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「……」
駈は顔を伏せながら、頭の中でタクヤの言葉を反芻していた。
きっと、タクヤの言う通りなのだと思う。
あいつにできないことが、自分にどうにかできるなんて……思い上がりもいいところだった。
駈はグラスの残りをぐっと呷る。
タクヤに合わせて注文したウイスキーがカッと腹へと滑り落ちていった。
「……そう、ですよね」
だがその暗い声に、タクヤが待ったをかける。
「ちょっとカケル、なんか勘違いしてない?」
「……え?」
「別に俺はね、カケルが力不足だって言っているんじゃないよ」
「……でも、」
「それにさぁ……カケルにだってあったんじゃない? そういうことが」
「そういうこと……?」
眉を寄せる駈へとタクヤは頷いてみせると、グラスの底をくるりと揺らした。
「最後は……自分で向き合って、解決しなきゃならなかったものが、さ」
駈ははっと顔を上げる。
真っ先に浮かんだのは、羽根田と――そして、彼と共に見た、あの夕焼けの空だった。
何かに気付いた様子の駈にタクヤは小さく笑みを向けると、「俺もそうだもんなぁ」と頭の後ろで手を組んだ。
「まぁ、俺の場合はむこうがまるっきり異業種だから、お互い口出しできないってのもあるけどさ。でも、カケルの場合はそうじゃないから……なおさら気に病んじゃうのかもね」
カケルは優しいから、と付け加えられ、すぐに首を振る。
「でも、いくら相談だなんだって乗ってもらったとしても……結局、それをどうにかできるのは、自分だけなんだよな」
「……」
駈はタクヤの横顔を見つめた。
普段は九割方ふざけている彼が時折見せる、真面目な表情。
その表情が、自分と数個しか変わらないはずの彼をずっと大人に見せていた。
ちなみにそんなことを言おうものなら、彼は喜ぶどころか「それって老けてるってことだよね?」と憤慨しそうだが……駈からしたら、羨ましい話だった。
そして、それは見た目の話だけではなく――自分が同じ年になったとして、きっと彼のようにはなれないと思った。
そうして駈がぼんやりとグラスの中へと視線を戻すと。
突然、隣からはは、と声が上がる。
「なーんて、随分カッコつけちゃったな」
タクヤはあっけらかんとそう言うと、ちらりと八重歯を覗かせて首を竦めた。
「ねぇ、マスターもそう思うでしょ?」
いきなりそう振られたマスターは、磨いていたグラスを棚へと戻すと、困ったように笑いながらこちらへとやってくる。
どういうことかと二人を交互に見やる駈に、タクヤは既に半分ほどまで減ったハイボールに口をつけながら語り出した。
「あんな立派なこと言っておきながら何だけどさ……俺だって、そんな上手いことやれてるワケじゃない、ってことよ」
ね? と相槌を求められたマスターは、「そうだねぇ」と苦笑しながら自分用の二杯目に取り掛かっている。
「この前だって、ここで愚痴ってたもんね、俺。あのむっつりスケベ野郎に」
「……むっつりスケベ野郎?」
「ああ、彼氏ね、彼氏」
「いやいや、いいんですか、それ……」
あんまりなネーミングに思わずそう呟くと。
タクヤは「いいのいいの!」と手を振ると、「あいつもそう言われて喜んでいるしね」と、何とも反応に困ることを言って笑った。
「あれ、駈って俺の彼氏、見たことあったっけ?」
「あ、はい、一度」
確か随分前、初めての旅行から帰ってきて浮かれまくっていた彼に無理やりスマホを押し付けられたことがあった気がする。
まさに弾けるような笑顔を体現したタクヤの隣で、その背の高い、見るからに寡黙そうな印象の男性は口を真一文字に結んでカメラを睨んでいて、二人のあまりの雰囲気の違いに合成写真を疑ってしまいそうになったぐらいだった。
「あいつさ、見た目も中身もその通り、マジメっていうか、カタブツっていうか……何事もきちんとしないと気が済まないって感じのヤツなのよ。部屋とかも、もうびっくりするほどキレイでさ~、ゴミ一つ落ちてないって感じ?」
「……」
それが普通では? と言いそうになったが、初めて訪れた英の部屋の惨状が頭をかすめ、駈はタクヤが注文してくれたカクテルを黙って啜った。
「でもさ、仕事に対してはこれが意外とドライでね。仕事は仕事、みたいな? 俺とは真逆のタイプだから、初めはそれってどうなの、ってぶつかったこともあったけど……」
遠くを見るようなタクヤの目。ここにいない彼を思うその目が、緩やかに細められる。
「でも、いつからかな……そいつを見てるとさ、こんなにガッチガチに肩肘張って働かなくてもいいんじゃないかな、って思えるようになったんだ」
で、不思議とそっちのほうが上手くいくもんでね、とタクヤはふふっと笑うと、駈の方へと振り向いた。
「で、俺とあいつの関係とはちょっと違うけど……もしかしたら彼も、それと近いところ、あるんじゃないかな」
「近いところ……」
不安げに見つめる駈に、タクヤは笑顔で頷いてみせた。
「駈のその姿に、いつの間にか励まされている……そういうこともあるんだよ、ってね」
「……」
少しの間、駈はその綺麗な色のカクテルをじっと眺めていた。
タクヤもまたそんな駈をそっと見守っていたのだが。
駈はそれを一口喉へと流し入れると、フッと小さく笑った。
「別に、俺の姿にそんな効果、無いですって」
「まーたそういうコト言う……」
すかさず窘めようとしたタクヤだったが、「そうだ!」とカウンターの向こうに声を掛ける。
「ねぇマスター、教えてやってよ、この卑屈クンに……あのカシスソーダの意味をさ」
「そうだねぇ……」
のんびりと酒を楽しんでいたマスターは、少し呆れた声色でそう答えると、手元のレモン入りウォッカを飲み切る。
そして、腰を下ろしていたスツールから立ち上がると、ゆっくりと駈の前へとやってきた。
「マスター?」
「……」
カウンター越しにその顔がスッと寄せられる。
「あの、マスター!?」
息のかかる距離まで近づいたそのダンディな相貌に、駈はにわかに慌てて悲鳴にも似た声を上げる。
そんな駈の耳元で、マスターはそのひと言ひと言を吹き込むように囁いた。
「カシスソーダのカクテル言葉はね……『あなたは魅力的』、ですよ」
駈は顔を伏せながら、頭の中でタクヤの言葉を反芻していた。
きっと、タクヤの言う通りなのだと思う。
あいつにできないことが、自分にどうにかできるなんて……思い上がりもいいところだった。
駈はグラスの残りをぐっと呷る。
タクヤに合わせて注文したウイスキーがカッと腹へと滑り落ちていった。
「……そう、ですよね」
だがその暗い声に、タクヤが待ったをかける。
「ちょっとカケル、なんか勘違いしてない?」
「……え?」
「別に俺はね、カケルが力不足だって言っているんじゃないよ」
「……でも、」
「それにさぁ……カケルにだってあったんじゃない? そういうことが」
「そういうこと……?」
眉を寄せる駈へとタクヤは頷いてみせると、グラスの底をくるりと揺らした。
「最後は……自分で向き合って、解決しなきゃならなかったものが、さ」
駈ははっと顔を上げる。
真っ先に浮かんだのは、羽根田と――そして、彼と共に見た、あの夕焼けの空だった。
何かに気付いた様子の駈にタクヤは小さく笑みを向けると、「俺もそうだもんなぁ」と頭の後ろで手を組んだ。
「まぁ、俺の場合はむこうがまるっきり異業種だから、お互い口出しできないってのもあるけどさ。でも、カケルの場合はそうじゃないから……なおさら気に病んじゃうのかもね」
カケルは優しいから、と付け加えられ、すぐに首を振る。
「でも、いくら相談だなんだって乗ってもらったとしても……結局、それをどうにかできるのは、自分だけなんだよな」
「……」
駈はタクヤの横顔を見つめた。
普段は九割方ふざけている彼が時折見せる、真面目な表情。
その表情が、自分と数個しか変わらないはずの彼をずっと大人に見せていた。
ちなみにそんなことを言おうものなら、彼は喜ぶどころか「それって老けてるってことだよね?」と憤慨しそうだが……駈からしたら、羨ましい話だった。
そして、それは見た目の話だけではなく――自分が同じ年になったとして、きっと彼のようにはなれないと思った。
そうして駈がぼんやりとグラスの中へと視線を戻すと。
突然、隣からはは、と声が上がる。
「なーんて、随分カッコつけちゃったな」
タクヤはあっけらかんとそう言うと、ちらりと八重歯を覗かせて首を竦めた。
「ねぇ、マスターもそう思うでしょ?」
いきなりそう振られたマスターは、磨いていたグラスを棚へと戻すと、困ったように笑いながらこちらへとやってくる。
どういうことかと二人を交互に見やる駈に、タクヤは既に半分ほどまで減ったハイボールに口をつけながら語り出した。
「あんな立派なこと言っておきながら何だけどさ……俺だって、そんな上手いことやれてるワケじゃない、ってことよ」
ね? と相槌を求められたマスターは、「そうだねぇ」と苦笑しながら自分用の二杯目に取り掛かっている。
「この前だって、ここで愚痴ってたもんね、俺。あのむっつりスケベ野郎に」
「……むっつりスケベ野郎?」
「ああ、彼氏ね、彼氏」
「いやいや、いいんですか、それ……」
あんまりなネーミングに思わずそう呟くと。
タクヤは「いいのいいの!」と手を振ると、「あいつもそう言われて喜んでいるしね」と、何とも反応に困ることを言って笑った。
「あれ、駈って俺の彼氏、見たことあったっけ?」
「あ、はい、一度」
確か随分前、初めての旅行から帰ってきて浮かれまくっていた彼に無理やりスマホを押し付けられたことがあった気がする。
まさに弾けるような笑顔を体現したタクヤの隣で、その背の高い、見るからに寡黙そうな印象の男性は口を真一文字に結んでカメラを睨んでいて、二人のあまりの雰囲気の違いに合成写真を疑ってしまいそうになったぐらいだった。
「あいつさ、見た目も中身もその通り、マジメっていうか、カタブツっていうか……何事もきちんとしないと気が済まないって感じのヤツなのよ。部屋とかも、もうびっくりするほどキレイでさ~、ゴミ一つ落ちてないって感じ?」
「……」
それが普通では? と言いそうになったが、初めて訪れた英の部屋の惨状が頭をかすめ、駈はタクヤが注文してくれたカクテルを黙って啜った。
「でもさ、仕事に対してはこれが意外とドライでね。仕事は仕事、みたいな? 俺とは真逆のタイプだから、初めはそれってどうなの、ってぶつかったこともあったけど……」
遠くを見るようなタクヤの目。ここにいない彼を思うその目が、緩やかに細められる。
「でも、いつからかな……そいつを見てるとさ、こんなにガッチガチに肩肘張って働かなくてもいいんじゃないかな、って思えるようになったんだ」
で、不思議とそっちのほうが上手くいくもんでね、とタクヤはふふっと笑うと、駈の方へと振り向いた。
「で、俺とあいつの関係とはちょっと違うけど……もしかしたら彼も、それと近いところ、あるんじゃないかな」
「近いところ……」
不安げに見つめる駈に、タクヤは笑顔で頷いてみせた。
「駈のその姿に、いつの間にか励まされている……そういうこともあるんだよ、ってね」
「……」
少しの間、駈はその綺麗な色のカクテルをじっと眺めていた。
タクヤもまたそんな駈をそっと見守っていたのだが。
駈はそれを一口喉へと流し入れると、フッと小さく笑った。
「別に、俺の姿にそんな効果、無いですって」
「まーたそういうコト言う……」
すかさず窘めようとしたタクヤだったが、「そうだ!」とカウンターの向こうに声を掛ける。
「ねぇマスター、教えてやってよ、この卑屈クンに……あのカシスソーダの意味をさ」
「そうだねぇ……」
のんびりと酒を楽しんでいたマスターは、少し呆れた声色でそう答えると、手元のレモン入りウォッカを飲み切る。
そして、腰を下ろしていたスツールから立ち上がると、ゆっくりと駈の前へとやってきた。
「マスター?」
「……」
カウンター越しにその顔がスッと寄せられる。
「あの、マスター!?」
息のかかる距離まで近づいたそのダンディな相貌に、駈はにわかに慌てて悲鳴にも似た声を上げる。
そんな駈の耳元で、マスターはそのひと言ひと言を吹き込むように囁いた。
「カシスソーダのカクテル言葉はね……『あなたは魅力的』、ですよ」
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