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英雄たちの選択 後編 そして、世界の行く末は
精霊兄弟の実家
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やがてキースが立ち止まる姿を見てようやく会話を止めた二人は、静かに目の前に立つ家屋を見上げた。
東大通りから一つ入った路地に、それは立っている。周辺の独特な外観の建物に混じった平凡な住居は、逆に異彩を放っていると言えた。
白を基調とした木造建築の二階建て。南大通り方面にあれば「普通より少し大きな家」として認識されるであろうその建物がジンとキースの実家だ。
「これがジン君の家なの?」
「ああ、何だか随分久々に帰って来た気がするなあ」
ジンとティナがそんな会話を交わす一方で、キースはずんずんと入り口の扉に歩み寄っていくと、ドアノブに手をかけた姿勢でつぶやいた。
「父さんと母さんがいなければいいのだがな……」
久々に弟と実家で過ごす時間を楽しもうとここまで来たものの、どうやらティナが両親と会うのは面白くないらしい。
雰囲気的に二人のどちらかが結婚云々の話を持ち出すのはほぼ確実だ。そうなればあの両親のこと、許可をしないということはないだろう。結果としてジンはティナの元へ行ってしまう。
キースは首を横に振る。いや、もう決めたことじゃないか。ジンに嫌われないことを優先するために、二人の仲を応援するのだ、と。
ソフィアはそんなキースの心情を読み取り、そもそも最初にここに来ようと言い出したのはあなたなのですが……と密かに考えていた。
「おいどうしたんだよ。早く中に入ろうぜ」
ジンの声に振り返ったキースは、悲壮な面持ちで口を開く。
「ジン、世界に兄は一人しかいないということを、いつまでも忘れないでくれ」
「何だこいつ。いいからさっさと開けろよ」
「兄弟の絆よ、永遠に……」
冷酷なジンの一言にもめげることなく扉を開けたその先には、城などの建築物に見られる、エントランスあるいは玄関と呼ばれる空間が用意されていた。
中に入ったティナが早速感嘆の声をあげる。
「へえ、家なのに玄関があるんだね」
「地上にはこういう家、全然ないんだよな」
ジンは下界に降りる前にあらかじめそれくらいの情報は得ていたので、ティナと冒険をしている間も家の構造の違いに驚くようなことはなかった。色々な世界で日々仕事をしていて知見の広いソフィアも同様である。
びゅんびゅんと玄関スペースを飛びながら、ソフィアが元気に挨拶をした。
「お邪魔しま~す! 素敵な家ですね!」
「ですよねっ」
「どうします? 戦いが終わったら、ジン君とここで暮らすことになるかもしれませんよ?」
下衆な笑みを浮かべながら問うソフィアに、ティナは顔を赤くしながら答える。
「もうっ、からかうのはやめてください」
「ふひひ。じゅるり」
そんな会話を耳に入れることもなく、キースは廊下を歩いていくつかある扉の内の一つの前で止まった。かと思うと次は躊躇することなく即座にそれを開けて中に入っていく。
「おおっ、キースお帰り。今日の仕事は終わったのか?」
「最近は女の子とも遊んでないけど大丈夫かい? ジンもいないし……」
廊下を歩く二人と一柱のもとにキースのものではない、二つの声が届いた。ティナが少し緊張した顔でジンに尋ねる。
「ご両親?」
「ああ。二人ともいるみたいだな」
そう言いながら、ジンもためらうことなく同じ部屋へ入っていく。ティナもそれに続いて入り口から中を覗き込むと、そこは居間のような空間になっていた。
テーブルに据えられた椅子に男女二人が向かい合うように腰かけていて、その傍らにキースが立っているという図だ。
男性は中肉中背で、黒髪は短くさっぱりとまとめられているが、適度に混じった白髪から彼のおおよその歳が想像出来る。
女性も同じく中肉中背。伸びすぎないようにほどほどに整えられた茶色の髪と、目尻の下がった優しそうな瞳が印象的だ。
恐らくはジンとキースの両親なのだろうが、端的に言ってしまえば両者ともに外見はいたって平凡だった。しかし、それにも関わらずあの問題児兄弟を生み出したという実績が妙な迫力を感じさせる。
男性はジンを見るなり、わずかばかりに笑顔になった。
「おや、ジンじゃないか。お帰り」
「女の子のケツを追いかけまわして下界に降りたって聞いた時には、ようやくジンも男になったと安心したのよ」
「追いかけ……?」
「おい、本人もいるんだから言い方に気をつけろよ」
実はまだ「ティナに一目惚れして下界に降り立った」という出会いの真相をジンから聞かされていないティナは、女の子のケツを追いかけまわす、というジンの母親らしき女性が放った文句に引っかかりを覚えたらしい。
「ジン君? 女の子のケツを追いかけまわして、ってどういうこと?」
「へ?」
横を振り向けば、いつの間にかティナが修羅と化していた。
「たまたまお仕事でハジメ村の近くに来て私を助けてくれたんじゃなかったの? 本当は女の子を漁る為に下界に降りたんだ。へえ~」
「あっ、いやそれは違うって」
そこでようやく本当のことをティナに話していなかった事実に気付いたジンの言葉を遮るように、女性が首を傾げながら口を開く。
「ん? その子はもしかして例の勇者ちゃんかい?」
「ティナ、ちょっと」
まず先に本当のことを話さなければならないと判断したジンが、ティナの腕を引いて部屋の外に連れ出していく。
大体の精霊ならばまず勇者=人間がいることに疑問を覚えるべきなのだが、そこを気にしない辺りこの女性は大らかな性格をしているらしい。
廊下に出る寸前、その背後から男性の間延びした声が聞こえてきた。
「部屋ならすぐ使えるぞ~」
「うるせえよ!」
玄関まできたジンはここでいいかなといった様子で手を離すと、振り向いてティナと向き合った。何気に肌が触れ合った事実に少し高揚した気分も、無や死、殺といったものを具現化したかのようなティナの表情にさめてしまう。
空気を読んだのかキースやソフィアは先程の部屋に残ったらしく、そちらからは何やら賑やかな話し声が聞こえてくる。従って今この場にはジンとティナ、そしてフェニックスだけだ。
無言で見つめ合う二人が短いとも長いとも思える時を貪った後、ジンが深く息を吸い込んでから口を開いた。
「あのな、ティナ」
「……何?」
ティナの声は氷のように、いや氷よりも冷たい。ただ投げかけただけのその一言がつららとなってジンの心臓にささり、肌に嫌な汗をにじませている。
だがジンを緊張させているのは何もティナの態度だけではなかった。彼が次に口にしようとしている言葉が、実質的に二度目の告白になるからだ。握り拳に力を込めて、意を決した。
「ほ、本当は、一目惚れだったんだ」
「えっ」
ティナの顔に張り付いていた氷が一瞬で溶ける。
「勇者の旅立ちを精霊部隊に所属するやつらで見守る儀式みたいなのがあって……そこで初めてティナを見て、すげえ可愛いと思ったからそのまま下界に降りて会いに行ったんだ」
「…………」
「今まで嘘ついてて本当にごめん」
そこで短く腰を折ってから元の姿勢に戻ると、ジンは目を伏せたまま口を噤んでしまった。
絶対に嫌われた、と思う。仕方がないとはいえ嘘をついていたこともそうだし、好きになったから下界に降りてまで会いに行ったなんて気持ちが悪すぎる。
しかし、ティナの返答は意外なものだった。
「そうだったんだ……」
その表情に嫌悪の色はなく、頬を朱に染めて俯いている。
ある一人の男が罪を犯してまで自分を追いかけてきたという気持ち悪さよりも、好きな人が出会った時から自分を好きでいてくれた嬉しさの方が勝ったといったところだろうか。
「じゃあその、ジン君は出会った時から私のことを、そういう風に思ってくれてたってこと?」
「!」
特に打算などはなく、とにかくただ正直に事実を打ち明けただけだったのだが、どうやらもう怒ってはいないらしい。
顔をあげてからこれを好機と見たジンは、すぐさま攻勢に打って出る。
「うん。だから仲良くなりたくて、いてもたってもいられなくなったんだ」
「…………」
「だから女のケツを追いかけてってのはティナを追いかけてってことであって、断じて誰でもいいから女の子を探して漁る為に下界に、とかってことじゃないんだ。わかってくれたか?」
「うん。あの、あ、ありがと……私も早とちりで怒っちゃってごめん、なさい」
そういってぺこりと一礼して謝罪をするティナ。ジンは意外とちょろ……簡単に許してもらえたな、とか何だか浮気をした男のありがちな言い訳みたいだな……とか思いつつ、汗を拭いながら安堵の息をつく。
『…………! …………!』
二人の傍らではソフィアに施された封印的な何かが未だに解けないらしく、いつもの言葉を叫びたくても叫べないフェニックスが悶え苦しんで暴れ回っていた。
東大通りから一つ入った路地に、それは立っている。周辺の独特な外観の建物に混じった平凡な住居は、逆に異彩を放っていると言えた。
白を基調とした木造建築の二階建て。南大通り方面にあれば「普通より少し大きな家」として認識されるであろうその建物がジンとキースの実家だ。
「これがジン君の家なの?」
「ああ、何だか随分久々に帰って来た気がするなあ」
ジンとティナがそんな会話を交わす一方で、キースはずんずんと入り口の扉に歩み寄っていくと、ドアノブに手をかけた姿勢でつぶやいた。
「父さんと母さんがいなければいいのだがな……」
久々に弟と実家で過ごす時間を楽しもうとここまで来たものの、どうやらティナが両親と会うのは面白くないらしい。
雰囲気的に二人のどちらかが結婚云々の話を持ち出すのはほぼ確実だ。そうなればあの両親のこと、許可をしないということはないだろう。結果としてジンはティナの元へ行ってしまう。
キースは首を横に振る。いや、もう決めたことじゃないか。ジンに嫌われないことを優先するために、二人の仲を応援するのだ、と。
ソフィアはそんなキースの心情を読み取り、そもそも最初にここに来ようと言い出したのはあなたなのですが……と密かに考えていた。
「おいどうしたんだよ。早く中に入ろうぜ」
ジンの声に振り返ったキースは、悲壮な面持ちで口を開く。
「ジン、世界に兄は一人しかいないということを、いつまでも忘れないでくれ」
「何だこいつ。いいからさっさと開けろよ」
「兄弟の絆よ、永遠に……」
冷酷なジンの一言にもめげることなく扉を開けたその先には、城などの建築物に見られる、エントランスあるいは玄関と呼ばれる空間が用意されていた。
中に入ったティナが早速感嘆の声をあげる。
「へえ、家なのに玄関があるんだね」
「地上にはこういう家、全然ないんだよな」
ジンは下界に降りる前にあらかじめそれくらいの情報は得ていたので、ティナと冒険をしている間も家の構造の違いに驚くようなことはなかった。色々な世界で日々仕事をしていて知見の広いソフィアも同様である。
びゅんびゅんと玄関スペースを飛びながら、ソフィアが元気に挨拶をした。
「お邪魔しま~す! 素敵な家ですね!」
「ですよねっ」
「どうします? 戦いが終わったら、ジン君とここで暮らすことになるかもしれませんよ?」
下衆な笑みを浮かべながら問うソフィアに、ティナは顔を赤くしながら答える。
「もうっ、からかうのはやめてください」
「ふひひ。じゅるり」
そんな会話を耳に入れることもなく、キースは廊下を歩いていくつかある扉の内の一つの前で止まった。かと思うと次は躊躇することなく即座にそれを開けて中に入っていく。
「おおっ、キースお帰り。今日の仕事は終わったのか?」
「最近は女の子とも遊んでないけど大丈夫かい? ジンもいないし……」
廊下を歩く二人と一柱のもとにキースのものではない、二つの声が届いた。ティナが少し緊張した顔でジンに尋ねる。
「ご両親?」
「ああ。二人ともいるみたいだな」
そう言いながら、ジンもためらうことなく同じ部屋へ入っていく。ティナもそれに続いて入り口から中を覗き込むと、そこは居間のような空間になっていた。
テーブルに据えられた椅子に男女二人が向かい合うように腰かけていて、その傍らにキースが立っているという図だ。
男性は中肉中背で、黒髪は短くさっぱりとまとめられているが、適度に混じった白髪から彼のおおよその歳が想像出来る。
女性も同じく中肉中背。伸びすぎないようにほどほどに整えられた茶色の髪と、目尻の下がった優しそうな瞳が印象的だ。
恐らくはジンとキースの両親なのだろうが、端的に言ってしまえば両者ともに外見はいたって平凡だった。しかし、それにも関わらずあの問題児兄弟を生み出したという実績が妙な迫力を感じさせる。
男性はジンを見るなり、わずかばかりに笑顔になった。
「おや、ジンじゃないか。お帰り」
「女の子のケツを追いかけまわして下界に降りたって聞いた時には、ようやくジンも男になったと安心したのよ」
「追いかけ……?」
「おい、本人もいるんだから言い方に気をつけろよ」
実はまだ「ティナに一目惚れして下界に降り立った」という出会いの真相をジンから聞かされていないティナは、女の子のケツを追いかけまわす、というジンの母親らしき女性が放った文句に引っかかりを覚えたらしい。
「ジン君? 女の子のケツを追いかけまわして、ってどういうこと?」
「へ?」
横を振り向けば、いつの間にかティナが修羅と化していた。
「たまたまお仕事でハジメ村の近くに来て私を助けてくれたんじゃなかったの? 本当は女の子を漁る為に下界に降りたんだ。へえ~」
「あっ、いやそれは違うって」
そこでようやく本当のことをティナに話していなかった事実に気付いたジンの言葉を遮るように、女性が首を傾げながら口を開く。
「ん? その子はもしかして例の勇者ちゃんかい?」
「ティナ、ちょっと」
まず先に本当のことを話さなければならないと判断したジンが、ティナの腕を引いて部屋の外に連れ出していく。
大体の精霊ならばまず勇者=人間がいることに疑問を覚えるべきなのだが、そこを気にしない辺りこの女性は大らかな性格をしているらしい。
廊下に出る寸前、その背後から男性の間延びした声が聞こえてきた。
「部屋ならすぐ使えるぞ~」
「うるせえよ!」
玄関まできたジンはここでいいかなといった様子で手を離すと、振り向いてティナと向き合った。何気に肌が触れ合った事実に少し高揚した気分も、無や死、殺といったものを具現化したかのようなティナの表情にさめてしまう。
空気を読んだのかキースやソフィアは先程の部屋に残ったらしく、そちらからは何やら賑やかな話し声が聞こえてくる。従って今この場にはジンとティナ、そしてフェニックスだけだ。
無言で見つめ合う二人が短いとも長いとも思える時を貪った後、ジンが深く息を吸い込んでから口を開いた。
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「……何?」
ティナの声は氷のように、いや氷よりも冷たい。ただ投げかけただけのその一言がつららとなってジンの心臓にささり、肌に嫌な汗をにじませている。
だがジンを緊張させているのは何もティナの態度だけではなかった。彼が次に口にしようとしている言葉が、実質的に二度目の告白になるからだ。握り拳に力を込めて、意を決した。
「ほ、本当は、一目惚れだったんだ」
「えっ」
ティナの顔に張り付いていた氷が一瞬で溶ける。
「勇者の旅立ちを精霊部隊に所属するやつらで見守る儀式みたいなのがあって……そこで初めてティナを見て、すげえ可愛いと思ったからそのまま下界に降りて会いに行ったんだ」
「…………」
「今まで嘘ついてて本当にごめん」
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絶対に嫌われた、と思う。仕方がないとはいえ嘘をついていたこともそうだし、好きになったから下界に降りてまで会いに行ったなんて気持ちが悪すぎる。
しかし、ティナの返答は意外なものだった。
「そうだったんだ……」
その表情に嫌悪の色はなく、頬を朱に染めて俯いている。
ある一人の男が罪を犯してまで自分を追いかけてきたという気持ち悪さよりも、好きな人が出会った時から自分を好きでいてくれた嬉しさの方が勝ったといったところだろうか。
「じゃあその、ジン君は出会った時から私のことを、そういう風に思ってくれてたってこと?」
「!」
特に打算などはなく、とにかくただ正直に事実を打ち明けただけだったのだが、どうやらもう怒ってはいないらしい。
顔をあげてからこれを好機と見たジンは、すぐさま攻勢に打って出る。
「うん。だから仲良くなりたくて、いてもたってもいられなくなったんだ」
「…………」
「だから女のケツを追いかけてってのはティナを追いかけてってことであって、断じて誰でもいいから女の子を探して漁る為に下界に、とかってことじゃないんだ。わかってくれたか?」
「うん。あの、あ、ありがと……私も早とちりで怒っちゃってごめん、なさい」
そういってぺこりと一礼して謝罪をするティナ。ジンは意外とちょろ……簡単に許してもらえたな、とか何だか浮気をした男のありがちな言い訳みたいだな……とか思いつつ、汗を拭いながら安堵の息をつく。
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