負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第10話02 インテリ気取り

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『で、今日はどうするんだ?もう昼過ぎたけど』
『エッ昼?…本当ダ…』

 ビッグケットに言われて時計を見ると、
 とっくに12時を回って、
 もうすぐ13時だ
 (知らぬ間に壁にかけられているってことは、
 恐らくビッグケットが
 ジルベールと買った物を設置してくれたんだな)。

 多少水でアルコールを薄めたとはいえ、出かけられるだろうか。
 …その前に。

『ビッグケット、ココノトイレッテ…』
『ああ、そこの扉の向こうだよ。
 ついていこうか?』
『イヤ、恥ズカシイカライイ』

 流石、ビッグケットは先に起きただけある。
 この家の間取りをよくわかっていた。
 キッチンの隣に扉がある…その奥がトイレか。
 彼女の知見に感謝して扉を開けると。

『ワーー、コレ風呂カ!?』
『正面は風呂だな』

 正面に摺りガラスの引き戸。
 がぱ、と開けると湯船と水道、洗い場がある。
 広い!

『コッ、コレハナンダ?!』
『横は洗面台って説明書に書いてあったぞ。
 戸棚に入ってたのを読んだ』

 風呂の引き戸を閉めて、左側を見れば
 鏡と戸棚、ボウル状になった台と水道。
 これで顔を洗えって?なんて贅沢な!
 つーか、

『オ前字読メタノカ!!』

『読めるよ。
 ケットシー語とセクメト語は完璧に読み書き出来る。
 説明書にむかつくけどセクメト語の表記があったから、
 先に読んでた。
 あとはエルフ語も多少ならわかる…けどさ、

 お前とりあえずトイレ行けよ。
 ションベン漏らすぞ』

『行ク!ケド!
 皇女ノ孫ガ汚イ言葉使ウナ!!』

 相変わらず雑な言葉を使ってくる。
 色々知ると、女の子な上皇女の孫なのに
 これでいいのかという想いが強くなる。
 教育は人並み以上に行き届いてるみたいだけど…
 まずそれより土台が…。

 いやまずトイレだ。
 最後に右側の扉を開ける。

『っワーーーーー綺麗!ココ二スルノカ!?』
『早くしろ!!』

 新居のあまりの綺麗さに驚きが止まらない。











『ったく、気持ちはわかるけど感動しすぎだ』
『ダッテ…色ンナ物ガスゴスギテ…』

『最新設備の物件にして良かったろ?』
『イヤ、イイケド…アソコニ暮ラスノワリト怖イ』
『ビビりすぎだろ』

 トイレと身支度を終えた後。
 新しい家に感動して一日を終えるのもなんなので、
 とりあえず二人で外に出た。

 ビッグケットは一回外出してるのでほぼそのままだが…
 サイモンの髪。
 乱れたみつ編みは見様見真似で直した。
 とりあえずこんなものだろう、
 それなりに元の見た目に出来たと思う。

 さて、今日もタイムリミットは17時まで。
 それまでに終わらせることは…

『今日は何するんだ?』

 丁度ビッグケットにも聞かれた。
 魔法の絨毯で移動しながら返事を返す。

『今日ハオレノ服トオ前ノ鞄ヲ買ウ。
 別ニオレノ金クライ好キニ使ッテイイケド、
 完全ニ無断デッテノハ怖イカラ、
 オ前ノ鞄ヲ買ッテソノ中ニオ前ノ小遣イヲ入レテオク』

『なるほどね』

『アトハグリルパルツァーニ行ッテ金返スノト…
 闘技場ニ行ク服ハドウスル?』

『あー、じゃあ安いの買うか』

『安イノデイイノカ?』
『高いのはもったいないよ』

 快晴の下、会話する間に住宅街をぐんぐん抜けていく。
 いつぞやのガレット屋の前を通り(店員気づいたかな?)、
 あっという間に人間用商店街ノーマンマーケットに辿り着いた。
 魔法の絨毯はすごい。

 …ああ、これを持ち歩くための何か紐とかもあるといいかもな。
 二人で地面に降り、絨毯は丸めてかつぐ。
 なかなか珍奇な見た目だ。

『エート、俺ノ服。
 一緒ニ行クノツマラナイナラ、
 シバラクソノ辺見テテモイイゾ』

『やだよ、ここ人間ノーマンの縄張りだろ?
 絡まれてもめんどくさいし、一緒に行く』

『ソウカ』

 …と言われてもな。
 基本人間ノーマンエリアは閑散としている。
 訪ねてくる客が大概兵士だから、日中は誰も来ない。
 それでも店を開けているのは、
 限られた人数のさらに限られた存在、
 兵士たちの家族が来るかもしれないから。

 今ビッグケットはフードも被ってないし、
 じろじろ見られながら買い物するのは…
 いや、それは彼女を一人にしても同じことか。
 なら二人でいた方がマシか?

『それにサイモンがどんな服買うか見たいし』
『ハ?ソンナ大シタ物ハ買ワナイヨ』
『えー、買えばいいのに!』

 黒猫がきゃらきゃら笑うが、女子じゃあるまいし。
 というか、サイモン自身服に対するこだわりは特にない。
 せっかく金もあるし、こだわった方がいいのか…?
 とは思うが、
 貧乏暮らしが板についたのか、
 服に金などかけたくない…と思ってしまう。

 それよかもっと楽しいことがしたい。
 例えばそう、いつか外に旅に出たりして。

『ジャアソコガ服屋ダカラ、さくさく行クゾ』
『はぁい』

 せっかくだから、こないだ服を買った所に入った。
 ここで買えばなんとなくそれっぽくまとまるだろ。
 とりあえず洗濯の分も考えて何着か…
 色は濃い物にして、
 紺と、黒と、深緑に茶色…

『いやお前暗いな~、もっと明るい色は買わないのか?』

 サイモンが絨毯を店員に預け、
 服を選んでカゴに入れていると、
 隣からビッグケットが茶々を入れてくる。
 ド直球な物言いに顔をしかめるが、
 猫は意に介さない。

『サイモンは色白だから、
 派手な色でも似合うと思うぞ』

『からふるナノハムシロ有色系ノ方ガ似合ウダロ。
 俺ハコウイウノデイインダ』

『そーか?じゃあもっと開襟シャツとかさぁ』

 ビッグケットが言いながら手にとるのは前開きのシャツ、だが、
 それを着崩すと即チンピラの服だ。
 金持ったチンピラが調子に乗って買う服って感じ。
 サイモンのキャラには合わない。

『ソレジャゴロツキダヨ。柄悪過ぎギ。
 オレハ一応知識階級のツモリデ生キテルカラ』

『知識階級www』

『イヤ笑ウナ』

 サイモン本人は至って真面目に答えたつもりだが、
 何がツボに入ったのか
 ビッグケットはげらげら笑い始めた。
 さすがにむかっ腹が立って冷たくたしなめたが、

『知識階級…!www』

 肩を震わせてひーひー言っている。失礼な奴め。

『文句アルナラ家デ待ッテロ!』
『やだぁ、退屈だし!!』

 しかし相棒は、相棒のはずの猫は、
 あけすけな態度を崩さない。
 両腕を頭の後ろで組んで辺りをきょろきょろ観察している。
 ったく、がさつだわ凶暴だわ素直通り越して失礼だわ、
 とんでもない女だな。

『オイ、俺ジャナカッタラモット怒ッテルカラナ!
 感謝シロヨ!!』
『はーい!』

 ビッグケットが明るく返事した辺りで、
 だんだん頭が痛くなってくる。
 そういえば二日酔いだったっけ。

 サイモンが俯いて頭を抑えていると、
 これにはさすがに心配そうにビッグケットが寄ってくる。

『大丈夫か?カゴ持とうか?』
『イヤ…イイ…』

 何が悲しくて連れの女に荷物持たせるんだよ…。
 いや、こいつの方が遥かに力持ちだけど…。

「そうやって男のプライドバキバキにしてくるとこも
 嫌いだよ…」

『今なんて?』
『ナンデモナイ』

 気遣ってもらったところ悪いが、
 ビッグケットの申し出を断ってカゴを握りしめた。
 こうなりゃ意地だ、
 限界までこいつには荷物持ちさせないからな。

『ヨシ、次』
『まったく…無理すんなよ』
『ワカッテルヨ』

 足元が若干おぼつかないけど気合いだ気合い!!
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