Rain fairy〜雨の妖精〜

久恵立風魔

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スマイルミッション

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 ツユが戻ってきて暫くが経った。聡達はいつもの日常を過ごしていて、その中にツユもいた。相も変わらず雨は聡の街を濡らして梅雨らしい様相を呈していた。連日の雨降りに、雨が嫌いな綾夏もツユの心模様である事に理解を示し、あまり文句も言わなくなっていたが、内心ではそろそろお日様が恋しくなっていた。そんなある日、雨空を見上げる綾夏はある事を思い付いた。

 「ねぇ、みんなで面白い事してツユちゃんを心からの笑顔にして天気を晴れにしてみない?」

 ツユに聞こえないよう小声で優也に耳打ちした綾夏はそう言うと、ウインクして小さく微笑んだ。その提案に「お、それいいね。」と優也は賛同すると、健太と聡にも耳打ちした。

 健太は「楽しくなりそうだな。これを【スマイル・ミッション】と名付けよう。」とネーミングまでして、聡は「ありがとう。俺も天気を晴れにしたくて悩んでたとこだったんだ。みんなでツユを心から笑わせようぜ。」と皆乗り気でいた。

 四人でコソコソ話をしている事にツユは違和感を感じつつも、そこまで気にはしていなかった。そして背中を向けていた聡、健太、優也は何かを話し合い、その様子を腕組みして見ていた綾夏は、ニヤリと笑い、「イッツ、ショータイム!」その掛け声と共に、聡、健太、優也の順に振り向き、それぞれ「俺は天才!」、「恥ずかし!」、「アモーレ!」と叫びながら会心の変顔をしてみせた。ツユは一瞬、呆気に取られたがその後吹き出して大笑いした。

 「どう?ツユちゃん笑った?」綾夏の問いに聡は「大成功。吹き出して爆笑してる。」嬉しそうに答えた。
 「よし!」健太は窓から空を見上げた。聡達も見上げた。雲の隙間から陽の光がもれ、天使の梯子が現れた。その光の梯子は幾つも空に掛かり、雲を押しのける様に太陽の光が広がった。
 「ミッション、コンプリート。」健太はそう言い親指を立てた。「よっしゃ!」優也と聡はハイタッチして喜んだ。
 綾夏は微笑むと「ごめんね。びっくりさせたね。ちょっとお日様みたくなってさ。ツユちゃんに心から笑顔になってもらおうって話になったんだ。」ツユのいる方向に話し掛けた。

 ひとしきり笑ったツユはお腹を抱えながら、「久しぶりに心から笑えたかも。ありがとう。」と言い、聡が皆に伝えた。健太達はニッと笑うとガッチリ肩を組んだ。

 その後も天気が崩れそうになると聡達のスマイルミッションは続いた。昼休みの教室で曇りがかった空を見つけた健太は聡がトイレに立っている隙に聡の席に画鋲を一つ置き、周りのツユや優也達に「シーッ。」と黙って見ている様に言うと、ツユはソワソワしだし、綾夏は悪戯な笑みで待ち構えていた。そこへ聡が帰ってきて画鋲に気付くことなく席に座ってしまった。
 聡は電気椅子に座ったかの如く飛び上がり、その場に悶絶した。その姿に健太達は大笑いしてたが肝心のツユはその場に跪く聡を心配そうに見ていた。それに気付いた聡はヤバイと感じ、どうにかツユを笑顔にせねばと画鋲を置いた者への怒りを押し殺し、「ハハハ。ヤベェ。ケツの穴が二つになった・・・。」と歯軋りしながらそう言うと、綾夏達は大爆笑し、ツユも顔を赤くして笑ってくれた。

 (画鋲置いた奴は後でコロス!)

 そんな殺意を抱きながらケツを摩り苦笑いしてみせた。その後ツユのいない所で健太が聡にボコられたのは言うまでもあるまい。眼鏡が斜め掛けになって戻ってきた健太を綾夏達は「どうしたの?」と、とぼけて笑った。何故なのか分からないツユもつられて笑った。その日も青空が広がった。

 スマイルミッションはまだ続く。その日、放課後の教室で普段通りに笑顔のツユであったが、急に天気が崩れ、雨が降り出した。聡はその理由をツユに訊ねるとやはり時折、晴翔を思い出すのだと。内心寂しさを感じた聡であったが、以前フレアから聞いた晴翔の人間性とその魅力は誰が出会っても忘れ難い存在であろう事は否定出来ないでいた。

 (俺は晴翔ほどの人間性があるだろうか?)

 聡は晴翔と自分を比べて劣等感に苛まれ自分の事が嫌いになりそうであった。以前綾夏にツユと比べて話した事を思い出し、今更ながら人は比べられる事が嫌なものである事を痛感した。
 (こんなだから俺は晴翔に勝てないのかな・・・。)晴翔への嫉妬とツユを好きな想いと劣等感とが聡の心の中で渦巻いていた。

 「聡、大丈夫?」

 元気のない聡を心配してツユが声をかけた。

 「ああ。大丈夫。ちょっと晴翔に嫉妬しちゃってさ。」

 つい本音が口を滑って出てしまった。「あ、いや、ツユにそこまで想われてる晴翔が羨ましいなぁとちょっとだけ思って。」前言を取り繕うとしたのだが己のツユへの想いに拍車を掛けてしまった。珍しく顔を赤くしている聡に、

 「こらこら。ツユちゃんと二人きりで何話してるんだ?」帰り支度を終えた健太が聡の席に来ると、「いや、何でもねぇよ。」と、答えるも、「聡、お前顔が赤いぞ?」健太に心を見抜かれた様で更に顔を赤くし、チラリとツユを見ると聡をジッと見詰めていて聡の顔は沸騰しそうなくらいに赤く染め上がった。
 そこへ綾夏と優也も合流し、顔の赤い聡に、「どうした?聡。」と、優也が心配していると、「ツユちゃんにセクハラしたんじゃないの?」目を細めジロリと横目で見る綾夏に、「バカ。そんなんじゃねぇよ。ツユが晴翔の事思い出して心が泣いてんだ。ほれ、外を見てみろ。」ザアザアと雨が降る外を指差した。
 「ふふふ。ここはスマイルミッションだな。今日は俺に任せろ。」優也はそう言うと、次々と自慢のモノマネを始めた。優也のモノマネが低クオリティーで定評があるのは前記にもあったが、まあ、その低クオリティーぶりに皆、苦笑いであった。肝心のツユはというとニコニコ笑ってはいるが、雨は降り止まなかった。

 「ミッションは失敗だな。」健太は空を見上げながらそう言うと、優也は「ちょ、ちょっと待ってくれ!ミッションはまだ失敗したとは限らない。今一度、チャンスをくれ。」泣きの一回を懇願した。
 「じゃあ、何するの?」綾夏は呆れ顔で訊ねると、優也はしばらく黙り込み捻り出した答えは、「聡のモノマネ。」であった。初めて耳にするモノマネに一瞬響めきが起こったが、果たして似ているのか皆疑っていた。

 「えー、では、続きまして聡クンのモノマネします。」優也のモノマネに健太達は固唾を呑んで待ち受けた。

 「モノマネなんて面倒くせぇーけど、ツユのためならやるよ。ツユは俺が守る!」

 モノマネ自体はあまり似ていないが、イントネーションとさも聡が言いそうなセリフだった為、「あはは。モノマネは似てないけど、聡が言いそう。」綾夏達は爆笑した。面白くないのは聡である。何となくバカにされた感があり、癪に触ったのである。顔を歪めて不満を露わにしている聡を見てツユは照れながらも口を塞いで笑っていた。見上げた空の雨は止み、雲の隙間から陽が注いだ。

 「晴れたな。俺もやれば出来る。」

 優也はミッションの成功に満足げであった。綾夏や健太も晴れ間が見えた事を喜んでいた。そんな三人を聡は微笑みながら眺めていたら、ふと一抹の不安が過ぎった。

 (またアイレーンが来るかもな)

 空を穏やかに流れる雲を見て聡はそう思った。日本に台風が来ない事はあり得ない。いずれアイレーンも来るだろう。そしてまたツユとの別れが待ってるかもしれない。あのアイレーンの竜巻を遠くからでも目の当たりにして、聡は軽々しく「俺がツユを守る」とは、言えずにいた。正直聡は怖かった。

 (たとえアイレーンによって別れがあってもまたこうやってツユに会えるかもしれない。それならそれまでツユに楽しい思い出を沢山作ってあげよう。笑顔をあげよう。)

 そう考えるようにしていた。しかし、らしくない自分に苛立ちを覚えているのも確かだった。いつもの聡なら「俺が守る。」と豪語していたはずだ。それがアイレーンの力の強大さを恐れ、大切な人一人も助けられないのかと。そんな臆病な自分を否定するかのように聡は己の太腿を殴り、恐れを打ち消そうとしていた。

 「聡、どうしたの?」想いふけて俯く聡をツユは心配していた。聡は顔をあげ小さく微笑み「ツユは俺が守るよ。」と言うと、ツユはふふふと笑い「優也くんのモノマネのモノマネかな?」そう言い、お互い見合って笑い合った。

 (そうだ。今はこの笑顔を守っていこう。)

 聡はそう決意した。アイレーンの強大な力の前では無力で何も出来ないかも知れない。でもツユを笑顔には出来る。その事が聡にとっての自信でありアイレーンに太刀打ち出来るかもしれないという心の拠り所であった。

 (それに俺とツユにはこいつらもいる。きっと大丈夫。)

 ツユを囲んで楽しそうに話す綾夏や健太、優也。自分やツユは独りじゃないと聡は思えた。三人の笑顔が何よりも頼もしく、聡の不安を掻き消してくれた。

 空は低く立ち込める黒い雲の隙間から更に上空にある雲を紅く染めていた。雨は止んでいるがまた降り出しそうで降り出さない雨空はツユの複雑な心模様を表していた。放課後の帰り道をツユと聡は並んで歩いていた。

 「ねぇ。晴翔の事、俺にもう少し教えてくれない?」

 聡は気になっていた。ツユにここまで想われている晴翔が。純粋に晴翔の事を知りたい思いと、ツユが晴翔の事を話す事でツユの気持ちが軽くならないかと聡は思ったからだった。ツユは暫く俯むき思い耽る表情でいたが顔を上げると微笑んで話し始めた。

 「晴翔はいろんな事を私に教えてくれた人。自然を、人を愛す人だった。そして私をいつも否定せず、肯定してくれた。」

 そう言うとある逸話をツユは話し出した。

 晴翔とツユが出会って間もない頃。まだ悲しみの支配から逃れられず、泣き続けていたツユにひとつの報せが届いた。それは晴翔の自宅のテレビのニュースで知った。晴翔の住む街の住人の裏山が長雨で崩れ、その住人が犠牲になったと。
 ツユは酷く責任を感じまた深い悲しみに落ちてしまった。ツユの涙は更に雨脚を強くして長雨に拍車をかけていた。

 「晴翔、ごめんなさい。私のせいだよね?私が泣くから何の罪もない人達が犠牲になってる。私はどうすればいいの?もうこれ以上、人を傷付けたくないのに。もう泣きたくないのにどうしたらいいのか私には分からない。」

 泣きじゃくるツユに晴翔は優しく話し掛けた。

 「ツユは泣いてもいいんだよ。ツユにとって泣く事は仕事みたいなものだからさ。前に人の命の始まりの話をしたよね?人は産まれたての赤ちゃんの時泣く事が仕事なんだよ。泣く事で周りの人達にその存在をアピールするのさ。ツユも一緒だよ。ツユはこの人間界に産み落とされた赤ちゃんみたいなものさ。何も分からないし、何も出来ない。泣く事が仕事。だから泣いていいんだよ。」

 そう言うと晴翔はツユを見詰め小さく笑った。その細めた瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。ハッとしてツユは訊ねた。

 「どうして晴翔が泣くの?犠牲になった人が可哀想だから?私、晴翔まで泣かせてしまった。もう嫌!」

 瞳と頬を涙で紅く染め、号泣するツユに晴翔は微笑みながら話した。

 「そうじゃないよ。犠牲になった人を悲しみ、責任を感じているツユのその優しさに心打たれたのさ。犠牲になった人はお気の毒だし、不運だったと思うけど、それはツユのせいじゃない。それにツユの中に悲しみ以外の優しさの感情がある事を嬉しくも思った。ツユひとりが泣かなくてもいいよ。僕も一緒に泣いてあげる。」

 晴翔は微笑み優しく語りかけた。瞳を紅く染め、涙を零しながら。その日晴翔の住む街は記録的な長雨となった。優しく、温かな雨が降り続いた。

 夕焼けに紅く染まる上空の雲を見上げたツユの目尻から涙が一粒零れた。それと同時にポツリポツリと雨が落ちてきた。ツユを笑顔にしたいという聡達。それとは正反対でツユに泣いてもいいと肯定してツユのありのままを受け入れていた晴翔。どちらも優しさではある。聡は晴翔の存在の大きさに、その考え方にあらためて畏敬の念を感じていた。聡も空を見上げた。聡の頬を一粒の水滴が伝った。それは聡の涙なのか雨粒なのか。ただ、聡にとっては都合のいい雨であるなと感じていた。
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