負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第13話05 ピクシーのドニ

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「あの、貴方がドニ……さんですか。
 凄腕の回復師ヒーラーって聞いてここに来たんですけど」

「は?誰がそんなことを??」

「えっ……なんか……小さな子供が……
 えっと……キャスケット帽を被った……」

 しどろもどろになりながらサイモンが説明すると、
 老人はホ!と声を上げた。

「なんじゃあいつか!
 くく……それで?
 アンタは急いで回復させたい誰かがいるのか?」

 どうやら話が通じたようだ。
 ……知り合い?こんな怪しげな所にいるジジイと?
 よくわからないが、藁にもすがる思いで外を指さした。

「あの、経緯は省略しますが、
 サイクロプスに片脚握りつぶされた人がいまして。
 出来ればすぐ、明日の夕方までに治して欲しいんですけど……」

「うんうん、そうかわかった。
 外か、今行くぞ」

 サイモンが慌てて玄関を出ると、
 老人もそれを追うように着いてきた。
 外でうずくまるビッグケットはいよいよ苦しげに呻いている。
 いやむしろ、よくここまで耐えた。
 並の人間なら半狂乱で泣き喚いててもおかしくない
 大怪我なんだから。

『ナントカとかいう奴……見つかったか……』

 事の詳細は魔法の絨毯で飛ぶ道すがら伝えた。
 ドニ。恐らくこの爺さんがそうだ。
 ピクシーの老人はさっと黒猫の傍らにしゃがみ込み、
 右脚に両手をかざした。
 ふわりと手が光る。

 怪我の具合を見ているのか。
 サイモンが黙って見守っていると、
 老人はウンウンとまた頷いた。

「お嬢さん、酷い怪我だ。
 よく頑張ったな、今楽にしてやる」

 するとその手が黒く光り、
 ビッグケットの脚がうぞうぞと波だった。
 端的に表現するなら、
 皮膚の下で無数の蟲がうごめいているような。

「なっ……!?」

 確かに藁にもすがる思いだったが、
 突然想定と違う映像を見せられた。
 これ、大丈夫なのか!?
 いやわからないっ、まだ全部終わってないから……
 せめてそれまで待たねば!

「……ほい終わり。
 どうだ?動かせるか?」

『……治った』

「えーーーーーー!!!???」

 老人の手の黒い光が消えたかと思うと、
 ビッグケットはぴょこんと立ち上がった。
 右太ももを上げ、左太ももを上げ、
 その場で走るようなアクションをした後、
 両足でぴょんぴょんと跳ぶ。
 ……元気そうだ。

 恐る恐るビッグケットの右脚に目を凝らすと、
 暗がりだが確かに何もない。
 健康的な元の白い脚がそこにあった。

「うんうん、いつもながら最高の出来!ワシ天才!!」
「あっ、ありがとうございます!ありがとうございます!!」

 むふー、と鼻息を吐く老人に向かって、
 サイモンは思わずぺこぺこ頭を下げてしまう。
 こんなに簡単に、こんなに元気そうに治るなんて。
 やっぱり魔法はすごい。

 ビッグケットを見れば、
 もう辛そうな様子はない。
 元気いっぱい腰に手をあて、
 ピースサインを突き出してきた。

 ……もう、安心なんだ。
 思わず長く安堵の息を吐いた。

「……あの、お代っていくらくらいですか?
 こんなにすごい魔法となると、100万単位でしょうか……?」

 払おうと思えば払える。
 少し待たせることになるが、
 明日銀行から下ろせばすぐだ。

 そういや小切手も何枚か溜まった。
 これも一気に換金してこよう。
 サイモンがぐるぐる金のことを考えていると。


「いや、頭の匂い嗅がせて。」


「は???」

 唐突にとんでもないことを言われた。
 老人は両手を出し、わきわきと指を動かしている。

「ワシ頭の匂いフェチなんじゃ!
 お嬢さんも兄さんも、
 しゃがんで頭の匂いを吸わせてくれ!!」



(変わり者だけど凄腕の回復師ヒーラーだから…)



 さっき子供に言われた言葉がリフレインする。
 ……確かに……変わり者だ……。
 でもこれが代金になるならメチャクチャ安い……ありがたい。
 そう、ちょっと何かを捨てるけだ。

『ビッグケット……
 コノジイサンガ、頭ノニオイ嗅ガセテクレッテ。
 ソレガ回復ノ代金ダッテ』

『うわ、何それ。
 でもそんなことで済むなら安いのか?
 良かったな』

 もうすっかり調子を取り戻したビッグケットが
 嫌そうに耳を伏せる。
 しかし、確かにこれで済むならありがたいんだ。
 黒猫は躊躇なくしゃがみ込み、
 老人に頭を差し出した。

 両耳がぴくぴく蠢き、緊張している様子が見て取れる。
 老人はそれを見たか見ないか、
 ガバッとビッグケットの頭に鼻を埋めた。

「くはーっ、可愛い猫チャンの頭!
 くんかくんか!!」

 …………普通に嫌だな…………。
 しかも男女問わないところが本気の剛の者だ……。
 しばらくしてビッグケットは開放され、次。
 サイモンの番だ。

「……お手柔らかにお願いします……」

 老人の前に跪き、頭を差し出すと
 わし!と両側から掴まれた。
 ふんがふんがと嗅がれている。

「うーん、若い人間ノーマンの男のニオイ!!
 青春じゃのーっ!!」

 …………メチャクチャ嫌だ…………。
 でも腕は確かだ…………。
 一応、覚えておくか……
 今後のために……何かあった時のために……。

 どうにか気を逸らそうと色々考えていると、
 なんとかぷち拷問が終わった。
 いや、習得した高い技術と能力を
 惜しげもなく他人に使ってくれてるんだ、
 感謝しなくては……!

「あの、助かりました。ありがとうございました。
 俺たちもう行きます」

 頭が開放されたので、急いで立ち上がった。
 老人、ドニは満足そうに片手を振って見送ってくれた。

「こっちこそありがとうな!
 大怪我したらいつでも言ってくれ、
 くんかくんかさせてくれたら治すから!」

「はい……そうですね……」

 引きつった笑みしか出てこないが、なんとか捻り出した。
 腕は、確かだ。それは間違いない。
 サイモンとビッグケットはそれぞれ手を振って
 黒の魔法協会を後にした。

『……なんだったんだアレ……』
『ソレナ……』

『いや、腕は確かなんだろうけど。
 普通に完治してるけど』
『ウンウン、ソレハ良カッタ』

『……けど、出来ればお世話になりたくないな…』
『ウン……』

 くたびれた気分で帰途につく。
 はぁ……えと……なんだっけ?
 明日、何するんだっけ……?

 徐々に灯りが見え始める飲食店街を歩きながら、
 二人はため息をついた。


(インパクトありすぎ。全部持ってかれたわ)

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