No.8-ナンバーエイト-

偽モスコ先生

文字の大きさ
17 / 28
風神龍と炎の薔薇

vs『炎の薔薇』

しおりを挟む
 先制したのはラスナだった。
 地面代わりの屋根を勢いよく蹴り、風魔法で加速して踏み出すと、一瞬で相手の目前に迫る。

 袈裟斬りの軌道で振り下ろされるクロスを、『炎の薔薇フレイムローズ』は左手に装備している小手で受け止めた。

 攻撃を防御されることによりラスナに発生したわずかな隙の中で、メアリーは右手の鞭を振りかぶろうと腕をひく。しかしラスナは、咄嗟に身体を時計周りに回転させ、右足でメアリーに回し蹴りを入れた。
 
 ガードされたものの、インパクトの瞬間に風魔法の後押しが入った蹴りはメアリーを後退させる。
 
 しかし、距離が空いたのはラスナにとっては有利とは言えない。
 後退してすぐに体勢を立て直すと、メアリーは左手をラスナの方に向けてかざした。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、脳内に火と水を合成した、爆発魔法のイメージを形成する。

(大したことないじゃない)

 メアリーがそう思ってしまうのも仕方がないことだった。その理由は二つ。
 
 まず一つは、ラスナの魔力量だ。
 先ほどの追いかけっこで、本気でメアリーを追いかけているように見えたラスナの移動速度は彼女の本気よりもかなり遅かった。風魔法による移動速度の速さは、魔法の威力、つまり魔力量に依存する。

 これは、魔力の最大量ではメアリーが大幅に上回っているということであり、単純に一つの魔法をぶつけあったときに、間違いなくメアリーの魔法が勝ることを意味していた。そしてそれは、ラスナの魔法を用いた防御は薄皮一枚程度の厚さも持ち合わせていないということになる。

 魔法さえ命中させれば勝てる――――メアリーはそう思っていた。

 もう一つは、この世界における戦闘の常識。
 天界では魔法が使えて当然だ。地球で生まれ、地球で暮らしている人間ですらも天界にいれば魔法が使えた。

 そうなれば必然と戦闘の際には魔法があることを前提とした立ち回りが要求されることになる。
 
 天界での戦闘というのは、極論を言えば魔法のぶつけ合いだ。
 お互いの魔法をぶつけ合い、『抵抗レジスト』し合って、魔力量がより多く、より熟練度の高い方が攻撃を貫通させ、相手にダメージを与える。もちろん戦いの組み立て方や、相手が繰り出してくる魔法に対して相性のいい魔法を出して効率的に『抵抗レジスト』したりといった駆け引きもいくらかは存在するが、魔力量が多く、それを活かしきる熟練度があればそれすらも必要ない。
 
 また、回避をするという発想はなかった。
 イメージで魔法が発動するこの世界では、照準を定めるというのは脳内で行われる作業であり、発動した魔法は、発生や弾速の遅い魔法でなければほぼ確実に相手に命中する。避けることは不可能だ。だから、回避をするという行動をとることはあってもそれは、立ち回りの一環として相手をかく乱する手段や、一時的に体勢を立てなおす為に行うものに過ぎない。

 こういったことからメアリーの、いや全天界人の頭の中には、回避をするために回避をする人間がいるという常識は存在しない。

 しかし、この世界にはたった一人だけ魔法が使えない、つまりこれらの常識が通用しない人間がいるということを、メアリーは知らなかった。

 回し蹴りの動作を終えたラスナは、メアリーの方を振り向いて彼女が左手をこちらにかざすのを確認した。それからクロスを手放して、後ろに風魔法混じりの素早いバックステップをすると、ちょうどラスナの元いた位置に爆発魔法が発生する形になる。

(!?)

 メアリーは目を見開いた。しかし、ただの偶然だろう。実戦では一度くらいなら回避されるのもよくあることだ。次はない……。
 
 そう思って、再び爆発魔法を撃った。
 ラスナは、一度目のバックステップをしながら後ろを振り向き、建物の屋根が続いていることを確認すると、そのままバク転に移った。またもラスナのいた位置に爆発魔法がさく裂する。

(どういうことよ!!あり得ないわ……!!)

 今度はメアリーは、ならばせめて体勢を崩そうとたて続けに二発、土魔法で屋根から突起状のものを発生させる。ラスナの足元から障害物がせりあがってくる形になった。
 
 しかし、ラスナはそのままバク転を続けてこの二つも回避。もはや風魔法すらも使っていない。しかも、メアリーが魔法を撃つのをやめると、ラスナもぴたりとバク転をやめて体勢を立て直し、クロスを手に取って構えた。

(攻撃が……読まれている!?どうやって!?)



 ボンッ、ボンッ、ドンッ、ドンッ。
 ガルド国のお姫様による派手な魔法の応酬。そして、それを華麗に回避する謎の戦士。
 
 二人が戦っている建物群の下に徐々に集まりつつあったギャラリーは、その信じられない光景に沸き立った。

「おいおい、何だあれ!!」
「相変わらずメアリー様の魔法はド派手でかっこいいな!!」
「いや、戦ってる相手もすげえぞ!魔法を避けるやつなんて見たことねえよ!」
「偶然だろ!?」
「でも今の四発全部避けたぞ……?」

 実際にはこれらのギャラリーは、メアリーが注目を浴びるような場所をわざと選んで戦場とし、集めたようなものだった。しかし、それが裏目に出ていると言わざるを得ない。今は観客の興奮が、彼女の動揺をより一層増幅させる材料となっている。

 ラスナの回避行動は、正確には相手の行動を読んでいるからできるというわけではない。
 
 小さい頃から魔法を使えず、周りの子供たちから身を脅かす脅威としてそれを認識していたラスナには、ある一種の超人的な感覚が身に付いていた。

 それは、魔法が発生する気配を察知する能力。

 これは細かく言えば魔力がうねって大気が微妙に変化し、魔法を使う者のイメージが、イメージから魔法へと姿を変える瞬間を捕らえる能力だ。
 
 それに加えて、小さい頃から鍛え続けたもののうちの一つである驚異的な反射神経によって、魔法が発生する瞬間を察知してから回避している。

 格闘アクションゲーム界発祥の有名なテンプレを使えば、「見てから回避余裕でした」と言えばわかりやすいだろう。ただ、ラスナ以外では「見る」ということがまずできないのだが。

 ただ、具体的に魔法が発生する位置に関してはピンポイントでは予測できず、その能力に加えて相手の視線やどういう戦い方をするかなどの「読み」も加えて察知しているらしい。だからメアリーが「読まれている」と思ったのは完全に間違いというわけでもなかった。



(うお~っ、めっちゃ怖え~!!)

 一方、当のラスナはというと、自分に対して初めてまともに向けられる実戦レベルの攻撃魔法に、ただひたすらにびびっていた。
 
 実際、ソドム兵士長や学校のクラスメイトたちに魔法でからかわれたことがあるとはいってもそれは、実際に傷を負わせたりするつもりのないものだ。
 
 ましてや合成魔法に分類される爆発魔法となると、使い手も限られてくる。
 
 だから先ほどの四発だけとってみても、ラスナには見たことはあっても自分に向けられたことはない、派手な魔法の応酬だった。

(さて、どうしたもんかな……)

 攻撃を全て読まれてしまうと考えたメアリーは、ラスナの出方を窺うことにしたようだ。二人とも睨み合っている。

(こっちから行ってみるか)

 埒が明かないと判断したラスナは、再び風魔法を使いながら地面代わりの屋根を蹴って、クロスを構えたまま前進。
 それを見たメアリーは、ラスナの行く先、自らの正面に置くようにして爆発魔法を撃つ。

(これならっ……!!)

 急ブレーキをかけることの不可能な速度で前進するラスナを見て、次こそ自分の魔法の命中を確信する。自分の魔法で無残に吹き飛ぶ相手の男の姿を想像し、愉悦に浸るのも束の間。

 ラスナは魔法の気配を察知すると、まずクロスを手放し、魔法が発生すると予測したポイントの少し手前左に風魔法の壁を作り、それを蹴った。
 
 すると彼は、右斜め上方向に弧を描くように、空中で前方向に身体を回転させながら爆発魔法の上を軽やかに通過した。
 
 信じられない光景を目の当たりにしながらも、隙だらけと見て、メアリーは更にラスナの行く先に爆発魔法を撃つ。しかしラスナもまた同じように魔法発生予測地点手前に空気の壁を作り、今度は左斜め下方向に避ける。

(嘘でしょ!?)

 繰り返される派手な魔法と華麗な回避の応酬。
 宵闇に照らされる二人の間に煌めく、数多の魔法陣。
 いつしかギャラリーは、幻想的な儚さと迫力を備えた光景に、二人の戦士の戦いに夢中になっていた。

 数度の回避の為にジグザグに空中を飛んでいたラスナ。
 やがて再びメアリーの真正面に着地すると、クロスを手に取って前進。
 二人の中間地点に魔法が発生することを、今度は予測し、ぎりぎりまで腰を落とした前傾姿勢のまま風魔法を使って急加速する。
 
 爆発。しかし、立ち込める煙の下から姿を現したラスナに対し、メアリーはもう成す術を残していない。
 
 身体を左側に捻って溜めを作り、メアリーを見上げながらラスナは全力でクロスを切り上げた。

 クロスの刀身は戦闘前にラスナの手によって切れないように変化しているので、太い棒状のもので叩きつけたようなものだが、それでもラスナの斬撃はメアリーにかなりのダメージを与えた。
 
 後ろに派手に吹き飛ばされて地面に転がされたメアリーは、疲れ果てていた。発生も早く、威力も高いからと使いやすい爆発魔法を連発したせいで既に魔力も尽き掛けている。

 のろのろと身体を起こして片膝をつくメアリーの元に歩み寄ったラスナは、両手をポケットに突っ込んだまま見下ろしながら、そんな彼女に声をかけた。

「どうする?まだやるのか?」

 その言葉に彼女が何を思ったのかは、俯いているせいで目元が見えず、読み取れない。しかし、少しの間を空けて、その口には笑みが浮かんだ。

「やるわよ!とことんねえ!」

 メアリーはそう言いながら立ち上がって鞭を握りしめると、その鞭に炎を纏わせた。ばしんと、屋根に鞭をうつ音が響き渡る。

 ラスナは少しだけ驚き、目を見開いた。
 もはや相手に残っているのは、自らの意地と誇りをかけて戦う心だけだ。体力も魔力ももうほとんどないのは見ればわかる。
 
 ラスナは、微笑みながら頭をかき、クロスを構えながら言う。

「参ったな、そういうの……嫌いじゃねえんだよな」

 その後はもう単なる泥仕合。
 ただ鞭と剣を打ち合うだけの、よくわからない友達同士の喧嘩のようなものだ。
 しかし、その後もギャラリーは戦う二人の姿に歓喜し、大いに盛り上がる。
 リオクライドに、誰を応援するとも取れぬ歓声が、夜空の下にいつまでも響き渡っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...