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「……嘘、ですよね」
駈が社長との話を伝えると、羽根田は一気にそのはにかんだ表情を消し去り、愕然と駈を見つめた。
「異動って、そんな――」
「ちなみに、まだ内示段階だからここだけの話ってことでよろしくな」
「……」
羽根田はしばらくの間、虚ろな目で固まっていた。
しかし、ようやくその口を開くと、
「……どうして、樋野さんが異動なんですか」
そう絞り出すように尋ねた。
「いや、どうして、って、そりゃ……」
この件の責任者なわけだから、とは彼を前にして言うことはできなかった。
「……」
彼は膝の上で握った拳をただじっと見つめている。
「まぁ、でも……この環境で揉まれたからかな。何処に行ったってそこそこやっていけそうな自信はついたよ」
あ、嫌味っぽいかな? そう言って笑ってみせるも、羽根田は依然顔を俯けたままだった。
駈はふう、と息を一つ吐くと、独り言のように呟いた。
「これでいいんだよ」
「これでいいって、何ですか」
地面を蹴りつけるようにして、羽根田が立ち上がる。
真上から駈を見下ろしながら、彼は声を張り上げた。
「これでいいわけ、ないじゃないですか……っ」
震える声でそう叫ぶ彼を、駈は下から見上げる。
だが、彼の眼はもう何も映してはいなかった。
「どうして……どうして、受け入れたんですか……」
「……羽根田」
「悪いのは、俺なのに……」
空はいつしか茜色に染まりきっていた。
駈は遠くに広がる街並みを眺めながら、ゆっくりと語り出した。
「さっき、ここで寝ころびながら考えてみてたんだ。今から半年ぐらい前に同じことがあったら……ってさ。そうしたら俺、どうしていたかな、って」
「……」
「きっと、俺さ……この異動の打診、喜んで、ってことはないにしても、まぁ普通に受け入れていたと思うんだよな」
その言葉に、項垂れていた男の身体が反応した。
「仕方なかった、自分のせいじゃないんだし……とか言い訳しながらさ。でも、今日、社長からほぼ決定事項のそれを打診されたとき……嫌だ、って思った」
羽根田の目に、ようやく駈が映る。
駈はそれに微笑みかけると、膝の上で組んでいた手を解いた。
「受け入れるしかないって分かっていたけどさ……正直、少し悔しかったよ。もっと早く俺が皆と向き合っていたら、そもそもこんなことにはならなかった訳だし。そうしたら……君らともっと一緒に働けたのにな、ってさ」
橙で塗り潰したような空に、飛行機雲が長く尾を引いていく。
「だから、そんな顔をしないでくれよ」
駈は立ち上がると、その肩口に羽根田を引き寄せる。
「……っ」
声を殺して泣く自分より少し大きな男の背中を、駈はしばらくそうしてさすり上げていた。
駈が社長との話を伝えると、羽根田は一気にそのはにかんだ表情を消し去り、愕然と駈を見つめた。
「異動って、そんな――」
「ちなみに、まだ内示段階だからここだけの話ってことでよろしくな」
「……」
羽根田はしばらくの間、虚ろな目で固まっていた。
しかし、ようやくその口を開くと、
「……どうして、樋野さんが異動なんですか」
そう絞り出すように尋ねた。
「いや、どうして、って、そりゃ……」
この件の責任者なわけだから、とは彼を前にして言うことはできなかった。
「……」
彼は膝の上で握った拳をただじっと見つめている。
「まぁ、でも……この環境で揉まれたからかな。何処に行ったってそこそこやっていけそうな自信はついたよ」
あ、嫌味っぽいかな? そう言って笑ってみせるも、羽根田は依然顔を俯けたままだった。
駈はふう、と息を一つ吐くと、独り言のように呟いた。
「これでいいんだよ」
「これでいいって、何ですか」
地面を蹴りつけるようにして、羽根田が立ち上がる。
真上から駈を見下ろしながら、彼は声を張り上げた。
「これでいいわけ、ないじゃないですか……っ」
震える声でそう叫ぶ彼を、駈は下から見上げる。
だが、彼の眼はもう何も映してはいなかった。
「どうして……どうして、受け入れたんですか……」
「……羽根田」
「悪いのは、俺なのに……」
空はいつしか茜色に染まりきっていた。
駈は遠くに広がる街並みを眺めながら、ゆっくりと語り出した。
「さっき、ここで寝ころびながら考えてみてたんだ。今から半年ぐらい前に同じことがあったら……ってさ。そうしたら俺、どうしていたかな、って」
「……」
「きっと、俺さ……この異動の打診、喜んで、ってことはないにしても、まぁ普通に受け入れていたと思うんだよな」
その言葉に、項垂れていた男の身体が反応した。
「仕方なかった、自分のせいじゃないんだし……とか言い訳しながらさ。でも、今日、社長からほぼ決定事項のそれを打診されたとき……嫌だ、って思った」
羽根田の目に、ようやく駈が映る。
駈はそれに微笑みかけると、膝の上で組んでいた手を解いた。
「受け入れるしかないって分かっていたけどさ……正直、少し悔しかったよ。もっと早く俺が皆と向き合っていたら、そもそもこんなことにはならなかった訳だし。そうしたら……君らともっと一緒に働けたのにな、ってさ」
橙で塗り潰したような空に、飛行機雲が長く尾を引いていく。
「だから、そんな顔をしないでくれよ」
駈は立ち上がると、その肩口に羽根田を引き寄せる。
「……っ」
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