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野田福島~比叡山
比叡山
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京都に到着した俺は、六助や馬廻衆らと共に本能寺に泊まった。
大分この世界に慣れて、家臣団にある程度の愛着も沸いて来たのか、街中を移動している際に、柴田や和田は大丈夫かな……なんて思いを馳せたりもした。
今回も俺とソフィアには個室が割り当てられている。とは言っても、移動中は駕籠の中ですることもなく大体が寝ているだけなので、二人して特に眠いわけでもなく、宵闇の深まる縁側でごろごろして時間を潰していた。
月は雲に遮られてよく見えない。それでも硝子を砕いて散りばめたような星たちがとても綺麗で、夜空を眺めていて飽きがくることはなかった。
ようやく涼しくなってきたなぁ、なんて思いながら庭をながめていたら、横で縁側から足を投げ出す格好で座っていたソフィアが話しかけてくる。
「もうすぐ食欲の秋がやってきますね」
「キュウンキュン、キュン(別に食欲だけじゃないと思うけど、そうだな)」
「私、お芋さんが食べたいです!」
「キュキュンキュ(フライドポテト食いたいな)」
「この世界にはありませんものね」
「キュキュン。キュキュン、キュウンキュン(何でないんだろうな。油そのものはあるから、作ろうと思えば作れるのかもしれないけど)」
「今度、帰蝶ちゃんに作ってもらってはいかがですか?」
ソフィアはそう言って、からかうような笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「キュウンキュン(危ないからいい)」
防火設備が十分に整っていないこの世界での油料理は危険な気がする。火事でも起こしたら街ごと消失してしまいそうだ。別にそれでも知ったことじゃないけど、とにかく帰蝶が危ないからお願いするのはやめておこう。
そもそも、たまたま食べたいと思っただけで、そこまでフライドポテトが好きなわけでもない。
「あら。優しいんですね」
「キュ、キュキュン(いや、普通そう思うだろ)」
「どうでしょう。世の中色んな人がいますから」
夜空を見上げて微笑みながらそうつぶやくソフィアの横顔は美しく、さすが女神というだけのことはある。ただ、その言葉は今宵の月のように何かに遮られていて真意を読み取ることが出来なかった。
また思考を読んだのか、ソフィアがこちらを振り向く。
「特に深い意味はありませんよ? 優しい人もいれば優しくない人もいると、ただそれだけの話です」
「キュン(そうかい)」
当たり前の話だけど、こいつは女神として、色んな世界で色んな人と触れ合っているはずだ。途方もない数の出会いの中には、いいものもそうでないものもあったと、そういうことだろう。
そんなソフィアが俺のことを優しいと言ってくれるのなら、本当にそうなのかもしれない。
お互い柄にもなく静かに考え事をしていると、この場に似つかわしくない、騒がしい足音がどこからか聞こえてきた。
「プニ長様、プニ長様」
さすがに遠慮しているのか、俺の側に来た六助がひそひそ声で語りかけてくる。
「キュウンキュン(何時だと思ってんだよ)」
と言いつつも時計はないので何時かはわからない。というか、この世界には~時という数え方はなく、~の刻という数え方になるけど今はどうでもいい。
六助は俺の側にどっかりと座った。
「夜分遅くに申し訳ありません。ですが、お耳に入れておかなければならない情報がありまして」
「キュン(おう)」
「我々織田家が京都へ進軍したことを知った浅井朝倉軍が、比叡山に逃げ込んでしまったそうです」
「キャワン!? (何だって!?)」
「とても驚いておられます!」
正直に言って、比叡山に逃げ込んだことがどうして急を要する事態なのかはよくわからないけど、驚いておいた方がリアクションとしては正しいと思う。
六助が神妙な面持ちで一つうなずいた。
「ご存知かとは思いますが、比叡山延暦寺はかの天台宗の開祖である、伝教大師こと最澄が建立した寺院です。また、先の戦いでも出て来ましたが、独自の僧兵集団を持ち合わせているので浅井朝倉軍と結託されると厄介です」
「キュンキュン(ふむふむ)」
「まあ軍事面はおまけです。重要なのは宗教面で、家臣団の中には天台宗を信仰しているものもおりますし、延暦寺を貴重な文化財産と考えているものもいて、攻撃を仕掛けるとなれば織田家中の混乱は避けられないでしょう」
「キュウン(なるほど)」
話は理解したけど、宗教や文化財産がそんなに大事かねえ。元いた世界で仏教に触れる機会が全くなかったからいまいちピンと来ない。
特に日本では、今どき結婚式で愛を誓う神は選べてしまうし、宗教に関わるのはせいぜいが葬式の時くらいなんだろうけど、うちはじいちゃんもばあちゃんも健在だからなぁ。
ソフィアがふよふよとこちらに近付いてきて耳打ちをする。
「武さんが結婚する際には、是非私の前で愛を誓ってくださいね。何なら直接立ち会いますよ!」
「キュ、キュキュン(その話、今は関係ないから)」
そもそも犬なので今世では結婚出来ません。帰蝶とはもうしてることになってるしな……完全に犬扱いされてるけど。
そんなやり取りをしている間にも六助の話は続いていた。
「……というわけで、どう致しますか?」
「キュン(むむむ)」
話の通りなら、すぐに戦を仕掛けるのは無しだ。明日にでも軍議を開いて、家臣たちと相談した方がいいのかもしれない。
「私としましては、対応について軍議を開く前に、まず比叡山を包囲してしまうのがよろしいかと。延暦寺を説得して味方につけることが出来れば浅井朝倉軍を逃がすことなく壊滅させることが出来ますし」
「キュンキュン(そうするぴょん)」
「そうするぴょんぴょろりん、だそうです!」
「ぴょんぴょろりんですと? よくはわかりませんが、プニ長様が仰ったとなればいと尊く感じられますな」
というわけで翌朝、織田軍は森たちが戦った坂本というところまで進軍して比叡山の包囲を行った。
ちなみにソフィアは朝が来るまでに別の世界へと戻っている。
「森殿、信治様、青治殿……必ずや浅井家と朝倉家を滅ぼし、皆様への手向けと致しましょう」
彼方にそびえる比叡山を視界に収めながら、六助がそう誓いを立てる。身体の前で握られた拳はわずかに震えていた。
いつもはただの私怨で動く六助だけど、今回の対浅井朝倉は弔い合戦の意味合いを含んでいる。家臣団もさぞ闘志を燃やしていることだろう。
しばらく遠くを眺めていた六助が、急に背後にいる俺の方を振り向く。
「さて、比叡山側はどう出ますかな」
六助が昨晩言っていた通り、織田家は比叡山を包囲してから説得のための書状を出した。今は包囲したままで書状に対する返事を待っている最中だ。
「ところで、書状にはどのように記されたのでござるか?」
暇なので遊びに来ている柴田が問うと、六助は真顔で応える。
「『織田家に味方をしてくれればありがとう。中立でもいいよ。でも、浅井朝倉の味方をするなら怒る』、と」
「なるほど、それが無難でござろうな」
「キュン? (どこが?)」
それって織田家を名乗った悪戯だと思われて終わりなんじゃ。少なくとも俺ならそう考えて無視するな。
おっさん二人はすっかり返事が、しかもいい方のそれが来ると信じて疑わない様子でうきうきしている。
「返事はまだですかねえ」
「でござるなあ」
「キュ、キュキュン(いや、絶対に来ないから)」
ソフィアがいなくて言葉が通じないからといって、六助に完全に任せっきりにしたのが間違いだった。
結局、しばらく待っても返事が来ることはなく、織田軍は陣営を張って包囲を続けることになった。
大分この世界に慣れて、家臣団にある程度の愛着も沸いて来たのか、街中を移動している際に、柴田や和田は大丈夫かな……なんて思いを馳せたりもした。
今回も俺とソフィアには個室が割り当てられている。とは言っても、移動中は駕籠の中ですることもなく大体が寝ているだけなので、二人して特に眠いわけでもなく、宵闇の深まる縁側でごろごろして時間を潰していた。
月は雲に遮られてよく見えない。それでも硝子を砕いて散りばめたような星たちがとても綺麗で、夜空を眺めていて飽きがくることはなかった。
ようやく涼しくなってきたなぁ、なんて思いながら庭をながめていたら、横で縁側から足を投げ出す格好で座っていたソフィアが話しかけてくる。
「もうすぐ食欲の秋がやってきますね」
「キュウンキュン、キュン(別に食欲だけじゃないと思うけど、そうだな)」
「私、お芋さんが食べたいです!」
「キュキュンキュ(フライドポテト食いたいな)」
「この世界にはありませんものね」
「キュキュン。キュキュン、キュウンキュン(何でないんだろうな。油そのものはあるから、作ろうと思えば作れるのかもしれないけど)」
「今度、帰蝶ちゃんに作ってもらってはいかがですか?」
ソフィアはそう言って、からかうような笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「キュウンキュン(危ないからいい)」
防火設備が十分に整っていないこの世界での油料理は危険な気がする。火事でも起こしたら街ごと消失してしまいそうだ。別にそれでも知ったことじゃないけど、とにかく帰蝶が危ないからお願いするのはやめておこう。
そもそも、たまたま食べたいと思っただけで、そこまでフライドポテトが好きなわけでもない。
「あら。優しいんですね」
「キュ、キュキュン(いや、普通そう思うだろ)」
「どうでしょう。世の中色んな人がいますから」
夜空を見上げて微笑みながらそうつぶやくソフィアの横顔は美しく、さすが女神というだけのことはある。ただ、その言葉は今宵の月のように何かに遮られていて真意を読み取ることが出来なかった。
また思考を読んだのか、ソフィアがこちらを振り向く。
「特に深い意味はありませんよ? 優しい人もいれば優しくない人もいると、ただそれだけの話です」
「キュン(そうかい)」
当たり前の話だけど、こいつは女神として、色んな世界で色んな人と触れ合っているはずだ。途方もない数の出会いの中には、いいものもそうでないものもあったと、そういうことだろう。
そんなソフィアが俺のことを優しいと言ってくれるのなら、本当にそうなのかもしれない。
お互い柄にもなく静かに考え事をしていると、この場に似つかわしくない、騒がしい足音がどこからか聞こえてきた。
「プニ長様、プニ長様」
さすがに遠慮しているのか、俺の側に来た六助がひそひそ声で語りかけてくる。
「キュウンキュン(何時だと思ってんだよ)」
と言いつつも時計はないので何時かはわからない。というか、この世界には~時という数え方はなく、~の刻という数え方になるけど今はどうでもいい。
六助は俺の側にどっかりと座った。
「夜分遅くに申し訳ありません。ですが、お耳に入れておかなければならない情報がありまして」
「キュン(おう)」
「我々織田家が京都へ進軍したことを知った浅井朝倉軍が、比叡山に逃げ込んでしまったそうです」
「キャワン!? (何だって!?)」
「とても驚いておられます!」
正直に言って、比叡山に逃げ込んだことがどうして急を要する事態なのかはよくわからないけど、驚いておいた方がリアクションとしては正しいと思う。
六助が神妙な面持ちで一つうなずいた。
「ご存知かとは思いますが、比叡山延暦寺はかの天台宗の開祖である、伝教大師こと最澄が建立した寺院です。また、先の戦いでも出て来ましたが、独自の僧兵集団を持ち合わせているので浅井朝倉軍と結託されると厄介です」
「キュンキュン(ふむふむ)」
「まあ軍事面はおまけです。重要なのは宗教面で、家臣団の中には天台宗を信仰しているものもおりますし、延暦寺を貴重な文化財産と考えているものもいて、攻撃を仕掛けるとなれば織田家中の混乱は避けられないでしょう」
「キュウン(なるほど)」
話は理解したけど、宗教や文化財産がそんなに大事かねえ。元いた世界で仏教に触れる機会が全くなかったからいまいちピンと来ない。
特に日本では、今どき結婚式で愛を誓う神は選べてしまうし、宗教に関わるのはせいぜいが葬式の時くらいなんだろうけど、うちはじいちゃんもばあちゃんも健在だからなぁ。
ソフィアがふよふよとこちらに近付いてきて耳打ちをする。
「武さんが結婚する際には、是非私の前で愛を誓ってくださいね。何なら直接立ち会いますよ!」
「キュ、キュキュン(その話、今は関係ないから)」
そもそも犬なので今世では結婚出来ません。帰蝶とはもうしてることになってるしな……完全に犬扱いされてるけど。
そんなやり取りをしている間にも六助の話は続いていた。
「……というわけで、どう致しますか?」
「キュン(むむむ)」
話の通りなら、すぐに戦を仕掛けるのは無しだ。明日にでも軍議を開いて、家臣たちと相談した方がいいのかもしれない。
「私としましては、対応について軍議を開く前に、まず比叡山を包囲してしまうのがよろしいかと。延暦寺を説得して味方につけることが出来れば浅井朝倉軍を逃がすことなく壊滅させることが出来ますし」
「キュンキュン(そうするぴょん)」
「そうするぴょんぴょろりん、だそうです!」
「ぴょんぴょろりんですと? よくはわかりませんが、プニ長様が仰ったとなればいと尊く感じられますな」
というわけで翌朝、織田軍は森たちが戦った坂本というところまで進軍して比叡山の包囲を行った。
ちなみにソフィアは朝が来るまでに別の世界へと戻っている。
「森殿、信治様、青治殿……必ずや浅井家と朝倉家を滅ぼし、皆様への手向けと致しましょう」
彼方にそびえる比叡山を視界に収めながら、六助がそう誓いを立てる。身体の前で握られた拳はわずかに震えていた。
いつもはただの私怨で動く六助だけど、今回の対浅井朝倉は弔い合戦の意味合いを含んでいる。家臣団もさぞ闘志を燃やしていることだろう。
しばらく遠くを眺めていた六助が、急に背後にいる俺の方を振り向く。
「さて、比叡山側はどう出ますかな」
六助が昨晩言っていた通り、織田家は比叡山を包囲してから説得のための書状を出した。今は包囲したままで書状に対する返事を待っている最中だ。
「ところで、書状にはどのように記されたのでござるか?」
暇なので遊びに来ている柴田が問うと、六助は真顔で応える。
「『織田家に味方をしてくれればありがとう。中立でもいいよ。でも、浅井朝倉の味方をするなら怒る』、と」
「なるほど、それが無難でござろうな」
「キュン? (どこが?)」
それって織田家を名乗った悪戯だと思われて終わりなんじゃ。少なくとも俺ならそう考えて無視するな。
おっさん二人はすっかり返事が、しかもいい方のそれが来ると信じて疑わない様子でうきうきしている。
「返事はまだですかねえ」
「でござるなあ」
「キュ、キュキュン(いや、絶対に来ないから)」
ソフィアがいなくて言葉が通じないからといって、六助に完全に任せっきりにしたのが間違いだった。
結局、しばらく待っても返事が来ることはなく、織田軍は陣営を張って包囲を続けることになった。
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