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53 マロネーゼの旅3
しおりを挟む私達の踊りの評判は上々で、皆さんとても喜んで呉れています。
特に私のキュプルス様への祈舞は、何故か良くピカピカと光るのでありがたられています。
理由は不明です、昔の人が何か仕掛けをしていたのでしょう。
ピカピカが段々と増えて行くのも気になりますが、あと数日でこの町での興行も終わるので大丈夫でしょう。
ギルド長と町長が出張って来て、興行の延長を交渉しています。
グラさん相手に後二日、後三日と粘っていますが、今回はグラさんも譲りません。
占いに凶の気配が出ているのだそうです。
私も占って見たのですが、”大凶の顎の中で大吉を纏って踊る”という訳の分からない結果だったので、忘れることにしました。
客からお酒を奢られる踊り子達を、私は余程羨ましそうに眺めていたのでしょうか、深夜の部が終わると、酒場の支配人さんがお酒を奢ってくれるようになりました。
普通の小汚いおっさんと思っていたのですが、考古学の学者さんで、遺跡から出る古文書が面白くてこの町に住み着いたそうです。
酔った勢いで、キュプルス様の祈祷の呪文に古代語が混じっている話をしたら、物凄い勢いで食いつかれ、酒を飲みながら祝詞を解読するという訳の判らない状態になりました。
詩の形式は古代の聖歌の形式を踏襲しているので、古代の神事で使われた聖歌が語り継がれて来たのだろうとの予想です。
流民が伝えている物には、結構そう言う物が多いらしく、流民達がこの遺跡を作った人々の末裔らしいのです。
私達にも古代人の血は流れているそうなのですが、中央大陸からの移民がこの大陸での勢力を得たので、中央大陸に根を持つ文化に塗り替えられたそうです。
「私の先祖は、血も心もその当時の権力者に売り渡したんでしょうな。それが出来なかった流民の先祖は、その文化を拒んで行き場を失ってしまった。これは私の勝手な想像なのですが」
流民の所作の有り処は、諸々に宿る神々への感謝です。
そのため、生活の中に神々への感謝の儀式が組み込まれています。
儀式が中心の文化、国としては効率が悪かったと思います。
儀式の習慣を持たない人々から、儀式の最中に後ろから殴られるみたいな感じです。
そりゃ分が悪いと思います。
「私の見立てでは、この酒場も古代の神殿でしょうな。ほら、あの柱のカンナブンデル様式がそれを物語っています。神殿には人々の信仰を集めるための仕掛けが設けてあるものです。神殿で良く見かける色硝子の窓と一緒ですよ。だから聖歌であるロゼさんの歌に、この神殿の仕掛けが反応したのでしょうね」
「へー、なるほど、奇跡だとか騒いでいる人がいたんで、種明かしが出来てなんか安心しました。昔の神官さんに片棒を担がされていると思えば気が楽です。昔の人はどんな儀式にここを使ったのでしょうね」
そっと、まだ光っている天井の文様を見上げます。
「葬式でしょうな。古文書には、キュプルス様が松明を持った姿で描かれていることが多いんです、暗闇の中にお一人で。だから私は、キュプルス様は黄泉の国への導き手だと考えているんです。実際にその名残は今もあるでしょ。古代人達は、魂が輪廻の輪から外れることを恐れていたと、著名な文献にも書かれています。この神殿の規模から考えて、きっと多くの信者がいた信仰だったと思いますよ。ここから黄泉の国へ送って貰う、それが古代人達の望みだったのでしょうな」
「お葬式の歌なら、酒場で歌うのは場違いですね」
「冒険者も魂の救いを求めています。現世での復帰か、輪廻での安らぎかは人それぞれですが、死への恐怖からの救いは古代人も現代人も一緒です。キュプルス様の神殿でロゼさんがキュプルス様の聖歌を歌う。これも何かのお導きでしょう。それに酒は魂の汚れを祓うとも言われています、葬式は酒場が最適じゃないですか。彼らの魂の幸せを祈って、歌ってあげて下さい」
「はい、そうします。乾杯」
ピカピカの理由は予想どおりでした。
私に特別な力は無い筈なので納得です。
古代人達も、目に見える何かを求めたのでしょう。
天井の光の文様が少しずつ大きくなっているのは気にしないことにします。
最終の興行が終わり、ギルド長や町長が労ってくれました。
勧められるまま、遠慮なく飲んだので少々飲みすぎです。
私はキュプルス様の舞巫女と呼ばれ、町の皆さんから拝まれているそうです。
奇跡なんて、起こらないから奇跡なのです。
神殿に仕掛けがあるとばらしても良いのですが、あれで心が休まるのであれば、否定する必要はありません。
本物の神殿から睨まれそうですが、聖都は遥か彼方です。
黙っていれば判らないでしょう。
所詮私は、ここを通り過ぎる旅人でしかありません。
後一ヶ所遺跡の町を回ったら、聖都に帰るそうです。
聖都に戻った自分がまるで想像できません。
一人で旅に出るのも面白いかもしれません。
糸車と歌と踊りがあれば、食べて行けそうです。
グラ姐さんに相談してみましょう。
ーーーーー
その夜、突然私は叩き起こされました。
「ん~。もう朝なの」
「ロゼ姐さん起きて。町が大変なの」
「グラ姐さんが皆起こせって」
慌てて起き上がり、枕元の袋を手に取ります。
私達が夜逃袋と呼んでいる袋で、ナイフと細縄、商売道具の糸車と衣装が入っています。
「食堂に集まれってさ」
「うん、わかった」
食堂に降りると、皆が不安顔で集まっていました。
「占いどおりだよ。ギルドから連絡が来た。凄い数のゴーストが森に湧いて、町が囲まれてるんだとさ。悪いことに補修が間に合わなかった結界の緩い場所があるんで、町にゴーストが入り始めているそうだ。ギルドから聖符を貰った。取り敢えず配るから、大事に使いな」
「姐さん、朝になったら消えるんだよね」
「ありゃ嘘だ。昼夜関係なく襲って来る」
『だー!』
「ギルドと守備兵が何とかしてくれるんだよね」
「頑張るそうだ。逃げ場も無いしな」
『うー』
「聖剣でやっつけるんだよね」
「百振り持ってるそうだ。城が立つ金額だと言ってた」
『おー』
「それなら大丈夫だよね」
「一人で一万匹倒せればな」
『・・・』
「・・・聖符もあるじゃんか」
「この聖符一枚一枚が冒険者の命と思って使ってくれと言ってた」
『ひー』
「宿にも結界があるじゃん」
「これは邪素避けだ。ゴーストは平気で潜って来る」
『わー』
「姐さん、何か気休めはないの。気休めは」
「ない。キュプルス様にでもお祈りしな」
『ぎゃー』
なんか皆踊り始めました。
パニックになって踊り出すなんて、さすが踊り子です。
遺跡の町の住人が、一夜にして全員死んだ、昔会議の報告で聞いたことがあります。
その時は遠い場所の他人事なので、関心も持たず聞き流していました。
それが今、我身に降りかかって来ています。
”ドン”
『ぎゃー』
突然ドアが開いたので全員で叫んでしまいましたが、よく見るギルドからの連絡員でした。
こちらを見て固まっています。
よく考えたら、急いで集まったので皆半裸状態でした。
「なんだい!」
「連絡です。酒場の建屋がゴーストを弾き返しているそうです。至急避難して下さい」
「そりゃ朗報だね。準備が整ったら走るよ」
『おー』
動き易い服に着替えます。
まあ、普段の衣装と一緒で、殆ど下着です。
袋に銀のジョッキを一つ追加しました。
これは凄く大事な物です。
見習いを真ん中にして、踊り子達が周囲を囲む陣形にします。
殿がグラさんで町中を疾走します。
昔の私だったら絶対に着いて行かれなかったでしょうが、今は大丈夫です。
至る所からゴーストが湧いて出て来ますが、踊り子達が手早く聖符で撃退します。
護身用に戦舞も教わるので、皆、チンピラ程度なら一人で数人倒せるくらい強いです。
勿論私も教わっています、今度あのちびっ子に会ったら、目に物見せてやります。
聖魔法を唱えながら走り、踊り子達を手助けします。
呪文が歌になってしまうので、緊迫感の無い感じになってしまいますが、仕方がないでしょう。
自分でもびっくりするくらい魔力が続いています。
光が薄くなったので威力が落ちて長続きしているのでしょうが、一回の呪文で数匹が消滅しているので十分です。
学生の時には一匹を撃退するのがやっとでしたから、使い方は巧くなっているのでしょう。
毎日三回使っていたので、その成果でしょうか。
ーーーーー
酒場は、避難して来た人達で埋まっていました。
舞台の上には、大勢の守備兵と冒険者が並べられています。
ゴーストとの戦いの犠牲者でしょうか。
この神殿の本来の役目どおり、亡くなった方が横たえられているのでしょう。
「ロゼさん」
「マスター、無事だったんですね」
「ええ、ここの後片付けしていて助かりました。冒険者が外から見て、この建屋がゴーストを跳ね返しているのに気が付いたそうです」
「あの方達は、亡くなった方ですか」
「いいえ、普通、ゴーストに襲われた者はどんどん衰弱が進んで行くのですが、あの舞台に乗せると衰弱が治まるんです。キュプルス様のまだこちらに来るなというご意思なのでしょうか」
黄泉の入口でのご慈悲、言い伝えどおりです。
そっとステップを踏んで、キュプルス様に感謝します。
「あっ!巫女様だ。巫女様が来たぞ」
『わー』
「これで救われるぞ」
私も避難して来たのに、何か勘違いされているようです。
私に出来ることなんて何もありません。
人は信じたい物を信じ、心の安寧を求める。
自分の命が掛かった異常な事態ならなおさらなのでしょう。
「誰が言い出したのでしょうか。皆、ロゼさんがこの場を清めたので救われたと思っているのです」
私は救世主扱いです。
「期待されてもなー」
「ロゼ、一杯引っ掛けてから、取り敢えず踊ってやりな」
「はーい」
私は踊り子です。
私の踊りを望む者がいれば、それは本望です。
着替えてから、四杯程お酒を飲みました。
気分が高揚します。
外ではゴースト達が壁を壊そうと暴れているのでしょうか、控室の壁面を激しく揺らしていますがちっとも怖くありません。
それでも、もう時間の問題なのでしょう。
悔いが残らない様に、しっかり歌っておきましょう。
舞台に上がり、病人を踏まない様に踊ります。
不思議なことに、病人が邪魔に感じません。
むしろそれが正しい形のようにさえ感じます。
何時もに増して、光の粒が多く浮かんで来ます。
外から見たら、今日の私はピカピカでしょう。
何だか楽しくなって来ました。
声が何時もより出ます、身体も飛んでいるように軽いです。
たぶんお酒のおかげでしょう。
何だか嬉しくなって来ました。
心の望むまま、最後に両手を天に向け、力いっぱい叫び上げました。
その瞬間、私の声に応呼するように足元の床が光り、天井文様の中心を抜けて行きました。
びっくりして天井を暫く見上げていると、天井をすり抜けて光の粒が降り注いで来ました。
そして、大波の様な多くの人々の感謝の思いが押し寄せて来ました。
その大波に飲まれるように、私は気を失いました。
「酒場の屋根から光の柱が伸びて、町や森の周囲一帯に光の粒が降り注いだんだってさ。それでその光の粒に触れたゴーストが全て人の姿に戻って天へ昇って行った、そんな説明だったよ。ギルド長も町長も感謝してたよ」
「グラ姐さん」
「判ってるよ。静かな旅を続けたいんだろ。それにしても歌と踊りの力って凄いよな」
「ええ」
「因果な商売でさ、一度歓声聴くと止められなくなっちまうんだ。ユーリにはあたいから説明しとくから安心しな」
「すみません」
「西に向かうキャラバンに頼んでおくから、騒動になる前に町を出な。選別に、銀のジョッキを一つやるから、納得行くまで存分に歌って踊って来な」
「ありがとうございます」
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