時の宝珠

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22 アナとカル

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 アナとカル、この二人に対するサラの期待は半分当たっている。
 アナの正式な名はアナトリウス・トリルマナ・モル・トリス。
 カルの名は、カルケシウラ・トリルマナ・ジ・ジサ。王
 家第三分家の長男の三女、王家第三分家の次男の二男である。
 二人の国、西大陸北部クルサナス国は、厄災の影響も、東大陸のはやり病の影響も無く、平和な時を重ねる小国である。
 理由は簡単、隣接する大陸の影響を受けなかったからである。
 隣接する中央大陸、北大陸との距離は海峡を隔てた僅か10ラーグ(1ラーグは1000リーグ)、ただ、狭い海峡を流れるのは一挙に幅を狭めた幅1000ラーグで流れて来た海流である。
 百倍に増えた流れの速さは、激しく岩を削り、船の航行を許さなかった。
 他大陸への渡航は、外洋に出てから南大陸への内海に向かう経路と、八百燈里の陸路を経て、南部の港から内海に出る経路に限られていた。
 特に北大陸は最も近くて最も遠い大陸と呼ばれ、別世界とすら認識されている。

 王家第三分家に属する二人は、他の多くの兄弟と同様に大家族の一員として過ごしてきた。
 特に魔法の才能を早くから見いだされ、同じ教師の同じ教育を受け、同じ部屋で過ごすことが多かった。
 幼かったアナは、自然とカルを最も身近な兄弟と認識し、カルの服の裾を掴んで付いて回る娘となっていた。
 第三分家の仲の良い優秀な子として、幼い頃は暖かく見守られていたが、大人になってもこの関係が続いたため、親達が心配した。
 他大陸であれば、婚姻可能であっても、西大陸では兄弟の子供同士の婚姻はタブーとされていた。
 本人達にはその意識が全く無く、ただ単に、居心地の良い、兄弟としての関係を続けていたに過ぎなかった。
 ただ、休日に同じ室で本を読んで過ごす行為も、心配すれば別の行為に見える。

 カルが20歳、アナが18歳になった年の新年、親達から二人の間で距離を置くことや、それぞれの婚姻相手候補を示された。
 初めてどの様な目で見られていたか理解し、心外であったが当然の親の心配として受け入れた。
 が、離れてみると違う存在としての意識が頭に登る。
 互いを妙に意識し、混乱した挙句、一線を越えてしまう。
 隠し通すのは無理と考え、今夏の潮変わりの日に、カヤックを使って命懸けで北大陸に駆け落ちしたのである。
 駆け落ち後、冷静になって見れば、互いの意識に恋愛感情は無く、有るのは兄弟としての穏やかな愛情。
 後戻りも出来ず、挙式を決断した時も勇気を振り絞っている。
 だから、アナがカルを母国語で呼ぶ時は“兄さん”か“お兄ちゃん”である。
 故に、サラの期待は半分正解である。

 カルとアナは仲が良く、いつも穏やかで静かに過ごしている。
 新婚特有の過度に密着する様子も無い。
 ただ、喧嘩が無い訳ではない。
 喧嘩の兆候はまず無言になる。
 カル夫婦に3日程無言状態が続いたあとの夕刻、帰り道で会った6人が並んで歩いていた。
 前にカル夫婦、その後ろがダル夫婦、そして最後にちびっ子二人。
 異変を感じたカムとサラがダル夫妻を引き留める。
 怪訝そうに二人が止まると、先を歩くカルの周りに空気が振動する気配、空中に小さな稲妻が光りカルを襲い、少し焦げる臭いがする。
 カルが手を振る。
 アナの周りの空気の密度が増した感覚があり、土砂降りの雨がアナを襲う。

 カムは感心する、“偉い”と。
 この寒さならば、雹の方が楽で早い。
 二人は無言のまま部屋に入ると、部屋の中で結界魔法が唱えられた気配がする。
 続いて、台所の窓の隙間から、爆発音や黄色い光や赤い光が連続して漏れて来る。
 魔法の多彩さに感心しながら自分の部屋に入り振り返ると、そのまま、ダル夫妻が付いて来る。
 秋はカル夫妻と行動していたダル夫妻。
 何度か二人の喧嘩に巻き込まれている。
 護衛の仕事を終えた帰り道、小さな口論がしだいに小さな魔法の打ち合いとなり、全力での魔法の打ち合いに変わった。
 仲裁に入ろうとした二人は魔法から逃げ回ることとなり、結局強烈な魔法を数回受けて気を失う。
 魔法から逃げ回っている間、非常に恐ろしかったらしい。

「多分、時の厄災はあんな感じだったと思うよ」

 震えながら説明するダルの言い分に二人は苦笑しか返せなかった。
 後刻、共同浴場で会ったアナの顔が艶々していた。
 結局納まり所はどの夫婦も同じらしい。

「お兄ちゃん、頑張ったね」

 サムラス語でにやりと笑うサラに動揺して、アナの顔が真っ赤になる。
 肩に付いた赤い出来立ての痣を軽く擦ってやる、“風呂後の方が良いよ”と。

 8月の4週の秘密会議、被験者全員が無事次のステップへ移る。
 報告書も詳細となり、指示も細かくなる。
 特に細かく注意したのが避妊法。
 出来ちゃった婚では効果が曖昧になるのと、胎児への影響が解らないため。
 99%安全は確心しているが念のため。
 勿論、薬を続けさせる気は毛頭無い。
 薬は徐々に抑える心算だ。
 薬の作用が無くなったとき、どれだけ深くターゲットの心の襞に、彼女達の牙が食い込んでいるか、これも今回の検証事項の一つである。
 理想としては一生涯持続すること、無意識領域に食い込んでいること。

 会議後部屋に戻ると、処長から所長室へ出向けとの指示。
 思い当る事も無く、不思議に思いつつも部屋に入る。
 部屋には所長と登用処の処長、簡単な試験問題が渡され試験を受ける。
 淀みなくさっさと書き上げると登用処の処長が目を丸くしている。
 狐に摘ままれた様な気がしたが、説明も無く部屋に帰る。
 8月最終週の5の日、所長から辞令を受け取る。
 “タラス国官吏に任ず”と書いてある。
 便利そうな身分なので、ひとまず有りがたく受け取って置く。

 9月第1週の6の日、二人は暗い顔をして時の女神教会へ向かう。
 先週、教会からお知らせがあった。
 内容は婚姻三月後の確認。
 教会で質疑が行われ、実態が伴わなければ婚姻の抹消手続きが行われる。
 婚姻が取消された者は今後不心得者として様々な不利益を被る。
 もちろん仕事も奪われる。

 カル夫婦、ダル夫婦と一緒に教会へ向かう。
 珍しく元気のないちびっ子二人を気にしながら、取り留めの無い話をして教会に着く。
 恐る恐る覗き込む二人を不思議そうに二組の夫婦が見る。
 よし、気配は無い留守だ。
 安心して中に入ると受付へ向かう。

 若い女官の前に座り質問を受ける。
 女官がチェックリストに沿って質問する。
 住いは、仕事は、食事は、掃除洗濯は、仲良く過ごせているか、喧嘩や争いは、近所との仲は、・・等々。
 そして最後に女官が聞き辛そうに小声で質問する。

「妊娠されてますか」

 これにサラが食いつく。

「ええ、もー毎日、毎日頑張ってるんですけど、出来なくて・・、やり方が悪いのでしょうか」

 女官が口をぱくぱくさせている。
 サラは真剣な顔で手を胸の前で組んで見つめている。
 すると背後から年長の女官が助け舟を出す。
 カムに非難の眼差しを向けながら。
 “俺は疾しい事はしていない”

「これはね、婚姻前の関係を確認する項目なの。まだで大丈夫よ」

 サラの頭を撫で、空いた手でカムの頭を拳固でぐりぐりする。
 “誤解だ”
 礼拝に参加し、寄付を少々。
 婚姻証に確認印を貰って無罪放免。
 教会を出ようとすると、突然、背後に宝珠の気配が広がる。
 突然全速力で走り出す二人、不思議そうな顔でカル夫妻とダル夫妻が見送る。
 町の正門前、膝に手を当てて二人が喘いでいる。

「ありゃ生き物だ。悪意がある」
「うん、楽しんでる。猫が鼠を生殺しにするように」

 二週間、二人は教会から半径1000リーグ内には立ち入らなかった。

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