No.8-ナンバーエイト-

偽モスコ先生

文字の大きさ
23 / 28
風神龍と炎の薔薇

Aから始まるダンスビート

しおりを挟む
 今日はライブの日。
 ライブは、行われる会場によってはリハーサルのために前日入りしないといけない。今日もそういった会場の一つで、私は前日の夜から今いるこのホテルの部屋に泊まっていた。

 いつもならライブの日はラスナ君が護衛に来てくれるんだけど、お父さんが昨日依頼の電話をしたら断わられてしまったらしい。ふん、別にいいけどね。人が本気で心配してたのに、帰っていきなり「スカートめくりをさせて欲しい」とか言い出すばかな人なんていなくてもいいんだから。

 それに、ガルド王家のメアリーちゃんに言い寄られてデレデレしてたってフィーナちゃんが言ってたし……。ラスナ君はわんちゃんじゃなくておサルさんだったのかな……心配してた私がばかみたい。

 今日護衛に来てくれればちょっと話をするくらいには許してあげてもいいかなって思ってたのに……。もう知らない。

 ラスナ君に断られたので、今日は別の人が護衛に来ることになっているらしい。元々ラスナ君がやってくれている護衛というのはただの話し相手みたいなものだから他の人だとあまり意味がないんだけど、手続きとかちょっとした雑用をするための形式的な代役だってお父さんが言ってた。

 どんな人なんだろう。緊張するな……。

 私の心配にも構わず、部屋のドアを誰かがコンコン、とノックする音が響く。どうやら代役の人が来たらしい。椅子から立って姿勢を正し、王女としての外向けの格好を作り出す。

「どうぞ」

 返事をすると、ロックが解除されて扉が開いた。

「えっ」

 私は驚きのあまり、初対面なのに失礼、なんてことを気にする余裕もないまま、そんな声を漏らしてしまう。

 開いた扉の先にいたのは忍者だった。
 忍者が胸の前で腕を組み、直立不動の姿勢でこちらを見ている。そしてその体勢から少し体を前傾させ、掌を合わせて「いただきます」のポーズを作ると、不自然にしゃがれた声で挨拶をしてきた。

「コンニチハ」

 時間に関係なくこういった場所でのあいさつは「おはようございます」だと思うんだけど、そんなことを言える余裕はもう私にはない。

「あっ……えっと、忍者さん、私がスノウ=ヴァレンティアです。本日はよろしくお願いします」

 お辞儀を返しながらそう自己紹介が出来たので、何とか気を取り直したと思っていたけど、実際には私は相手の名前も聞き忘れるほどに取り乱している。

「ジェームスデェス。ヨロシクオネガイシマァス」

 片言の日本語!?私の混乱は最高潮に達した。
 現在地球では忍者は昔日本に存在した過去の人種とか文化のようなもので、今は漫画やアニメの中か、もしくはコスプレなど、もの好きな人が趣味で嗜む以外には存在しないと聞いている。

 でも、天界では趣味が高じて本物の忍者として暮らし始めた人たちが、壁の外の世界にいくらかいるとは聞いていた。ガルド王国の忍者マサユキさんはそういった人たちの子孫だったと思う。

 そして、天界ではとりあえず日本語が喋れれば言葉が全く通じない地域はないと思って良い。第一公用語が日本語で、第二公用語が英語になっているから。一部に地球のアメリカ人を祖先とした、日常会話をほとんど英語でこなす人たちもいるけど、そういった人たちでさえも日本語は喋れるはず。

 だから、片言の日本語を喋ることがあるのは、地球の英語を公用語とする地域に住む人たちだけ。

 今までのことを全部踏まえて考えると、このジェームスさんは地球からやってきてそんなに時間が経っていない人で、しかも普段は少なくともマダラシティの外側に住んでいる人ということになる。

 どういうことなんだろう……?わざわざ壁の外の人を護衛に?後でお父さんに事情を聞いてみないと……。

 そんなことを考えていると、ジェームスさんは「シツレイシマァス」と言いながらスタスタと歩いて部屋の中に進み、私から見て左側の少し離れたところの、ぎりぎり視界に入るところに立った。

 ……あれっ?

 その所作を不思議に思った私は、ジェームスさんに聞いてみる。

「あの……ジェームス殿。もしかして、いつも私の護衛をしている者から何か聞いたりしていますか?」

 私の言葉を聞いたジェームスさんの身体がぴくっと動いた。

「ホワッツ!?ナニヲデスカ?」
「……いえ、何でもありません。失礼しました」

 明らかに動揺している忍者さん。う~ん、今のだけだと偶然かもしれないし。
 それから妙な沈黙が続いた後、ジェームスさんはコーヒーを入れてくれた。忍者なのにコーヒー。

「カッフィー(coffee)デェス」
「あ、ありがとうございます」

 ……砂糖少なめミルク多め……。

「ジェームス殿、どうして私のコーヒーの嗜好をご存じなのですか?」
「ワァオッ!?」

 変な驚き方をするので私も少しびっくりしてしまった。

「グウゼンデェス」
「偶然、ですか……」
「……ワタシノ闇属性ノユニークスキル『カッフィーメイカー』デェス。ヒミツニシテクダサァイ」

 どうやら相手のコーヒーの嗜好がわかる魔法を使えると言いたいらしい。たしかに光と闇の『独自魔法ユニークスキル』ならどんな魔法があっても不思議じゃないけど。

 …………ふ~ん。

「ジェームス殿。つかぬことをお伺いしますが……普段はどこに住んでいらっしゃるのですか?」
「サントデェス」
「サントですか……今回の依頼は急でしたので、ここに間に合うように来るのもさぞ大変でしたでしょう。ご苦労様でした」
「アリガトゴザイマァス」

 ジェームスさんはまた「いただきます」のポーズを作っている。

「ところで、普段私の護衛をしている者がそのサントという都市に最近行ったそうなのですが……ご存じありませんか?常に横に剣を浮かせている青年なのですが」
「シリマセェン」
「そうですか。では聞いてくださいますか?その護衛をしてくださる者というのが私に心配をさせておきながら、自身は他国で女性にうつつを抜かして鼻の下を伸ばすような不届き者だったのです。ジェームスさんはそのような男をどうお思いになられますか?」
「……サイテーデェス」

 何だか自称ジェームスさんの身体が急に小さくなったような。

「ジェームスさんもそう思われますか?私もです。ですから、次にその者に会ったときには海に沈めるか、そうでなければ犬の首輪でもつけて王家の犬として飼ってあげた方が彼のためになるかとも思うのですが……どうでしょうか?」
「スノウサマ、コワイデェス」

 ジェームスさんの身体がプルプルと震え始めた。ふふっ。可哀そうだし、これくらいにしてあげようかな。時計を見てみるとちょうどいい時間になっていることだし、そろそろ楽屋に移動しよう。

「それでは時間的にもいい頃合いですので移動します。楽屋まで護衛をお願いできますか?」
「モチロンデェス。オマカセクダサァイ」

 そうして私はラ……ジェームスさんと一緒にホテルからライブ会場の楽屋に移動した。そこでまた少し会話をしてから、本番の少し前にジェームスさんとは一旦お別れ。ジェームスさんはホテルからの移動の際にも、私の横の少し後ろ、何とか視界に入るくらいの位置をつかず離れずで歩いていた。

 そう、知らない人たちと同じ空間で過ごすとき、その人たちが私の視界に収まる位置にいてくれないと余計に緊張してしまうという、家族やラスナ君しか知らない私の性格を知っているみたいに。

 気づけば私の緊張は、いつもラスナ君と過ごしたときのようにほぐれている。おかげで今日もいいライブができそうだし、後でRINEでもしてあげよっかな。

 ステージ袖でそんなことを考えていると、ライブがスタートした。
 私はステージに躍り出る。一曲目はAのコードから始まるアップテンポなダンスビート。イントロでは拍の表でバスドラムを踏みながら、裏でハイハットシンバルをオープンクローズさせる、いわゆる「四つ打ち」のリズムが刻まれる。

 会場のみなさんも、イントロの軽快なリズムに合わせて身体を揺らしてくれていた。私も、とっても自然に作れた笑顔を客席に向け、歌いだす。

 Aメロで一度テンションは落ちるものの、Bメロからサビにかけてまた上がっていく。ずっとバスドラムが拍の表で踏まれているので、曲を通してアップテンポな感じが保たれていた。

 二コーラス歌い終わった後で間奏に入り、コール&レスポンスをする。
 モニターを通して返ってくる私自身の歌声が、会場のみなさんの声が、何だかいつもより大きく聞こえる気がした。

 楽しい。別にいつも嫌々ライブをしているってわけじゃないんだけど、今日は何だかいつもより楽しいと感じてしまう。それはもしかしなくてもラ……ジェームスさんのおかげだった。

 ステージから溢れる光が客席まで届き、会場のみなさんの顔を照らす。
 会場に数えるほどしかお客さんのいない、ライブハウスでやっているインディーズバンドの方なんかが、良く「ステージに立つと意外と客席の全体の様子だけじゃなく、お客さんの表情とかまではっきりと見えている」と言うのを耳にする。

 私も、さすがに一人一人の表情をはっきりとまでは見ていないけど、みんながこのライブをどう思っているのか、その気持ちはひしひしと伝わってきていた。

 まるでそれは、私の心を映す鏡のようだなって、思いながら。
 私はもしかしたら今ジェームスさんがそこでこのライブを観てくれているかもしれない、関係者席の方を見ていた。



 ライブ終了後。楽屋に戻り、着替えなどの演者が撤収するための作業を終えてから、私は一旦ホテルの部屋へと戻ってきている。今日は会場もそこまで大きくないので、私だけは早めに帰って来られた。どうやら忍者の格好をした安心感を与えてくれた人はもう帰っちゃったみたい。

 まずはスマホを使い、いつも通りTyoritterで「ライブありがとうございました!お気をつけてお帰りくださいね」とツイートしておく。事務所から言われてやっていることだけど、せっかく来てくださったみなさんに対しては、本当に無事に家に帰り着いて欲しいな、と思っている。

 それからRINEでラスナ君とのチャットを開いた。ラスナ君の反省と謝罪の言葉を最後に会話は終わっていて、ラスナ君側から見ればいわゆる「既読無視」を私がしている形だ。

 もしかしたらラスナ君は正体をばらさずにうまくやれた、と思っているかもしれないので、一応今日の忍者さんの件には触れずに会話を続けてあげることにする。

「自分:今日のライブが楽しかったから、許してあげてもいいよ。次の旅ではお土産を買って来てね」

 そういえば……ガルドへの旅から帰ってきて以来、フィーナちゃんはそれまで持っていなかったはずの見慣れない赤いリボンで髪をまとめていて、外しているときは大切そうに肌身離さず持っているのを見たけど……。

 むう……やっぱり許さない方が良かったかな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...