怠けた数だけ強くなれるよ

森野エアコン

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 なんかあっけない…………氷の魔術が使えるだけで、強い感じがしなかった、倒したっていう手応えがなかった。
 なんだコイツ——
 
「貴様の考えている事はわかる、だが此処で考えるより、犬娘を追いかけた方が良いと思うが…………答えはさきで待っているようだ」
 
 黒い靄をたどって先に進む——。
 
 入ることすら躊躇ってしまう通路を進む——。
 
 膝が震える……、脚がなかなか前に進まない。
 身体が警告を発している、もどれ、はやく戻れ、この先は行ってはいけない……
 
 俺の前を平然とスタスタ歩く鶏、なんか情けなくなってくる。
 というより、ビビってる俺が莫迦みたいじゃねえか……
 
「——、っ——!」
 
 俺は太腿を殴って脚に喝を入れる。
 
「なあ、さっきのアレはなんだったんだ、めちゃくちゃ弱かったよな、アンデットってあんなもんなのか?」
 
「いや、アレは——疑似餌だ」
 
「……擬似餌?」
 
「貴様はあの女を街で初めて見た際、どんなふうに思った」
 
「どうって………綺麗な人だな、て」
 
「そう思わせる為の餌が、先程まで相手にしていたモノの正体だ」
 
「……、……?」
 
 はあ……、と、ナッハバールは大きなため息をついてから話を続けた。
 
「あの時は犬娘があの女と話し始めた為、貴様はやつに誘引される事はなかった」
 
「誘引て、俺は小蝿かよ」
 
「まあ聞け、やつは擬似餌で街の人間を本体の所まで集め、まとめて食うつもりだったのだろうが、予定が狂い建物ごと貴様らを吹き飛ばそうとした、といったところか」
 
「予定が……狂った?」
 
「あの時は気に留めなかったが、あの女、貴様が保護した奴隷の子供をやけに気にしていたように思えてな」
 
「あの子が生きている事が、アイツにとって都合が悪いって事か」
 
「いや、寧ろ良かったのではと吾輩は感じた、あの子供がヤツにとってどれほどの価値があるのか判らぬが、とにかく急いだ方が良いのは確かだろう」
 
「……」
 
 ビビってなんていられない——進まないと。
 
 奥に進むにつれて段々寒くなってる気がする。
 氷を撃ってきたくらいだし、奥は一面氷が広がってるとかは勘弁してほしい。
 それにしても誰もいないな、見張りとか居るもんなんじゃないのか。
 
「止まれ——」
 
「っ、なんだよ」
 
「………小細工が」
 
「お、おい、どうした?」
 
「大したことではない」
 
「いや、なんかあるだろ。——それ、なんだ?」
 
 床になにか溢れている。
 
「なんだこれ……?」
 
 液体——だってことはわかるけど、暗くてよく見えない。血?
 
「うっかり、で触れても助けてやらんぞ」
 
「⁉︎——これってそんなヤバいものなのかよ」
 
「疑うなら試してみるが良い、なにごとも挑戦だ」
 
「さっき助けねえって言ったやつのセリフかよっ!」
 
「危険を承知で挑むからこそ人は成長する、ピンチはチャンスなのだろうニンゲンは」
 
 自分からピンチに触れようとするのはなんか違う気がする。やめた方がいいって言われてることをするのは、どっちかっていうと、押しちゃいけないボタンを押しちゃう系だろ。
 
「俺はピンチに自分から近づきたくない。で、これはなんなんだ?」
 
「そうだな——罠であることある事は疑いようがない。機能は実際に触れてみなければ判らぬが、あの女の持っていた匂いを誤魔化すための液体、アレを強力にしたものか、あるいはもっと面倒な…………」
 
「………っ!」
 
 一瞬、液体の表面が揺らぎ、人影が映し出される。
 
「レーナ⁉︎ おい、今の——」
 
「どうやら、面倒な方だったか」
 
「面倒って、もしかして出られないのか——?」
 
「出られない事はない、が出たところで帰るばしょが残っているか……」
 
「どういうことだよ……!」
 
「進めばわかる……かもしれん。行くぞ」
 
 促されるまま、俺はナッハバールの後に続いた。
 
「——————、———————。」
 
 言葉がでない、出してはいけない、そんな光景を眺めながらすすむ。脚だけがすすむ。
 
 おい…………、おい、これはっ……!
 
「これぐらいで目を背けていては、この先は踏み入ることすらできんぞ」
 
「————、あぁ……」
 
 地獄を見たことはない、見たことがあるという人がいたら是非聞いてみたい。
 それは此処と————どちらがマシかと。
 
 気持ちがブレる……
 自分の中に逃げたい気持ちを感じる。
 
「たった数時間をともに過ごしただけの女達を助けるために、自らを危険に晒すのか」
 
 引き返すなら今だ、と最後の忠告を俺に告げるナッハバール。
 顔にでていたのか、心を見透かされたのか。
 俺は自分の中と目の前の鶏の言葉を振り払うように言葉を吐き出す。
 
「時間じゃねえんだよ……、俺は2人に助けられて、あの子と約束しちまった、その恩と責任のためにここにいるんだ」
 
「つまり、貴様の意志ではないと」
 
「いや……ちゃんと俺の意志で……、恩返しがしたいってのと、責任を果たしたいってのはなんか間違ってるのか?」
 
「間違えている方が幾分かマシだ……。それは理屈だ、そんなものがなければ助けられないようなら、今すぐ引き返せ」
 
「っ……」
 
「さあ、どうする」
 
「…………戻ら、ない」
 
「なぜだ」
 
「俺は、3人を助けたい。恩と責任はキッカケで、俺に良くしてくれた2人の役に立ちたい、そして何よりあの子を笑顔にしたい。その目的のために助ける、それだけだ」
 
「……愚かな」
 
「うるせえ、とにかく助けるんだよ」
 
 俺はツカツカと今までビビっていたのが嘘のように奥に進む。
 
 なにが逃げたいだ、バカかっ!
 助ける、それだけ考えろ。
 そうすれば、ブレる事はない。
 
 目を覆いたくなるような空間を抜けて、彼女達の元に辿り着いた俺は、自分の考えの甘さを思い知らされることになる。
 
「な………あ…………」
 
「なにを驚くことがある、ここまでの道中で散々見てきただろう。ただそれが、顔見知りになっただけのこと」
 
「あ——あぁっ…………」
 
 ドサッ——と膝から崩れ落ちる。
 …………助けられなかった。
 
 テルルちゃんの店の手伝いをするって……
 あの子の名前を取り戻すって……
 
 喰い散らかされた彼女達を見るために、ここに来たんじゃない。
 くそっ……! …………くそっ……
 
「泣き崩れているところわるいが、ここの主人が出迎えに来てくれたようだぞ」
 
 涙を溜めた目で、近づいてくる仇敵それを睨みつけ、俺はゆっくりと立ち上がる。
 恐怖はない——あるのは、こいつをぶちのめしたいって気持ちだけだ。
 
「あぁ、いいわね。……ステキよ。なにかを奪われた人の顔って、なんでこんなに昂るのかしら。安心して貴方のことも好き嫌いせずに、食べてあげるから」
 
「……おい——お前なに持ってる……?」
 
「えっ?ああ、これね。食べかけよ」
 
 ビチャビチャ——と音を立てながらレーナを振っている。ガラガラで遊ぶ赤ん坊みたいに——。
 
「………っ…………」
 
 奥歯を噛む——
 心がドス黒いもので染まっていく感覚。
 
 殺してやる……お前がしたように、同じように、殺してやる……
 
「おい、ナッハバール。俺に力を貸す気はあるか」
 
「貴様に力を貸すことが、吾輩に与えられためいだ。吾輩の意思に関係なく、貸さねばならんのだ」
 
「イヤイヤなのは申し訳ないけどな、こいつを倒すまでは力を貸してくれ」
  
「しかしどうする、この窮屈な場所で炎を使っては貴様もタダでは済まない、それはあるじも望まぬはず、よってこの場では吾輩は奴に手出しできん」
 
「なんだよ……じゃあ——」
 
「吾輩は手出しできんが、貴様が賜った力なら可能だろう。外まで引きずり出せ」
 
「どうやって、———」
 
「仲間はずれはイヤよ、さみしいじゃない!」
 
 地鳴りと共に巨体が迫る——
 避けるスペースがない——
 
「まずは動きを止める。向かってくる奴の衝撃をそのまま『押し付けろ』」
  
 まだこの力よく判らねえけど、ナイフで刺されたときみたいに、アレをやったの俺じゃねえが……出来なきゃ死ぬんだ。
 くそっ、やってやる、やってやる!
 
「来やがれバケモノ——!」
 
「アッハハハハハハ———潰してあげる」
 
 向かってきた力を跳ね返すイメージで……
 
「吹っ飛べっ!」
 
 バダンッ——————⁉︎
 
 ダンプに突っ込まれたような強い衝撃が身体に伝わり、俺は後方へ大きく吹き飛ばされた。
 
「…………あぁ……」
 
 声をあげることもできない。
 意識がある方がおかしいって感じだ。
 手足が動かない、身体の感覚がない……
 
 能力が……発動しなかった……
 
 どう……して……
 
 …………意識、が…………………………
 
 
 『莫迦が——』
 
「なに?」
 
 キョトンとしたバケモノおんなの声————それが悲鳴と叫び声に変わる……
 
 意識が身体に戻る——
 
 手足が、動かせる——!
 
 身体の感覚を確かめている間も、バケモノは身体を壁にもたれかけ、ズルズルと床に崩れて、声を上げ続けている。
 
「成功、してたのか?」
 
 『莫迦は死を経験しても莫迦のままだな』
 
「お前遅えんだよ、来るならもっと早くこいよ」
 
 『出るつもりは無かったがな、お前が死にそうだったからな、居ても立っても居られなくてな』
 
「そんな優しいやつだったのかお前」
 
 嘘としか思えねえ。て、さっき……
 
「なあ、俺が死にかけてたのは本当にあったことなんだよな」
 
 『ああ、そうだ』
 
「ならなんで、俺は無傷で……、あっちが痛がってんだ? 攻撃は跳ね返せなかったんだろ?」
 
 『跳ね返す……?』
 
 はぁ……、と頭の中で小さなため息がひとつ。近くにいた鶏からもひとつ。
 
 『お前、この力を【反射】だと思っていたのか……。はぁ……』
 
 また、溜息……。
 
「主よ、このモノには、一から説明せねばならないようですね」
 
 『……面倒だな……』
 
「それ今じゃなくても良いよな、これから忙しくなりそうだからよ」
 
 そう、女が痛みで苦しんでいるうちにトドメを刺したい。
 
「なあナッハバール、アイツの頭を燃やすくらいの炎なら、ここで使っても大丈夫だろ、だから今のうちに、アイツが動けるようになる前にトドメを!」
 
「吾輩よりも、ここは貴様の方が適任だ。吾輩としてはこれ以上、主の御手を煩わせるのは気がひけるのでな。いい加減、スキルをひとりで扱えるようになってもらわなければ」
 
「出来なかったじゃねえかよ」
 
 それで俺は死にかけた……なにも出来ないまま死ぬところだった。
 
「それではこれからも、貴様は何をするにも他の者に、いちいち説明されながら生きていくのだな」
 
「……」
 
 淡々とした言葉が突き刺さる。
 怒鳴られた方がまだマシだ。
 
 『不死鳥よ、そのくらいにしておけ。お前に力の説明を面倒だからと、ちゃんとしてこなかったオレが悪いんだし……。お前、その辺に転がっている娘達の死体にどれでもいい、触れろ。触れて考えろ——何故この娘は死んでいるのか』
 
「なぜって……アイツに喰われたから……」
 
 『そうだな。ならそれを、——あれに押し付けろ』
 
「説明下手かよ!」
 
 『これ以上は無理だ。一度見せるからそれで覚えろ』
 
 身体が勝手に動く。
 期待してなかったけど……こんなの前と変わらねえよ。
 
 時間をかけすぎた。女はゆっくりとだが、起き上がろうとしている。
 声の主は女を見ない。見なくてもいいのだろう。
 
 『押し付ける——』
 
「————っ——⁉︎」
 
 女の声にならない声が上がり動きがとまる。
 
 ボトッ——ボトッ——、なにかが床に落ちたような音が何度も何度も……
 
 巨体に無数の傷ができていた、引きちぎられた、いや肉食動物に噛みちぎられたような傷口。
 
「————っ」
 
 女は床に倒れ込み、痛みに身体を震わせている。無数に生えていた足の何本かは床に転がり、数本が文字通り皮一枚でつながりいまにも取れかかっている。
 
「ぎ……あぁ……な……なに、を……」
 
 『さっきも思ったが、アンデットのくせに痛覚があるのか。また、雑に造ったな』
 
「主よ、やはりあの方が関係して」
 
 『さあな、だがアイツのオモチャを壊したとなると、面倒だな』
 
 こいつら何話してんだ。
 
「………っ……う……」
 
 え?
 
「あ……れ……、ダイキくん?」
 
「テ、テルル、ちゃん……」
 
 生きてる——。身体も元に戻ってる。
 話ができる、————よかった。
 
「ボク……なんで……——っ⁉︎」
 
 テルルの目が見開かれ、身体は震えている。
 
「ダ、ダイキくん、は、はやく逃げて——殺されちゃう」
 
「大丈夫。それに、逃げるわけにはいかないんだ」
 
 俺は震える彼女の手を握って答える。
 温かい……ちゃんと生きてる。
 
「格好つけるな、全て主の御力によるものだというのに」
 
 『よしてやれ、不死鳥。子供のすることだ、微笑ましいじゃねえか』
 
「子供扱いすぎるだろ!」
 
「なんで……なんでそんなに落ち着いてられるの、あんなバケモノを前にして——っ⁉︎ ……レーナ」
 
 崩れ落ちている肉片の中に、変わり果てたレーナの姿があった。
 
「レーナ……レーナ、レーナ!」
 
 駆け出しそうな彼女を俺の腕が抑える。
 
「はなして! いやあああ! レーナ——‼︎」
 
「大丈夫、大丈夫だよ」
 
「なにが、なにが大丈夫なの! バカ言わないで!」
 
「大丈夫だっ!」
 
「——っ!」
 
「任せて」
 
 もう、大丈夫——
 
「声の主、こっからは俺がやる……下がってくれ」
 
 『……』
 
「貴様、今まで主の御力に縋っておきながら」
 
 『不死鳥、やめてやれ』
 
「……、仰せのままに」
 
 『言ったからには、お前が片付けろ。もう手伝わないかな』
 
 身体の操作権じゆうが俺に戻ってくる。
 
「じゃあ、覚悟してくれ、お姉さん」
 
「ギ……ギ、ギ…………ギ……」
 
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