負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第09話14 独白

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 最新マンションの最新式魔法システムの説明を聞いて、
 ビッグケットの耳がぴょこんと立つ。
 警備員たちが去ってしまったので、
 すっかり閉まってしまった眼前の扉。
 その隣の壁に、気づけば小さな四角い板が付いている。

『これか、この板か!』

 言うなり黒猫がパン!と板を叩けば、
 重そうな扉が自動で開く。
 両開きのそれが勝手に動く様はなかなか圧巻だった。

 中はこれも魔法の力だろうか、
 やや薄明かりがついて明るい。
 ビッグケットは奥に走っていき、
 壁に取り付けられた小さな板を指差す。

『これか、これもか!』

 その隣にはこれまた大きな扉。
 形状から察するに、これは引き戸だ。
 恐らくこれが噂に聞いたエレベーターという機構なんだろう。

『多分。触ッテミテ』
『ぽちっとな!!』

 ビッグケットが再び景気良く板を叩くと(壊すなよ!!)、
 どこからともなく重い音がする。
 内部で何かが作動している。
 やがてチン!と軽快なベルの音が響き、扉が開いた。

『すごい!すごいぞこれ!!』
『イヤマジデスゴイ』

 音もなく扉が開いた向こうに、
 人が数人乗れるだろう空間が現れる。
 ビッグケットは即座に、
 そしてサイモンは荷物ごと絨毯で移動し、
 内部に乗り込んだ。

 内側を見ると傍らの柱で1から5の数字が光っているので、
 試しに5を触る。
 しばらく後扉が閉まり、エレベーターが動き出す。
 これはやはり上部に向かっているんだろう。
 やがてまたベルの音が鳴り、扉が開いた。

『すごい!すごい!!』
『夜中ダゾ、ハシャグナヨ。
 エート、俺タチガ住ムノハ503…』

 恐らく最上階に着いた。
 その足で買った部屋を探す。

 …あった。
 503は幸い、入り口から近い場所にあった。
 これでようやく、ようやく。
 新しい家に辿り着いた。

『ハイ、コレガコレカラノ俺タチノ家デス』
『わぁーーー、すごーーーい!』 

 “タッチパネル”を触り、中に入る。
 さて明かりをつけなくては…と思ったところで、
 入ってすぐの場所にもパネルがあることに気づいた。
 試しに触ると、明かりがついた…!!
 なんて神のような空間なんだ。すごすぎる。
 だけど。

『ジャ、俺ハ、モウ寝マス。
 悪イケド荷物中ニ入レトイテ…モウ限界』

『おっけー任せろ。
 とりあえず綺麗なベッドにゲロ吐くなよ!』

『マジデソレナ』

 もう魔法の絨毯では移動できない。
 サイモンが玄関で這いつくばり、なんとかずるずる移動していると、
 見かねたビッグケットが再び抱きかかえた。
 正直頼むに頼めなかったことなので、
 勝手にやってくれてありがたい…。

『わかったわかった、ベッドまで運んでやる』
『ゴメン…アリガトウ…スゴイ助カリマス』

 事前に決めた通り、寝室は二部屋ある。
 だがまだ来たばかりなのでどちらがどちらとは決めていない。
 よって、ビッグケットはテキトーに片側の部屋を開け放ち、
 ベッドの上にサイモンを乗せた。
 ついで彼の靴を脱がし、布団を剥ぎ取り、上から被せる。
 
『お疲れ、おやすみ!あとは私がやっとくから』
『ウン…ゴメンナ…オ前モ遊ンデナイデ早ク寝ロヨ』
『わーってるよ』

 サイモンが最後に見たのは、黒猫の屈託ない笑顔。
 そのままぷつんと意識が途切れて。










『わーーーっ、すげーーー!
 あっちが飲み屋街かな?
 あ、あれ多分亜人獣人用の大通りだ、光がぴかぴかしてる!』

 微かな灯りだけをつけた、薄暗い室内。
 ビッグケットはリビング正面の大窓を開け放ち、
 外を眺めていた。

 ここは出窓型になっており、
 窓際の空間も椅子にするのに都合がいい。
 地上5階というのはこういう眺めなのか。

 方向は丁度街を向いている。
 本当の都会ほどではないが、
 人々の営みを伺わせる優しい夜景に口元がほころんでしまう。

 柔らかなそよ風が彼女の黒髪を揺らし、
 ビッグケットは満足げに深い息を吐いた。

 ここが私の新しい家。
 ばあちゃんは死んだけど、
 今後の生活において心強いパートナーを見つけることが出来た。

 生活費も有り余るほど稼いだ。
 サイモンが握りしめていた小切手を後ろから見た。
 価値こそ詳しくわからないが、
 数字がたくさん並んでいた。
 彼の喜びようを考えても、当面の生活は安泰だろう。

『………』

 今日、モモから彼女の過去に関する話を聞いた。
 ばあちゃんが何度も口うるさく言っていたように、
 獣人というのはそれだけで冷遇されるようだ。
 モモは過酷な環境に生まれ、
 しかし歯を食いしばって一人で生き抜いてきた。

 私は…?
 何もない森にぽつんと二人だけとは言え、
 15になるまで温かく祖母に育ててもらった。
 親の顔は知らない。
 どういう生まれか、人柄だったかだけ聞いている。

 私は、育ててもらえなかったにせよ、
 親のことを知っている。
 私は、恵まれている。
 不自由も憤りもたくさんあったけど、それでも。

『…………大丈夫。私にはたくさんの宝物がある』

 出窓に片脚を抱えて座る。
 全部全部これからだ。

 私は、ケットシーの混血の女として生きていくんだ。
 例え蔑まれても。冷遇されても。
 …もしも、サイモンに見放されても。

(明日は何食べようかなぁ…
 あ、グリルパルツァー亭に行くのか。
 ステーキ楽しみだな)

 つらつら思考を巡らせていると、夜風で室内が冷えてきた。
 そろそろ閉めよう。
 明日のご飯を楽しみに、もう寝よう。

 おやすみなさい。
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