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槇島城の戦い~高屋城の戦い

実は……

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 ところが、軍議を終えてすぐに六助は信頼出来る部下に何やらを言いつけた。するとすぐに家康と酒井だけが陣に戻ってくる。適当な椅子に三人が腰をかけると、早速という感じで家康が口を開いた。
 ちなみに、俺は奥のお座敷みたいなところに寝転んでいる。

「どうされたのですか? やはり先ほどのことで何か」
「はい。家康殿、酒井殿、真に申し訳ありませんでした」

 申し訳なさそうな顔をした六助が座ったまま腰を折る。何かあるということ自体は理解していた家康はやはりという感じの顔をしていた。

「まず、あの場では情報の漏洩に気を使う必要がありました。いつどこで武田の間者に聞かれているとも知れませんから」
「ごもっともです。我々もそこにまで配慮がいたらず、申し訳ありません」
「申し訳ありません」

 家康と酒井も腰を折った。
 六助の言い分はもっともで、考えてみれば当たり前のことなのに、俺もそこに気がつかなかった。むしろ偉いと思う。
 家臣団や足軽に内通者がいたり、陣の外で盗み聞きをされていたり。どれも可能性はかなり低いとはいえ、配慮してしかるべきことだ。特に酒井が提案したような奇襲作戦は、情報が洩れれば命取りになってしまうのだから。

「いえいえ、それはいいのですが。せっかく素晴らしい作戦を提案していただいたのに無下にしてしまったことで心を痛めておりまして」
「それに関しては、我々も援軍に来ていただいた立場で図々しかったかなと」
「わかります。これを機に武田を倒してしまいたいのでしょう」
「その通りです。やはり六助殿には叶いませんな」

 そこでようやく三人共笑顔になった。
 以前聞いた話だと、徳川は長年三河という地を巡って武田と小競り合いを続けているらしい。今後の領土拡大を視野に入れれば、織田の大規模な援軍を得られる今回に合戦を発生させて武田を叩き、弱体化させて起きたいところだろう。
 ちなみに、最大兵力ではないらしい武田軍は撤退する可能性が高いと思われていたが、彼らは決戦を選択した。地形の恩恵もあってこちらの兵力を誤認でもしたのだろうか。とにかくこれは織田徳川双方にとって幸運だった。
 少しして場が落ち着くと、家康が顔を引き締めて本題に入る。

「で、先ほどの話なのですが。忠次の作戦を素晴らしいと仰っていただけたということは……」
「はい。是非とも採用したいと考えています」
「恐悦至極にございます」

 酒井がまた腰を折り、礼を述べる。

「成功すれば我々の第一目的である長篠城の救援を真っ先に達成出来るばかりか、武田軍の退路を脅かすことにもなりますからね。これほどまでに理にかなった作戦もないでしょう」

 言葉に熱を込めて語る六助に、家康の頬が緩んだ。

「絶賛ではないですか」
「それくらい素晴らしく思っているということです。では直ちにこちらからも精鋭と検使を用意しましょう」
「忝し」「忝し」

 そうして秘密の軍議は終了。家康と酒井もそれぞれの陣営に戻っていった。その背中を見送った後、六助がこちらにゆっくりと歩いてくる。

「プニ長様」
「キュウン? (何?)」
「うっ……ぐおおっ……」

 つい首を傾げてきゅるりんビ~ムを発動させてしまった。目を手で覆いながらうめき声をあげた六助は、それでも負けじと用件を伝えてくる。

「こっ、今回の軍議はこれで、よろしかったでしょうか」

 軍議で話し合った事項に関する確認は、以前までは軍議中でも一つ一つ細目に行われていて、ついでにあわよくばプニモフさせていただこう、という流れになっていた。
 でも、最近ではこのように最後にまとめて行われる。その理由としてはきゅるりんビ~ムの登場によって、皆が俺に近付きづらくなったからだ。プニモフしようとしてうっかり焼け死んでしまわないように、慎重になっている。
 俺は「オーケー」の合図代わりに、差し出された六助の右手に向かって「お手」をした。

「ぐっ、ぶほっ! ……ありがとうございます」
「キュキュン? (大丈夫か?)」

 尊さのあまり吐血した六助は、俺の一応心配している様子が伝わったのか、「大丈夫です」と一言断ってからまた一つ吐血をした。
 少し経って落ち着くと、六助は口元を拭ってから立ち上がる。

「それでは、私は精鋭部隊の手配をして参りますので。失礼致します」

 丁寧に一礼をしてから去っていく背中を静かに見送った。

 六助が戻って来ると、酒井と織田家の家臣を含めた精鋭部隊が、夜が明けるのを待たずして鳶ヶ巣山砦に向かったとの報告をしてくれた。
 そして朝が来ると同時に六助が何故か小さい和太鼓を持って俺の陣営に現れた。

「プニ長様! 間もなく開戦です!」
「キュン(了解致した)」
「ささ、それではこれを」

 そう言って、小さい和太鼓を俺の目の前に置く。見た目は明らかに和太鼓なんだけど、どうにも小さすぎる。まるで小さい子供用みたいな……まさか。

「プニ長様専用として作らせたものです。適当で構いませんので、こちらを叩いてみてください」
「……(……)」

 ですよね~。でもこれを叩いたところでそう大きな音は出まい。一体何が起きるのだろうかと、嫌な予感しかしないながらもぽんっと右前足でミニ和太鼓を叩いてみた。すると、

「開戦じゃああああぁぁぁぁ!!」
「「「応っ!!!!」」」
「キュン(うおっ)」

 六助が突然絶叫した。周囲も待っていたかのようにそれに応えると共に、法螺貝の音がどこからともなく響き渡る。ぶおお~ぶおお~。

「キャン! キャンキャン! (うるせえよ! びっくりしたじゃねえか!)」
「おや、驚かせてしまいましたかな。真に申し訳ありません。ふふ……いやしかし太鼓を叩く姿もいと尊しでしたぞ」
「キュキュン(やかましいわ)」

 ミニ和太鼓の出来と、それを叩く俺の姿に満足した様子の六助が無駄にいい笑顔を浮かべる。人間の身体になっていたら斬りかかってしまいそうだ。

「それでは私は家康殿のところへ行ってまいりますので何かあれば私の部下にお申し付けください」
「キュキュン(どうやってだよ)」

 言葉が通じないんだから、ソフィアもいないのに部下だけ置かれても困る。というか部下の方も困るだろう。守るだけなら馬廻衆がいるし、チワワにいきなりキュンキュンと話しかけられも無駄に尊いだけだ。
 とはいえ、最近は何となく気持ちが通じる時がある気もする。さすがにこいつらとも長い付き合いになってきたから、例えば賛成か反対か、嬉しいのか悲しいのかといった大まかな部分は伝わることもあるのだ。
 何て考えているうちにも六助は徳川陣営に旅立っていた。すると、機を見計らったかのようにソフィアが目の前に出現する。ぼんやりとした光が妖精へと姿を変えた瞬間、ねぼけまなこがこちらを見据えていた。

「ふぁ~……おはようございます、武さん」
「キュウンキュン(何で眠そうなんだよ)」
「何でって……そりゃ眠いですから。毎度毎度、こんなに朝早くからやらなくてもいいのに」

 どうやら別の世界から魔法か何かでこちらの様子を見つつ、タイミングを合わせて来たようだ。

「キュン、キュ、キュキュン(あれ。でも、別の世界とこっちの世界じゃ時間の進み方が違うだろう)」
「同じ世界もあれば違う世界もありますよ。今回は時間の進み方がかなり似ている世界から来ましたので」
「キュ~ン(ふ~ん)」
「さて、それでは早速行きますか」

 そこでソフィアはいつもの五芒星が先端についた杖を取り出して、しゃららんと振ってみせた。するといつもの鏡が目の前に出現する。

「キュキュンキュン(結局また観るんかい)」
「はい。あの長篠の戦いですからね! 見逃せません。この為にわざわざ早起きをしてきたのです」

 よくわからんやつだな。しかしまあ状況を見た感じだと戦う前からある程度結果は見えてるような気もするけど……そういう問題じゃないんだろう。
 フンスと鼻からため息を漏らしつつ、鏡に視線を向けた。
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