負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

文字の大きさ
上 下
5 / 137
第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第01話05 全財産

しおりを挟む
「あの、すみません、お代っ…いくらですか!」
「はぁ~?金貨10枚!」
「えっ!!!」

「うちはいい肉使ってんの。
 それをさ、こいつバクバク何枚も食いやがって…!!」

 この猫女、サイモンが先程夢見ていた分厚いステーキを
 しこたま食べていたらしい。
 金貨10枚の重みにくらくらする。

 なお簡単に説明すると、この国におけるお金は
 銅貨が庶民の使うお金、
 銀貨が納税などまとまった支払いに使うお金、
 金貨と言えば、貯蓄か贈答用にしか使われない
 とてもとても高額のお金だ。
 サイモンは生まれてこの方金貨など見たこともない。

 ちなみに、先程サイモンが悩んでいたパン一斤は銅貨3枚で買える。

「金貨…10枚っ…!!!」
「おう兄ちゃん、その猫を庇うんなら
 きっちり全額耳揃えて払ってくんな」

 唇を歪ませ、こちらを睨みつけて凄んでくる店員。
 サイモンは震える声で次の言葉を絞り出した。

「すみませんっ、無理です…!!」
「ハァ!!??」
「その代わり!この俺のなけなしの全財産!
 受け取って下さい!!!」
「えっ、え!!?」

 慌ててポケットをひっくり返し、
 先程必死に稼いだ銅貨数枚を店員に突きだす。
 驚いた店員は手の中の銅貨を見、サイモンを見、
 後ろの猫女を見てまた手の中を見た。

「えっ、これっぽっちが全財産…!!?」
「はい、全てです!!」
「え、これだけ??これだけしかないけど!??」

「今朝まで3日絶食でした!
 知人になんとかご飯わけてもらって、
 今日必死に仕事して、稼いでこれが全てです!!!」

「は、はぁ………………!!!!???」

 店員はまた手の中を見た。
 『これが全財産』というワードにしこたま驚いたらしい。
 わなわなと手を震わせ、
 やがてぎゅっと大事そうに両手を握りしめた。 

「…兄ちゃん…よく見たらめちゃくちゃガリガリだな…」
「はい、食べたり食べなかったりなんで…」
「マジかよ……」
「はい………………」

 しばらく開いた口が塞がらなかった店員、
 やがて目を潤ませずずっと鼻をすすると、静かに項垂れた。

「…わかった。兄ちゃんの男気に免じてそいつのことは不問にする。
 でも、一つ約束してくれ」

「はい…」

「いつかちゃんと稼げる日が来たらよ、
 そん時ちょっとずつでいいから払ってくれよ。
 そんでうちの料理も食べてくれ。
 ちゃーんと稼げるようになったらでいいから」

「……!はい…!!!」

 いつか払ってくれ、と言われたけど。
 「ちゃんと稼げる様になったら」でいいということは、
 貧乏なうちは不問ということだ。
 そりゃあバリバリ稼げる様になったら払いにくる。
 というか、この猫女にもちゃんと働かせなくては。

「すみません、ありがとうございます。
 …ほら、お前も礼を言えよ!」 

 話がまとまったので後ろを振り返ったら、
 猫女はきょとんと瞳を丸くしていた。
 …あっ、話通じてない。

「えーとえーと…
『金、オレ払ッタ。コノ人許ス。感謝』」

 片言のケットシー語で通訳し、頭を下げるよう促すと、
 ハッと驚いた猫女はサイモンに頭を下げ、
 ついで店員にも頭を下げた。
 そうだな、お前は俺に感謝すべき。

「うんじゃあ、頑張れよ兄ちゃん。
 困ったらその猫女売りとばしちまえ。結構可愛いぞ」

 和やかに笑う一同。
 その最中、店員に軽口を叩かれてぎょっと振り返る。
 猫女は…そう、そうか。こいつけっこう美人なんだ。
 女性らしい柔らかさがあるタイプじゃないが、
 長い手足にすっとつり上がったアーモンド型の瞳。
 気にいる男はけっこういるかもしれない。

 …が。

「あっいや…さすがにそれは可哀想なんで…一緒に仕事探します。
 いやまぁホントは俺のを探したいんですけどね、ハハハ…!」
「ははは!!」

 誰かに売るなんてとんでもない。
 こいつもこいつなりの事情があって、
 共通語も話せないのにここまで来たんだ。
 せめて仕事が見つかるまでは面倒見てやりたい。
 店員に手を振って別れを告げる。
しおりを挟む

処理中です...