負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第12話03 お勉強と異国の料理

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 セクメト語→共通語の辞書、
 ペリー(西洋梨酒)、
 袋いっぱいのチップス(フライドポテト)、
 そして昼飯用のミートパイをどさっと買い込んだ。

 ついで冒険者ギルドに行き、
 金を払って買い物の依頼オーダーを出してきた。

 帰宅。

 ビッグケットの両耳が
 早くも嫌そうに伏せられているが、
 いずれ必ず通る道だ。
 少しずつでもいいから言葉を覚えて、
 早く共通語に慣れてもらわねば。

 サイモンはビッグケットに続いて玄関をくぐり、
 ダイニングテーブルに荷物を置いた。

『ホラホラヤルゾー。マズハ楽シイ事カラダ』
『…楽しいことってなんだ?』

『共通語デ覚エタイ言葉ハアルカ?』
『え…』

 椅子を引き、
 キッチンを背に
 腰を下ろすサイモンを見たビッグケットは、
 うーん。としばし思案する。

『…えーと…腹減った。とか…?』
「お腹が空きました」『ダナ』

『ぶっ殺されてぇのかテメー!とか?』
「命が惜しくないようですね」『カナ』

『…あっ、売られた喧嘩は買うぞ!とか!』
「売られた喧嘩は買いますよ」
 『ッテ オ前、物騒ナ言葉バカリジャナイカ!』

 ビッグケットが挙げる会話例を片っ端から訳していくと、
 黒猫がからから笑う。
 こいつ、わざとだな。
 エロい単語を人に言わせるガキかよ。

『面白!
 じゃあ、とりあえず共通語で喧嘩出来るよう
 色々教えてもらおうかな!』

『モーー、違ウダロ!?
 チャント会話シテ
 とらぶるヲ回避スルタメニ共通語覚エルンダヨ、
 シッカリシロ!』

『えーーっ、なんだつまんない!』
『マッタク…』

 しまいにはつまらない!なんて匙を投げる。
 ビッグケットは共通語を覚えることにあまり興味がないようだ。
 仕方ない、地道にいくか。

『ジャア、マズハコレガ』「パン」

 ビッグケットが見るか見ないかなど気にしない。
 サイモンは買ってきたメモ帳に食べ物のイラストとセクメト語、
 共通語の二種で名前を書き込んだ。
 なお、セクメト語は彼の中でも
 読み書き会話完璧に制覇した
 数少ない言語のうちの1つだ。

「肉」「魚」「牛乳」「木苺」「ステーキ」……

 テキトーに、
 ビッグケットの好きそうな物を書き込んでいく。
 そのうち、何をしているのかと黒猫が覗き込んでくる。
 ……よし、かかった。

『わー、絵上手いな!』

『簡単ナ絵ナラスグ描ケルゾ。
 イイカ?コレガ』
 「パン、肉、魚、牛乳、木苺、ステーキ…」

 一つずつ指さしながら説明すると、
 ビッグケットの尻尾が嬉しそうに揺れた。
 やっぱ食べ物への興味はすごいな。

『うんうん、
 でもいっぺんに言われたらわかんないよ』

『ソウダロウナ。
 ジャアモウ一回言ウカラ、自分デ読ミ方ヲ書キ込メ』

『わかった』

 よーし釣れた。
 ビッグケットは真剣な面持ちで椅子を引き、
 机を挟んでサイモンの正面に腰を下ろした。
 せっかくだ、ここらでジョークもかましてやろう。

『ところでこれが』「ネコ」

 ビッグケットがやる気を出したところで、
 サイモン渾身の「可愛いネコ」を描いてやる。
 ついでにセクメト語で「にゃーん」と書くと、
 ビッグケットは耐えられず吹き出した。

『なんだこれ、上手いwww可愛いwww』
『コレガ』「犬」

 次は犬。
 犬のイラストと「わんわん」と書くと、
 これまた黒猫がけらけら笑った。
 うん、こんな感じなら少しずつ覚えていけるかな。
 そこでサイモンはこほんと咳払いし、ペンを握り直す。

『ジャア、食ベ物ノ名前ニ戻ルゾ』
「パン」
「ぱん」

「肉」
「ニク」

「魚」
「シャカナ」

「牛乳」
「ギューニュー」

「木苺」
「キーチゴ!」

「ステーキ」
「すてえき!!」

 ビッグケットが渡されたペンを握りしめ、
 嬉しそうに読み仮名を書き込んでいく。
 一部微妙に違うけど、
 まぁ大事なのは興味を持つことだ。
 細かいディテールはまたあとでってことで。

『アト食ベタイ料理トカアル?』

『うーん、じゃあシチュー…』
「シチュー」

『アロスアラクバーナ』
「アロ…」『エッ、何ソレ?』

『え、こっちにはないのか?
 ほかほかライスの上に
 トマトソースと目玉焼きが乗ってるんだ』

『ヘーッ、美味ソウダナ。ジャア』
「米、トマト、卵…目玉焼き…」

「コメ、トマト、アー…タマゴ?め、」
『最後なんだっけ?』

「目玉焼き」
「メダマヤキ…」

 サイモンが食べ物のイラストと名前を書き込み、
 ビッグケットがその読み仮名を振っていく。
 黙々と二人で顔を突き合わせていたが、
 朝散々揉めた不埒な感情は特になく、
 また退屈でもなかった。

 そのうち話題は
 ビッグケットの故郷の料理の話に移っていく。

『ケットシーはパンが好きなんだって。
 だからばあちゃんもよくパン料理を出してくれた。
 固くなったパンを砕いてスープに入れたミガスが
 ホントに美味しかったんだよ』
『ヘェ』

『ミガスは地方によって色んな具があって、
 でもうちではよく儀式的に食べてたんだよな。
 動物を殺して食べる時のお供だった』
『ソウナンダ…』

『死んでくれる動物に感謝しながら、
 血を固めたものとか内臓のシチューと一緒に食べた』
『ワァ、わいるどダナァ』

『だからそのうちサイモンも…』
『アッイヤ、内臓だいれくとめにゅーハチョット。
 都市部ノ人間ノーマンハ食ベナイカラ』

『そうか?』

 残念だな…と呟く黒猫を前にして、
 サイモンはだんだん背筋が寒くなってきた。
 これ、そのうち
 目玉くり抜いて直に食べるのが最高に美味くて!
 とか言われそうだ。

 しょせん人間ノーマンと獣人。
 相容れない部分もあるんだな…。
 しかし、目に見えて落胆してしまったビッグケットに
 そんなことは言えない。
 慌ててフォローを入れる。

『ア、デモ!
 みがすッテ奴ハ普通ニ美味ソウダナ?
 すーぷノ具ハ何入レテタンダ?』

『うーん、にんにく、オリーブ油、唐辛子、
 玉ねぎにんじんベーコン…かな?』

『ナンダ、ソレナラ俺デモ食ベラレルヨ。
 今度作リ方教エテクレ』

『お、いいなそれ!楽しそう!』

 二人でこれからの話なんかをしながら。
 サイモンが目の前のメモ紙に食材のイラストを書き込んでいく。

「にんにく、油、唐辛子、玉ねぎ、にんじん、ベーコン…」
『って、私は楽しいけど食べ物の話ばっかでいいのか?
 これじゃ周りの人間と全然話せないぞ』

 何度か聞き返しつつ、
 読み仮名を書き込むビッグケット。
 サイモンは黒猫を見つめながらにっこり笑った。

『大丈夫。大事ナノハ面白ソウッテ思ウコトダ。
 コレデ買イ物スル時、
 オレト店員ノ会話ガ気ニナッタリスルダロ。
 ソウイウトコカラ少シズツ覚エレバイイカラ』

『なるほどね』

 気がつけば、
 メモ帳の数ページに渡って
 食べ物のイラストがいっぱいになった。
 それを眺めるビッグケットは嬉しそうに口元を緩めている。

『あーっこれ見てたら腹減ってきた!
 おやつちょーだい』
『アア、ジャアちっぷすデモ食ベロ。
 デモナ、1ツイイコトヲ教エル』

『何?』
『ソンナニ食ベ物ガ気ニナルナラ辞書デモ読ンデロ。
 ツマンナクテ食欲消エルゾ』

 サイモンはそう言って辞書を掲げ、
 にこーっと口角を上げた。
 途端にビッグケットの両耳がぱたりと倒れる。

『鬼。悪魔。辞書なんか読んでられっか』
『ソウカ?会話ノ例ガ載ッテルカラエート、
 知識ガ増エルゾ』
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