時の宝珠

切粉立方体

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31 漁師町の料理店

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 ホグの港町の東端に漁師町と呼ばれる地区がある。
 港が小さな漁村であったころからの漁師達が住む地区である。
 溶雪のための石畳の道も無く、道には人の背を越える雪が積もっている。
 道の両端に屋根付の歩道が有り、辛うじて人の行き来を可能にしている。
 その漁師町の坂を、若い女性の集団がかしましく登っている。

 先頭はサラ、その後ろを港の歌い手集団十五人がぞろぞろと歩いている。
 目指すは、坂の上の高級料理店。
 幻の店とも呼ばれる予約も困難な超人気店。
 サラの誘いに今日が休みの職員も含めて全員が集結する。
 すでにテンションが上がり巻くっている。
 勿論サラが組合長に無理矢理予約させた。
 しかも休日前の五の日の夕刻を三日前に。
 それでも顔を引きつらせながら組合長は了解した。
 事件の顛末をこっそりサラから聞かされて、サラに恩義を感じている。
 料理店は丸太作りの四階建て、広い立派な玄関で店の従業員と組合の幹部が出迎えた。
 組合長からサラを紹介され、店の女将が目を丸くする。
 強面の組合長から頭を下げて頼まれたので、まさか相手が子供とは思って居なかった。

 部屋は四階、一室のみの特等席。
 大きく開いた窓から漁師町の雪景色と港が一望できる。
 窓の下に寒さ除けのかがり火が炊かれ、寒さを和らげている。
 方形の一枚板のテーブルの真ん中に石の炉がはめられており、中で炭が燃え、その上には運び込まれ土鍋が乗せられる。
 薄汁が入れられ、女給達が野菜、茸、肉と共に丸々と膨らんだ牡蛎を持って来ると、娘達から悲鳴に近い歓声が上がった。
 噂に聞くこの店の名物である。
 牡蛎の酢漬けやフライも出る。
 小さな火炉も運び込まれ、テーブルの脇で牡蛎が直接焼かれ酒も出る。
 組合の幹部連中は鼻の下を伸ばしている。
 サラが役所の男どもを引き連れてくると予想していたので、嬉しい誤算である。
 しかも、港で話題の歌姫たちである。
 今日が出番のホグナ持参が数名。
 たちまち、歌と踊りで大騒ぎになる。
 他の階の客も文句は言わないで、むしろ喜んで覗きに来る。

 カムが店に着いたのは丁度そんな盛り上がった時分。
 店の玄関で案内を乞い、女将に挨拶する。
 潮が変わり南大陸の客も減った。
 カムは楽になると期待したが、オーナーから宿のマネージャーを頼まれてしまった。
 さらに、宿のNO2として温泉区の会合に出ると、幹事役も頼まれてしまい、各種雑務や揉め事の調整役となっている。
 このため、女将とも面識があるので如才なく挨拶を交わす。
 玄関まで歌声が聞こえてくる。
 岸壁で鍛えている声量は伊達ではなく、高級料理店にそぐわない歌詞を朗々と披露している。
 関係者なので女将に詫びると、笑って流されて階段を登りながら説明される。

 この店は貴族や裕福な商人などの上流階級に属する客が多く、港の儀式の情報はむしろ彼らの間で早くから伝わっていた。
 民衆に混じって見に行く者も居るが多くは遠く離れた商社の応接間から指を咥えて眺めている。
 噂で歌姫の素晴らしい台詞と船長の天晴な返歌の話は伝え聞いており好奇心が膨れ上がっている。
 屋敷に招待しようとした者も居たが、役所の職員との理由で断られている。
 店にも歌姫のリクエストは非常に多いが同じ理由で断られている。
 女将も何度か見ており、凄い歌詞と船長達の真摯さや子供の様に喜ぶ船員の姿に毎回感動している。
 港の名物となっており給仕の女性達が最前より客から何度も同じ事を聞かれている。

「あれは本物か」

 そして女給が胸を張って答えている。

「ええ、本物の歌い手さんですよ。歌い手さん全員が揃われてます」

 部屋の戸が開けられる前から嫌な予感があった。
 女将が声を掛けて戸を開くが声は届かない。
 見ると組合幹部も含めて輪になって踊っている。
 サラも酒を片手に踊っているので、女将に近隣の宿の手配を頼む。
 怪訝そうな顔が返されたので説明する。

「あのちっこい酔っ払いは自分のかみさんなんです」

 目を見開いて驚いた後に納得した顔になり嬉しそうな顔になる。

「まあ、まあ、まあ、お似合いだわ」

 女将に快諾して貰い部屋に足を踏み入れる。
 火明かりで縁どられた窓から夕闇の青い雪景色が広がっている。
 怒号が響く。

「こら、カム遅い」

 拍手が起こり輪が解けて皆各自の席に戻り食事を始める。
 組合長は驚いてまだ立っていたがカムが挨拶すると破顔する。
 互いに会合などで顔をあわせるので面識はある。
 サラから自分の連れ合いが来ると知らされており、この子供に見える女傑の連れ合いに興味を抱いていた。
 疑問の余地のない組み合わせに納得する。

「カム、何か芸をやれ」

 ちっこい酔っ払いから指図される。
 歌い手達も期待に目を輝かせている。
 後ろで嬉しそうに見守る女将に普通のホグナをお願いすると、直ぐに女給が店のホグナを持って上がって来る。

 一目で高級品と解るホグナを手渡されて苦笑しながら調音する。
 中央大陸で歌われる恋歌をローマン語に変えて歌う。
 吟遊詩人が酒場で演奏する曲目で女性から人気が高い。
 甘い歌声に歌い手達がうっとりと聞き惚れる。
 歌い終わると同時にサラに蹴り倒される。

「この助平が」

 2,3回ガシガシとカムを足蹴にした後、呆気に取られる人々を尻目にサラが奪い取ったホグナを爪弾き始める。

「耳直しに私が歌うね」

 その後歌い手達もホグナを交代で披露する。
 互いに技量が上がっていることを確認して皆競争心に燃える。
 お開きの時分にはサラは沈没していた。
 サラを背負って皆と逆方向に歩く。

 玄関で歌い手達が羨ましげな視線で二人を見送る。
 紹介先は古いが重厚な丸太が丹念に磨かれた風格のある宿で、従業員に丁重に迎えられた。
 軽い食事を貰いサラを寝床に放り込んでからカムは風呂へ向かう。
 ホグでは珍しい木の大きな方形の浴槽で手足を伸ばす。
 木柵で囲まれた東屋の四隅に小さな篝火が炊かれ天井の煤跡が歳月を物語っている。
 木の浴槽の肌触りが柔らかく心を落ち着かせる。
 残念がるサラの顔を思い浮かべて苦笑するが、沸かし湯なので朝は入れない。
 部屋に戻り油灯りを吹き消し手探りで寝床に入る。
 無意識に身体を寄せて来るサラが暖かい。深い雪が静寂を招きよせ、すぐ脇のサラの寝息だけが闇の中で規則正しく聞こえて来る。

 翌週の2の日、サラが部屋に入ると全員が上着を着たまま椅子に座っている。
 サラも感じていたが床が全体的に暖まっていない。
 所々暖かい場所があるものの極めて弱い。
 サラは寒いのが嫌いである、事情を聴きに雑務処へ向かう。

 雑務処の秘密会議メンバーに聞くと担当は財務処と土方処の職員と相談しているとの情報を得る。
 相談場所を聞いてサラも向かう。
 役所建屋の地下、湯路の出口で首を捻っていた。
 地下水の混入を予想して出口の湯温を確認したが異常が無く原因が解らないと説明された。
 築200年の古い建物である。
 熱導石の石柱に刻まれた魔法刻印の欠損も無視出来ないので確認が必要との説明も受ける。
 石柱の数は8千本もあるので復帰の見込みは立たないとの結論であった。

 サラは溜息を吐きながら湯路を覗き込む。
 近くの石柱に魔法の触手を伸ばして探って見るが石柱自体に問題は無く亀裂も無い。
 200年前の職人の匠さに感心する。
 湯の中の石柱を熱で探って見ると、石柱の表面を何かが覆っている。

 後ろでサラを凝視して固まっている男共に長い棒を捜させる。
 1人が警備室から槍を借りて戻って来る。
 石柱表面の付着物を槍で削ぎ湯を入れた椀に入れる。
 3人を引き連れ薬務処に向かい、処長に断って錬金室を借りる。
 付着物を拡大筒で覗く。サラが3人を招きよせて覗かせる。
 3人が拡大筒で見た付着物は夏の藪の様であった。
 茨の様に絡まった糸の中に透明な花が咲き、無数の足を持った透き通った蟲が泳ぎ回っている。
 3人が恐々とサラの顔を見る。

「湯泥かな。高温のお湯で生きられる蟲は少ないのだけど、稀に湯の熱を食べる蟲が現れるの。中央大陸の湯泉で報告事例が数件あるけど私も見るのは初めて」

 早速薬務処で傷薬や下痢止め、熱冷ましや痒み止め等の普通の家庭薬を大量に貰う。
 使用目的は風邪の予防で申請されて担当が首を傾げながら渡す。
 錬金室に戻って大釜で薬混ぜて煮込む。
 かき混ぜる作業を3人に任せてサラは火に当たっている。
 1刻後再び3人に2種類の薬を入れた桶を担がせて湯路に向かう。
 石柱に流れる湯路を塞いで最初の薬を入れる。
 3人に数を数えさせて湯路を徐々に開いて行く。
 3000を数えて時点で再び湯路を閉じて数を数えさせながら2番目の薬を少しづつ入れる。
 薬を入れ始めて直ぐに湯が茶色に濁り始める。
 3000を数え終わる時分には石柱の働きが通常に戻る。
 暖かくなった書物処に戻りサラは幸せそうに茶を啜る。

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