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4 不思議な路地
しおりを挟む「届け物だよ。デュマさんに頼まれたんだ」
夕飯の客と夜の客の合間、芸人宿で預かった銀の髪飾りをロファさんに渡す。
裸で寝ていると思っていたのに、きっちりと着替えて荷造りをしていた。
何か物凄く残念だ。
「昨日はやけに優しいと思ったら、あのバカやっぱり。何処へ行くって言ってた?」
「東の国へ行ってみるって言ってましたよ」
ロファさんは踊り子だ、デュマさんと組んで稼いでいた。
仕事の時間になっても現れないので、不審に思っていたらしい。
「あたいから逃げられると思ってるんなら甘いね。地獄の底まで追いかけてやるさ」
ロファさんが荷物から小さな糸車を取り出して床の上に置き、その周りに呪術札を並べ始めた。
並べ終わると、ロファさんが指で印を組んで座り、綺麗な声で歌い始めた。
その声に応じる様に糸車が回り始め、呪術札が踊るように動き始める。
ロファさんが歌い終わると、ロファさんの前に四枚の札が並んでいた。
「あいつには黙ってたけどさ、あたいはこっちの方が本職なの。ふーん、まだ遠くには行ってないね。荷馬車に便乗させて貰えば、先回りが出来そうだね。ユリありがとね、ちょっとこれで言い聞かせて来るよ」
拳を握ってみせると、ロファさんは荷物を背負って部屋を出て行った。
「ミロ、俺が万が一、黙って旅に出たら追いかけて来るか」
「勿論ユーリはそんなことしないよね。私もこれでの言い聞かせは得意だよ」
ミロが拳を握って見せた。
踊り子の訓練も受けているので、切れ味の鋭いパンチを持っている。
「冗談だよ、冗談。あはははは」
恰好良い旅立ちは、諦めた方が良さそうだ。
ーーーーー
再びミロの店に戻り、手伝いをする。
夜の客に備えて、ミロと一緒に食材の買い出しや下拵えを手伝う。
客が入り始めると、客のリクエストに応じてミロの踊りの伴奏をしたり、給仕や食器洗いをこなして行く。
家ですることも無く過ごすより充実しており、僕はこちらの方が自分に向いていると思う。
夜の客が一段落すると、夜の賄を食べさせてもらう。
「ユーリ、お風呂に行くけど一緒に行く」
「勿論俺も行くよ」
僕の家には風呂があるが、流民街に風呂のある家は無い。
流民街で昔大火事があり、それ以来流民街では家には風呂を作らせないそうなのだ。
その代り、流民街には大きな共同浴場が何ヵ所かある。
共同浴場と言っても、流民街の脇を流れる川を堰き止めて作った大きな池とそれを囲む塀が設置されているだけだ。
池に流入する川に発熱の魔道具が放り込んであり、湯温は快適に保たれている。
広い風呂の方が気持ちが良いので、ミロが行くときは必ず一緒に付いて行く。
光符に照らされた裸の女性の看板が立ち並ぶ通りを抜け、脇道に逸れると貧しい家が並んでいる。
空を見上げると、工区の空が炉灯りで赤く染まっている。
工区の煙突から出る煙が、森に向かって棚引いている。
夜を徹しての作業なのだろうか、遠くから槌音が微かに聞こえて来る。
槌音が遠ざかり家が少なくなると、正面に浴場の長い木の塀が見えて来る。
入口で二人分の入湯料銅貨二枚を払い、泡立草を銅貨一枚で買う。
「この辺でいいか」
「うん」
河原の適当な石の上に籠を置いて、服を脱ぎ始める。
男女の仕切りなんて一切無いので、もちろんミロも一緒だ。
灯りは無いから月明かりだけなのだが、それでも周りで美人のお姐さん方が服を脱いでいる光景を鑑賞できるのは凄く嬉しい。
「ユーリ!」
周囲をきょろきょろして美人を物色していたら、ミロに怒られた。
池の適当な場所に入り、河原の大石に背を預けて肩まで浸かる。
ミロが僕に背中を預けて膝の上に乗って来るのは何時ものことだ。
上空には満天の星が広がり何処までも続いている。
広大な星の世界に放り込まれて、ミロと二人だけで宙を漂っているような感じがする。
旅の馬車で見る空は、もっと広いのだろうか。
「ミロ、そのうち一緒に東の国へ行こうか」
「うん、私も旅に出たい」
流浪の民は、子供が旅に出たいと言えば、喜んで送り出してくれる。
星の下で眠るのが本来の生活で、屋根の下で寝る生活は仮初と考えている。
たぶん僕が明日にでもミロを連れて旅に出ると言えば、ミロの両親は許してくれるだろう。
僕が”半亡者”であることは、単なる聖都の制度に過ぎず、彼らのルールとは関係の無い話なのだ。
流浪の民は、魔道具を使わない。
ミロの店でも火打石で火を灯し、井戸から水を汲み上げる。
ランプに油を入れて灯を灯し、薬草で傷を治す。
彼らが貧しいと言うことも、魔道具を使わないことの一つの要素なのだが、根本的な理由は、魔法は世界の在り方を歪め、滅びに導くと考えているのだ。
店はその日から夫婦で出来る範囲の接客に変り、客もそれを受け入れるだろう。
運命の流れを受け入れ逆らわない、流れに身を委ねて生きる、これが彼らの考え方だ。
それに比べて僕の方は母さんが絶対に許してくれないし、多分父さんも許さないだろう。
聖都の人間は、生まれた家で生き、生まれた家で死ぬのが正しい生き方だと考えている。
僕は見えない鎖に縛られているのだ。
「そのうちな」
「うん、ユーリと一緒ならいいよ」
「身体を洗おうか」
「うん」
ミロに背中を洗ってもらい、ミロの髪と背中を洗ってやる。
去年の夏は完全に子供の体格だったが、背も伸び、少し腰と胸が女らしくなった。
ちょっと気になったので、背後から手を回して、少し膨らみ始めたミロの胸の感触も確かめてみる。
ミロがくるりと振り向いた。
”パシ、パシ”
「ハウッ」
頭と息子を叩かれてしまった。
反応も少し大人になったようだ。
ーーーーー
ミロと浴場でのんびりしていたら、すっかり遅くなってしまった。
月がアルテライオス山脈の上にあるので、今は十刻(夜の十時)くらいだ。
月の女神の信徒は、夜遅くまで出歩くことに比較的大らかだが、それでもこの時間じゃ母さんに怒られるかもしれない。
参道の石段を一段飛ばしで駆け下りて急いでいたら、風の中に不思議な気配を感じた。
僕は時々こんな気配を感じるのだが、今日の気配は、はっきりしている。
足を止めて周囲を見回す。
参道は静まり返っており、店から漏れ出した灯りが、参道を微かに照らしている。
特に可笑しなことは発見出来ず、気のせいかと思い歩きかけたら、背中に暖かい風を感じてギクリと振り向いた。
風は"月鳥土産店"さんと"夜光食堂"さんの間の路地から吹いていた。
可笑しい、月鳥さんと夜光さんは、背中合わせの長屋造りだったので、間に路地は存在しない。
暫く睨んでいたが、目の前の路地は確かに存在しており、見間違えでも、消える気配も無かった。
風が変わり、僕の背中を押す様に背後から夜気を含んだ冷たい風が目の前の路地を通り抜けて行く。
風の精霊が行けと言っているのだろうか、路地の先に見慣れた裏通りが見えたので、その路地に入ってみることにした。
路地を抜けた瞬間、目の前の見慣れた夜の裏路地が消えて、崖の上の見晴らしの良い昼の道に変わった。
眼下には、階段状になった円形の巨大な都市が広がっていた。
都市全体が高い崖に囲まれており、巨大な穴の中にいるような感じだった。
見上げると、吸い込まれそうな蒼穹が広がっており、天頂近くに太陽がある。
振り返ると、急な斜面に張り付くように建てられた石造りの家が、見上げる限り延々と上に向かって重なるように作られている。
通って来た路地は、石造りの家の間に伸びており、奥は岩をくり抜いたトンネルになっている。
トンネルの奥には僕の世界、暗い夜の参道の光景が見えており、なんか不思議な感じがする。
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