Rain fairy〜雨の妖精〜

久恵立風魔

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告白

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 その夜、リビングで報道番組を観ていた聡は天気予報でその事を知る。

 「昨夜、沖縄の南沖で台風が発生した。今回のはかなりデカイぞ。」

 英二は湯呑みのお茶を啜りながら気象庁からの警戒のアナウンスがあるだろうと話した。ニュースでもしきりに今回の台風に厳重に注意してほしいとの報道が流れてきた。

 「来たか。」

 ソファーに腰掛けていた聡はボソっと呟くと後ろに立つツユを見た。ツユは刻々とテレビから流れる情報を静かに見つめ、沈黙を守っていた。その台風の予報円は真っ直ぐに聡達の住む街に向かっていた。

 「俺は明日から庁舎で台風の警戒にあたるから聡、俺のいない留守を頼むぞ。」

 明日の朝が早い英二はそう言うと自分の寝室に向かい眠りに就いた。

 「災害級の台風らしいわね。明日、非常食とか買いだめしておいた方がいいかな。聡も明日は早く帰ってくるのよ。」

 瑠璃子は洗濯物をたたみながら明日の心配をしていた。美優はというと、「もう明日から学校休みだったらいいのに。」と、ボヤいていた。そんな二人を尻目に聡は席を立つと自分の部屋に戻りベッドに腰掛け傍らに立つツユを見上げた。ツユは聡の視線にニコリと笑顔で応えた。聡には分かっていた。ツユが変に不安になるとその不安が聡達に伝わってしまうと思い、無理に笑顔を作っていると。そのツユの優しさに聡も応えようと笑顔を返した。本当は不安で弱音を吐露しそうな自分を押し殺して。そしてまたツユと別れて会えなくなるのではないかと不安の波が聡の心に徐々に大きくなりながら覆い被さっていた。

 (また会えなくなるかもしれない。いや、もう会えなくなるかもしれない。)

 ツユのその笑顔が愛おしく、抱きしめたい衝動が聡の胸を締め付けた。行き場のないその想いを聡は自分の頭を微かに震える手で掻きむしることで発散した。

 「聡、どうしたの?大丈夫?」

 ツユはそんな聡を心配し、屈んで聡の顔を覗き込んだ。視線を合わせた二人の時間が止まったかのように聡には感じられた。

 「俺は、俺はツユを、君を失うのが怖いんだ。もう会えなくなりそうな気がして。」

 不安が聡を素直に、そして弱くしていた。そんな聡にツユは優しく微笑み、

 「大丈夫だよ。私はずっと聡と一緒だよ。」

 ツユは手を伸ばし聡の頬をそっとなぞった。ツユに実体は無く、お互い触れ合いないなずなのに、そのなぞる指にツユの温もりを聡は感じた。聡はツユと触れ合えたような不思議な感覚になった。

 「例えツユと離ればなれになったとしても、俺はツユを忘れない。一生忘れない。」

 「私もよ。聡の優しさ、誠実さ、強さ、聡と過ごした時間、絶対忘れないよ。」

 そう言うと二人見合ってお互いに笑い合った。

 翌朝、風は少し強さを帯びて来ていた。空を流れる雲は速さを増し、時折低く立ち込める黒い雲が視界を通り過ぎていった。

 「いよいよだな。」

 四人は教室の窓から流れる雲を眺め、誰も慌てふためく事も無く皆落ち着き払っていた。

 「で、聡。何か策があるのか?」

 健太の問いに聡は、

 「そんなもの、ねぇーよ。相手は自然の猛威そのものだ。策があったとしても人間が自然に勝てる訳がねぇ。唯一希望があるとすれば、アイレーンとコミュニケーションが取れるかもしれないって事くらいかな。」

 「話し合って分かり合えるのか?」

 優也の素朴な疑問に、「さあな。ただ、ツユも晴翔もアイレーンと話してる。俺もアイレーンと遭遇すれば会話は出来るかもな。」聡は顎に肘杖をつきながらチラリとツユを見た。ツユも静かに頷いた。

 「ま、台風がこの街まで来るには時間がある。アイレーンを説得出来る話を考えよう。」

 健太がそう言うとちょうど朝礼にはじまるチャイムが鳴った。健太達はそれぞれ自分達の席へと戻った。

 「説得出来る話、か。」

 聡はそう小さく呟くと晴翔だったらどんな話をするだろうと思いを巡らした。しかし、いい話もアイディアも思い浮かばなかった。

 (俺は晴翔じゃないしな。俺は俺らしい会話で勝負しよう。)

 昼休みを過ぎたくらいから風はかなり強くなっていた。

 「おい、台風が異常なくらいの速さで北上しているらしいぞ。しかも勢力を更に強めながらな。」

 健太がスマホのお天気アプリからの情報を皆に伝えていた。「学校は何やってるのかね。もう全校生徒早退させたほうがいいんじゃね?」優也が憂慮していると、綾夏も「そうよね。かなり危険な状態だよね。」そう言うと聡をチラリと見た。聡はツユと二人で何かを話しているようであった。

 「ダメだ。ツユ、君を一人では行かせない。俺もついていくよ。」

 「聡の気持ちは嬉しいけど今回も私一人で行くわ。これは妖精界の私とアイレーンとの事。聡達を巻き込む訳には行かないわ。」

 その様子を綾夏は寂しげに見ていた。「でも・・・」聡が話を続けようとした時担任の野上が教室に入ってきて、皆に各教室に戻り席に着くように促した。それと同時に校内放送で台風接近のため早急に下校準備をするよう放送があった。

 「そう言う事だ。皆急いで下校準備をして気をつけて帰宅してくれ。」

 校内中急に物々しくなっているところを健太が、「対応が遅えよ。」とボヤくと「いや、台風の進行速度が異常過ぎるんだ。それも真っ直ぐにこの街に向かっている。狙いがツユであることは明らかだ。いよいよくるぞ。」聡の表情が硬ばって来ていた。
 風が教室の窓をカタカタと叩く。風は雨を孕んで強さを増しているようであった。

 「来た!」

 ツユは何かを察知したのか聡達に向け、

 「私、行ってくるね。聡は自宅で待ってて。必ず帰ってくるから。」

 そう言うとフッと空気に溶け消えた。「ツユ!待ってくれ!俺も行く!」聡は叫んでツユを呼び止めようとしたが、ツユから返事はなかった。
 事情が読めない健太達は「聡、どうしたんだ?」と訊ねると、ツユがアイレーンの元へ一人で向かったことを伝えた。

 「どこへ向かったか分からないのか?」

 優也が訊ねるが聡は首を横に振ってどうすればいいか困惑していた。この状況で冷静でいた健太は「皆で探そう。俺は城ヶ森の丘公園方面を探す。優也はアジト方面を探してくれ。聡は・・・」

 「俺はあの川沿いを探す。」

 聡は間髪入れずそう言った。聡の中で川沿いが一番可能性があると感じていた。晴翔の時もあの川沿いに現れていると聞いていたからだ。

 「じゃあ、異常を見つけたら各自スマホで連絡を入れてくれ。」

 健太と優也はそう言い各方面へ飛び出し、向かっていった。聡は鞄を担ぐと綾夏に向け、

 「綾夏、お前は自分の自宅で待機していてくれ。」

 「いや!私も聡についてく!」

 「お前には危険すぎる。ついてくるな。」

 確かに女性には危険な雨風であった。それにアイレーンに遭遇したとなれば更に危険は増すだろう。背を向け教室を出て行こうとする聡に綾夏は懇願した。

 「私も力になりたいの!ツユちゃんの力じゃなくて、聡の力に!」

 聡は暫く立ち止まっていたが、綾夏に背を向けたまま一言、「迷惑だ。」と告げると教室を出ていった。「待って!」綾夏も聡の後を追った。聡は走りながら下足室の自分の傘をサッと取ると、ささずに川沿いへと向かった。綾夏も傘も持たずに聡の後を走り追った。

 「聡、待って!あっ!」

 綾夏は校門を出て暫く走った人気のない住宅路地で転んだ。「綾夏、大丈夫か?」振り向きそれに気付いた聡は後戻りして、持っていた傘を広げ倒れている綾夏に差し出し、

 「いいから大人しく自宅に帰ってろ。大丈夫、俺は死なない。」

 そう言いその場を去ろうとした時、綾夏が聡の腕を掴み、

 「あの時もそうだった。聡、覚えてる?私達が小学校4年生だった頃。私が他の同級生にいじめられて傘を隠されて雨に濡れながら帰ってた時、聡、自分の傘を私に差し出して自分は濡れて帰ったよね?そして翌日そのいじめっ子達から私の傘を奪い返してくれたよね?」

 綾夏は擦りむいた膝を押さえ、目と鼻先を紅く染め泣きながら話した。

 「そんな事あったかな。」

 「私、あの時すごく嬉しかった。あの時の聡は今でも私のヒーロー。気付いてなかっただろうけど、あの時から私、聡の事が好きだったんだよ?今でも聡の事が好き。だから聡の力になりたいの。私も連れていって。」

 綾夏は掴んだ聡の腕を強く握り、引き寄せた。聡は綾夏が掴んだ手を優しく解くと、自分の傘を持たせ、

 「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、今は・・・・・。」

 そう告げると聡は綾夏に背を向け、また走り出した。「聡・・・。」綾夏は倒れたままその場に泣き崩れ、雨と涙に濡れた。

 「ツユ・・・何処にいるんだ。」

 聡は走りながら雨風の中目を凝らした。一年前と同じ状況に嫌な予感がする。またツユを失いそうな不安が渦巻いていた。そんな不安な未来を変えるのだと聡は息切らし必死に走った。
 雨風は更に強さを増して来ていた。
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