの味方だよ。」聡は温かく微笑み、「おかえり。」と言うと、「ただいまわあぁぁああぁぁーん。」ツユは決壊した川のように号泣し、泣きじゃくった。それに伴ない雨足は強くなり、土砂降りの雨となった。
ツユを自分の部屋に招き入れた聡は、この一年、自分がどうしていたかを話した。ツユの夢を見た事、それからツユを探してた事、受験の事。一年分の近況を報告した。それをツユは涙ながらに楽しそうに聞いていた。ふと、ツユは不思議そうな表情になり、
「聡、何で私の事は訊ねないで、聡の事話してくれたの?何で聡の前から私が消えたのか気になってたのじゃない?」
ツユの問いに聡は笑顔で、
「だってツユはこの一年、俺がどうしてたか気にならない?だから先にどうしていたのか教えたのさ。俺がツユがこの一年どうしていたのか、凄く気になってて、早く話を聞きたい様に、ツユも俺がどうしてたのか知りたかっただろうから。だから俺の事を先に教えたのさ。」
聡らしい優しさにツユは涙が止まらなかった。
「私はね、」ツユは消えたあの日の事から話し始めた。
「私はあの日、アイレーンに会いにいったの。そこで彼女と話しして、分かり合えず、アイレーンの竜巻で妖精界まで飛ばされたの。」
「じゃあ、城ヶ森の丘公園から巻き上がっていた竜巻はやはりアイレーンだったのか。」
「聡、あの時あの場所にいたの?」
「ああ。高校から見えた。急いで公園に向かったけど俺達が辿り着いた時には誰もいなかった。」
「そうだったんだ・・・。」
それからツユは妖精界で謹慎生活を送ってその間、妖精としての能力の向上に精進していた事を話した。勿論、聡達の事は一度も忘れなかったと。そして一年経ち、梅雨の季節が始まるのを機に謹慎が解かれ人間界に戻って来る事が許されたのであった。
「ツユも大変だったんだね。でもまたこうして出会えた。俺はツユが戻って来てくれて嬉しいよ。でもよく人間界に戻る事を許されたね。」
素朴な疑問だった。しかしその事はツユも何故なのかは分からず妖精界から言われた事は「特殊な任務を帯びているから」という理由だったらしい。
「特殊な任務って何なのだろう。」
どういう理由にせよツユが戻って来た事を素直に喜ぶ聡は紙をクシャクシャにして拡げたような満面の笑みでそう答えると、ツユは目を腫らし涙しながらその青い瞳で聡を見詰めた。その夜、雨は一晩中降り続いた。
翌朝、テレビのニュースは一斉に梅雨入りを報じた。昨年が梅雨らしい梅雨ではなかったため、今年は平年通りの梅雨入りである事を知らせていた。
「去年は台風の後ちょこっと雨降っただけで余り雨降らなかったから良かったけど、今年は普通に雨降りそうだね。」
美優はハムエッグとトーストを交互に頬張りながら、迷惑そうに梅雨入りを憂いていた。
「そのおかげで昨年の夏は水不足で大変だったからね。今年は降ってもらわないと。今年は普通に降るのでしょ?」
瑠璃子は家事で水の大切さを知るだけに雨降りを歓迎している様であった。
「ああ。ただあくまで予測の範囲だから思ったほど降らないかもしれないな。雨の妖精の気分次第だな。」
英二は熱いコーヒーをフッーと吹きそう答えた。雨の妖精という言葉にビクッとした聡とツユは顔を見合わすと、
「親父は雨の妖精を知っているの?」聡はもしやと思い英二に訊ねた。英二はコーヒーを飲み干すと「ああ。知ってるよ。」と素っ気なく答えた。そして続けて「あれは俺が聡くらいの学生の頃、大切な日には必ず雨だという女の子の同級生がいてな。俗に言う雨女というやつさ。妖精のように可愛らしい子だったよ。」そう言うと英二は新聞に目を落とした。(なんだよ。雨女のことかよ。)聡は少しガッカリしたが、
「雨の妖精の気分次第か。そうだな。雨の妖精の嬉しい事も悲しい事も受け入れて、今年の梅雨を見守ろうと思う。」
「何だか、雨の妖精の事を知っている様な口振りだな。聡、雨の妖精と友達なのか?」
英二は笑いながらそういうと、「さぁね。」聡は軽く答え、玄関を出て学校へと向かった。昨夜の雨は弱くなり、微かに雨降る曇り空を見上げた聡は、
「人間て勝手だよな。雨降って欲しいだとか、降って欲しくないだとか。ツユの気持ちも考えずに。気にしないでくれ。ごめんな。」
そう言うと、美優や瑠璃子の発言を謝った。
「美優さんやお母さんは私の存在を知らない訳だし、聡が謝る事でもないわ。私は大丈夫よ。」ツユは目を細め微笑んだ。「そっか。」聡はそう言うと空を見上げ小さく笑った。空はどんより曇り空のままで小雨が降っていた。
「ツユちゃん、帰って来たんだって?」
聡の教室に走り込んできた優也を聡はウザそうにでも少し嬉しそうに「ああ。」と言うと、「ツユちゃん、おかえりー。」優也は目を潤ませて誰もいない空間に話しかけていた。「そっちじゃないよ。俺の右隣。」聡の指摘に、「お、おお。そっちだったか。」あたふたする優也に聡とツユは顔を見合わせ、笑った。
健太と綾夏も戻って来たことを喜び、歓迎してくれた。
「ツユちゃんおかえり。ところで聡クンは感動の再会で泣いたのかなぁー?」
綾夏の悪戯な笑みに「泣いてねぇーよ。」と聡は笑って答えるとツユもつられて笑った。
「ほら、ツユも笑ってるよ。」聡がそういうと皆窓から空を見上げて、晴れるかと思いきや、曇り空のままで小雨も降り止まなかった。
「あれ?ツユちゃん、本当に笑顔なのか?一向に晴れないのだが?」
健太の言うことに皆同じことを感じていた。聡も今朝から感じていた違和感はこの事だと思った。ツユはニコニコしながら、何故なのかを話した。
「この一年妖精界で謹慎していた間にね、心を操る術を覚えたの。以前は心と表情は一致していたのだけど、今は心と表情を別々に表現出来る様になったの。そして、心だけを空に投影してるの。」
聡は健太達にもツユの話を伝えた。「て、ことは今のツユちゃんは心では泣いてるって事?顔で笑って心で泣いて、なんて言うけどそういう事なのかな?」優也の素朴な疑問にツユは微笑みながら静かに頷いた。「そうらしい。」聡はそう言うと、「ツユは何を思って泣いてるの?」その訳を知りたかった。ツユは「晴翔の事。」と一言だけ答えた。
ツユの悲しみの深さを推し測った。やはり晴翔を失った悲しみは深いのだと。それだけ晴翔の事が好きだったのだと。聡の心をやり切れなさが包んだ。そして、聡の胸を締め付けるこの想いが恋なのだということに聡は一年経ってやっと気付いた。それと同時にツユは晴翔を想っていて更に、人と交わる事のない妖精であり、決して報われることのない恋である事にも気付かされた。聡は急にとてつもない虚しさに襲われた。それはツユを好きな気持ちと比例して大きなものであった。
その日はツユの話題で持ちきりであった。ツユが帰って来たことを皆で祝福した。特に優也は熱心にツユの好みのタイプを聡経由で聞き出そうと必死であったが、聡が「答えたくない、だとよ。」と、一方的に拒否してたのを優也は見抜き、「聡、お前俺とツユちゃんとの仲を邪魔するな!」と、それ程大した仲でもないのに恋人気分でいる事に呆れた聡は「はい、はい。」と二つ返事で会話を終了させた。その様子をツユは苦笑いで眺めていた。
帰り道。聡は傘をさし、その隣をいつものようにツユが歩いた。空を見上げなかなか降り止まない雨が聡の心も悲しみが覆う。その狭間で思いっきり泣かしてあげたい気持ちと、笑わせて心からの笑顔にさせたい気持ちとがせめぎ合っていた。
「ツユ。」
「ん?」
ツユの振り向きざま、聡は渾身の変顔をした。「ふふふ。聡、ありがとう。雨降ってるから笑わせようとしてくれたんだね。大丈夫。私は充分に楽しいよ。」そう言うとツユはお日様のように晴れやかな笑顔で応えた。聡はチラリと空を見上げた。空は相変わらずどんより雲に覆われ、傘の先からは雨粒が滴り落ちていた。それ以後自宅まで聡は俯むき、静かに歩みを進めていった。
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