負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第06話08 忙しい1日〜ビッグケットの場合〜

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 そうだった。
 「お前が心中を望むなら共に生きよう」と、
 そう言っていたんだ。

 二の句が告げられない。
 彼女を想う気持ちが彼女を不快にさせた。
 ジルベールにはそう見えた。

 ビッグケットはぐいと涙を拭い、傍らのコップを引っ掴むと、
 一気に水を飲み干した。
 ごりごり、バリバリ。
 ついでに氷を噛み砕いて、それも飲み込んでしまった。
 まるで自分の苦しみもなかったことにするように。

『…ビッグケットちゃん、
 いつかはその問いをサイモン君にもするの?』

 かろうじて口に出せたのはそんな内容だった。

 ビッグケットがちらとジルベールの方に視線を上げる。
 そこに悲壮感はもうない。
 ただ、真剣に見つめ返してくる。

『…そうだな、いつか。
 サイモンはお人好しだから、
 私の提案を受け入れてくれるんじゃないか…。
 今はそう思ってるよ』

『サイモン君は、誰かのために死ぬような子だから…?』

『お前、そう言っただろう?私もそう思うよ』

 そしてにっと歯を見せて笑う。
 …苦しい。
 もしそうだとして、自分は二人のやることを応援出来るだろうか。
 わざわざ死ににいくような真似。
 せっかくそれなりに仲良くなれたというのに。

『…どうしてそんなに、蛮勇を振り回したがるのかね。
 短命種は』

『短命種だから、じゃないか?
 こちとら時間が限られてるからな』

 そこまで話したところで、

「おまたせしました!」

 明るい店員の声が響く。
 やや待たされた部類だろう。
 注文の品がようやく届いたようだ。

 バジルとエビのニョッキ。
 ビッグケットは牛肉とトマトとチーズのニョッキ。

 良い香りが鼻をくすぐって、とても食欲をそそるが…
 今はあまり食べる気分になれない。
 友人が死ぬのを止めて怒られる道理がわからない。

 これだから短命種は…いつもこちらを置いていく。
 ただでさえ寿命が短いくせに、何度も何度も。

『…食べないのか?美味いぞ』

 気がつくと、ビッグケットはこちらの苦悩をよそに
 ガツガツ食べ進めていた。
 …せっかく注文したんだ、食べるか…。
 気持ちは重いがそんなの料理には関係ない。
 食べるなら温かいうちに。

「いただきます」

 初めてのニョッキはすこぶる美味しかった。

 しかし、なぜだろう。
 少し苦い味がしたような気がするのは。













『はーーー、食べた食べた♥
 量は少なかったけど美味しかった!』

『それは良かった。連れてったかいがあったよ』

 食後。両手を天に突き上げ、無防備に伸びをするビッグケット。
 その表情に先程までの空気は微塵もない。
 うん!と腕を振り回し、スッキリした笑顔を浮かべている。

『さて、あとは?なんかあったっけ』
『いや、目ぼしい物は大体買ったよ。
 あとは案内がてらこの街を少し巡ってみようか。
 …あっ』
『何?』

 ふとした思いつき。
 だが、これは世紀の大発見とも言うべき天才的な思いつきに思えた。
 ジルベールがくるりと振り返る。

『あのさ、せっかくだから、
 今夜闘技場に着ていく服を買おうか。
 今の服のままで行ったら血まみれになってしまうんでしょう?』

『ああそうだ。帰りは新しい服がもらえるとはいえ、
 わざわざ普段着を持ってって汚すことないよな。賛成』

 そう、彼女は今夜闘技場で暴れてくる。
 それがサイモンとの約束だからだ。
 しかし服をわざわざ汚すことはないだろう。
 どうせ今時間があるなら、「勝負服」を選んでしまえ。
 二人は顔を見合わせてニンマリ笑った。

 そうと決まれば行くのは服屋だ。
 そしてせっかくだ、ドドンとドレッシーな物を買ってしまおう。

『ねぇ、派手なドレスとかどう?』
『動きやすければなんでもいいぞ』
『ふぅん、動きやすければ?何でもいい?言ったね??』
『…なんだよ…』

『では行こう!高級路線のドレスブティックに!!』

 ぐっとビッグケットの手を握る。
 そして半ば引きずるように歩き、向かう先は…
 ブランドドレス屋!

 扉を開け放てば、あるわあるわ、露出の激しいドレスたちが!

『これ、本当は男性を引っ掛けるためのドレスなんだけど…
 これくらい露出してたらむしろ君は動きやすいんじゃない?』
『ああ、確かにいいな…あっ、これとか』

 ふいにビッグケットが手に取った一着に目をやる。
 それは、

『わーーーっマーメイドライン!最高じゃん!!』

 全身真っ黒で、両肩の出た、
 胸元が深くVの字になっている上半身のデザイン。
 胴体部分はしなやかに曲線を描き、
 そして膝から先が華やかなウェーブを描いた裾になっている。
 しかも破廉恥なことに、スリットは深く深く太モモまで。
 ジルベールは思わず短く口笛を吹いた。

『わ~えっち!脚丸見えだよこれ~!』
『ジルベールって、本当にサイモンと真逆なことに嬉しそうにするよな。
 あいつだったら多分めちゃくちゃびっくりすると思う』

 キャッキャとはしゃぐジルベール。
 それを見るビッグケットの視線はやや冷ややかだ。
 しかし、サイモンを驚かしてやりたい。
 その願いははからずも、双方言葉を交わさずとも同じものだった。

『これ買う?買っちゃう??いいよぉ、お金はまだあるよ!』
『じゃあ試着してくる』
『いってらっしゃい!』

 コトリと音を立て、陳列棚から目当てのドレスを抜き出す。
 ビッグケットが颯爽と試着室に向かい、そしてしばらくして…

『尻尾が痛い』

 不満げな顔でカーテンの裏から出てきた。
 そうか、これは獣人用ではないのか。
 でも恐らくあれがあるはず…。ジルベールが辺りを見回すと、

『ある、尾穴開通サービス』

『あるのか。すごいなこの街』

『これがシャングリラクォリティ。』

 自分がそのサービスをやってるわけでもないのに、
 思わずニコニコしてしまった。
 なお、肝心の見た目はあまりにもしっくりきすぎて恐ろしいくらいだ。

 黒髪に金の目。
 大胆に、しかし品良く開け放たれた胸元。
 揺れる黒のドレープ。
 殺しのための勝負服として、
 こんなに美しい物はないんじゃないかという錯覚に陥る。

『…うーん、ここまで来たら赤の差し色が欲しいな。
 赤い花飾り…あとは化粧。
 唇に紅を引こう。
 赤いアイシャドウもあったら華やかだな』

 ジルベールがぶつぶつ言っていると、
 しかしビッグケットが耳を伏せる。

『私、化粧道具なんてないぞ?』
『大丈夫、この世には化粧するだけ専門の店というのがあってね』
『そうか、金の力は偉大だな』
『そういうことです。
 よし、じゃあこれで決定でいい?』
『ああ、いいぞ』

 さくさく決まる。
 そこでビッグケットに手早くドレスを脱いでもらい、
 尾穴開通加工を店員に頼む。
 あとはアクセサリーと化粧。
 俄然楽しくなってきた。

『よーし、サイモン君を驚かせるぞー!
 なんなら髪型も整えてしまえー!』

『なんかよくわかんないけどいいぞー!
 あいつが驚いて面白がってくれるならなんでもいい!』

『じゃあ靴も…可愛くて動きやすい物を…』

『髪飾りってどこに売ってるんだ?
 あっ、闘技場ってアクセサリー禁止だったような』

『えっ?じゃあ闘技場に行くまでつけるヤツ!
 せっかくだから!』

『よし許す!』

 あれやこれや。
 楽しくなってしまった二人を止める者はいない。

『待ってろよサイモン君!
 綺麗になったビッグケットちゃんにひれ伏すがいい!!』

 これがどんな感情に突き動かされたものかも、
 もはや誰にもわからない。




 再会の午後3時まで、あと2時間。




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