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「あれ、カケルくんじゃない。身体はもういいのかい?」
一か月ぶりに訪れたいつものバー。
「はい、もうすっかり。というかあの日は本当にご迷惑をお掛けして……これ、つまみにでも使ってください」
そう言って駈が菓子折りを手渡すと、マスターは「気を遣わなくていいのに」と恐縮しながらそれを受け取ってくれた。
「ほんと、カケルくんのそういう真面目なところ、素敵だけど……でも、あまり真面目過ぎるのも考えものだよ」
「ハハ……」
乾いた笑いでお茶をにごすと、マスターに今日のおすすめをオーダーする。
「そうだなぁ、今日は新鮮なトマトが手に入ったからね。スパイシーなブラッディメアリにしようかな」
「あ、俺、それ大好きです」
「本当? それは良かった」
開店して間もない時間帯のためか、客は自分の他に二人ほど。
その二人はカップルのようで、誰かを物色している様子はなかった。
「はい、お待ち」
威勢よく出された真っ赤なカクテルに口を付ける。
トマトの酸味の中に、スパイスが絶妙に効いている。ただし駈の身体を思ってか、ウォッカは控えめなようだった。
「おいしいです」
素直にそう言うと、マスターはさらりと片目を瞑ってみせた。
いつもは優しげな雰囲気の彼だが、もともと見た目はザ・ナイスミドルな色気を湛えているので、そんな仕草をすると洒落にならない。
その圧に目を瞬かせていると、その彼がグイっとカウンター越しに身を乗り出してきた。
「カケルくん」
「は、はい」
「この前のこと……聞いてもいいかな?」
やっぱり来たか、と駈はつばを飲み込む。
だが、ここに来たなら当然その話になるのは分かっていたし、初めからそのつもりで今日この店のドアに手を掛けたのだ。
変な憶測を生むよりずっとましだと思ったからだ。
「この前の男の人って……もしかしてあの、サヤマスグル?」
声を潜め、周りを伺いながら聞いてくるマスターが大げさで少し可笑しかった。
こくりと頷くと、彼は満面の笑みで、
「やっぱり! 僕、実はファンでね。ホントびっくりしちゃったよ」
と興奮気味に語り出した。
「自慢じゃないけど、僕は相当古参だよ。今じゃ引退しちゃったアイドルのデビューソングを担当していたころから知っているんだから!」
彼はそう語気を強めながら、自分用の酒を作りはじめる。
「今じゃああやってテレビとかバンバン出ているから、彼が好きだって言うだけでミーハー扱いされてねぇ。それが癪で癪で」
ドボドボとウォッカを注ぎ、そこに少しレモンを絞っただけのそれを彼はグッと喉へと流し込んだ。
「で、ここからは答えられたら、でいいんだけど……彼とはどういう関係?」
そのものずばりすぎるマスターに、とうとう声を出して笑ってしまった。
「あいつとは……同級生、ですよ。高校時代の」
「ええっ、そうなんだ……って、本当にそれだけ?」
少し不満げにも見えるマスターに、駈は首を傾げる。
「……と、いうのは?」
「いやぁ、だって……凄かったんだよ、あの夜!」
「あの夜って……俺が倒れたあの夜のことですか? ……すみません、記憶がおぼろげで」
「あれ、彼から何も聞いてない?」
「あっ……」
そういえばあの日、なぜここに来たかと問う駈に、英はその経緯を説明してくれようとしていた。
それを自分が遮ってしまったのだ。
「そう……ですね、聞いてないです」
「そうなんだ、じゃあ簡単に……」
と言いつつ、マスターの目がきらりと輝いた。
「まずね、あんまりカケルくんが具合悪そうなもんで、タクヤくんが救急車呼ぼうとしたんだよ。だけどその時カケルくんがそれを止めて。で、繋がったままの電話を差し出したわけ」
「え」
「そうしたら、本当にものの数分で、血相変えた彼が飛び込んできてね……! そのままカケルくんを抱き上げて店を飛び出してさ! まるでドラマのワンシーンを見ているみたいで……って、カケルくん、大丈夫?」
「……大丈夫、じゃない、です」
思わず頭を抱えてしまう。
(何てことをしてくれたんだ、あの日の俺……!!)
「だから、これはきっと何かあるぞって思っていたんだけど……ごめん、聞かない方が良かったかな?」
「いや、違うんです……自分の軽率さにうんざりしているだけです」
……これで「ただの同級生」だなんて、どう頑張ったってあり得ない話だ。
駈は目の前の真っ赤な酒を呷ると、思いきりため息を吐いた。
「ごめん、そんなにショックを受けるとは思わなくて……」
戸惑うマスターに、駈は慌てて手を振る。
そして、グラスの中身を飲み干すと、覚悟を決めて語り始めた。
「彼とは高校時代、同じ部活だったんです。それで、仲良くなって」
「へぇ、それは素敵だねぇ……まさに青春だ」
マスターが目を細める。
「まぁ、そうですね。青春でした。でも……最後、喧嘩別れしてしまったんです」
一か月ぶりに訪れたいつものバー。
「はい、もうすっかり。というかあの日は本当にご迷惑をお掛けして……これ、つまみにでも使ってください」
そう言って駈が菓子折りを手渡すと、マスターは「気を遣わなくていいのに」と恐縮しながらそれを受け取ってくれた。
「ほんと、カケルくんのそういう真面目なところ、素敵だけど……でも、あまり真面目過ぎるのも考えものだよ」
「ハハ……」
乾いた笑いでお茶をにごすと、マスターに今日のおすすめをオーダーする。
「そうだなぁ、今日は新鮮なトマトが手に入ったからね。スパイシーなブラッディメアリにしようかな」
「あ、俺、それ大好きです」
「本当? それは良かった」
開店して間もない時間帯のためか、客は自分の他に二人ほど。
その二人はカップルのようで、誰かを物色している様子はなかった。
「はい、お待ち」
威勢よく出された真っ赤なカクテルに口を付ける。
トマトの酸味の中に、スパイスが絶妙に効いている。ただし駈の身体を思ってか、ウォッカは控えめなようだった。
「おいしいです」
素直にそう言うと、マスターはさらりと片目を瞑ってみせた。
いつもは優しげな雰囲気の彼だが、もともと見た目はザ・ナイスミドルな色気を湛えているので、そんな仕草をすると洒落にならない。
その圧に目を瞬かせていると、その彼がグイっとカウンター越しに身を乗り出してきた。
「カケルくん」
「は、はい」
「この前のこと……聞いてもいいかな?」
やっぱり来たか、と駈はつばを飲み込む。
だが、ここに来たなら当然その話になるのは分かっていたし、初めからそのつもりで今日この店のドアに手を掛けたのだ。
変な憶測を生むよりずっとましだと思ったからだ。
「この前の男の人って……もしかしてあの、サヤマスグル?」
声を潜め、周りを伺いながら聞いてくるマスターが大げさで少し可笑しかった。
こくりと頷くと、彼は満面の笑みで、
「やっぱり! 僕、実はファンでね。ホントびっくりしちゃったよ」
と興奮気味に語り出した。
「自慢じゃないけど、僕は相当古参だよ。今じゃ引退しちゃったアイドルのデビューソングを担当していたころから知っているんだから!」
彼はそう語気を強めながら、自分用の酒を作りはじめる。
「今じゃああやってテレビとかバンバン出ているから、彼が好きだって言うだけでミーハー扱いされてねぇ。それが癪で癪で」
ドボドボとウォッカを注ぎ、そこに少しレモンを絞っただけのそれを彼はグッと喉へと流し込んだ。
「で、ここからは答えられたら、でいいんだけど……彼とはどういう関係?」
そのものずばりすぎるマスターに、とうとう声を出して笑ってしまった。
「あいつとは……同級生、ですよ。高校時代の」
「ええっ、そうなんだ……って、本当にそれだけ?」
少し不満げにも見えるマスターに、駈は首を傾げる。
「……と、いうのは?」
「いやぁ、だって……凄かったんだよ、あの夜!」
「あの夜って……俺が倒れたあの夜のことですか? ……すみません、記憶がおぼろげで」
「あれ、彼から何も聞いてない?」
「あっ……」
そういえばあの日、なぜここに来たかと問う駈に、英はその経緯を説明してくれようとしていた。
それを自分が遮ってしまったのだ。
「そう……ですね、聞いてないです」
「そうなんだ、じゃあ簡単に……」
と言いつつ、マスターの目がきらりと輝いた。
「まずね、あんまりカケルくんが具合悪そうなもんで、タクヤくんが救急車呼ぼうとしたんだよ。だけどその時カケルくんがそれを止めて。で、繋がったままの電話を差し出したわけ」
「え」
「そうしたら、本当にものの数分で、血相変えた彼が飛び込んできてね……! そのままカケルくんを抱き上げて店を飛び出してさ! まるでドラマのワンシーンを見ているみたいで……って、カケルくん、大丈夫?」
「……大丈夫、じゃない、です」
思わず頭を抱えてしまう。
(何てことをしてくれたんだ、あの日の俺……!!)
「だから、これはきっと何かあるぞって思っていたんだけど……ごめん、聞かない方が良かったかな?」
「いや、違うんです……自分の軽率さにうんざりしているだけです」
……これで「ただの同級生」だなんて、どう頑張ったってあり得ない話だ。
駈は目の前の真っ赤な酒を呷ると、思いきりため息を吐いた。
「ごめん、そんなにショックを受けるとは思わなくて……」
戸惑うマスターに、駈は慌てて手を振る。
そして、グラスの中身を飲み干すと、覚悟を決めて語り始めた。
「彼とは高校時代、同じ部活だったんです。それで、仲良くなって」
「へぇ、それは素敵だねぇ……まさに青春だ」
マスターが目を細める。
「まぁ、そうですね。青春でした。でも……最後、喧嘩別れしてしまったんです」
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