56 / 207
王都ミツメ編 後編 恋する乙女と炎の竜
vs 火竜
しおりを挟む
「僕が注意をひきつける! ティナは横から攻撃を加えるんだ!」
「はいっ!」
火竜との戦闘が始まると、ラッドがそう指示を出しながら真っ先に攻撃を仕掛けていった。
ロザリアは何も聞かなくとも既に少し離れた場所で魔法の準備を始めている。
ラッドのこうげき。はがねのつるぎを振り下ろした。
袈裟斬りの軌道で繰り出される斬撃が火竜の腹に命中する。
火竜は鳴き声をあげて怯む姿を見せるが、大きな効果があったかはわからない。
後方ではロザリアが手に持った杖を高く掲げてパーティーメンバー全員の防御力を上昇させる支援魔法を発動した。
一方、ティナは右側面に回り込んで攻撃を加えようとしている。
ティナのこうげき。てつのつるぎを横なぎに振った。
こちらもそこまで効果があるようには見えない。
しかし確実にダメージは与えているはずだと信じてラッドとティナは剣を振り続けていく。
火竜が大きく息を吸い込み身体をのけ反らせる、攻撃系ブレスの予備動作に入った。
ラッドはそれを見て盾を構える。
あちこち動けば他の仲間を巻き込む恐れがあるし、そもそも並みの人間の足の速さではブレスから完全に逃れることなどできようはずもない。
「ラッド様!」
悲鳴のような声をあげながら、ロザリアは慌てて味方の魔法防御力を上昇させる支援魔法を発動する。
このような場合「マジックウォール」という魔法が使えれば一番いいのだが、あいにくロザリアは習得していないらしい。
そして遂に燃え盛る火炎がラッドに向けて放たれた。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
「ぐうっ!」
盾で防御し支援魔法で魔法防御力を高めてもなお入ってくるダメージにラッドの顔が歪む。
「このっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
その一撃で標的が変わってしまったらしく、火竜はティナの方に身体を向けるとブレスの予備動作に入った。
「うっ」
ティナはラッドにならって盾を構えるが、どうのたてしか持っておらずレベルも低いティナでは「フレイムブレス」のダメージは致命傷になるかもしれない。
ラッドを回復し終えたロザリアがその様子を見て叫んだ。
「だめよティナちゃん、避けて!」
もちろんそんなことができるはずもない。
誰もが思わず顔を背けてしまうような、その次の瞬間だった。
「ギャオオオッ!!」
目の前にいる火竜とは違う別の竜の鳴き声が山頂に響いてきた。
どうやら山の裏側から聞こえてきたらしく、火竜が気をとられて一瞬そちらを振り向く。
ティナたちも気をとられたものの、すぐに我に返って動き出した。
「ティナ! 同じ場所に張り付かず、定期的に位置を変えるんだ!」
「相手の身体がティナちゃんの方を向いたら、とりあえず移動するのですわ!」
「はいっ」
ブレスは予備動作を見てから避けたのでは普通は間に合わない。だから予備動作をしそうになったら逃げる。
先輩冒険者からのアドバイスを素直に聞き入れ、ティナは竜の背後へと回り込みそれを見たロザリアも移動を開始した。
ロザリアはラッドの右斜め後方にいたが、ティナが見えるようにそこからやや右斜め前方へと走った形だ。
ラッドのこうげき。少しのダメージ。
この攻撃により火竜の標的が再びラッドに切り替わった。
火竜が再びラッドの方へと向き直る。
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
相変わらず決定的なダメージとは言えないが、ラッドの攻撃と合わせて再び火竜をのけ反らせることができたようだ。火竜はたたらを踏んでやや後退する。
「わわっ」
ティナは自分の方に火竜が下がってきたので慌てて後退したが。
火竜のこうげき。テイルアタック。
右から横なぎに振られた尻尾によって、ティナは吹き飛ばされてしまう。
致命傷ではないが決して無視はできないダメージを受けた。
「ううっ」
「ティナちゃん!」
ロザリアのヒーリング。ティナのHPが回復した。
「ヒーリング」は回復の初級魔法「ヒール」の上位魔法で、味方一人のHPを大幅に回復することができるスキルだ。
しかし邪魔者を排除して前に意識を集中した火竜が再び予備動作に入る。
ラッドもはがねのたてを構えて防御態勢に入った。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
手痛いダメージを負うラッドだが、レベルとステータス値、そしてはがねのたてを使った防御によるダメージ軽減もあって致命傷というほどではない。
ラッドのこうげき。少しのダメージ。
その時、吹き飛ばされていたティナがようやく戦線に復帰した。
パーティーメンバーから見て火竜の右側に張り付く。
「やあっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
攻撃を終えるとティナはそのまま火竜の背後へと移動する。
ロザリアのヒーリング。ラッドのHPが回復した。
火竜のこうげき。右腕を大きく後ろに引いてためを作り、一気に横なぎに振る。
鋭利な爪を持った右手がラッドに襲い掛かっていく。
ラッドははがねのたてを構えて防御しようとするが。
つうこんのいちげき。ラッドの身体が大きく後方に吹き飛んだ。
その際にはがねのたても手からこぼれ落ちてしまう。
「ラッド様!」
「くっ……だめだロザリア! 来るな!」
悲鳴のような声をあげながら、ロザリアがラッドの元へと走り寄る。
「このっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
しかし攻撃を加えたところで火竜は依然として前方にいるラッドたちを睨みつけたままで、注意をひきつけることすらもできない。
ロザリアのヒーリング。ラッドのHPが回復した。
ヒーリングをかけたもののラッドの傷は想像以上に深く、まだ予断を許さない状況となっている。
ロザリアは、いざとなればその身を賭してラッドをかばうつもりで走り寄ってきたのだ。
火竜は地を鳴らしながら前進してラッドたちとの距離を詰めていく。
それを見てラッドの前に立ちふさがるロザリア。
「だめだロザリア! どいておくれ!」
火竜のこうげき。フレイムボール。
ラッドは片膝をついたまま立ち上がることができない。
火竜の口から放たれた火の球がロザリアに迫る。
「ああっ!」
ロザリアが悲鳴をあげた。
火の球をまともにうけて後方に倒れるその身体をラッドが受け止める。
「ロザリア! ロザリア!」
身体を揺さぶるもどうやら意識がないらしく、まぶたがあがらない。
「やあっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
仲間の元へ迫る命の危機に、ティナは涙を流しながら攻撃を加える。
しかしダメージ量が低くまたも注意をひきつけることができない。
前進を続ける火竜は歩みを止めると、息を吸い込み身体をのけ反らせた。
パーティー全員が絶望に覆われたその瞬間。
激しい衝撃音と共に強烈な振動が山全体を揺らした。
あまりの激しさにティナは転んだが、火竜もたたらを踏んだ。
火竜の攻撃が中断されたのを見てティナはすぐさま起き上がり、火竜の正面に回り込んでラッドが落としたはがねのたてを拾った。
そしてその瞳に強い意志を込めて仲間に背を向け立ちふさがる。
「ティナ、何をしてるんだい、君だけでも早く逃げるんだ!」
ラッドの叫びを聞きながらもティナは微動だにしない。
頬を伝う涙が陽光を反射して力強く輝いている。
ティナはミツメに来てからこれまでの日々を思い起こしていた。
お調子者で見栄っ張りなラッド。
そんなラッドを支える心優しいロザリア。
二人の笑顔が日々を充実させてくれた。
楽しい時は肩を組み、不安な時は肩を支えられ。
今日だって自分を気遣ってここまで足を運ばせてくれた。
そんな二人を置いて逃げるなんてできるわけ、ない。
ジン君は、ジン君なら、ジン君だって。
きっとこうするはずなんだ。
ティナは静かにてつのつるぎを、はがねのたてを構えた。
左半身に構えて盾を持った左腕を前に突き出す形だ。
衝撃から回復した火竜がまた一歩前進してブレスの予備動作に入る。
「ティナ!」
ラッドが叫ぶ。しかしティナはその瞳で火竜を見据えたまま動かない。
お願い、力を貸して――――。
誰にともなく心の中でそう呟いた。すると。
突然ティナを中心として半円球の形をした光の膜がパーティーを覆った。
ラッドは何事かと周囲を見渡す。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
三人共揃ってHPが尽き倒れていただろう。本来ならば。
しかし炎が晴れた視界の先に火竜が見たものは、凛として前を向いたまま盾を構え続ける一人の少女の姿。
それは、まごうことなき勇者の姿そのものであった。
勇者専用スキル「ゆうきのあかし」。
自身から一定の範囲内にいる味方のダメージを全て肩代わりした上でそれを半減させるスキル。
真の勇気ある者にだけ使うことを許された、仲間を救うためのスキルである。
三人がまともにフレイムブレスに巻き込まれれば耐え切れなかったのだが、二人を隠す形で立ったおかげで総ダメージは実際のところほぼティナが受けたダメージのみであった。
つまりほとんどティナが受けるダメージのみを半減させた形だ。
おまけに今はラッドのはがねのたてを使っている。
まだHPが残っているティナはそのまま駆け出した。
「はああっ!」
ティナのこうげき。かいしんのいちげき。
火竜は悲鳴をあげながらふらふらと後退する。
しかしそれだけで倒せるはずもない。
まだまだ予断を許さない状況でラッドが固唾を飲む。
しかし次の瞬間ラッドとティナは目を見開いた。
火竜の背後、ティナとラッドの正面奥の山の裏側から巨大な影が飛び出してきたのである。
火竜もそれに気付いて背後の上空へ身体を向けた。
「そんな……この状況で……」
絶望に呑まれたラッドがそんな言葉を漏らす。
今まで戦っていた火竜を二回りも三回りも巨大にしたような竜が翼をはためかせて空中でこちらを睨んでいた。
「炎竜……アグニ、なのかい?」
アグニと呼ばれた巨大な竜は息を深く吸い込む。そして。
咆哮。
衝撃波だけで砂ぼこりが舞い上がり岩石群からいくつもの石が剥がれて飛んでいく。
ラッドもティナも身をすくませ冷や汗が頬を伝った。しかし。
「キュルルル……」
次の瞬間、火竜がこれまでの戦闘中には出さなかった弱々しい唸り声をあげて炎竜の方へと飛び立っていった。
まるでお母さんに怒られた子供のような姿である。
二人が呆然とその光景を見ていると、やがてそこにもう一匹の火竜が合流して三匹仲良くどこかに飛び去っていってしまった。
しばし立ち尽くす二人。だがしばらくして、
「ふぅ~……死ぬかと思った……」
と、ティナはその場にへたり込み安堵の息を漏らすのであった。
「はいっ!」
火竜との戦闘が始まると、ラッドがそう指示を出しながら真っ先に攻撃を仕掛けていった。
ロザリアは何も聞かなくとも既に少し離れた場所で魔法の準備を始めている。
ラッドのこうげき。はがねのつるぎを振り下ろした。
袈裟斬りの軌道で繰り出される斬撃が火竜の腹に命中する。
火竜は鳴き声をあげて怯む姿を見せるが、大きな効果があったかはわからない。
後方ではロザリアが手に持った杖を高く掲げてパーティーメンバー全員の防御力を上昇させる支援魔法を発動した。
一方、ティナは右側面に回り込んで攻撃を加えようとしている。
ティナのこうげき。てつのつるぎを横なぎに振った。
こちらもそこまで効果があるようには見えない。
しかし確実にダメージは与えているはずだと信じてラッドとティナは剣を振り続けていく。
火竜が大きく息を吸い込み身体をのけ反らせる、攻撃系ブレスの予備動作に入った。
ラッドはそれを見て盾を構える。
あちこち動けば他の仲間を巻き込む恐れがあるし、そもそも並みの人間の足の速さではブレスから完全に逃れることなどできようはずもない。
「ラッド様!」
悲鳴のような声をあげながら、ロザリアは慌てて味方の魔法防御力を上昇させる支援魔法を発動する。
このような場合「マジックウォール」という魔法が使えれば一番いいのだが、あいにくロザリアは習得していないらしい。
そして遂に燃え盛る火炎がラッドに向けて放たれた。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
「ぐうっ!」
盾で防御し支援魔法で魔法防御力を高めてもなお入ってくるダメージにラッドの顔が歪む。
「このっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
その一撃で標的が変わってしまったらしく、火竜はティナの方に身体を向けるとブレスの予備動作に入った。
「うっ」
ティナはラッドにならって盾を構えるが、どうのたてしか持っておらずレベルも低いティナでは「フレイムブレス」のダメージは致命傷になるかもしれない。
ラッドを回復し終えたロザリアがその様子を見て叫んだ。
「だめよティナちゃん、避けて!」
もちろんそんなことができるはずもない。
誰もが思わず顔を背けてしまうような、その次の瞬間だった。
「ギャオオオッ!!」
目の前にいる火竜とは違う別の竜の鳴き声が山頂に響いてきた。
どうやら山の裏側から聞こえてきたらしく、火竜が気をとられて一瞬そちらを振り向く。
ティナたちも気をとられたものの、すぐに我に返って動き出した。
「ティナ! 同じ場所に張り付かず、定期的に位置を変えるんだ!」
「相手の身体がティナちゃんの方を向いたら、とりあえず移動するのですわ!」
「はいっ」
ブレスは予備動作を見てから避けたのでは普通は間に合わない。だから予備動作をしそうになったら逃げる。
先輩冒険者からのアドバイスを素直に聞き入れ、ティナは竜の背後へと回り込みそれを見たロザリアも移動を開始した。
ロザリアはラッドの右斜め後方にいたが、ティナが見えるようにそこからやや右斜め前方へと走った形だ。
ラッドのこうげき。少しのダメージ。
この攻撃により火竜の標的が再びラッドに切り替わった。
火竜が再びラッドの方へと向き直る。
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
相変わらず決定的なダメージとは言えないが、ラッドの攻撃と合わせて再び火竜をのけ反らせることができたようだ。火竜はたたらを踏んでやや後退する。
「わわっ」
ティナは自分の方に火竜が下がってきたので慌てて後退したが。
火竜のこうげき。テイルアタック。
右から横なぎに振られた尻尾によって、ティナは吹き飛ばされてしまう。
致命傷ではないが決して無視はできないダメージを受けた。
「ううっ」
「ティナちゃん!」
ロザリアのヒーリング。ティナのHPが回復した。
「ヒーリング」は回復の初級魔法「ヒール」の上位魔法で、味方一人のHPを大幅に回復することができるスキルだ。
しかし邪魔者を排除して前に意識を集中した火竜が再び予備動作に入る。
ラッドもはがねのたてを構えて防御態勢に入った。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
手痛いダメージを負うラッドだが、レベルとステータス値、そしてはがねのたてを使った防御によるダメージ軽減もあって致命傷というほどではない。
ラッドのこうげき。少しのダメージ。
その時、吹き飛ばされていたティナがようやく戦線に復帰した。
パーティーメンバーから見て火竜の右側に張り付く。
「やあっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
攻撃を終えるとティナはそのまま火竜の背後へと移動する。
ロザリアのヒーリング。ラッドのHPが回復した。
火竜のこうげき。右腕を大きく後ろに引いてためを作り、一気に横なぎに振る。
鋭利な爪を持った右手がラッドに襲い掛かっていく。
ラッドははがねのたてを構えて防御しようとするが。
つうこんのいちげき。ラッドの身体が大きく後方に吹き飛んだ。
その際にはがねのたても手からこぼれ落ちてしまう。
「ラッド様!」
「くっ……だめだロザリア! 来るな!」
悲鳴のような声をあげながら、ロザリアがラッドの元へと走り寄る。
「このっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
しかし攻撃を加えたところで火竜は依然として前方にいるラッドたちを睨みつけたままで、注意をひきつけることすらもできない。
ロザリアのヒーリング。ラッドのHPが回復した。
ヒーリングをかけたもののラッドの傷は想像以上に深く、まだ予断を許さない状況となっている。
ロザリアは、いざとなればその身を賭してラッドをかばうつもりで走り寄ってきたのだ。
火竜は地を鳴らしながら前進してラッドたちとの距離を詰めていく。
それを見てラッドの前に立ちふさがるロザリア。
「だめだロザリア! どいておくれ!」
火竜のこうげき。フレイムボール。
ラッドは片膝をついたまま立ち上がることができない。
火竜の口から放たれた火の球がロザリアに迫る。
「ああっ!」
ロザリアが悲鳴をあげた。
火の球をまともにうけて後方に倒れるその身体をラッドが受け止める。
「ロザリア! ロザリア!」
身体を揺さぶるもどうやら意識がないらしく、まぶたがあがらない。
「やあっ!」
ティナのこうげき。わずかなダメージ。
仲間の元へ迫る命の危機に、ティナは涙を流しながら攻撃を加える。
しかしダメージ量が低くまたも注意をひきつけることができない。
前進を続ける火竜は歩みを止めると、息を吸い込み身体をのけ反らせた。
パーティー全員が絶望に覆われたその瞬間。
激しい衝撃音と共に強烈な振動が山全体を揺らした。
あまりの激しさにティナは転んだが、火竜もたたらを踏んだ。
火竜の攻撃が中断されたのを見てティナはすぐさま起き上がり、火竜の正面に回り込んでラッドが落としたはがねのたてを拾った。
そしてその瞳に強い意志を込めて仲間に背を向け立ちふさがる。
「ティナ、何をしてるんだい、君だけでも早く逃げるんだ!」
ラッドの叫びを聞きながらもティナは微動だにしない。
頬を伝う涙が陽光を反射して力強く輝いている。
ティナはミツメに来てからこれまでの日々を思い起こしていた。
お調子者で見栄っ張りなラッド。
そんなラッドを支える心優しいロザリア。
二人の笑顔が日々を充実させてくれた。
楽しい時は肩を組み、不安な時は肩を支えられ。
今日だって自分を気遣ってここまで足を運ばせてくれた。
そんな二人を置いて逃げるなんてできるわけ、ない。
ジン君は、ジン君なら、ジン君だって。
きっとこうするはずなんだ。
ティナは静かにてつのつるぎを、はがねのたてを構えた。
左半身に構えて盾を持った左腕を前に突き出す形だ。
衝撃から回復した火竜がまた一歩前進してブレスの予備動作に入る。
「ティナ!」
ラッドが叫ぶ。しかしティナはその瞳で火竜を見据えたまま動かない。
お願い、力を貸して――――。
誰にともなく心の中でそう呟いた。すると。
突然ティナを中心として半円球の形をした光の膜がパーティーを覆った。
ラッドは何事かと周囲を見渡す。
火竜のこうげき。フレイムブレス。
三人共揃ってHPが尽き倒れていただろう。本来ならば。
しかし炎が晴れた視界の先に火竜が見たものは、凛として前を向いたまま盾を構え続ける一人の少女の姿。
それは、まごうことなき勇者の姿そのものであった。
勇者専用スキル「ゆうきのあかし」。
自身から一定の範囲内にいる味方のダメージを全て肩代わりした上でそれを半減させるスキル。
真の勇気ある者にだけ使うことを許された、仲間を救うためのスキルである。
三人がまともにフレイムブレスに巻き込まれれば耐え切れなかったのだが、二人を隠す形で立ったおかげで総ダメージは実際のところほぼティナが受けたダメージのみであった。
つまりほとんどティナが受けるダメージのみを半減させた形だ。
おまけに今はラッドのはがねのたてを使っている。
まだHPが残っているティナはそのまま駆け出した。
「はああっ!」
ティナのこうげき。かいしんのいちげき。
火竜は悲鳴をあげながらふらふらと後退する。
しかしそれだけで倒せるはずもない。
まだまだ予断を許さない状況でラッドが固唾を飲む。
しかし次の瞬間ラッドとティナは目を見開いた。
火竜の背後、ティナとラッドの正面奥の山の裏側から巨大な影が飛び出してきたのである。
火竜もそれに気付いて背後の上空へ身体を向けた。
「そんな……この状況で……」
絶望に呑まれたラッドがそんな言葉を漏らす。
今まで戦っていた火竜を二回りも三回りも巨大にしたような竜が翼をはためかせて空中でこちらを睨んでいた。
「炎竜……アグニ、なのかい?」
アグニと呼ばれた巨大な竜は息を深く吸い込む。そして。
咆哮。
衝撃波だけで砂ぼこりが舞い上がり岩石群からいくつもの石が剥がれて飛んでいく。
ラッドもティナも身をすくませ冷や汗が頬を伝った。しかし。
「キュルルル……」
次の瞬間、火竜がこれまでの戦闘中には出さなかった弱々しい唸り声をあげて炎竜の方へと飛び立っていった。
まるでお母さんに怒られた子供のような姿である。
二人が呆然とその光景を見ていると、やがてそこにもう一匹の火竜が合流して三匹仲良くどこかに飛び去っていってしまった。
しばし立ち尽くす二人。だがしばらくして、
「ふぅ~……死ぬかと思った……」
と、ティナはその場にへたり込み安堵の息を漏らすのであった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
※本作は小説家になろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる