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忠珍鱈

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あの日以来、英は視聴覚室に来ることはなくなった。

そうなると当然、英との接点は消え、そうしているうちにも刻々と時間だけは過ぎていく。

「なぁ、樋野」
放課後、いつものように視聴覚室へと向かう駈に声を掛けてきたのは、ゲーム部元部長の山潟だった。

「お前、砂山と喧嘩でもした?」
「えっ……いや、別に……」
明らかに何かあった、と言わんばかりの様子に、彼は「ほんと分かりやすいんだよなぁ」と笑う。
「何があったかは知らないけどさ、仲直りしたほうがいいんじゃないか」
「……」
「あんなに一緒に頑張った仲だろ? こんな状態のまま、終わりにするつもりかよ」
「……」
無言を貫く駈に、山潟は肩をすくめた。

「まぁ、俺が口出しすることじゃないってのは分かっているけどさ。でも……あと、一週間しかないんだからな」
俯くだけの駈の肩をポンと叩く。
山潟は鞄を担ぎ直すと、廊下を去っていった。

「一週間……」
駈はようやくその顔を上げると、窓の外を見つめる。
校庭も、その先に広がる街も全てが、夕日に赤々と染められていた。



「みんな、今まで本当にありがとう」

カラフルに装飾された黒板の前で、英はそう言って頭を下げた。

「できれば俺も卒業までここにいたかった。でも、こんな会まで開いてもらえて、皆に惜しんでもらえて本当に嬉しかった……受験とか諸々終わったら、また皆で集まろう。それで、卒業記念パーティーでもしような……先生の金で!」
すすり泣きも漏れ聞こえていた教室に、ドッと笑いが巻き起こる。
とぼけたフリで先生に叱られている英。
教室で見る、いつもの英だった。

そして、やはり彼と目が合うことはない。
「……」
駈はそっと、机の横に掛けてある鞄に目をやった。



『話がある。放課後、視聴覚室に来てほしい』

たったそれだけのメールを送信するのに、いったいどれほどの時間が掛かっただろう。
そして、それへの返信が来るまでの時間は、本当に気が遠くなるほど長く感じられた。

駈は荷物を手に、視聴覚室へと向かっていた。
鞄がやけに重かった。それに、通いなれた通路を歩いているはずなのに、まるで入学したての頃のような不安が足にまとわりついてくる。

この角を曲がったら視聴覚室が見える。
止まりそうになる足を叱咤する。


「英くん」

と、角の向こう側から聞こえてきた声。
壁に張り付くようにして声の方をこそこそと伺う。

そこに立っていたのは、隣のクラスの宮嶌楓――二年のとき、数か月付き合っていたという英の元カノだった。
そして……その正面に、あいつが立っていた。

駈は顔を戻したはいいが、その場に縛り付けられたかのように動けなくなってしまった。

「これ……もらってくれる?」
カサ、という音ともに差し出された何かを、英は手にしたらしい。
「どうしたの、これ」
「開けてみて」

彼女の声に促され、包み紙を剥がしていく。

「あ、これ……」
英の驚きの混じった声に、再び向こう側を伺って――見なければよかった、と思った。

中から出てきたのは、一冊の本――黄色い表紙のそれは、一目見ただけですぐに何か分かってしまう。
それくらい、見慣れきった本だった。

「前、私の部屋で見てたそれ、かなりボロボロだったでしょ? 名前まではちゃんと覚えてなかったから、パパに聞いてみたの。そうしたら、きっとそれじゃないか、って……当たってたかな?」
「……」

英はじっと、手元の本を見つめていた。

「あっ、もしかして違った?」
「あ、いや……合ってるよ。ありがとう、わざわざ」
「よかった」
ふふ、とあの綺麗な顔で笑う彼女が目に浮かぶ。

「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう、英くん」
「俺もだよ……ありがとう、楓」

「……」

駈はじっと自分の足元を見つめていた。
勝手に覗き見ておいたくせに、胸が苦しくて仕方なかった。

その場にしゃがみ込みそうになる足を奮い立たせる。
もと来た廊下を戻ろうと静かに一歩踏み出した、そのときだった。

「ねぇ……英」
彼を呼ぶ楓の声。

「最後に、一つだけ……お願い」
その声が、甘くかすれる。


「思い出、欲しいんだ」
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