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忠珍鱈

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結局、その後は誰かと付き合うことはしなかった。
……というか、出来なかった、という方が正しい。

はっきりと気づかされたその想いを、英は口に出すことはせず、そのまま一年近くを駈とともに過ごした。


部活がある日は駈と二人で帰るのが定番だった。
部活を引退した今でも、視聴覚室で勉強をした日などは一緒に帰っていたのだが、ここ数日はお互い忙しく、こうして並んで歩くのはなんだかやけに久しぶりな気がした。

いつもの通学路のその途中、小さな児童公園がある。
遊具は滑り台とブランコだけ。既に六時を回っており子供たちの姿はない。

英がまっすぐにブランコへ向かうと、案の定後ろから声が掛かる。
「おい、今日は帰るぞさすがに!」
「何でだよ!」
「何で、ってそりゃ……明日だろうが、表彰式! お前の晴れの舞台なんだぞ!」
「別に、ただ座っているだけだし~」
「いや、朝も早いだろ!」
「大丈夫大丈夫!」

そのままブランコに腰掛けてしまうと、
「……ったく!」
駈はいつも通り折れてくれた。

そんな彼にこっそり笑みを浮かべながらブランコを勢いよく漕ぎ始める。
「おい、危ないっての!」
顔を見なくても、その表情が目に浮かぶ。

英が馬鹿をやるとき、ほとほと呆れていますという体をとるくせに、最後には英を受け入れてしまう駈。
いつもどこか、そんな彼に甘えてきた気がする。

だからきっと、今回のことも許してくれるはず――

(……許す?)
涼しくなり始めた空気を切り裂きながら、英は自分の考えをすぐに否定した。

(許すも何もないじゃないか)

父から話があったとき、英はただ「分かった」と答えただけだった。
母が亡くなってから、ずっと二人で国内外を問わず引っ越しを繰り返してきた。
英にとって、それは当たり前――というか、受け入れるという選択肢以外、存在しないものだった。

だから今回だって、いつものように事実を事実のまま伝えるしかないのだ。それを駈に対してする、それだけのことだ。
それなのに、結局言えないまま今日まで来てしまった。

でも、これ以上はもう延ばせない。
今日、言わなければ。じゃないと――


「なぁ、駈――」
叫びながら地上を見ようとして、真横からの風圧に思わず振り向く。
「なんだよ、英!」
立ち漕ぎをしながら、駈は英に歯を見せて笑った。

「子供に返った気がするな!」
そんなことを言う駈の顔はいつにもまして幼く。
「おいおい、十分お子様だろ~?」
「ちょ、馬鹿にしてるだろ!」

軽口を叩きあいながら、しばらくそうして風を感じる。
そして、英はごくりと唾を飲み込んだ。

「駈、あのさ……っ」
「ん、ちょっとまって! まずは俺から」
その目が、英を捕らえる。
「準優勝、おめでとう!」

張り上げた声が二人だけの公園に響きわたる。
駈は夕焼けの消えかかった薄明りの中でも分かるほど、赤い頬をしていた。


言いたいことを言って満足したのか、駈は一気にブランコの勢いを殺して先に地面へと足を付ける。
英もすぐ後を追うように地上へと降り立った。

「結構楽しいもんだな、ブランコって。興奮しすぎて顔熱いわ……」
背を向けながら、駈がそんな言い訳をしている。
「帰ろうぜ、真っ暗になる前に……うわっ!」
悲鳴とともに駈の言葉が途切れる。

その背中から、英がいきなり抱き着いたからだ。

「お、おい、何すんだよ!」
赤い耳が、ますます赤くなっていく。
「何、変なことしてんだよ……っ」
文句を言いながら身体を捩る。だが、その抵抗は大したこともなく。
それをいいことに、英はもっと強く彼を抱き締めた。

(言わなきゃ、言わなきゃ――)

英の頭の中はもうそれだけだった。
だというのに、気道を塞がれてしまったように声が一つも出てこない。

「なぁ、やめろって……っ」
はじめはそう拒んでいた駈だったが。

「もしかして……何か、あったのか」
その手がそっと英の手の上に重ねられる。
「……」

こちらを思うその声に、胸が震える。
しかし、気持ちとは裏腹に、言葉は思うようにはならなかった。

「……別に、なにも」
「おい、そんなわけ……っ」
駈がこちらへと顔を向けようとする。
それを、英はさらにきつく抱き締めることで阻止した。

「英、」
焦りを滲ませる駈を遮り、英は突然、のんびりとした調子で問いかけた。

「なぁ、駈……『あすなろ抱き』って知ってる?」
「……は?」
駈がきょとんとした顔をする。
「要はバックハグってやつ? この前、懐かしドラマの名シーンってやつテレビで見てさ。一度やってみたかったんだよね」
覗き込むようにニヤリと笑ってみせると、駈の眉間の皺がみるみると深くなっていく。

「ふざけんな!」
駈は肘で英の横腹を突き、その腕の拘束を振りほどく。
「そういうのを俺で試すな!」
駈はキッと英を睨み付ける。
そしてそのまま振り返りもせず、どすどすと大股で公園を出ていってしまった。


別に、こんな喧嘩はじゃれ合いと大して変わりない。いつもなら謝りながら追いかけ、それで終わり、となるだけだ。

だがその日、英の足は地面に縫い付けられたように、動かなくなってしまった。


次第に遠ざかる駈。
その背中を見つめながら、英はようやく口を開く。

「……俺、転校するんだ」
言えなかったその言葉は、秋の虫の声に紛れて消えていったのだった。
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