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駅前のモニュメントの前は金曜夜ということもあり、行きかう人々や誰かを待つ人々で賑わっている。
マフラーに顔を埋めるようにしてスマホを見ていた駈は、ポン、と肩に置かれた手にその方を振り返った。
「お疲れ様です、樋野サン!」
直接顔を合わせるのはあの日見舞いに来てもらって以来なので、約一か月ほどというところだろうか。
だが、藤河はその短い期間に随分とイメチェンを図っていたらしい。
以前は伸ばしっぱなしにしていた髪はスッキリと整えられ、しかもその服装も、シャツかパーカーに常時ジーンズという今までの学生っぽい感じから、ベージュのチェスターコートが長身に良く映える、落ち着いてクールな印象に変わっていた。
実際、通り過ぎる人の目が何度か彼に向けられていて、駈は自分のことではないのにどこか面映ゆい気分になった。
「お前、何というか、随分……」
正直に言うのも何となく恥ずかしく、適当に言葉を濁す。
すると藤河は気付きました? とパッと顔を輝かせた。
「カッコよくなりましたよね、僕」
「自分で言うか普通……まぁお前なら言うか」
呆れたようにそう返せば、藤河は声を上げて笑った。
「で、どういう心境の変化だ?」
予約した店はここからは少し遠く、駈は急激に寒くなった夜道を歩かせることになってしまったことを詫びたが、藤河は「いいえ!」と逆に嬉しそうにしていた。
そして、駈のその質問に対しても、「そりゃ、今日樋野サンと会うからってのが一番ですが……」なんてことをさらりと言ってのけた。
山潟から藤河のことを聞かされた数日後……山潟はあろうことかその本人に、「樋野にお前のアレコレ、言っておいたからな」と馬鹿正直に報告してしまったらしく、藤河は当然のごとく「何で勝手に言うんですか!!」と荒れに荒れたらしいのだが……それも最早過去の話。
すっかり吹っ切れ、完全に開き直ってしまった彼は、恥ずかしげもなくそんなことを言うようになってしまっていた。
「お前、ほんとやめろってそういうの……」
駈は分かっていても赤くなってしまう顔を背けながら、ため息を散らすように口の前で手を振る。
いつまでたっても慣れないそんな駈の反応に、藤河は小さな笑い声を上げた。
と、彼はその笑顔を急に引っこめると、眼鏡のブリッジをわざとらしくクイッと上げる。
「それに……そういう立場になったんで、自分」
「あ、そういえばお前、主任になったんだもんなぁ。おめでとう」
「ありがとうございます」
藤河は白い歯を見せて、そのキメた顔を崩してパッとはにかんだ。
「すごいな、その歳で……って、お前ならすぐそうなるだろうとは思ってはいたけどさ」
駈はそう言ってフフっと笑う。
……しかし、「まぁ当然ですよ」とでも返してくると思った藤河は、何故かその顔を正面へと戻してしまった。
「でも、まだ主任として何かやれたってわけじゃないっすけどね」
藤河はそう呟くと、チェックのマフラーで口元を隠す。
「いやいや、それはこれからだろ?」
「それはまぁ、そうっすけど……」
彼はもごもごとそう言うと、小さなため息と共にその目を伏せた。
「なんだよ、もうやらかしちゃったとか?」
軽い感じに見えるがしっかりしたところもある藤河なので、あり得ないとは思ったが、あえてそうくだけた感じに聞いてみる。
すると藤河は予想通り、静かにその首を横に振った。
「……というより、むしろ……何をどうしたらいいか、分からないって感じで」
繁華街へと続く道は人々の表情も明るく、その足取りも心なしか弾んでいるようだった。
その中で、藤河と駈だけが浮かない顔で、既にクリスマスのイルミネーションの輝き始めた街並みを歩いていた。
「僕、今までも同じチームの奴に指導したり、たまに訳わからない奴にキレたりとかはしてましたけど……今回、こうして皆を引っ張っていく立場になってみて、何というか……急に、色々なことがよく分からなくなってきちゃって……」
藤河はそうぽつぽつと思ったことを呟いていく。
「で、ほんの少しでも、頼りやすい雰囲気を作りたくて……それでまずはカッコから、って……改めて、ヤバいくらい浅はかな考えですよね」
そうやってごまかすように笑った藤河の横顔を、駈は知らない人を見るような目で見つめていた。
きっと、彼の印象を変えたのは、整えられた髪型でも服装でもない。
その内面が、彼をそう見せているのだろうと思った。
「別にそんなに焦る必要、ないと思うけどな」
駈は正面へと顔を戻すと、黙り込んでしまった藤河へとゆっくりと語り掛けた。
「だって、お前の普段の働きを上が評価して、そのポジションに就かせた訳だろ?」
「……そうなんですかね」
「だから、もっと自信持ってもいいんじゃないか?」
「……」
「それにさ……俺は、そういうお前の方が好きだけどな」
そこまで言い切って、口元を緩める。
斜め上にある顔がバッとこちらへと向けられる気配がした。
「樋野サン……!」
「あとさ、形から入るってのはアリだと思うぞ? ……特にお前は」
駈がそう言って笑うと、藤河は「それってどういう意味ですか」と口を尖らせた。
そして、いつの間にか肩に入っていたらしい力を抜くと、フッと笑みを浮かべたのだった。
マフラーに顔を埋めるようにしてスマホを見ていた駈は、ポン、と肩に置かれた手にその方を振り返った。
「お疲れ様です、樋野サン!」
直接顔を合わせるのはあの日見舞いに来てもらって以来なので、約一か月ほどというところだろうか。
だが、藤河はその短い期間に随分とイメチェンを図っていたらしい。
以前は伸ばしっぱなしにしていた髪はスッキリと整えられ、しかもその服装も、シャツかパーカーに常時ジーンズという今までの学生っぽい感じから、ベージュのチェスターコートが長身に良く映える、落ち着いてクールな印象に変わっていた。
実際、通り過ぎる人の目が何度か彼に向けられていて、駈は自分のことではないのにどこか面映ゆい気分になった。
「お前、何というか、随分……」
正直に言うのも何となく恥ずかしく、適当に言葉を濁す。
すると藤河は気付きました? とパッと顔を輝かせた。
「カッコよくなりましたよね、僕」
「自分で言うか普通……まぁお前なら言うか」
呆れたようにそう返せば、藤河は声を上げて笑った。
「で、どういう心境の変化だ?」
予約した店はここからは少し遠く、駈は急激に寒くなった夜道を歩かせることになってしまったことを詫びたが、藤河は「いいえ!」と逆に嬉しそうにしていた。
そして、駈のその質問に対しても、「そりゃ、今日樋野サンと会うからってのが一番ですが……」なんてことをさらりと言ってのけた。
山潟から藤河のことを聞かされた数日後……山潟はあろうことかその本人に、「樋野にお前のアレコレ、言っておいたからな」と馬鹿正直に報告してしまったらしく、藤河は当然のごとく「何で勝手に言うんですか!!」と荒れに荒れたらしいのだが……それも最早過去の話。
すっかり吹っ切れ、完全に開き直ってしまった彼は、恥ずかしげもなくそんなことを言うようになってしまっていた。
「お前、ほんとやめろってそういうの……」
駈は分かっていても赤くなってしまう顔を背けながら、ため息を散らすように口の前で手を振る。
いつまでたっても慣れないそんな駈の反応に、藤河は小さな笑い声を上げた。
と、彼はその笑顔を急に引っこめると、眼鏡のブリッジをわざとらしくクイッと上げる。
「それに……そういう立場になったんで、自分」
「あ、そういえばお前、主任になったんだもんなぁ。おめでとう」
「ありがとうございます」
藤河は白い歯を見せて、そのキメた顔を崩してパッとはにかんだ。
「すごいな、その歳で……って、お前ならすぐそうなるだろうとは思ってはいたけどさ」
駈はそう言ってフフっと笑う。
……しかし、「まぁ当然ですよ」とでも返してくると思った藤河は、何故かその顔を正面へと戻してしまった。
「でも、まだ主任として何かやれたってわけじゃないっすけどね」
藤河はそう呟くと、チェックのマフラーで口元を隠す。
「いやいや、それはこれからだろ?」
「それはまぁ、そうっすけど……」
彼はもごもごとそう言うと、小さなため息と共にその目を伏せた。
「なんだよ、もうやらかしちゃったとか?」
軽い感じに見えるがしっかりしたところもある藤河なので、あり得ないとは思ったが、あえてそうくだけた感じに聞いてみる。
すると藤河は予想通り、静かにその首を横に振った。
「……というより、むしろ……何をどうしたらいいか、分からないって感じで」
繁華街へと続く道は人々の表情も明るく、その足取りも心なしか弾んでいるようだった。
その中で、藤河と駈だけが浮かない顔で、既にクリスマスのイルミネーションの輝き始めた街並みを歩いていた。
「僕、今までも同じチームの奴に指導したり、たまに訳わからない奴にキレたりとかはしてましたけど……今回、こうして皆を引っ張っていく立場になってみて、何というか……急に、色々なことがよく分からなくなってきちゃって……」
藤河はそうぽつぽつと思ったことを呟いていく。
「で、ほんの少しでも、頼りやすい雰囲気を作りたくて……それでまずはカッコから、って……改めて、ヤバいくらい浅はかな考えですよね」
そうやってごまかすように笑った藤河の横顔を、駈は知らない人を見るような目で見つめていた。
きっと、彼の印象を変えたのは、整えられた髪型でも服装でもない。
その内面が、彼をそう見せているのだろうと思った。
「別にそんなに焦る必要、ないと思うけどな」
駈は正面へと顔を戻すと、黙り込んでしまった藤河へとゆっくりと語り掛けた。
「だって、お前の普段の働きを上が評価して、そのポジションに就かせた訳だろ?」
「……そうなんですかね」
「だから、もっと自信持ってもいいんじゃないか?」
「……」
「それにさ……俺は、そういうお前の方が好きだけどな」
そこまで言い切って、口元を緩める。
斜め上にある顔がバッとこちらへと向けられる気配がした。
「樋野サン……!」
「あとさ、形から入るってのはアリだと思うぞ? ……特にお前は」
駈がそう言って笑うと、藤河は「それってどういう意味ですか」と口を尖らせた。
そして、いつの間にか肩に入っていたらしい力を抜くと、フッと笑みを浮かべたのだった。
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