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「ごめん、洗面所借りた。頭、冷やそうと思って……って、え、駈!?」
「……?」
見上げると、そこには顔と髪を濡らした英が立っていた。
「何泣いてんだよ?」
英が駆け寄り、どすんと隣に腰を下ろす。
駈は慌てて顔を拭った。
「いや別に、泣いてないけど」
「いやいや、だって、今……っ」
顔を近づけてくる英から逃げるように身体を捻る。
「気のせいだろ」
下手過ぎるごまかしに英は食い下がろうとしたが、駈のその頑なさを知ってか、「まあ……いいけどさ」と諦めると、持ってきた二つのマグカップをゴトリ、とテーブルの上へと置いた。
さらに、ずっと鎮座したままだったノンアルコールビールをとくとくとそれに注いでいく。
「……何やってんだよ」
「何って……よし」
缶の中身を等分に注ぎ終わった英は、その一つを駈へと差し出した。
「はい」
「……」
思わず受け取ってしまった。
駈がじっとその泡立つ中身を見ていると、英は自分のそれを一口啜る。
「うわっ、ぬる!」
オエ、と顔を顰める彼に、つい笑みが零れてしまう。
「当たり前だろ」
「だよな」
英もまたそう言って笑うと、一度それをテーブルへと置いた。
「なぁ……駈、知ってた?」
英は軽く首を傾げながら、駈を覗き込む。
「昔からさ、感情的になるとダメなんだよ。駈も……俺も」
困ったように笑う英。
その目は、ただ柔らかく駈を見つめていた。
「だから……話、しよう。納得いくまで」
「話……?」
英は大きく頷く。
「あの夏だって、そうしただろ。あの蒸し暑い、視聴覚室でさ」
駈が返事をするのを待たず、英は身体ごと駈へと向ける。
「で……駈はさ、何が嫌なの」
「……は?」
「だって、断ったでしょ。俺の一世一代の告白を」
英は悲しげにため息を吐いてみせる。
駈はじろりと彼を睨んだ。
「大げさなんだよ、お前はいつも」
駈のその返しに、英は小さく笑う。
その頬にはもう涙の痕は消えていた。
「……ねぇ、駈」
「だから何」
「駈はさ、俺のこと……本当に嫌い?」
その口元は緩く弧を描いているのに、その目線は力強く駈へと注がれている。
駈は観念したように一度息を吐くと、片手で額を覆った。
「嫌いだよ……そういうところが」
「お前はさ……異性愛者だろ」
駈はテーブルのマグカップを包み込むようにしながら、そう静かに呟いた。
「イセイアイシャ? ……ああ、異性愛者、ね」
英は駈の言葉を確かめるように繰り返す。
「俺とは住んでいる世界が違うんだ。そういう奴と不毛な恋愛をする気はないんだよ」
駈がそう言い切ると、英は不満げに「うーん」と唸った。
「……何だよ」
「いや、だってさ……そこで引っかかるんだ、と思って」
「は? そんなの当たり前――」
「あんなに色々、したりされたりした仲なのに?」
その言葉に、つい駈は英の方を向いてしまう。
彼の目は試すような色を帯びて、駈へと向けられていた。
「それは……っ」
今までのあれやこれやらが一気に蘇る。
駈は急速に熱を上げる顔を伏せながら、「でも」と続けた。
「今までのはその場の勢いっていうか、ノリ……みたいなもんだろ。けど、本当にもし、そういう関係になるんだとしたら、いつか……いや、そう遠くない未来にきっと、苦しくなる時がくる」
途切れそうになりながら、駈はなんとか声を絞り出す。
「そしてきっと、今日のことを後悔したくなる……お互いに」
駈の独白にも似たそれを、英は静かに聞いていた。
「……とにかく、これは根本的な話なんだ」
駈はなんとかそこまで言い終えると、ようやく英の方を見つめた。
さっきまでびしょびしょに濡れていたその髪もすっかり乾き、少し立ち上がった長めの前髪からは凛々しい眉がのぞいている。
メディアで見かける英はいつも妙に手の込んだ髪型をさせられているが、駈はこういう自然な感じが一番、彼には似合っていると密かに思っていた。
と、英は駈の目線に気付いたらしく、その目と同じく少し色素の薄い髪を慌てて手櫛で整える。
そして、改めて駈を真剣に見つめ返した。
「確かに、俺は一度も男性と付き合ったことはない。だから結局、駈には俺の気持ちを信じてもらうしかない」
英もまた、一つ一つ噛み締めるように言葉を紡いでいく。
「そうさせる気は当然ないけど、もしかしたら心配だって……。でもさ」
英はそこでいったん言葉を区切ると、その目をきらりと光らせた。
「俺がいつからお前のこと好きだったか、分かる?」
「……?」
見上げると、そこには顔と髪を濡らした英が立っていた。
「何泣いてんだよ?」
英が駆け寄り、どすんと隣に腰を下ろす。
駈は慌てて顔を拭った。
「いや別に、泣いてないけど」
「いやいや、だって、今……っ」
顔を近づけてくる英から逃げるように身体を捻る。
「気のせいだろ」
下手過ぎるごまかしに英は食い下がろうとしたが、駈のその頑なさを知ってか、「まあ……いいけどさ」と諦めると、持ってきた二つのマグカップをゴトリ、とテーブルの上へと置いた。
さらに、ずっと鎮座したままだったノンアルコールビールをとくとくとそれに注いでいく。
「……何やってんだよ」
「何って……よし」
缶の中身を等分に注ぎ終わった英は、その一つを駈へと差し出した。
「はい」
「……」
思わず受け取ってしまった。
駈がじっとその泡立つ中身を見ていると、英は自分のそれを一口啜る。
「うわっ、ぬる!」
オエ、と顔を顰める彼に、つい笑みが零れてしまう。
「当たり前だろ」
「だよな」
英もまたそう言って笑うと、一度それをテーブルへと置いた。
「なぁ……駈、知ってた?」
英は軽く首を傾げながら、駈を覗き込む。
「昔からさ、感情的になるとダメなんだよ。駈も……俺も」
困ったように笑う英。
その目は、ただ柔らかく駈を見つめていた。
「だから……話、しよう。納得いくまで」
「話……?」
英は大きく頷く。
「あの夏だって、そうしただろ。あの蒸し暑い、視聴覚室でさ」
駈が返事をするのを待たず、英は身体ごと駈へと向ける。
「で……駈はさ、何が嫌なの」
「……は?」
「だって、断ったでしょ。俺の一世一代の告白を」
英は悲しげにため息を吐いてみせる。
駈はじろりと彼を睨んだ。
「大げさなんだよ、お前はいつも」
駈のその返しに、英は小さく笑う。
その頬にはもう涙の痕は消えていた。
「……ねぇ、駈」
「だから何」
「駈はさ、俺のこと……本当に嫌い?」
その口元は緩く弧を描いているのに、その目線は力強く駈へと注がれている。
駈は観念したように一度息を吐くと、片手で額を覆った。
「嫌いだよ……そういうところが」
「お前はさ……異性愛者だろ」
駈はテーブルのマグカップを包み込むようにしながら、そう静かに呟いた。
「イセイアイシャ? ……ああ、異性愛者、ね」
英は駈の言葉を確かめるように繰り返す。
「俺とは住んでいる世界が違うんだ。そういう奴と不毛な恋愛をする気はないんだよ」
駈がそう言い切ると、英は不満げに「うーん」と唸った。
「……何だよ」
「いや、だってさ……そこで引っかかるんだ、と思って」
「は? そんなの当たり前――」
「あんなに色々、したりされたりした仲なのに?」
その言葉に、つい駈は英の方を向いてしまう。
彼の目は試すような色を帯びて、駈へと向けられていた。
「それは……っ」
今までのあれやこれやらが一気に蘇る。
駈は急速に熱を上げる顔を伏せながら、「でも」と続けた。
「今までのはその場の勢いっていうか、ノリ……みたいなもんだろ。けど、本当にもし、そういう関係になるんだとしたら、いつか……いや、そう遠くない未来にきっと、苦しくなる時がくる」
途切れそうになりながら、駈はなんとか声を絞り出す。
「そしてきっと、今日のことを後悔したくなる……お互いに」
駈の独白にも似たそれを、英は静かに聞いていた。
「……とにかく、これは根本的な話なんだ」
駈はなんとかそこまで言い終えると、ようやく英の方を見つめた。
さっきまでびしょびしょに濡れていたその髪もすっかり乾き、少し立ち上がった長めの前髪からは凛々しい眉がのぞいている。
メディアで見かける英はいつも妙に手の込んだ髪型をさせられているが、駈はこういう自然な感じが一番、彼には似合っていると密かに思っていた。
と、英は駈の目線に気付いたらしく、その目と同じく少し色素の薄い髪を慌てて手櫛で整える。
そして、改めて駈を真剣に見つめ返した。
「確かに、俺は一度も男性と付き合ったことはない。だから結局、駈には俺の気持ちを信じてもらうしかない」
英もまた、一つ一つ噛み締めるように言葉を紡いでいく。
「そうさせる気は当然ないけど、もしかしたら心配だって……。でもさ」
英はそこでいったん言葉を区切ると、その目をきらりと光らせた。
「俺がいつからお前のこと好きだったか、分かる?」
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