負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第13話03 公開処刑

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 響く大歓声。
 会場の音声がサイモンの耳に届いた。
 恐らく実況自体はずっとされていたんだろうが、
 息すら止まりそうに
 ビッグケットを見つめていたサイモンには聞こえていなかった。

 戦況が動かなくなり、
 ようやく会場の音がサイモンの耳に、脳に届いた。
 ……勝った、のか?勝ったのか……!!

『ビッグケット!!!!』

 状況を理解した途端。
 今日こそ走り出した。
 もう誰に見られていても構わない。
 ビッグケットは膝から下をやられた。
 一人じゃ満足に動けないはずだ。

『へへ……脚一本の犠牲で勝ったぜ』
『馬鹿!!
 ドウシテソウ無茶バッカスルンダオ前ハ!!!』

 傍らにしゃがみこみ、ビッグケットの顔を覗き込む。
 さすがに痛みで引きつっていたが、
 痛みの規模を考えると随分余裕そうな態度だ。
 黒猫は勝利のピースサインでサイモンに応えた。
 そのままその手を彼の方に差し出す。

『ワリ、肩貸して。
 さすがに一人で立ち上がれない』

『イイヨ、肩クライイクラデモ貸シテヤル!
 ムシロ抱エテ運ンデヤレナクテゴメンナ!!』

『大丈夫、それは期待してない』

 だって私多分、お前より重いし。
 吐息混じりに告げられた事実に驚愕したが。

 サイモンがビッグケットから出された手を掴むと、
 黒猫は左脚一本を器用に操り、
 なんとか身体を起こした。
 肩を貸し、二人で支え合って立ち上がる。

 瞬間、囃すような口笛と歓声が降ってきた。

〈キャーッ、見せつけてくれますね♥
 おめでとうございますオーナーさん、
 今日も猫ちゃん勝ちましたよ!!!〉

 咄嗟に大鏡を見れば、
 抱き合うような二人の姿がバッチリ映し出されている。
 サイモンの、そしてビッグケットの顔を
 真正面に捉えているということは、
 大鏡に映す映像は鏡の近くから撮られているんだな。

 いや、丁度鏡の下に実況席があるし、
 あそこが運営本部。
 鏡の映像もあそこで撮っていると考えていいだろう。
 実況のアビゲイルが手を振っているのが見える。
 しかしまぁ……これは……
 なんの公開処刑なんだ……。

 途端に恥ずかしくなるが、もう遅い。
 仕方ないのでサイモンは開き直り、
 観衆に手を振りながらビッグケットとオーナー席まで戻った。


〈では確認です、本日の観客数は………返還総額は………〉


 アビゲイルのアナウンスが続いているが、
 賭けていない今日は昨日以上に興味ない。
 それより問題は
 脚をぐしゃぐしゃに砕かれたビッグケットの怪我だ。

 これまでこんな大怪我に遭遇したことがない。
 どうすれば……どこなら綺麗に治療してくれるんだ。

(……かなり遠いけど、教会しかないのか)

 逸る気持ちをなんとかなだめ、
 少しでも早く帰れるよう魔法の絨毯を握りしめる。

 これに乗って一気に帰れればいいのに。

 しかし最低限、一本道の通路は最後まで歩かねばならない。
 そこを出たらダッシュだ。
 魔法の絨毯に乗って螺旋階段を舞い上がってやる。

『……ビッグケット、頑張レ。
 細イ道ハ最後マデ歩カナイトダカラ』

『大丈夫……脚が折られたからなんだってんだ……』

 黒猫は強がった笑みを浮かべているものの、
 ただ折れたわけじゃなく砕かれているのだ。
 額に玉のような脂汗を滲ませてかなり痛そうだった。

 くそ、早く来いよ後処理係。
 サイモンがやきもきしていると、
 やがてしれっとした顔で後処理係が現れた。

「サイモン・オルコット様。
 勝利報酬の小切手をお持ちしました」

 今日は賭けてないし他のオーナーもいない。
 かけられた言葉は実にシンプルだった。
 恭しく捧げ持たれた板、その上の7万エルスの小切手。
 それを確認した瞬間、
 サイモンは奪い取るように小切手を手にした。
 ついで大声で吐き捨てる。

「今日はただ脚をやられただけだ、
 商品の湯浴みも替えの服も要らない!
 もう帰っていいか!?」

かしこまりました。
 ではまた明日あすも。お会いしましょう」

 慇懃無礼に下げられる頭。
 それを見て、一瞬ダッシュしかけたがふと思い直す。
 疑問を口にした。

「…おい、明日の対戦相手はなんなんだ。
 サイクロプスより強い奴が来るんだろ?
 こうなりゃド派手にドラゴンとかか?
 だったら流石にもう来ないかなぁーっ」

 今日勝てたのは運良く相手から武器をもぎ取れたから、
 ここを狙えとばかりの弱点があったからだ。
 これ以上強い奴が来たら流石のビッグケットも死んでしまう。
 殿堂入りがなんだ、そんなの命あっての物種。
 文字通り命懸けで狙うもんじゃない。

 もしビッグケットに勝てそうもない相手が出されたら……
 もう潔く辞退しよう。
 今日中に宣言しておけば、明日からは
 通常の10人によるバトルロワイヤルをやればいいだけだ。
 代わりの犠牲者も出ないだろう。

 頭の中で一通り思考をまとめ、
 後処理係の返答を待つ。
 すると。

「『秘密』。ですよ」
「はぁ!?」

 成人した男が気色悪く、人差し指を立てながら微笑んだ。
 ひみつ、って……ふざけてんのか!?

「今日から明日にかけて、
 何らかの対策を練られて準備されても困ります。
 あくまで闘技場は不正なき勝負。
 肉体一つでいらしてもらうため、
 相手は教えられません」

「ぐっ…」

「しかし、ヒントは差し上げます。
 ドラゴンではありません。
 そして、二足歩行のヒト型です。
 一応、モンスターというよりは
 人類の定義に当てはまります。
 これが明日の相手です」

「……?」

「なお、急ごしらえながら
 明日も一対一の勝負のため、
 お二人が来なければ代わりの誰かが犠牲になります。
 ぜひそこまで含めてご検討下さい」

「……!!」

 またかよ糞が!!
 こいつら、
 どうしてもビッグケットが死ぬところが見たいんだな。

 ショーがどうの、仕組みがどうのを越えた悪意に
 サイモンが歯噛みする。
 すると、肩を貸しながら立ったままのビッグケットが
 か細い声を上げた。

『おい……何をごちゃごちゃ話してるんだ……
 行かないのか……』

 そうか、ビッグケットは話がわからないまま
 待たされてるんだ。
 申し訳ないことをした。

『アッ悪イ!
 ……アノ、明日ノ相手ノ話。
 ヒト型デさいくろぷすヨリ強い奴ガ相手ダッテ。
 出ナイトマタ誰カガ代ワリニ死ヌッテ……
 ドウスル?』

『は?誰が相手でも私がぶちのめす。
 絶対明日も出る。
 脚が治るなら、だけど』

『ソ、ソウダヨ……マズハコノ脚ダ。
 行カナキャ』

 そうだ、まずはこの脚。
 今のところ治療のあては心許ない。
 教会にこの怪我を瞬時に治せるだけの
 魔法の使い手がいるだろうか?
 金ならいくらでもある。
 ただ、どれだけ頑張って教会に辿り着いても、
 治せる人間が居なければ徒労に終わる。

『……チッ、ショウガナイ……行クゾ。
 トニカク出口マデ……』
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